十八話 俺に対する審問が始まったようです
ペンテクルスの仲間たちが商人たちを引っ立て、教会の裏手へと連れて行かれる。
どうやらあちらで、鞘打ち刑なる罰をあたえるようだ。
「では、最後にトランジェとその仲間たちの審問を始める。ワガハイの前に来い」
「どうぞこちらまで、お進みください」
ペンテクルスが言い、バークリステが促すが、俺は片手を前に出して待ったをかける。
「ペンテクルス。少しだけ問題があります」
「おい、こっちは審問官で、そっちは被疑者だぞ。敬意を払わんか。ふんっ、それでなにが問題だと言いたい?」
「いえいえ。敬意を要求する恥知らずな真似をする貴方には感服しますが、この間違いを指摘しなければこの審理の正当性が疑われてしまいますからね」
不満そうに言ってきたので、嫌味で返しておく。
そして、俺が問題にしたいのはそこじゃない。
「ぐっ――だ、だからなんだ、その間違いというのは、はっきり言え」
「なら言いましょう。私が指摘したいのは、『トランジェとその仲間たち』の部分ですよ。なにしれっと、私、ダークエルフ、アズライジが仲間であると決まっているように語っているのですか。その部分は真であれ虚偽であれ、審問の中で明らかにする部分ですよ?」
そんなことも分からんのか、この馬鹿め。
という目をしてやると、ペンテクルスはこちらを忌々しそうに見ながら、顔色が段々と赤くなっていく。
この反応からすると、多分だけど、その部分を事実化しておけば、審問が楽になっていたのだろう。
事前にオーヴェイさんに、こちらを陥れる策謀を巡らせていると聞いていて、よかったよかった。
「ほら、何しているんですか。別個になるように、言い直してください」
「分かっている! ふん、バークリステ、お前が代理で言え!」
「承りました。では、トランジェ、ダークエルフ、アズライジが異端でないかの、審問を始めます。まずは、トランジェ殿、よろしいでしょうか?」
ちゃんとこちらの要求が通ったので、バークリステの案内に従って、ペンテクルスの前へ移動する。
「はい。では審問を、お願いいたします。あ、そうそう。他の二名についても、私が弁護していいか聞いてみてもいいでしょうか?」
「ぐぬぬ、そのようなことはさっさと聞いておけ! いたずらに審問を引き伸ばそうとすると、遅延行為として罰則を与えるぞ!」
「おや? どなたかが、事前打ち合わせ禁止と言っていたような? もしこれが罰になるのなら、その人も罰した方がいいのではないのでしょうか?」
暗にお前の発言のせいだと責めると、ペンテクルスの顔は茹蛸のように真っ赤になった。
「ああ言えば、こう言いおって。ええい、分かった。いま、その場で聞け!」
「分かりました。お二人とも、話は聞いていましたね。弁護を私に任せて貰えますか? それともご自身でおやりになりますか?」
ここまでの俺とペンテクルスのやり取りを見ていれば、どちらが口が達者かわかるだろうから、答えは決まっていると思うけどね。
まずはエヴァレットが答える。
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の事など知らん。オマエに任せる」
人目があるため硬い口調だが、全面的に任せてくれるのは、彼女の目を見れば分かった。
続いて、アズライジ。
「ダークエルフと同意見なのは業腹ですが、俺ではその審問官と口で戦うには力不足なように思うので、お任せします」
「お二人のこと、お任せください。ということですので、ペンテクルス、バークリステ、よろしいですね?」
「バークリステ、このことに問題があるか教えろ!」
「無論、問題ありません。きちんとした信任過程です。付け加えると、審問で邪教徒の弁護をしたとしても、それ自体は罪にはなりえません。審問中は、誰が邪教徒であると、確定していないからです」
「ええい、知っている! 余計なことまで言うな! チッ、分かった。トランジェは自分に続き、あの二人も弁護することに決まりだ!」
俺が弁護できることに決まり、少し安心材料が増えた。
エヴァレットとアズライジは、少し種類は違うけど、どちらも心根が真っ直ぐなタイプだ。
ペンテクルスは激昂しやすい性格でも、神学校の五席だ。言いくるめられてしまう心配もあった。
それと、これは自己保身だけど、俺が万が一にも有罪となった場合、他の二人の審問が終わるまでは即殺しは避けられる。
この審問で一番厄介なのは、どう見てもペンテクルスではなく、冷静な判断を持って大盾で首を切る役目のバークリステだし。
さてさて、ここまでは思い通りに、俺が会話の流れを握れているけれど、気を引き締めていこう。
「では、審問を始めましょう。私の罪状は何でしょう。あの罪人たちを捕まえた罪ですか? それともダークエルフを手当てした罪? もしかして身分詐称とでもしますか?」
トランジェらしくうさんくさい笑みを浮かべ、身動きはやや大仰を心がけながら、ペンテクルスに問いかける。
「ええい、審問官はワガハイだ! 勝手に進行しようとするな! 貴様の罪状は! ……バークリステ、言ってやれ!」
おやおや。もしかして、罪状が思いつかなかったのかな?
