百九十一話 嵐の前の静けさが漂っていますね
ビッソンに導かれて、反乱者たちは聖都ジャイティスに進路を取った。
国軍に準備期間を与えないまま、次の戦いに移るためだ。
その間、通りかかる村々では徴発を行い、食糧を集めていく。
問答無用に全てを集めるので、もちろん村人から不満がでた。
けど、俺が成長促進の魔法を使って畑に作物を実らせると、元よりも多い実りを見て逆に感謝される結果になった。
そしていくつかの村の人たちは、反乱に参加することを表明してくれた。
そのお陰で、先の戦いで減った人数は、むしろ増える結果になった。
新参の彼らも思想に染めるため、ビッソンには朝と晩に演説をしてもらっている。
「よく聞け、皆。恐らく次の戦いに勝てば、我々は新しい国を作れる。なにせ目指しているのは聖都! 聖大神の神官どもがいかに無能であろうと、あの都を戦果に巻き込むことは嫌がるはずだからだ!」
ビッソンは強い言葉を吐き続け、反乱者を扇動していく。
俺からするとやけくそになっていると見える。
だけど、反乱者からすると、違った見方ができるらしい。
演説が終わった後の感想を聞くと、それが良く分かる。
「戦いを経験してからのビッソン王さまは、人間としてより大きくなられたよな」
「ああ。前にもまして堂々としている。あれが、王者の風格ってやつなんだろう」
とまあ、こんな風に好意的に受け取ってもらえている。
そういう噂が噂を呼んで、いまじゃビッソンは大英雄様とまで持ち上げられているみたいだった。
そのお陰なのか、各地に息を潜めていた反乱者たちが、決戦場になりそうな聖都近辺に集まりつつあると情報が入る。
勝ち馬に乗りたいんだろうなって判断しつつ、その人たちの居場所を国軍側にリークしてやった。
『ビッソン新王という稀代の策略家がいない反乱者ぐらいは倒せる、という場面を見せないと、聖大神教徒からも反乱者が出てくるかもしれませんよ』
なんて手紙を添えてね。
俺たちとの戦いのときに、他の反乱者の討伐に国軍の人数が減れば上々だ。反乱者たちが素早く滅されても、新たな国ができたとき、彼らの土地はこちらの者にできる。
どちらに転んでも、こちらの徳なので、ぜひとも国軍の皆さんには働いて欲しいところだ。
ちなみに、先の戦いで俺の情報が途中から食い違っていた件については、全てビッソンの戦果として伝えてある。
『柵用の棒を武器として使うなんて、私には想像できなかった。それは国軍側も同じでしょう?』
と弁明をつけてね。
この説得は一応は通じたようだけど、向こうからの手紙は半信半疑が透けて見える文面だったりする。
疑われようと信じられようと、俺としては構わず真贋織り交ぜた情報を伝えるだけだ。
先の戦いで怪我人が出て、回復しきれていないまま行軍している。
通った村や遠方から反乱者が合流しているが、元々いた人の間に軋轢がある。
ビッソン新王は隆盛な調子だが、彼に取り入ろうと暗躍する人も出てきた。
って感じで、前半は合っていて、後半が全て間違っているような文面でね。
この仕込みがどんな結果に通じるかは分からないけど、片っ端から送れるだけ送ってみている。
こういう様々な企みを経て、俺たち反乱者側と国軍は、聖都のほど近くの平原と森が程よくある場所で対峙することになったのだった。
国軍が布陣する左右の少し離れた場所には、広い森がある。
森からくる魔物や野生動物を警戒してか、布陣した周りに柵が立っている。
あれじゃあ、少数部隊で森を抜けて、国軍に夜襲をかけるのは難しそうだな。
それと、あの布陣の仕方を見るに、長期戦も視野に入れているに違いない。
ならと、こちらは平原が広がっている場所に、布陣することにした。
国軍に動きがあれば見やすいし、周りに柵を立てなくたって奇襲を警戒できるしね。
そう準備しようとして、スカリシアが近づいてきた。
「ビッソン新王に、なにかありましたか?」
声を潜めて尋ねると、首を横に振ってくる。
「薬草のお茶で、いまはぐっすりと眠っています。歩哨もいるので、怪しい女が天幕の中に入ってくる心配もありません」
「では、少し羽を伸ばせますね」
「いえ、そうとも言えないみたいです」
スカリシアが言葉を濁すと、見計らったかのようにエヴァレットが現れた。
女の戦いが始まるのかって少し焦ったが、エヴァレットの要件は別にあったらしい。
「トランジェさま。国軍から数人が、徒歩でこちらにやってくるようです」
「二人が私のもとに来たことを考えれると、その人たちの足音を耳で聞いたのですね」
スカリシアとエヴァレットが頷く。
早速、俺は二人を連れて布陣の先まで移動して、国軍がいる方向を見ることにした。
すると遠くの遠くに、小さく人影が見えた。その手には赤白二色の旗旗が握られている。
前にゴブリンのトゥギャが、遠征軍との交渉のときに持っていたのと同じ色の旗だ。
「たしかあの柄は、使者を表す柄でしたね」
ということは、戦いの前に交渉による相対をしないといけないわけか。
「スカリシア。彼らが来る前に、ビッソン新王を起こして、仕込みを入れないとまずいことになりそうです」
「眠りを深くする薬茶を飲ませましたから、今起こしても仕込み終えられるかは微妙です」
「そうですか。なら最低限、堂々としていればいいです。交渉事は私が矢面に立つことにしましょう。エヴァレットは、使者を攻撃しないように周りに伝えてください。国軍の弾圧から立ち上がっているという、こちらの主張の正当性が揺らぎますからね」
「分かりました。矢の一本たりとも放つことのないよう、言い含めておきます」
「それなら、いっそのこと休憩を取らせてください。使者を出したという事は、彼らが戻ってくるまで開戦はお預けでしょうから」
指示を終えた俺は、このまま使者がやってくるのを待つことにした。
やがて紅白の旗をたなびかせながら現れた人たちの中には、レッデッサー大将が苦悩した顔で存在していたのだった。
キリが良い部分で終わらせたので、少し短めです。
 




