百八十九話 異世界の戦いなので、予想外なこともありますよね
俺たちの戦いは、国軍が先に動いたことで始まった。
隊列を組んで、一歩一歩前に進んできている。
低い丘の上に布陣したこちらからだと、その全容が見渡せるので、なかなか圧巻な光景だ。
でも、前世の古代や中世欧州の戦争の映画と、国軍の装備や布陣が違っているような気がした。
よくよく観察すると、長槍や弓を持つ兵がかなり少ないことに気づく。
さらにその人たちは、馬が引く小さな箱に搭乗していた。
あれは――戦車だ!
うわぁ、十数台もあるよ。
珍しい兵器を見た驚きから、自分自身を納得させるために、小声で独り言を呟くことにした。
「この世界の人たちの多くは、平原に住み着いています。人間同士の野戦で、戦車が現役で使われていても変じゃありません。予想外の兵器とはいえ、作戦の変更は必要ないでしょう」
あえて言葉を口に出すことで驚愕から脱し、俺は自陣に動くよう指示を出す。
「では、事前の話した通りに動きます」
「「はい!」」
返事を返してくるのは、村人を新たな神の名の下で導いてきた神官たち。その中には、バークリステや子供たちの姿もある。
彼らと俺が前に出るのと同時に、自陣内で人の配置換えが始まった。
神官が最前列に立ち、その次に弓矢を扱える人が並ぶ。
この後ろには、一本ずつ先を尖らせた長い木の棒を配られた人たちが、規則正しく整列していく。
俺たちの配置換えの動きを混乱していると受け取ったのか、国軍が進む速さを上げてきた。
その人津波が見えても、こちら側に恐怖を浮かべる人はいない。むしろ鼻息荒く、国軍の到来を待っているような目をしている。
これは先だってビッソンが十分に鼓舞して、士気が高止まりしているからに他ならない。
加えて、神官たちが最前に立っているのも大きいだろう。
自分が崇める神に仕える神官が頑張っているんだから、自分も頑張ろう。そういう気になっているはずだ。
ま、神官を前に置いているのは、士気を下げさせないためじゃないんだけどね。
さてさて。国軍の先頭が射程範囲に入ったな。
「では皆さん、復活した神の力を、古き神だけを妄信し続ける人たちに見せてあげましょう」
「「はい!」」
俺の呼びかけに神官たちが応じ、手にしている杖や祭器を掲げる。
そして一斉に呪文を唱え始めた。
「「「我が神よ! 敵を打つ力を、与えたまえ!」」」
呪文が完成し、掲げた杖と祭器から出た光の球が一斉に飛んでいく。
国軍の先頭に当たり、食らった人の多くがすっ転んだ。
しかし、国軍は走る歩みを止めない。
「うわっ――いてて、ぐえっ!!
「止まれ、止まってくれ、とめえあああああああ!」
「ぐへ、ぐごっ、ごごごはぁっ……」
転んだ人の多くは後続に踏み越えられ、人波の下に消えていった。
あの対応は無常に見える。
けど、転んだ人に遠慮して足を止めたら、こちらは魔法で散々つるべ打ちにするつもりだった。その手を潰したことを考えれば、戦術的には正しい判断だろう。
でもまあ、十数人しかいない神官だけで国軍の突撃を止められるとは、俺は思っていないんだなこれが。
「弓矢隊。それぞれ弓を放ってください。教えた通りに斜め射ちで、矢筒の中を空にすることだけ考えて射ってくださいね」
俺の指示を受け、号令係が大声を上げる。
「弓矢、構えぇー!」
「「構えー、終わりー!」」
「各個に、放てぇー!」
「「放ちますー!」」
弓矢隊は号令に言葉を返しながら、矢を次々に斜め上に放った。
夕立のような音――というには少し小さいけど、それに似た音が周囲に散っていく。
少しして、曲射された矢が国軍の上に降り注いだ。
向こうも矢は注意していたようで、その多くは鎧兜や円盾で防げているようだ。
けど、喉や顔を射抜かれたり、足に矢を食らって転ぶような、運が悪い人もいる。
矢の雨の中に留まることはできないので、転んだ人たちは仲間に踏みつけられる運命を辿った。
一応の戦果を受けて、このまま魔法と矢だけで勝てればいいなって、俺はちょっと思ってしまう。
でも国軍が対応を始めたのを見て、まあ当然だよなと考えを入れ替えた。
兵士たちは隊列を組むのを止めて、最大速力でこちらに迫る突撃を選んできた。
さらには、貴重な馬を矢雨の中に晒したくないらしく、戦車は迂回するルートを通っている。
こちらの手を潰しにかかる、見事な対応だ。