まあいいか。後ろに振り返って、バークリステがなんと言うか見ないとな。
「はい。今日の審問における、トランジェ殿の罪状は、悪しき者たるダークエルフへの利益供与のみかと」
へー、そりゃちょっと意外だ。
「おや、そうなのですか? 自分で言うのもなんですけれど。私、ダークエルフ、アズライジが共謀して、教会の向こうで罰打ちされている人を罠にはめた。そんな噂があるようなのですけれど?」
「お耳が早いですね。しかしその審問は、無意味です。商人たちがダークエルフを捕まえる前に、お三方に面識があったと、証明するのは困難を極めます」
ほうほう、俺がそう切り込もうとしていた部分だったのに、気がついて回避するなんて。
どうやらバークリステは、五席の誰かよりも地頭が良いみたいだ。
「なるほど。だから先ほど、仲間たちと括ることで、その審問を進めようとしたと」
「ご明察です。そう進言しましたが、トランジェ殿の手腕により、無駄に終わってしまいました」
「いえいえ。あの程度なら、審問を聞きかじった者であれば、誰でも気がつくでしょう。となると、こちらが本物の神官かどうか、お試しになったんですね?」
これは一足飛びの質問というやつだ。
前提と結末の間に仮定が入る質問なのに、その仮定だけ抜き取ってしまう聞き方だ。
この質問、普通の人なら何を言っているか分からないことが多い。かく言う俺も、尋ねられる側だったら、咄嗟に反応できないこともあったりする。
けど、地頭の良い――簡単に言えば天才とされる人物の思考は、この質問のように間をかっ飛ばすことがあるらしい。
なので一足飛びの質問をされても、普通に理解できるし、即座に答えられる。
「お分かりになりましたか。少なくとも、トランジェ殿は神官に類する者のようですね」
あっさりと一足飛びの答えを出した、このバークリステのように。
うわっー、これは厄介な相手だな。
論述を仕掛けたら、こちらはフロイドワールド・オンラインのクエスト経験とネットから仕入れた知識を使っても、地頭の差で負けるなこりゃ。
けど、今回の審問官は彼女ではなく、ペンテクルスだ。
ということで、ちょっとバークリステがでしゃばってこないように、釘を刺しておこう。
「感心しました。聖教本に忠実に従い、公明正大かつ、頭の回転も速い。貴女が審問を管理し、私が答弁を続けるなら、すぐに裁定が下るでしょう。どうです?」
この『どうです?』はもちろん、ペンテクルスを引き摺り下ろして、バークリステが審問官役をやらないかということ。
ちょっとだけ踏み込んだ話なんだけれど、バークリステとペンテクルスの間柄を考えれば、答えは決まっている。
「申し訳ありませんが、それはできかねます。無理なのです」
「無理とは――貴女ほどの人が、権限を持っていないのですか?」
あっぶねぇ、一足飛び思考に遅れることで、こっちの地頭が測られるところだった。
俺のそんな荒れた内心とは違い、バークリステはいつもの平淡な顔と口調のまま。
「はい。所詮は、従者の立場。ペンテクルスさまなしには、単なる小娘にすぎません」
「次席は取れそうに見えますが?」
「光栄です。詳しくは言えません」
「……それは残念です」
むむっ、何かしらの事情で、神官や司祭になれないらしいことは分かったけど、これ以上の会話は無理だな。
それよりも重要なことがある。
本来、彼女は審問について助言することは出来ても、進行をすることは出来ないという点。
となるとだ、やっぱりバークリステの活躍を抑えておけば、ペンテクルスとの一騎打ちに持ち込めるようだな。
そうなれば――ふふふっ。激昂しやすく、他者に頼りがちなやつは、俺の大好物だ。
なにせ、弄ってよし、煽ってよし、罠にはめてよしの、格好の相手だからな。くくくっ。
ほら、今も。
俺とバークリステが頭の良さそうな会話――俺の発言は風に見えるだけだが――をしていて、ペンテクルスのプライドが傷ついたみたいだぞ。
「おい、貴様ら! 何を勝手に話を進めようとしているのか! 審問官はこのワガハイだと、何度も言っているだろう!」
さて、じゃあ怒っている彼にも手伝ってもらいますか。
バークリステが今後、この審問に首を突っ込んでこないようにする、その企みを。
