百八十五話 反乱者の方たち、いらっしゃーい
檄文を奴隷商経由で撒きに撒いたところ、大きな反響が各地から寄せられましたー。
なんと、聖大神から改宗した村や町のほぼすべてが、こちらに賛同してくれましたー。
次に国軍を負かすのはウチだとか、この村に向かって移動を始めているそうなんですよー。
って、おちゃらけてはいられない状況なんだよねぇ。
蜂起した場所の規模が大きすぎて、俺たちの手が回らない。
こうなると、各地で勝手に反抗している人たちを見捨てないと、こちらに集まってきている人たちの受け入れすら、ままならなくなっちゃうんだよね。
ま、勝ち筋なく戦いをしかけている人なんて、自滅してくれたほうが後々楽でいいんだけどね。
けど、あまりに負けっぷりが酷いと、こちらの士気にも関わってくるから、痛し痒しだ。
一応は各地の奴隷商に、蜂起した村や町の人たちの逃げ道を作ってはもらっている。
もちろんこの提案は、奴隷商にとってうまみのある話だ。彼らにしてみれば、村人たちが戦いで死ぬより、逃げる最中に各個捕まってくれた方が、国軍からの払い下げで奴隷が増えるからね。
そんな中、ビッソン新王が立った村はというと、活気に満ち満ちていた。
勝ち筋に便乗しようと、各地から様々な宗教を奉じる人たちが来ているからだ。
「我こそは、沼地に生きる全ての命を庇護する神の神官! 我が神の庇護を受ければ、農作物の豊穣、豊かな水源、様々な動物の猟益が約束されるであろう!」
「こちらは、石材を司る神を祭る者です。信者になれば、多種多様な石工の技術を得られます。戦いにあっても、平和なときでも、必要となる技術がすぐに身につきますよー」
集まった彼らは独自に布教活動をし、少しでもこの地で信者を増やそうとしている。
もちろん、自由神の信者だって負けてはいない。
こちらには彼らにない強みがある。
布教するのは、バークリステ。慣れていることもそうだけど、うさんくさい風体の俺より、人の話を聞いてくれやすいことから選んだ。
「皆さん、わたくしが奉じる自由の神は、すべてを許してくださいます。貴方たちの趣味趣向、風習や仕来り。それらを大いに推奨し、認めてくださいます。それこそ神を信じ感謝を捧げることすら、お認めになります。そんな神さまが、他に居ましょうか。いえ、いませんとも!」
バークリステが熱弁する姿を、通りかかった人が足を止めて見始める。
「これからの戦いは、みなが手を取り合い、諍いなく難敵に立ち向かわなければなりません。だというのに、他の神を祭る人たちの行いを見てみなさい。こちらの神が優れている、あちらの神は劣っていると、争いの種を撒くばかり。このような者たちが、我がもの顔で闊歩する世の中を想像してごらんなさい。聖大神教徒と彼らと、どんな違いがありますか。いえ、ありません!」
足を止めた聴衆は、なにか覚えがあるのか、頷く者も少なくないようだ。
これらの発言で、自分の生活を変えたくない人と、他の宗教者たちに迷惑をかけられた人たちが、自由神の教えを受け入れる気にしていく。
さらにバークリステの演説は続く。
「自分が上に立とうとする浅ましさがあるからこそ、義勇によって立ったビッソン新王は、他の神をお認めになる自由の神こそが新たな国教に相応しいと任じてくださったのです。その判断に異論がある方は、今この場で声を上げてください。わたくしが責任をもって、新王にお伝えするとお約束いたします」
新たな王は自由神を認め、さらに街宣しているバークリステが王に懇意にしていると示す。
これで利権に敏い人は、新たな王政になったとき甘い汁を吸おうと夢見て、自由神の信徒にすり寄ってくるだろう。
権力が高まれば、他の宗教者たちも、こちらに歩み寄ってくるはずだ。
なにせ自由神は、他の神とそれを祭ることを許しているんだ。悪戯に争いを吹っかけるよりも手を取り合った方が、宗教者たちも存続がしやすい。信者だって、表向きさえ自由神を崇めていれば、裏でなんの神を祭ろうと自由なら、改宗に乗り気になる。
この王の認知、権利の掌握、人心の誘導法という三本柱の演説で、自由神の教えというくくりで、反乱者たちをひとまとめにしていく。
もちろん、戦いには腕っぷしが必要だと主張し、こちらに腕試しを挑んでくる輩もいる。
そんな彼らの鼻っ柱を折るのが、俺やマッビシュー、ピンスレットなどのという、戦いが得意な面々の仕事となっている。
「こんな子供にいいいぃぃぃ!!」
「子供相手に、ご苦労さんッ!」
自信満々に挑んできた大男を、マッビシューは訓練用の棍棒で殴り飛ばして失神させた。
倍以上の身長差がある子供に負けたことで、この男の信用は地に落ちたな。
他の子たちも、随時腕に覚えのあると豪語した人を、倒していく。もちろん、俺が見て勝てそうだと判断した子供を、ぶつけているんだけどね。
俺の方は、神官や魔法使いとして自身のある人たちを、コテンパンにしていく。
フロイドワールド・オンラインで対人戦はさんざんやったので、多少腕に覚えがある程度の相手なら瞬殺だ。描写するほどの場面はないぐらいだ。
子供たちでは苦戦しそうな相手には、ピンスレットをぶつけることにしている。
「ふふふふっ。ご主人さまに褒めてもらうために、ささっと倒れてくださいね」
「この、くそ、小さい女のくせに生意気言って――ぐほっ!?」
少しの隙にねじ込むように、ピンスレットの飛び蹴りが決まった。
