百九十四話 敵だって成長をしてくるものです
前の国軍との戦いと同じで、こちらからの魔法攻撃で戦端が開かれた。
神官たちが掲げる杖や祭具から、次々に色とりどりの球が発射され、国軍へと向かう。
最初の一撃はかなりの戦果をあげ、かなりの兵士がひっくり返って転がった。
けど、ここからが前とは違うところだった。
「全隊、停止。よーい、集結。盾持ちは前へ!」
国軍から、そんな声が聞こえてきた。
すると、全速力で全身していた兵士たちが止まり、隊列を整え始めた。その中で、転んだ兵士を助け起こしていたりもする。
ちッ。前回の戦いから、こちらの魔法攻撃は射程は長いけど、殺傷能力が低いと見破られてしまったか。
けど、手を止めるわけにはいかない。
「神官の皆さん。慌てずに、魔法を撃ち続けてください。百戦錬磨なビッソン新王のことです。この事態も考えの内のはずですから」
俺は周囲に声をかけて、浮足立ちかけた神官の気持ちを引き締める。
ビッソンの求心力は大したもので、彼の名前を出した途端に、全員の迷いが消えたように見えた。
「そうだよな。ビッソン新王についていけば間違いない」
「きっとこの戦いも、あの方の指示で勝てるはずだ」
神官たちは口々に呟くと、魔法を放つための呪文を唱え続けていく。
こういう盲目的な状態は危険なんだけど、この状況では逆にありがたい。
散々に神官たちが魔法を撃つ中でも、国軍は攻撃にさらされながら隊列を整えきってみせた。そして大盾持ちを先頭に据えて、こちらに一歩ずつ進んでくる。
魔法が直撃して大楯が揺れるが、隊列の進む速さは一定のままだ。
兵士たちにしてみれば、死なないと分かっている魔法攻撃なんて、気にするに値しないのかもしれないな。
訓練された人の厄介さを身に染みて感じながら、俺は神官たちを弓矢隊のいる場所まで下がらせた。
そこでもう一度国軍の隊列を見て、大楯を持つ兵士は最前の一列だけなことを確認する。
「いいですか。神官の方たちは、国軍の兵士に盾をあげさせないように、魔法を連発してください。弓矢隊は曲射で、隊列の奥にいる兵士を狙うようにしてください。矢を放つ目測は、号令役の人に任せます」
俺の指示を受けて、反乱者たちは動き出す。
あと少しで弓矢の距離になるというところで、国軍から先に矢が飛んできた。どうやら隊列の中に、弓矢持ちを隠していたらしい。
空を飛ぶ矢の音に、反乱者たちは浮足立った。
その様子を見て、俺は自分が声をかけるのが遅れたと歯噛みする。
「あの位置からじゃ当たりません。落ち着いて、矢を構えなおしてください」
説明をしたのに、こちらの前線の人たちは矢から逃れようと屈んでしまう。
ここで俺の信用のなさが露呈してしまう形になった。
ビッソンに人の心を集めるためとはいえ、もう少し俺も前に出るべきだったか。
口惜しく思っている俺のかなり前で、国軍の矢が地面に刺さった。
それを見て、ようやく俺の言葉が真実だったと理解したのだろう。反乱者たちと神官はは立ち上がって、弓矢を構え始めた。
馬鹿、それじゃ遅いんだって。
神官が魔法を放つ手を止めたから、国軍は進む速さを上げて、もう弓矢の距離になってしまっているんだから。
「ちッ。下がりながら攻撃です。矢が上から降ってきますよ!」
舌打ちが口に出てしまい、トランジェのキャラ作りが崩れてしまった。
でも、ここでの支持遅れは、自由神信徒の仲間に被害が出ることに直結するので、気にしてはいられない。
俺の言葉に、俺の仲間たちは素直に従い、下がりながら魔法を放ち続ける。前線にいる人の大半も、従ってくれた。
けど行動が遅れた反乱者たちに、国軍が放った次の矢が振ってくる。
「ぐぎゃっ! あぎっ――」
「ぐごああぁ、肩に矢がああああああ!」
運よく死に、運悪く大怪我を負った彼らに、俺は大声を向ける。
「悲鳴を上げる元気があるなら下がりなさい! 安全な場所なら、魔法で治してあげられます!」
酷い考えだが、二次被害が起きるので、無事な人を矢の雨が届く範囲に向かわせるわけにはいかない。
なので怪我を負った彼らは、自分の力で助かろうとしないと、こちらも助られない。
俺の無慈悲に聞こえる指示に、腕や肩に矢を食らった人たちは、悲鳴や罵倒をかみ殺しながら戻ってくる。バークリステたちが受け入れ、矢を抜き、回復魔法をかける。
だが、矢を腹や足に食らった人は、助けを求めながらゆっくりとしか後退できないでいる。
「誰でもいい、助けてくれ。肩を貸してくれるだけでいいから」
「くそっ、くそっ。同じ仲間だろ。手を貸してくれたって――くはっ……」
戻ろうとする彼らの頭上に、無慈悲に国軍の矢がやってくる。
ごく短いスコールのような音の後、逃げ遅れた反乱者は全て、ハリネズミな躯に変わっていた。
戦いの最初なのに、こちら側が一方的に損害を積み重ねる事態になっている。
このことに、反乱者たちが戦意を失いかけていた。
このままではまずいと、俺は遠くにいるビッソンに目を向ける。