とはいえ、事前に伝えた情報通りに、こちらは攻撃を展開しているから当然だけどね。
でも俺の予想は、こちらの弓矢が尽きるまで、射程範囲ギリギリに兵士たちを出入りさせると思ってたんだよね。
けど実際は、矢の雨の中を突撃してくる方を選んでいる。
兵士の損耗が低くて、こちらが降らす矢の数もさほどじゃないと見切って、大胆な策を取ってきたなぁ。
結果的に、突撃の方が損害が少ないと考えたのか、それとも決着を急いだのか……。
どちらにせよ、こちらも対応しないといけない。
「神官の人たちと弓矢隊は、攻撃を続けながら陣内まで引きますよ」
「後退! 後退ー!!」
号令役の大声に反応して、後退を指示する太鼓が鳴り始める。
ドンと一度叩く音で、一歩後ろに下がっていく。
こちらの前線が後退するのを見て、国軍兵士たちの突撃の速度が上がる。
それに伴い、太鼓が鳴る間隔も短くなっていく。
少しして、矢が尽きた弓矢隊から、背を向けて逃げ始める合図を送ってきた。
「神官殿たち! ご武運を!!」
「はい、ありがとうございました。では、神官のみなさん。兵士を足止めしますよ」
俺の指示を受けて、神官の人たちはそれぞれ違った呪文を唱え始める。
「沼を治める神よ。我が前に人が踏み越えられぬ深い沼を作りたまえ!」
「草木を育む神さま。草と草を結び付け、人や動物が転ぶ罠を作ってください」
「我が神――」「私の神さま――」「神よ――」
国軍兵士が進む先の地面の広い範囲に、色とりどりの円が生まれた。
そして魔法が次々に発動する。
顕現した全てが、人の行動を阻害する類のものだ。
無理に超えようとすれば、兵士たちに被害が出る。
けど、魔法の光を見た瞬間に、国軍兵士たちは真ん中から分かれて、それぞれ左右へ走り始めた。
この魔法による足止めも俺が情報を伝えていたことなので、驚くことはないんだよね。ちょっとタイミングがばっちり過ぎて、やらせっぽく見えちゃったのは困ったけどさ。
でも俺は、あえて驚いた声を出して、神官に指示をしていく。
「まずいです、回り込まれてしまいます! それぞれ神通力の許す限り、強力な攻撃を兵士に放って足止めしてください!」
この指示で神官たちは、急いで兵士たちへの攻撃を再開する。
さっきまでの魔法とは違い、一発一発がかなり威力のある魔法だ。こちらに横を向けて走る兵士たちに、犠牲が出ていく。
神官の数が少ないから、焼け石に水にしかならない。
止めきれない国軍兵士は魔法で作った足止めの一体を回り込み終え、こちらの本陣に襲い掛かろうとしてくる。
――さてでは、ここからは伝えた情報とは違う展開をしていくとしよう。
俺が身振りすると、号令役が大声を上げる。
「神官、退却!! 続けて、棒、持てー! 全隊、構えええ!」
号令に合わせ、俺と神官たちは、動きだした本隊の中に逃げ込んだ。
俺たちが逃げ終わると、長い棒を持った人たちが何重にも列を作り、尖らせた棒の先を二手に分かれて襲い掛かろうとする兵士たちに向ける。
この対応は情報として伝えていなかったからか、国軍兵士に動揺が走るのが見えた。
突撃の勢いが衰えたのを見計らったかのように、ビッソンの大声が空気を震わせる。
「全隊、進めええ! 棒の先で、兵士たちを突き殺してやれ!!」
ビッソンの号令を受け、反乱者全員が太鼓の音を合図に前に進み始める。
そこに突撃してきた兵士が、突き出された棒に当たり、ひっくり返った。
倒れた彼を、棒を持った何重の人列が踏み越えていく。
骨が砕かれ、肉が潰れる音がして、一つの死体が生まれた。
けど、仲間が一人やられたぐらいで、国軍は止まらないみたいだ。
「しょせんは『柵に使うはずの尖った棒』を、手に持たせて並べただけだ。苦し紛れの戦法に違いない! 押し込めば倒せる!」
どうして長い棒が、柵に使うはずだったと知っているのか。
その前線指揮官の言葉に疑問を抱く様子もなく、兵士たちは長い棒を乗り越えて、反乱者たちに斬りかかろうとしてくる。
けど、二列目三列目から棒が突き出されて、後ろに吹っ飛ばされる。
棒を斬って無力化しようとする兵士もいる。けど、斬られて斜めになった断面の棒で胸を突かれて、その彼はひっくり返っていた。
こうして兵士たちは突撃を止められ、尖った長い棒の前で右往左往するしかなくなっていた。