「はいはい、もう少し黙っていてはくれませんか? 貴方との審問だと、日が暮れます。私を含めた三人が終わるまで、一時的でいいので彼女に権利を委譲して、座っていてくださいませんか?」
「そんなことが、出来るわけないだろ! この職務は! 栄えあるギゼティス神学校! その五席卒業者のワガハイが! 勝ち取ったものだぞおお!!」
おやおや、どうやらその職務とやらが、かなり大事なご様子で。
自由至上主義な自由神の神官を演じている俺としては、自分で自分を役職に縛り付ける行動は、底抜けの間抜けとしか考えられないけどね。
「そうですか、貴方はそれほどに職務に誇りを持っておいでなのですね?」
「もちろんそうだ、この審問官という役目は――」
話が長くなりそうなので、遮らせてもらおう。
「その割りには、バークリステさんに何度も助言を貰っていますよね?」
「――ぐっ……何が言いたい!?」
「いいえ。特には?」
プライドの高いやつはあれこれと考えてくれるから、ここであえて明言しない方が効果的だ。
ほら、ペンテクルスの顔が面白いように、また真っ赤になったぞ。
「きき、貴様、貴様は! ワガハイを、侮辱しているんだろ!」
「おや? 侮辱していましたか?」
「当たり前だ! 暗に、バークリステが居ないと、仕事ができない愚か者だとでも言いたかったのだろう!」
「そんなことはありませんよ? 貴方の考えすぎなのでは?」
口ではそう言っておくけど、そう思ってくれるとありがたいので、うさんくさい笑みの口元はより歪めておこうっと。
「ば、ば、馬鹿にしやがってええ! バークリステ、バークリステエエエ!」
「はい。用件を聞く前に、ペンテクルスさま、落ち着いてください」
大声で連呼されたからか、バークリステはペンテクルスに近寄る。
その途端に、蹴り飛ばされた。
「落ち着いていられるかああ、この愚図女あああ! いいか、いいか、良く聞けよ! 今からやる審問に口を出してくるな! 絶対命令だ!」
そこまでされているというのに、バークリステの表情は平淡のままで、さらにはペンテクルスを心配までしてくる。
「バークリステさま、いままでのことはトランジェ殿の――」
「絶対命令で口を出すなと言っただろ、この愚図がああ!」
ゲシゲシと踏みつけ始めたので、俺はペンテクルスを止める。
俺が煽った結果で、バークリステが痛めつけられるのは、本意じゃないしな。
「まあまあ、落ち着きましょうよ。五席かつ審問官ともあろうお方が、衆人環視の下で従者に暴力はまずいでしょう。仮にそれが教育的指導だったとしても」
「き、貴様は、ぬ、ぬけぬけとおお!」
「おやおや、止めてくださいよ。服にシワが出来るじゃないですか」
襟首を掴んできたので、爪を立てながら手首を握ってやる。
これって地味に痛いし、痕が残って屈辱的なんだよね。
「放せ! チッ、貴様のせいで無駄に時間が延びているんだ。もっと協力的にしろ!」
「はいはい。では、早く進めましょう。私の罪状から、どうぞお願いします」
「分かっている! ワガハイに指図するな!」
協力的に審問を進めて上げようとしているのに、どうやら彼には不満だったらしい。
あれー? どうしてかなー?
「ええい、罪状だ。罪状は、ええ~」
罪状を言おうとしたペンテクルスの視線が、立ちあがって俺の背後に移動したバークリステに向けられる。
二人の間にいる俺は、もちろん「助けを求めちゃうの、求めちゃうの?」といった、嘲る視線で彼を見てやった。
すると、ペンテクルスはカッと顔を赤くして、大声で罪状を言い放つ。
「貴様の罪状は、悪しき者に組した罪と、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官を詐称した罪だ!」
「畏まりました。ではその二点の罪について、徹底的に議論いたしましょう」
今までの態度から一転して、恭しい態度を取ってみせた。
ペンテクルスは馬鹿にされていると思ったのか、音が聞こえそうなほど歯軋りする。
そして俺の背後にいるバークリステからは、ペンテクルスがその二つの罪状を告げたことを咎めるように、小さな吐息が漏れる音が聞こえてきたのだった。




