百九十二話 国軍が交渉を持ち掛けてきましたよ
使者たちを、作戦会議に使う天幕に通した。
彼らの内訳は、レッデッサー大将、文官っぽい服装の優男、二人の護衛らしき人が三人となっている。
たぶん護衛の武器を取り上げるのが普通なんだろうけど、ここではあえて放置することにした。
その代わりに、レッデッサー大将に言葉をかけることにする。
「お久しぶりです。もといた場所に戻れた後、どうしていましたか?」
「ふふっ。白々しい問いかけをなさる。そちらに散々に追い散らされて、大変な目にあいましたとも。あのとき指揮していた者たちは、すべからく降格か討ち死にしましたよ」
「おや。ということは、レッデッサー『中将』になられたと?」
「いや、運よく指揮系統から外れていましたので、大将のままですとも。貴方がたに敗れた咎も、あの馬鹿めの失態として処理されましたのでね」
きっとそれは、優秀な指揮官を更迭させないための、方便なんだろうな。
そう悟りつつ、話を切り替えることにした。
「それで。どうしてこちらに、使者として赴かれたのでしょう?」
「それは、そちらの『反乱者の総指揮官』殿が来てから、話させていただこうと思っている」
「総指揮官という役職の人はいませんよ。ビッソンは新王ですので」
「こちらとしては、王がもう一人いるとは認められない」
それもそうかと納得していると、若干眠そうで不機嫌そうなビッソンが入ってきた。そして、上座にある椅子にドカッと座った。
使者に対して無礼だけど、この場面においては正解かもしれないな。
ビッソンの態度は、王が友好的でない相手に、自分が不機嫌だと分からせているように見えるしね。
使者たちもきっとそう受け取ったんだろう、表情を硬くしている。
ビッソンは居並んだ人たちを見て、ぞんざいに顎をしゃくってみせた。
「さっさと要件を言え。話だけは聞いてやる」
ビッソンが不遜に言うと、レッデッサー大将が視線を送った、文官っぽい優男が口を開く。
「では、話させていただきます。私どもがこちらにやってきたのは、戦闘を回避するための交渉をするためです」
「……それで?」
ビッソンが無反応につっけんどんに言うと、文官男の頬が引き攣った。
「双方に遺恨はありますが、無用な人死を望んでいるわけではありませんでしょう。ならここらで停戦交渉に入ったほうが、お互いのためになるのではありませんか?」
「……それで?」
「ですので、こちらが譲渡できる案件を提示します。それがそちら側の望みに適うものでしたら、それでお互いに手勢を引くという約束をですね――」
「……それで?」
「――結びたいのですが……」
ビッソンが同じ態度で同じ言葉を繰り返しているのは、スカリシアの仕込みだろうな。
上手い具合に文官を負い込めているようなので、心の中で『ぐっじょぶ』と賛辞を送っておく。
そして俺は、取りつく島のないビッソンを取り持つように、会話に割って入ることにした。
「ビッソン新王さま。使者の方々がどんな条件を持ってきたか、聞くとしませんか? 戦えばこちらが勝つという自信はあっても、被害が少ないに越したことはないですので」
「……そうか。おい、話せ」
「は、はい! えっと、こちらが停戦と引き換えに譲渡しますのは――」
文官が話した内容は、以下の通り。
一つ、ビッソンおよび、現時点で反乱者に加わっている人たちがいた村の、独立自治を認める。
一つ、自治領では、どんな神を認めてもよいことにする。
一つ、自治領からは、国に税を支払わなくていいこととする。
一つ、国軍の被害を不問にし、負債をビッソン側に負わせないこととする。
条件を聞く分には、破格に良さそうな感じだ。
ビッソンは素っ気ない態度を取り続けているが、かなり乗り気でいるのは、緩みそうになっているその頬を見ればわかる。
けど、俺は文官が隠した真実に気づいていた。
「悪いですが、その条件は飲めませんね。お引き取りを」
俺が言うと、使者たちだけでなく、ビッソンも驚いた表情をしている。
咎めるように目で睨むと、ビッソンは表情と態度を急いで素っ気ないものに戻した。
そのやりとりを、使者の文官は見落としたようで、慌てた様子で俺に問い詰めてきた。
「聖教本に照らして、反乱者は普通は死罪になるんです。それを許し、さらにはそちらの言い分を大幅に認めているんですよ! こちらが言うのもなんですが、かなり破格ですよ!」
必死に言ってくる文官の様子を見て、この条件は彼が作ったものじゃないなと感づいた。
なので、この場にいる誰もに教えるように、俺は条件の中にある陰謀を暴くことにする。
「いいですか。その条件には、いくつか大きな問題が潜んでいます」