少女と大人の男という体格差だと、普通なら多少も響かない攻撃だろう。
しかしピンスレットは、強化人造人間の先祖返りだ。その一撃は大の男の蹴りを、容易く上回ることができる。
一撃で対戦相手を沈めた彼女は、おもちゃを持ってくる子犬のような笑顔で、俺の前までやってきた。
なにを求めているかは分かっているので、その頭に手を乗せて、優しく優しく撫でていく。
「頑張りましたね。その調子で、次もお願いします」
「むっふー。もちろんです! ご主人さまのお役に立てることこそが、喜びですので!!」
ピンスレットは気合を入れ直すと、次の対戦相手に向かっていった。
ここまでさんざん腕自慢を倒してきたので、相手の男は顔を青ざめさせている。
「いや、あの。今日は体調が悪いから――」
「とやーーー! そりゃあーー!」
「――げはあぁぁぁーー!」
ピンスレットは問答無用で殴り倒し、腹に蹴りを入れて失神させると、またこちらに戻ってきた。
可愛らしい様子で頭を差し出すので、はいはいと撫でてやる。
こうやって実力を披露していくと、周囲の人たちの視線の種類が変わっていく。
たまたま新王の近くにいただけの無名勢力を見る目から、言いしれぬ恐ろしさを持つ相手に向ける顔になっていく。
特に、見るからに強そうな大男を瞬く間に倒す子供が、俺には飼い犬のように懐いて従順な様子に、猛獣使いを見るかのような尊敬と恐れを混ぜた視線がくる。
ま、彼らがそう受け取るように実力を見せつけているので、恐れてくれないと困るんだけどね。
恐れてくれれば、こちらを侮ってこなくなるし、戦いの際に作戦を通しやすくなるので、どんどんと怖がって欲しいものだ。
そのための腕自慢は、日々新しい人がきてくれることで補充が可能だから、やり過ぎるくらいでちょうどいいかな。
噂が噂を呼んで、誰も腕試しを挑んでこなくなったとき、示威行為は十分と判断して次の段階に移るとしようっと。
集まる人たちの掌握を続けながら、俺とスカリシアでビッソンに乱世の王に相応しい考えを身につけさせていく。
相手は単なる村長の息子なので、最低限のことを教え込んでいく。もちろん、俺たちに都合のいいようにだ。
「いいですか、ビッソン新王。王たるもの、自分に何ができて何ができないかを、確実に把握しなければなりません」
「まってくれ。王は、なんでもできるようにならなくてもいいのか?」
「当たり前です。王とて人です。そんな存在が全能など、夢物語ですよ。人々に万能だと思わせているだけで、実際はできないことを人に任せているのです」
「そ、そうなのか。人任せにしていいのなら、王っていうのは簡単そうだな」
「甘いですね。貴方は息子なんですから、村長を騙そうとする商人を見たことぐらいあるでしょう。王は常に、それ以上に騙してくる存在に対処しなければいけません。だからこそ、自分が苦手とする部分を自覚し、苦手な部分を任せる相手のいう事が真実か疑う頭を持たねばいけません」
「ぐむっ。そうだな。俺の不意な一言で不幸になる人がでたら、王失格だもんな」
「その通りです。ですが疑いながらも、実力を持つ者を的確に配置することも、王たるものの使命です。貴方が嫌いな人物であろうと、力があれば登用する気でいなければなりませんよ」
俺が厳しいことを言う一方で、薄着なスカリシアが優しげにビッソンに世話を焼く。
「お優しいビッソンさまなら、ちゃんとお出来になれますよ。心配なさらず、トランジェさまの教えに耳を傾けてくださいませ」
「うんうん、そうだよな。なんだか元気が出てきたよ」
調子に乗ったビッソンが腰を抱こうとするが、スカリシアはするりとかわす。同時に、悪戯を咎めるように、彼の額を指で小突いた。
ビッソンは攻撃されたのに、嬉しそうな顔で額を撫でている。
そんな彼が視線を外したところで、スカリシアはほんの少しの間だけ、嫌そうな顔を俺に見せてきた。
貴族の愛人や高級娼婦で得た力を貸してと、俺がかなり頼んだので、嫌なことをさせて申し訳なく思う。
けど、この後に寝室でめい一杯報酬を払うと約束したからか、スカリシアはすぐに媚びるような顔でビッソンにやる気を出させていく。
「ほら、新しい国ができたのなら、貴方さまには私など及びもつかない美姫すら手に入れることができます。そのときを思い浮かべ、勉強を励んでくださいませね」
「むふふ、そうだな。自由の神は、心からの行いを許す神だと聞いた。なら、その神を祭る王となった俺は、どれほどの美女を侍らそうと、誰に文句を言われる筋合いはなくなるな!」
すっかりその気になり、俺が教えることを、ビッソンは鵜呑みにしていく。
村で過ごして純朴に育った青年には、スカリシアが演技で与える蠱惑な毒に対する耐性がなかったらしい。
こちらには都合がいいので、放って置くことにしよう。いまの時代が求めているのは、救世の奸雄なので、多少好色な方が受けがいいだろうしね。
それに俺は、新しく国が立ったとして、それを長年継続させようなんて気はない。
できた国が一年後に滅ぼうと、ビッソン新王がすぐ殺されようと、どうでもいいんだよね。
国が存続するか、王を続投するかなんて、運営することになった人が決めればいい。
新しい国の国教を自由の神にすることが俺の関心事で、それ以外はどうなろうと知ったことじゃないしね。
ささ、村に人は集まっているんだ。
彼らの前に立つに相応しくなるよう、急ピッチでビッソンを仕上げていかないと。
 