その人だかりの向こうには、戦車が停止し引き返そうとする姿がある。
「移動だ! 一度引き返して、側面を突く!」
戦車側から聞こえてきた号令から、どうやら突撃してこちらの戦線をかき乱す予定だったらしい。
けど、兵士がこちらの側面に移動したのに攻めあぐねているせいで、仲間が邪魔で突撃できなくなってしまったみたいだ。
この状況は俺の想定外。
だけどさ、足を止めて反転しようとする戦車なんて、的も同然だったりするよね。
俺が指示を出そうとして、目端の利く射手の誰かが、馬と搭乗者を狙って矢を放つ。 そしてさらに叫ぶ。
「弓持ちは、あの小さな馬車を狙え! よくわからんものは、先に倒すべきだ!!」
この言葉を皮切りに、他の射手も矢を戦車に射ち込み始める。
機動力を少しでもあげるためか、戦車に乗る兵は軽装で、矢でバタバタと倒れた。
鎧化された馬は無事だけど、矢に打たれて驚いて逃げ始めた。
無茶な軌道を取って戦車をひっくり返し、自分ともども横倒しになって動けなくなる。
その間にも、長い棒を持った反乱者たちは兵士を突き転がし、踏み殺しながらさらに先へ進んで行く。
ここまでの状況と、国軍側に長槍がなく戦車があるのを見て、俺はある確信を抱いていた。
この世界の軍は、長槍戦術まで技術が進んでいないんだ。
いや、もしかすると。神の大戦時では魔法がバンバン飛び交っていたはずなので、元の世界で銃が登場した後のように、長槍が淘汰されてしまった可能性もあるかな。
フロイドワールド・オンラインでも、長すぎて森や洞窟に持ち込めないからって、不人気筆頭武器だったしなぁ。
どちらにせよ、『国軍は長尺武器を相手にする戦いに慣れていない』という部分は、合っているだろう。
これは完全に予想外だ。
俺は、国軍が長槍戦術を使ってくるだろうと思っていたんだよ。
でも長槍なんて揃えられないから、苦肉の策で魔法で成長促進させた木を伐採して、尖らせた長い棒を多く作ったのに。攻撃力不足は、俺が補助魔法で攻撃力を上げればいいからって。
そんな考えとは違い、現実は反乱者側が国軍を圧倒しつつある。
その姿を見て、考えに考えた策のいくつかが必要なさそうなことに、ため息をつきたい気分になった。
兵士の後ろにスケルトンやゾンビを呼び出して挟撃するとか、久々に派手な魔法を連発したりとかしたかったんだけどなぁ……。
でも、戦いに勝てるのは良いことだ。
そう結論付けて自分を慰めていたら、国軍兵士が退き始めていた。
長い棒を突発することができなくて、一度体勢を整えるのかな?
追撃するチャンスに、ビッソンが絶妙なタイミングで声を張り上げる。
「いまだ! 隊列を崩してもいい! その長い棒で、兵士たちを殴りつけてやれ!!」
「「「ビッソン新王さま、万歳ー!!」」」
まさかの万歳突撃が行われ、反乱者たちが長い棒を掲げて突撃していく。
一歩間違えたら全滅必死な命令に、俺は顔を青くする。
念のために、俺の仲間たち全員を集めることにした。
もともと全員、前線に出した神官たちの中にいたので、楽に招集させられた。
集まった俺たちは丘の上に引き、反乱者たちと国軍の戦況を見守る。
勢いは反乱者たちの側にあるようで、兵士を一人ずつ長い棒で殴り殺していっている。
国軍側も反撃しようとするが、武器の長さが負けているので、難しいようだ。
あ、でも、叩きすぎて棒が折れてしまった人が、兵士に斬り殺されているな。
なんというか、泥沼な状況になってきちゃったなぁ。
制御を失った戦いになったことに、俺はぽりぽりと頭を掻く。
すると、エヴァレットがすっと横に近づいてきた。
「トランジェさま。どうするのですか?」
「この戦いは私の手から離れてしまいました。後は見守るしかありません」
「では、念のために逃げる準備をします」
「いえ。この戦いは、反乱者側が勝ちそうですからね。逃げるのはなしです。物資を守るという名目で、私たちはもう少し後ろに下がり、戦いが終わるのを待つとしましよう」
「……いいのですか?」
「もちろんです。これから怪我をした人たちを治す作業があるんですから。もっとも、ビッソンは私たちの傀儡ですので、文句のでようがないですけどね」
言いながら顔を丘の下に向けると、国軍が総崩れになっていた。
趨勢は決したので、俺は仲間たちとのんびり休んで、ビッソンたちが戻ってくるのを待つことにしたのだった。




