百八十三話 砦の指揮官って、こんな人だったんですね
着いてみると、そこは大きな天幕だった。
中にはマゥタクワと洗脳兵士がいて、そして七つの死者と、血まみれで縛られている生者が一人いた。怪我がないことから、死体の血を浴びたんだと思う。
この場に他の仲間たちがいないけど、きっと兵士を殺しに陣地を駆け回っているんだろうな。
それはさておき、生き残っている一人を指し、兵士が誇らしげに報告する。
「ここにいるのが、わたくしめに命令を出した、砦の指揮官だった男です」
その言葉を聞いてか、青白い顔の男は兵士と俺を順に睨んできた。
「この裏切り者め! この怪しげな男に何を貰った! 金か! 女か!」
喚く彼に視線を少し向けてから、俺は無視して兵士を呼び寄せる。
「一つ訪ねたいのですが。その男が指揮官だとしたら、私の後ろにいるのは誰だかわかりますか?」
ここまで連れてきた渋い顔の男を示すと、兵士は驚いた顔をした。
「その方は、街道の方の砦の指揮官だった、レッデッサー大将です」
「そうなんですか。川の方とは仲が悪いと聞いていましたが、よく知っていましたね?」
「それはもう、こっちの指揮官が嫌いに嫌っていたんで、似顔絵が出回っていたぐらいですからね。どこかで見かけたら、嫌がらせをしてやれと言われてました」
「そんな仲が悪い二人が、よくもまあ、同じ陣内で暮らせていたものですね」
少し以外に思って呟くと、元・指揮官の男が叫んできた。
「上からの命令で仕方なくだ! そうでなければ、その男と同じ場所に居たがるものか!」
その声に反応して、レデッサー大将も言い返してくる。
「こちらとて気持ちは同じだ。そこの指揮官の風上にも置けない屑と、同列に扱われるのは虫唾が走るわ」
「なんだと! 貴様などは、堅物過ぎて部下の大半に嫌われている、偏屈ジジイではないか!」
「ふんっ。部下に嫌われる覚悟もないまま、狭い砦でお山の大将を気取っていたお前こそが、偏屈者だろう」
「言うに事欠いて!」
「口を開くでない。知性のなさが透けて見えるぞ」
どうやら本当に、犬猿の仲らしいな。
二人の言い争いを止めるべく、俺は手を打ち鳴らした。
「はい、それまで。次に許可なく口を開いたら、そっ首を飛ばしますよ?」
言いながら視線をマゥタクワに向ける。
すると彼は、持っている大剣を振るって、川砦の元・指揮官の首に押し当てる。命の危険に、彼の顔色が再び青に変わった。
静かになったところで、俺は大将さんに顔を向ける。
「少し前に私が質問したとき、かなり事情を知っているようでしたね。しかし貴方は、街道側の砦の指揮官。理屈が合いません。ということは、そこの男の悪行を調べていたと考えて、合っているでしょうか?」
「……あの場所の守りは、公式記録には残らない任務。ないはずの任務の罪を訴える先は存在しないからこそ、この手で決着をつけるべく調べていた。だがそれも、無駄に終わってしまったが」
「律儀ですね。存在しない仕事なら、目を瞑っていればいいのでは?」
「そうもいかん。あの里から得られるモノは、悪用されると混乱が必ず起こる。それを見逃すのは、民を守る国軍の将として碌を食んできた身には受け入れがたいことだ」
少し話してみて、かなりの堅物だと分かった。
そんな人だからこそ、守るのが難しい街道に接する砦の指揮官に任じられたんだろう。
一方で川砦の指揮官はというと、私腹を肥やそうとしていたことから、あまり職務に忠実ではないはずだ。
そんな職務の姿勢の違いから、二人は水と油のように反発しているんだな。
そう考えて、川砦の指揮官がやけに追跡対策を取っていた理由に思い当たる。
大将さんに睨まれていると察していて、その目を逃れようとしていたんだな。
そしてその対策を無意味にしつつ、内情を探るするために、大将さんは同じ部隊の中に配属されるよう働きかけたと。
流れとしては、こんな感じだろう。
事情を察して俺は、『何しているんだ、この人たち』って呆れた。
