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自由(邪)神官、異世界でニワカに布教する  作者: 中文字
六章 復活再臨、そして布教編
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百八十六話 指導者に必要なのは、演説の力に他なりません

 奴隷商経由で、情報がきた。

 俺たちが勝手に独立を宣言し、手勢を集めていることが、国の上にいる人の癇に障ったらしい。

 国軍と遠征軍に動員を発し、こちらに向かうように命令を出したのだそうだ。

 ちなみにこの情報は、運んできた奴隷商には口止め料を払い、俺と仲間たちの手の内で握り潰している。

 いや、他に一人だけ、情報を伝えた人がいるな。

 それはもちろん、ビッソン新王だ。

 一応は旗頭なので、知っていて欲しい情報は渡さないと、いざというとき困るからね。

 でもビッソンは、この情報を知って、とても取り乱している。


「そんな! もう討伐命令が出たっていうのか! 他のことを決めるときは、凄く遅いくせに、なんでまたこんなところだけ早いんだよ!」


 新たな国の王という夢から、一発で覚めた心地なんだろう。遠くに鳴る雷に怯える子供のように、頭を抱えている。

 笑えるほど情けない姿だけど、俺はいつも通りのうさんくさい微笑みで、彼を宥めにかかる。


「心配はいりませんよ。この情報には、少し誤りがあるのですから」

「間違いって、なにがだ? 軍に命令を出したのが、嘘だっていうことか?」

「いえ、それは本当です」

「うわー! もう、お終いだぁ……」

「ですから、お終いじゃないんですってば」


 困り果てて、俺はスカリシアに視線を向ける。

 すると、心得ているとばかりに、優しげな態度と声で、ビッソンに寄り添い始めた。


「ビッソンさま。お心を安らかにして、トランジェさまのお声に耳を傾けてくださいませ」

「話を聞いて、どうなる。大軍がきたら、ここに集まった奴らなんて蹴散らされる。そして俺は殺されるんだ……」

「嘆くことを止めろとは申しません。ですが、事態がどうなるか聞かないうちに取り乱すのは、間違っておりますよ。大丈夫ですよ。トランジェさまは、根拠のないことは申しませんから」


 スカリシアに宥めすかされて、ビッソンは少し落ち着きを取り戻したようだった。

 今のうちだなと、俺は話を進めることにした。


「どうやらビッソン新王は、考え違いをしておいでのようですね」

「違っているって、どの辺がだよ」

「命令を受けた国軍と遠征軍が、全てこの村にやってくると思っている点がです」

「……違うのか?!」


 ビッソンの希望を取り戻した顔を見て、俺は力強く頷いて見せた。


「はい。国軍の多くの部隊は、いまだに各地で蜂起した人と戦っています。そして遠征軍は、真・聖大神教の残党を狩り終わっていません。命令だからと戦いを止め、去ることはできないでしょう。放置すれば、この村のように反乱分子を吸収して、新たな国を宣言する輩が出るかもしれませんしね」


 俺が力強く語ると、ビッソンは簡単に安心した顔になった。


「そ、そうか。そうだよな。そう言われてみれば、そんな気がしてくるな」

「そうですとも。恐らくここにすぐ来られる部隊は、ほんの少数にとどまるでしょうね。それこそ、この村を包囲していた部隊と同程度か、もしくは少ないぐらいです」

「なるほど。それぐらいの規模の軍なら、戦って勝てないはずがないな。なんたって、トランジェさんとそのお仲間たちがいるんだしな」


 すぐに楽観的になれるのは、ビッソンのいいところだな。

 この特性が失われなかったら、下にいい補佐さえつけば、いい王になれないこともないかもしれないな。

 操りやすいなって、俺が心の中でほくそ笑んでいると、疑問を一つ返してきた。


「それにしても、トランジェさんはよくそんなことを知っているな」

「独自の情報源がございますから。それに、捕らえた捕虜がべらべらしゃべってくれるんですよ。国軍はこれほどの力があるから、新国の樹立は諦めて、素直に降伏するべきだとね」


