百八十二話 村人を餌に国軍をぶっ潰しましょう
村からの救援の合図が来たのは、村長が散々に痛めつけられた後だった。
「明日は子供、村長の孫を尋問すると兵士が言ったことで、助けを求める気になったようです」
なんてエヴァレットの報告があったけど、個人的には遅すぎると感じていた。
けどまあ、人ってのは尻に火がついてからじゃないと、動かない人が大半だっていうし、仕方がないかな。
「――では言ってあった通りに、イヴィガに村の中に入ってもらいましょう。彼なら村の子供に変装できますので、村長一家に話をつけに行きやすいですから」
「そのように伝えます。それで決行は、いつにしますか?」
本来なら、反抗の準備に何日かかける予定だった。けど、救援を求めてくるのが遅すぎて、時間の余裕がない。
「今夜にしましょう。あの村の人たちは腰抜けっぽいので、時間の猶予を与えると、要らないことをしそうですので」
「もしも村人たちが、今夜参加しなかった場合は?」
「その可能性があるから、潜入工作が得意なイヴィガに、村の中に入ってもらうんじゃないですか」
うさんくさい笑みと共に言うと、エヴァレットは頭を下げ、俺から離れた。
少しして、村の子に偽装したイヴィガが、草むらに隠れて村へ進んでいく。
待機していた何日かの間に、国軍の巡回ルートや警戒の薄い範囲を絞り込めている。イヴィガなら、そつなく潜入できるに違いない。
そして彼が村にさえ入ってしまえば、村人たちは否が応でも、今夜の反抗作戦に加わる羽目になる。
イヴィガが村人に装って兵士を殺し、ワザと発見されて逃げる予定になっているからね。
それで村人と国軍が喧嘩をしている間に、俺たちが背後を突く算段なわけだ。
なので、村人たちは率先して反抗してくれたほうが、彼ら自身も生き残る可能性は高くなる。なので、頑張って反逆してほしいところなんだよね。
さて、では予定通りに進むのか、それとも予想もしてない事態が起きるのかを、戦う準備をしつつ待つとしますか。
あたりが完全に暗くなり、空には半分だけ輝く月が浮かんでいる。
村を囲んでいる国軍の野営地には、篝火が生まれ始めた。
しかしその光は弱く、間隔もけっこう広くとられている。
薪の節約と、村という安全地帯の周りなので、国軍側も気合を入れて警戒をするつもりはないんだろうな。
守衛役の兵士も、慣れてしまって、生あくびをしているぐらいだ。
俺たちはその様子を、草むらの中を徐々に野営地に接近しながら見ている。
風が草を揺らせば素早く移動し、無風のときは音を立てないようにじっとするため、近づく歩みはかなり遅い。
けど、焦る必要はないんだよね。
なにせ村が騒がしくなれば、あるこちらに注意を払う兵士が減る。
そうして監視の目が少なくなったところで、一気に近づけば十分な勝機を掴めると睨んでいるからね。
そんなことを思いながら、無風のために進行を止めていると、村から喧騒が聞こえてきた。
笛の音と、兵士の声だ。
「一人死んでいるぞ!」
「俺は見たぞ! 若い村人が、包丁でそいつの首を切りつけていた!」
「犯人を探せ! 匿っていそうなやつも、全員捕まえて取り調べるんだ!!」
寝静まろうとしていた村が、急に活気づいてきた。
門扉を壊す音、女性や子供の悲鳴、村人か兵士の怒号。
こうして状況が混乱すればするほど、暗躍するイヴィガが動きやすくなる。
「ギィアアアアアアアア!」
「なんだ、どうした!? 報告しろ!」
「ケガ人がでた。いま応急処置を――くそぁ、致命傷で死んだ! 誰だ、誰がやりやがった!!」
さらなる犠牲者に、兵士がヒートアップしていく様子が声だけでわかる。
対する村人たちは、さてどうするだろうか。
腹を決めて兵士と戦うか、それとも降伏して許しを請うのか。
正解は、俺が思う以上の混乱だった。
誰かが戦い始める音がして、それを誰かがいさめる声がしてくる。
「誰かが兵士をやっちまったんだ、もう後には引けねえ!」
「待てって。兵士と戦って勝てるはずがないだろ! 犯人を俺たちが捕まえて、国軍と話し合うんだ!」
「腰抜けめ! 戦うのが怖いなら、家で震えて寝ていろ! 国軍を倒した後で、村から蹴り出してやる!」
「それをいうなら、お前は馬鹿だ! どこの誰か分からない手紙――ぐええあぁぁ……」
「弱虫はそこで寝ていろ。勇敢なものだけ武器を取れ、国軍を村から追い出すぞ!!」