少し前まで、国軍はエルフ教祖が守る町を攻めあぐねていた。なのに指揮官の間で、こんな探り合い騙し合いをしていたなんて。
これじゃあ、攻城戦なんて上手く行きっこないよな。
吐き出しかけたため息を飲み込み、俺は気を取り直して、うさんくさい笑みを浮かべる。
「さてさて。問題に上っているあの里は、私の庇護下に入りました。なので、そちらのお方には手を引いてもらいます」
川砦の指揮官に顔を向けながら、さらに言葉を重ねる。
「貴方と関係する人に、香水の取引は中止になりそうだとお伝えしないといけません。なので、その連絡先を教えてもらえますよね」
「ふざけるな! どうしてそんなことを――」
「おっと、動かない方がいいですよ。その首に、何が乗っているのか忘れてませんか?」
俺が笑顔で言うと、首にある大剣の刃を思い出したのか、指揮官が動きを止める。
それを見てから、話を続ける。
「貴方には選択肢が二つしか残ってません。情報を話して命乞いするか、話さずここで死ぬかです」
「じょ、情報を離さずに死んでも、構わないっていうのか」
「はい、もちろんです。貴方が死亡したと方々に伝われば、取引の話は自動消滅するでしょうしね」
どうすると凄んでいると、誰かが動く音がした。
目を向けると、渋顔大将さんが何か言いたそうにしている。
「なにか、おっしゃりたいことでも?」
「ああ。こちらはそいつの取り引き相手の情報を持っている。提供するので、部下ともども、命ばかりは助けてほしい」
面白い提案に、俺は彼に改めて向き直る。
「部下というと、この陣地にいる兵士たちですか? それは少し無理ですね。村の解放のために、全滅に近い被害を出してもらわないと困るので」
「いや、兵ではない。この三人のことだ」
顎で示したのは、大将さんの護衛たち。
この人たちだけが部下で、残りは川砦の指揮官側の人間だと言いたいようだ。
覗かせたリアリストな面に、俺は少しだけ彼の評価を上げる。
「情報が本当かどうか見るので、少し開示してくれますか?」
「いや、こちらが出せる精一杯の誠意として、いま全て話そう」
大将さんがつらつらと人名や商会名を上げていく。
すると川砦の指揮官は、最初は暴露に対して怒りで赤くなり、次に情報を掴まれ過ぎていることで絶望で青く、やがて諦めで白い顔の無表情に変わった。
その反応から、情報は真実かつ、かなり急所の情報も入っていたようだ。
大将さんが喋り終えるのを待って、俺はにこやかに話しかける。
「どうやら、貴方がいれば、そこの彼は必要ないようですね」
俺の言葉がどういう意味か分かったのか、川砦の指揮官が口を開く。
「待ってくれ! 生かしてくれれば――」
言葉の途中で、マゥタクワが剣を振り下ろしていた。
川砦の指揮官の頭が飛び、天幕に当たって跳ね返りると、床を転がる。
いきなりのことに全員が静止していると、マゥタクワが焦った顔になった。
「あ、あの、もしかして、まずいこと、した? でも、勝手に喋ったら、首を落とすって、トランジェさまが……」
そんなことを言っていたなって納得し、俺はうさんくさい笑顔を浮かべて、マゥタクワの肩を安心させるように叩いた。
「何も間違っていませんから、焦らなくていいですよ。それに遅かれ早かれ首を切るようにと、私から合図を出していたはずですから」
「そ、そうですか。よかったー」
マゥタクワがほっとした様子になったのを見届けてから、俺は大将さんに顔を向ける。
「さて、貴方と部下の方たちは、私たちの捕虜になってもらいますね」
「捕虜というからには、身の安全は保障すると考えてよろしいか?」
「もちろんですとも。この村で兵士がやっていた、拷問の類を、貴方たちにしないと約束します」
チクリと嫌味を言いつつ、彼らには別の使い道があることに気づいていた。
人質を使った交渉って、この世界にも通用するのかなって算段しながら、この天幕で仲間たちが兵士を片付け終わるのを待つことにしたのだった。