 あの大将さんの本当の思惑がどこにあるか知らないけど、こちらを説得しようと出してくれる情報は、国軍を倒す方向で有効活用する気でいる。

 ま、多少下駄を履かせたり嘘を入れている感はある。

 だから頭から信用せずに、調べる手がかり程度に思いつつ、奴隷商ネットワークで詳しい情報を集めているんだけどね。

 そんな裏話を話しても、ビッソンには無用の長物だ。

 なので、元気を取り戻してスカリシアに色目を使い始めた彼には、別の仕事を頼むことにする。

 こればっかりは俺やバークリステではなく、新王たるビッソンにやってもらわなくてはならない。


「さて、そんな戦いが近づく状況ですので、ビッソン新王には村に集まった人たちに向けて、激励の言葉をかけていただきます」

「えっ?! そんな、急に言われても」

「安心してください。誰の前に出しても恥ずかしくないように、演説の特訓をして差し上げますとも」


 それこそ、元の世界で演説で有名な独裁者のように、人心を引き付けられるようにしてやるとも。

 そんな気持ちがうさんくさい笑顔からにじみ出ていたのか、ビッソンは少し怯えた表情をしていたのだった。





 国軍がやってくるみたいという噂が、村の中に広がり出したまさにその頃、ビッソンが詰めかけた人の前に姿を現した。

 着ているものは、俺がアイテム欄から探して出した、偽装用の王っぽい見た目な服一式だ。

 ビッソンは気慣れていない服を、多少動きにくそうにしながら、お立ち台の上に上る。

 集まった人たちは、彼が最初にどんな言葉を言うか、固唾をのむ。

 そんな人たちを見回し、少し時間を置いてから、ビッソンは微笑みと共に語り始めた。


「初めてお目にかかります。この村で蜂起した者の長であります、ビッソンと申します」


 優しげな口調と、丁寧な態度に、聴衆が驚いたようだった。

 その驚きが引かないうちに、ビッソンは言葉を続けていく。


「わたしどもの呼びかけに応じて集まってくださった皆様に、いままで顔を見せなかったことを、まずは謝罪させていただきます。もっと早いうちに、横暴な国軍に立った同志たちに会うべきだったと、いま痛感しています」


 この柔和な態度。低い腰。早々とした謝罪。

 そのどれもが、聞いている人たちにある感情を呼び起こす効果がある。

 常識的な人たちなら、上に立つべき知性がありそうだと安心を誘う。

 戦いの機運に怯える人は、身の安全を守ってくれるのかと不安に思う。

 そして荒くれ者だと、頼りないと嘲り、取って代われるんじゃないかと野心が起きる。

 こうした、一つの発言で人々が違った感情を勝手に抱くことは、止めることはできないものだ。

 けど、そんな人たちを一つの方向性に導くことは簡単だ。

 強い言葉で、この指導者はとてつもない強者だと勘違いさせればいい。

 ビッソンは柔和な態度から一変し、声を張り上げ、身振り手振りを交えて主張を始める。


「我々は今まさに生きるか死ぬかの瀬戸際だというのに、お前たちの危機感のない姿を見て、私は確信することができたからだ! この私こそが上に立ち、導かねば、ここに集まった全員が屍になってしまうのだとな!」


 柔和な態度の後にやったものだから、ギャップに聴衆は驚いて見入ってしまっている。

 こうして注目を一身に集めた後で、集まった人たちに他人事ではないと刷り込んでいく。

 そのために必要なのは、身振り手振りと言葉で、聞いている人を指すことだ。

 ビッソンは忠実に、そう行動していく。


「抱えた幼子のため。年老いた両親のため。様々な理由をもとに、この村まで逃れてきたんだろう。だがお前たちは、すべからく腰抜けだ! 国軍に勝った実績のある私たちに寄りかかろうという、浅ましい考えから故郷を捨てて逃げてきた逃亡者だ!」 

「なにを! 知ったようなことを!」


 俺が置いたサクラが声を上げると、ビッソンはすかさず指を刺す。


「ならどうしてお前はここにいる! 故郷と信じる神の教えを守るために、どうして国軍と戦って散っていない! どうした、答えてみせろ!」


 サクラが口を噤むと、聴衆の間にも口答えをしてはいけないという空気が生まれる。

 荒くれ者は怒った顔をしているけど、ビッソンの横に俺やピンスレットが侍っているのを見て、暴動を起こす気が失せた表情になった。

 こうして誰も邪魔することがなくなったところで、ビッソンは態度を威張るようなものに変える。


「そんな意気地のない者たちでも、私が振るう手腕の下に集えば、国軍とて恐れるに足りない強者となれる。それはすでに、この村にいたわずかな住民だけで一部隊を撃破してみせたことで、証明されていると言って過言ではないはずだ!」


 勝てると断言することで、村に国軍がやってくるらしいという噂が、取るに足りないものだと誤解をさせていく。

 それと同時に、根拠のない証拠を提示して、ビッソンならやってくれるんじゃないかという気にさせる。

 そうやって聴衆の気持ちを操っていくと、最初はバラバラだった気持ちが、誘導と集団心理で一本化していくことになる。

 これが、いわゆる無知な人民を操る、扇動法だ。

 こちらにとって都合のいいことを真実と誤認させ、間違った認識の下で狂奔させる技である。

 ビッソンが必死に熱弁している姿を見る聴衆を観察すると、かなりうまい具合にはまっている感じがあるな。

 長年、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの一神教で平和だったから、扇動に対する免疫がないのかもしれないのかもね。

 なんにせよ、ビッソンが演技で発する偽りの熱意が、人々にどんどんと伝播していく様子が見てわかる。

 これほど見事に術中にはまる人を前にすると、ビッソンも調子がでてくるのだろう、さらに言葉に熱意が入ってきた。


「腕試しの果てに、腕自慢だった者が自信を失ったと聞いた。だが私に言わせてもらえば、それは当然のことだ。なぜなら、お前らは力の振るい方は知っていても、力の活かし方を知らないからだ。だがそれを今のうちに知れたことは、お前らにとって幸福だろう。なぜならば、この私がその活かし方を教えてやるからだ! その方法を身につけたとき、お前らは一人前の戦士となり、国軍の兵士など足元にも及ばない強者となる!」


 ノリノリだなって思いつつ、俺は密かに聴衆の顔を見ていく。

 この演説にはまらなかった人を相手に、個別に話をつけるため。

 それと、この村に国軍が密偵を紛れ込ませているのではと、様子を見て判断するためでもある。

 密偵が見つかれば、二重スパイに仕立てて、謝った情報を送らさせることもできるしね。

 さて、張り切って探すとしようっと。

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