率先して誰かが声を上げると、好戦的な村人が手にクワや斧を持って暴れ始めたようだ。
けどこの暴動は村人の暴走を引き起こし、兵士だけじゃない悲鳴も聞こえてくるようになる。
「やめろ、同じ村に住む同士だろ!」
「うるさい、ここで戦おうとしないヤツは信用できない!」
「そうだ。きっとそいつは、国軍の回し者だ!!」
非戦派の村人の悲鳴が聞こえ、好戦派の人たちからの雄たけびが上がる。
始まった暴動を受けて、兵士たちは大慌てで鎮圧に動き始めた。
「兵士殺しの犯人は後でいい、暴動を鎮圧しろ。武器を持っている村人は、危険だから殺してもいい!」
「日ごろの訓練を村人に振るうのは不服だろうが、国の安定のために力を見せるときだぞ!!」
上役からの言葉を受けて、兵士たちは武器を手に村へと向かっていく。
その人の流れを、俺と仲間たちはじっと見つめる。
一方向に向かう兵士と違い、野営地に留まろうとしたり、村から離れようとする人を見極めるためだ。
少しして、俺の左右にいるエヴァレットとスカリシアが別々の方向を指さし。同時に言葉を紡ぐ。
「あちらで、指揮官級の人が集まっているようです」
「あちらの天幕に、兵士が何人か向かっているみたいですね」
そう言って、お互いに顔を見合わせている。
どうやら二人とも、自分が指した方に、ジャッコウの里にある砦の元・指揮官が居ると主張しているらしい。
言葉を聞いた分には、どちらも元・指揮官がいる可能性があるな。
俺は少し考え、砦で洗脳して仲間にした、例の兵士を呼び寄せた。
「貴方は、砦の指揮官だった人の顔を覚えているのですよね?」
「はい、もちろんでございますとも。一目見れば、バシッと言い当ててみせます」
「そうですか。なら――マッビシュー、こっちに」
呼び寄せると、彼に指示を与えていく。
「これから野営地に踏み込みます。ですが、砦の指揮官だった人が良そうな場所が、二か所あります」
「二手に分かれるってことだろ。片方はオレに任せとけ」
頼もしい言葉に、俺は思はず微笑む。
「では、貴方には大半の人員をつけますので、指揮官級の兵士が集まる方を押さえてもらいます。その際に、この兵士を連れて行って、面通しを行ってください」
「分かった。もしオレの方で見つけたら、どうしたらいい?」
「元・指揮官だけ生かして、残りは殺していいです。ここの国軍は殲滅するので、見かける敵はみな殺しでお願いします」
「うっしっ、了解したぜ。トランジェさんは、もう一方にいくんだよな?」
「そうです。兵士数人と指揮官級が一人ですので、エヴァレット、スカリシア、ピンスレットを連れて行けば戦力は十分でしょう」
「それっぽっちだったら、ピンスレット一人で十分だろ。あいつ、殺しの腕なら、オレよりも上だぜ?」
「兵士が護衛する指揮官を捕らえないといけないので、そのために他の人がいるでしょう?」
それもそうだと納得して、マッビシューは兵士を連れて、人員をまとめ始めたのだった。
野営地に押し入る準備ができると、俺たちは草むらから飛び出て、一気に走り寄った。
村の騒動で国軍兵士は混乱していて、見張りもあらぬ方向を向いて無警戒だ。
歩哨が俺たちに気づいたのは、マッビシューが斧を振り下ろそうとしているその最中だった。
「だ、誰だおま――ごはへ」
頭を割られて崩れ落ちる歩哨を踏んで、マッビシューは斧を回収する。
その後で、指揮官級の兵士が集まるという方向へと、多くの手勢と共に走って行った。
旅路の中で戦闘を任せていたからか、ずいぶんと手慣れたもんだと、つい感心してしまう。
そんな場合じゃないやって気を引き締め、俺はエヴァレット、スカリシア、ピンスレットと共に、もう一方へと向かう。
マッビシューたちが暴れ始めたのか、ほどなくして村の中以上に、野営地も騒がしくなってきた。
「くそ、なんだ、敵襲なのか!?」
「ガキだ! ガキが襲って――ぐあああぁぁ……」
「国軍の兵士はみんな殺せ! 指揮官ぽい奴だけ生かしておけばいい!」
「大怪我には注意だよ! 軽いケガでも、後で治すように心がけて!」
声が入り混じった喧騒から逃れるように、俺たちは歩みを進める。
途中、運悪く兵士と出くわした。
もちろんこの運が悪いのは、俺たちではなく、兵士の方だ。
「――かはっ」
「あはっ。ご主人さま、声を出させる前に倒しました」