その視線が通じたのか、それとも彼自身このままではまずいと感じたのか、大声で演説を始めた。
「皆のもの、うろたえるんじゃない! 国軍は多少やるようになったが、それは前の戦いを踏まえて学習してきただけのことだ。我が頭の中には、国軍の指揮官ごときの予想もつかない策がごまんとある。恐れるに足りない!」
反乱者の戦意が戻ってきたところで、ビッソンはさらに声をかける。
「弓矢隊と神官に被害が出たのは、確かに予想外の事態だった。しかし彼らの死は、指示に遅れたためだ。前線を見てみよ。指示に従ったものたちは、傷一つ負っていない。これはすなわち、我が策が国軍に通じているということ! 転じて、我が指示に従えば、国軍を必ず撃破できるという事でもある!」
自信たっぷりに断言したビッソンを見て、反乱者たちの腹が座ったようだった。
「そうだ。ビッソン新王に従っていれば、負けねえんだ!」
「死んだやつらは、運が悪かったんじゃねえ。指示に遅れて、自業自得だったんだ」
次第に反乱者たちは生き延びて戦いに勝つために、ビッソンの指示を聞き逃すまいという表情になっていく。
それを見て、俺は弓矢と魔法の出番は終わりだと察した。
俺が引き上げる身振りをして、前線にいる人たちが従うと、ビッソンが新たな指示をだす。
「全員、棒を構えろ! 事前に伝えていた通りに隊列を組め! なに心配するな、この戦法で必ず勝てる!」
「「「おおおおおーーー!!」」」
ざっざっと足音を刻んで、反乱者たちが長槍戦術の形態になる。
そこに国軍から、曲射で矢が飛んできた。
それを見て、俺が教えていた通りに、ビッソンが指示をだす。
「棒を持つ二列目以降。斜めに構えろ! そして小刻みに左右に振れ!」
反乱者はこの指示に困惑したようだったが、先の弓矢隊が指示に従い遅れて死んだことが役立ち、すぐに言われた通りに行動を開始する。
国軍から飛んできた矢が、振ってくる。
しかし、多くの矢は揺れる棒に当たって失速し、反乱者の体を傷つけることはなかった。
運悪く矢に当たった人もいたが、戦えないほどの大怪我や死者はないようだった。
この結果に、反乱者たちはビッソンに従えば大丈夫という確信を抱いた顔になる。
一方で国軍側は、こちらに矢の被害がないと見たのだろう、もう矢が飛んでこなくなった。
けど、代わりに隊列の間から、棒がにょっきりと上に突き出た。
こちらの戦術を見て、真似てきたな。
そう思いかけて、様子が違うことに気が付いた。
こちらのように、全員が持つほど棒がたくさんない。せいぜい、戦列一つを埋めるぐらいの数しかない。
限られた準備時間で、長い棒を手配できなかったのか?
そう疑問に思っていると、国軍の棒が前に移動を始めた。
最前線に並んだ大盾と長い棒に、嫌な予感がした。
その予感通りに、大楯の後ろの列に長い棒を持った兵士が並び、棒の切っ先をこちらに向けてくる。
……おいおい。最前列だけだけど、ファランクス戦術がでてきたよ。
こちらを真似するだけじゃなくて、手にある物資でできる最適な戦術を作り上げてきたな。
流石は、国を冠する軍。有能な戦術家を出してきたようだ。
こちらは前世の戦術を劣化させて猿真似しているだけなので、負けた気分になるなぁ。
ま、俺はエセ戦神官であって、戦術家ではないから当然と言えば当然なんだけどね。
これは負けるかもしれないなと思いつつ、俺は引きに引いて、ビッソンのすぐ近くまでいく。
「ビッソン新王。国軍の変な動きに、皆が動揺しています。もう一度、お声がけを」
「そうしよう。皆のもの、よく聞け!」
ビッソンは尊大な態度を取りつつ、言葉を続けていく。
「敵がどんなことをして来ようと、我々がやることは変わらない。事前に伝えていた通りの行動をとり、我が声に従えばいい! さすれば勝利が自然と転がり入ってくるだろう!」
ビッソンの言葉に、反乱者たちは勇気づけられたようだ。
けど、俺は内心で頭を抱えたくなっていた。
事前に伝えた作戦は、敵がファランクス戦術なんて取ると考えていないものだったんだよなぁ。
それなのにそのまま強行するとなると……。
不安はあるが、いまさら新しい作戦を伝えまわる余裕はない。
なにせ周りにいるのは単なる反乱者で、訓練を受けた兵士じゃない。
急な作戦の変更は、そのまま戦列の崩壊につながりかねないしね。
俺はため息を押し殺しつつ、ビッソンに作戦の開始を視線で告げる。
ビッソンは大声で、反乱者たちに命令を下す。
「皆のもの、棒を持つ手に力を入れよ。なにも成長したのは国軍だけではない。ここまでの道中、そしてここに布陣してから、お前たちにはその棒のさらなる使い方を伝え、練習をさせてきた。その戦法は、必ずや国軍を打ち倒すことだろう! 進め! 進んで我らの力を、存分に見せつけるのだ!!」
「「「うおおおおおおおお!」」」
反乱者たちが雄たけびを上げて、ゆっくりと前に進んでいく。
国軍もゆっくりと近づいてくる。
じれったくなるほど時間をかけて近づき、お互いの棒の先端が触れたのを合図に、次の戦端が開かれたのだった。




