百八十一話 手をこまねいている日々が続きます
俺たちは、とある村が国軍に占領される姿を、草むらに潜伏しながら見ていた。
遠目で見る限りでは、手荒な行為はせずに、村の内情を探ることに専念しているようだ。
「エヴァレット、スカリシア。ここから、村の中の話し声は聞こえますか?」
「……はい。途切れ途切れですが、どうにか」
「鮮明には無理ですね。風の流れを掴めば、もう少しハッキリ聞こえるはずですよ」
移動するかと身振りで問われて、俺は首を横に振る。
「からめ手からの不意打ちをする予定ですからね。国軍にこちらの居場所を察知されないために、移動は極力控えます」
周囲の人たちに徹底するようにと伝える。
けど、緊張はさせないようにするべく、俺はうさんくさい笑みを浮かべる。
「でもまあ、最悪でも砦の元・指揮官さえ葬れれば、こちらの目的はほぼ達成ですから、肩肘張らないように過ごしましょう」
俺が率先して体の力を抜いてみせると、それを見た人たちの顔にも余裕が戻った。
大きな争いに初参加な、ジャッコウの民の顔色が特に良くなったように見える。
よしよしと感触に満足しつつ、村の方向に改めて目を向ける。
そして、頭の良いバークリステを呼び寄せて、国軍について内緒話をすることにした。
「しかしまあ、国に名を冠する軍隊だけあって、そつのない用兵ぶりですね。バークリステの目からはどう見ます」
「村への出入り口に、歩哨が十人。村人の脱走を防ぐように、張った天幕で周囲を囲っていますね。この分だと、焼き討ち警戒して物資を散らしている可能性すらありますね。印象としては、堅実に過ぎていると感じます」
「つまり、奇をてらわず、堅実な手を好む指揮官だと?」
「兵を余すこと使えていないように見えますので、むしろ用兵書を頭から信じている堅物だと思います」
バークリステが指す方へ視線を向けると、天幕の付近で手持無沙汰にしている兵士の姿が見えた。
遠目ながらによく観察すると、ちらほらとそういう存在が目に入る。
なんとなく、仕事はないのに休むに休めないという態度に見えた。
元の世界で例えるなら、厳しい上司に目をつけられないように、とりあえず働いているふりをしている平社員みたいだ。
やることないなら、休憩すればいいのに。休んで体を労わるのも、兵士の仕事だと、何かで読んだ気がするしね。
でも彼らの立場では、命令なく休むにはいかないのかな?
そんな懸念を抱いていると、何人かを後ろに連れた、偉そうな人が陣地内を歩く姿が目に入った。
その人たちを見た手持無沙汰な兵士は、大慌てで姿勢を正す。そして彼らが通り過ぎるまで、硬い姿勢のままだ。
陣地内の偉い人の巡回は、綱紀を正すにはいい手だ。
でも何も役目のない兵士を、いたずらに疲れさせるのは悪手だと思うんだけどなぁ。
ほら、通り過ぎた後で、兵士がうんざりしているような態勢になっているし。やっぱり逆効果っぽい。
ここまでの一連の陣地内の様子から、『教科書を信じる堅物』という指揮官の評価は合っているように思えるな。
なら、これから行うであろう行動も、ここまでの村でやったことと同じに違いない。
「バークリステ、種は撒いてありますよね?」
「はい。あの村に国軍がくると分かっていたので、あらかじめ手紙を村長あてに出しておきました。中には、国軍が村で行うであろうことを、網羅しておきました」
「たぶんあそこの村長は、手紙を受け取ったときは、内容を鼻で笑っていたでしょうね。そんなこと起こるはずがないと。けど、次々に内容が的中していったら、どう思うか見ものですよね」
「差出人を預言者と、勝手に誤解するかもしれませんね」
「村長が馬鹿な人なら、その預言者を信じそうですね」
「はい。従っていれば、幸福な未来が待っていると考えそうです」
少し黒い笑みをお互いに向けあって、状況確認の話を終えた。
さて、送った手紙の中には、村人がこちらに報せを送る方法も書き入れてある。
取り調べに参って俺たちに助けを求めてくるか、逆に国軍に通じてこちらをはめることに使うか、少し楽しみにしよう。
ま、どちらにせよだ。
俺たちと国軍との戦いに、あそこの村人たちが巻き込まれるのは、確定事項なんだけどね。
国軍の取り調べは、日もいくつも跨いで行われていった。
それも単なる個別調書だけではなく、公開尋問もしていたな。