戦いの空気に触れたからか、真っ赤なナイフを左右に一つずつ持つピンスレットの目が、少しイッている。
そう言えばこの子、出会ったときは狂戦士だったんだよな。
普段の様子からは名残が見えないから油断していたけど、まだ影響が消えていなかったのか。
俺はピンスレットの様子に引きつりそうになる頬を、うさんくさい笑みで上書きする。そして、ピンスレットの頭に手を乗せて、やさしく撫でた。
「よくやりました。次もその調子でお願いしますよ」
「はい。ご主人さまのお役に立ちますから♪」
褒められて喜ぶ子犬のような顔に、少し心が温かくなる。彼女の手にある血塗れのナイフを、極力目に入れなければだけどね。
そんな調子で進んでいくと、五人の兵士に周りを囲まれた、いかにも重要人物ですって人が見えた。
少し上等な鎧を着ているその男は、白髪交じりの頭に、渋みが走った堅物そうな顔をしている。
ぱっと見で、余裕で五十歳を超えていそうだけど、周りの兵士よりも元気そうだな。
そんな観察をしていると、ピンスレットと向こうの護衛の兵士が同時に動いた。
「はあああ゛あ゛!」
「子供――ごへぁ」
「な、一撃で――ぇあがっ」
ピンスレットが襲ってきたことに驚いた兵士二人が、対応を誤って屍になった。
けど、不意打ちが決まったのはそこまでで、生き残った兵士たちが剣を振るって、ピンスレットを追い返す。
ピンスレットは素早くこちらまで逃げてくると、シュンとした顔を俺に向けてきた。
「ご主人さま、あの、その」
「いまの一瞬で二人もやれたのですから、上出来ですよ」
なにを気にしているか悟って声をかければ、ピンスレットは失意から一転して喜色に変わった。
「次は、全員殺してみせます」
「あははっ。駄目ですよ。あの真ん中にいる人は、生かして連れて行かないといけないんですから」
「あっ! それもそうでした。てへへっ」
そんな戦場に似つかわしくない緩い言葉をかけあっていると、向こうの渋い顔の男が喋りかけてきた。
「お前たち、何者だ?」
「おや、このローブを見てわかりませんか?」
うさんくさい笑顔で茶化すように言うと、男の顔がさらに渋みを増した。
「分かるはずがないだろう。いまの世に、どれほどの数の神が復活したと思っている」
「ああ、そう言えばそうでしたね。でも、貴方とは違うところの宗教関係者だと分かれば、それで十分ではありませんか?」
「なるほど、それもそうだ。ならば、この騒ぎは貴様の差し金と考えていいのだな」
「ええ、構いませんとも」
「こんな真似をして、何が目的なのだ?」
「その答えを言う前に、一つ質問を。貴方は、とある川にある砦の指揮官だったお方ですか?」
川の砦と聞いた瞬間に、男の雰囲気ががらりと変わった。
なんというか、戦うスイッチが入った感じだ。
「……そうか。あれを狙う者の刺客ということだな」
「狙うとは人聞きが悪いですね。貴方の方こそ、あんな危険なものを、密かに流通させて大金を得ようとしているじゃないですか」
「そこまで知られているのか。ということは――砦からの報告が来ていないことが不思議だったが、ようやく合点がいった」
渋い男は腰の剣を抜いて、臨戦態勢に入った。
一方の俺も、手の杖を構えなおして、戦いに備える。
そのまま睨み合っていると、なぜか男は剣を放り捨てた。
「降伏する。意地を張る理由がないからな。ほら、お前らも武器を捨てろ」
男に促され、護衛の兵士たちも剣を地面に投げた。
無防備な状態になった彼らを見て、ピンスレットは俺を見上げてくる。
その目は『殺しちゃう?』って問いかけていたので、駄目と知らせるために、彼女の頭を軽く押さえた。
「降伏を受け入れましょう。とりあえず、貴方とその護衛の人たちの身の安全は、しばらくは保証します。ああ、縄はかけさせてもらいますよ」
身振りで指示すると、エヴァレットが近くの天幕からロープを抜き取り、彼らを後ろ手に縛った。
「さてそれでは――」
言葉を続ける前に、少し遠くからマッビッシューに預けた、例の兵士の声がやってきた。
「砦の元・指揮官を見つけました! こっちに来てください!」
その声を受けて、俺は捕まえたばかりの渋い顔の男に目をやる。
向こうも何か驚いたような顔を、こちらに向けていた。
なんで指揮官が二人いるんだって、首をかしげたくなりながら、俺を呼ぶ兵士の声がした方へと全員で向かうことにしたのだった。