「そんな。どこにですか?!」
「まず。自治領という表現。それはビッソン新王を王とは認めず、配下である領主としてなら認めてやろうという、傲慢な考えな元に作り出されたものです」
「そ、そんなことは――」
「では今この場で、自治領ではなく、新国家であると認めると条件を書き換えてもらいましょう」
「――うぐっ。わ、私の権限ではできません」
そうだろうと頷いてから、俺は次の問題点を指摘する。
「そして、自治を認めてくれるのは、あくまで『村単位』です。その間にある街道、および土地は含まれてません。これがどういうことを意味するか分かりますか?」
文官が目を白黒させているので、答えを待たずに話を進める。
「それはつまり、自治となった村への流通を、そちら側の都合で勝手に止めることができるという事です。野盗が出て危険だから、道が悪いから、商人が向かいたがらないから。理由はどうとでもつけられます。流通を握られた村々は、徐々に衰退することでしょう。もしかしたら、塩が供給されなくなって、自治権を放棄するところもでてくるかもしれません」
「そ、それは穿ちすぎな考えでは?」
「いいえ。そもそも、反乱に参加している人たちの村は、全て一地域に集まっているわけではありません。中にはかなり遠方の村だってあるのです。なのに村単位で自治を認めると言ってくるのは、こちらの戦力を分断する意図以外に、どう考えろというのでしょう?」
文官ににじり寄りながら言うと、冷や汗を流し始めた。
ここはもっと押せるなと、俺は口を開く。
「もっともっと問題はあります。それは――」
「待った。そちらが条件を飲めない理由は、それぐらいで十分」
俺の発言を遮ったのは、レッデッサー大将だった。
彼はむっつりとした顔で、腕組みしている。
「こちらが出した条件に、誠意が足りていないことは理解いたした。そちらの説明を聞けば聞くほど、そちらをうまい話で騙そうという魂胆が透けて見えてくるようで、恥じ入るばかり」
堅物な人だけあり、ちゃんとこちらの言い分の正しさを認識してくれたようだ。
安心しかけるが、それは少し早かった。
「だが、この条件を退ければ、そちらは国軍と全面対決は逃れえないのだぞ。勝てるとお思いなのか?」
「勝つ勝てないではありませんよ。国軍が行った横暴に対するため、そして信仰を脅かされない国を作るために立ったのです。もちろん、やるからには勝つ気でいるのは当然のことですけどね」
「真義のために、命を懸けると?」
俺自身はそんなつもりはないので、うさんくさい笑顔を向けることだけにとどめた。
すると、文官がこちらを指さしてきた。
「交渉を決裂させるなんて、貴方はどちらの味方なのですか!」
何も知らずに聞くと、文官のいったことは頓珍漢だ。
ビッソンと向こう側の護衛たちは、文官を乱心したのかという目で見ている。
けどレッデッサー大将は、俺が国軍に情報を流していることを知っているので、取り乱したりはしていない。
そして俺は、うさんくさい笑顔のままで、文官の肩に手を置いた。
「私は反乱者ですよ。『ビッソン新王』の側に決まっているじゃないですか。何を言っているのですか?」
文官はハッとした顔になった。
ビッソンの名前を強調して言ったことで、俺は内緒で国軍と繋がっていることを思い出したみたいだ。
「し、失礼しました。ここ最近、激務が続いまして、変なことを言いました……」
「そうですか。お体は大切になさってください。睡眠は多めにとるのが、健康のコツといいますからね」
気にしてないと肩を叩いてから、俺は自分の手を打ち合わせて、交渉の終わりを告げる音を出した。
「というわけで、今回の交渉は決裂しました。ですが、こちらは対話の扉は常に開いてあります。なので再び停戦交渉を行うか、それとも戦いを仕掛けてくるかは、国軍にお任せします。よくよく考えて、判断してくださいね」
俺がうさんくさい笑顔で言うと、レッデッサー大将は席を立ち、無言で文官と護衛を引き連れて去って行った。
彼らの姿が見えなくなったころ、ビッソンが俺に聞いてきた。
「あー、つまりどういうことになったんだ?」
「不条理な条件を突き付けてきたので、突っぱねたとだけ覚えておいてください」
「そうか。それだけ分かればいい。ふわああぁぁ~。用が終わったのなら、もう一眠りするとするか」
「はい。健康を保つためには、睡眠が一番ですから。思う存分に取るといいでしょう」
俺はビッソンを送り出した後、一人この天幕に残った。
そして、国軍といつ戦いになってもいいように、下準備を整えることにしたのだった。
 