ああやって、ある一人を酷く吊し上げることで、他の村人に迫るわけだ。同じ目に合うか、それとも情報を渡すかってね。
人道的かどうかは脇に置いておくとして、仕組みを知らない人にやるなら効果的な尋問だろう。
人は全てわが身が可愛いから、自分に災いが降りかからないように、他者を平気で裏切る生き物だ。
そしてあの村人たちは、昔から崇めていた聖大神を見限り、新しい神についた改宗者でもある。
ならば、彼らは自分の平穏のために、仲間であるはずの村人を生贄に差し出さないはずがない。
なぜかというと、なんの情報を差し出せば安全になるか分からないので、村人は不安になる。
不安感から、最初は当たりさわりのないモノを、次第に確信に迫る話を、最後には隠して置きたかった秘密すら、差し出してしまうようになる。
この手法はよく洋画ドラマとかである、犯罪者を別々に取り調べつつ『お前の仲間は情報を吐いたぞ』って不安感を煽るものと、似た尋問方法だったりする。
でも、村人たちが国軍が欲する情報がなにかを知っていると、この手法は使えなくなる。
なにせ国軍が欲しいのは、村人が邪神教徒だという証拠。つまり、死罪に値する罪の告白を待っているわけだ。
けど、安全を欲して渡す情報こそが自分の首を絞める縄だと分かっていて、ホイホイ渡す馬鹿はいない。
特にあそこの村人たちには手紙で、国軍に情報を渡せばどうなるかを、あることないこと織り交ぜて懇切丁寧に伝えてあるからね。怖がって、情報を漏らそうとしないはずだ。
現に、国軍の兵士たち――とくに指揮官級の人が苛立っている姿から、そんな状況が透けて見えてくる。
そんな村の出来事を、俺は仲間とともにのんびりと隠れながら見ていた。
煮炊きの煙さえ気をつければ、国軍に発見される恐れもないため、村から報せがでないかを待ちながら、気ままに過ごせている。
意外なことに、何日も経っているのに、村から救援を求める合図はない。
彼らにも犠牲を強いることを書いたから、尻込みしているのかもしれないな。
けどそんな待つ日々も、もうそろそろ終わりだろうな。
俺はスープを飲む手を止めて、隣に座って平パンを食べているエヴァレットに声をかける。
「エヴァレット。指揮官の声を拾えますか?」
「むぐっ。え、はい。途切れていますが、聞こえてはいます」
「では、村人に強硬な手に打って出るかを、話しているかわかりますか?」
「少々お待ちください」
エヴァレットはパンをさらに置くと、目を閉じて集中を始める。
「なにやら、会議をしているようです。話し声が混在して、上手く聞き取れません」
「では、拷問や無理やりなど、不穏なことがば飛び交っているかだけ、注意して聞いてみてください」
要求すると、エヴァレットはしばし体を静止させ、長い耳だけを小刻みに揺らし始めた。
やがて、ハッとした表情をこちらに向けてきた。
「村長かその親類なら知っているはず、少し痛めつけると、言っているのが聞こえました」
「やはりですか……」
痛めつけて望む情報を嘘でも吐かせて、えん罪をでっち上げる気なんだろうな。
この段階になった以降は、村がこちらに助けを求める合図を出すであろうタイミングは三回ある。
一つは、村長が拷問を受けた後。
もう一つは、さらなる犠牲者が、拷問に連れて行かれるとき。
残るは、村長か誰かが拷問に屈して罪を認めたときだ。
合図が出るのは早ければ早いほど、犠牲は少なくてすむんだよなぁ。
でもこのどれかの合図がなった場合、俺たちは次に国軍が村に移動する気でいる。
なぜ見捨てるような真似をするかというと、それがあの村人の下した決断だからだ。
俺たちは自由神の信徒。教義的に、個人の決断を尊重しなければいけない。
なので、求められていない助けを与えてはいけないのだ。
というか、散々おぜん立てしているのに、何日も決断をしかねている村人たちなんて、見捨てちゃってもいいかなって気になっているんだよね。
国軍を倒すチャンスは、まだいくらでもあるし。いざとなったら、いずれ来ると分かっている復興村を戦場に決めて、多数の罠を張って待ったっていいんだしね。
でもまあ、乗りかかった船だから、ギリギリまで待ってあげようと、優しい俺は考えてあげているわけである。
その気持ちが無にならないうちに、是非ともあの村の人たちは、救援を求める合図を出して欲しいな。




