百七十九話 戦いの機運が高まってきました
爆弾発言を受けて、奴隷商の店主に周辺地図を見せてもらうことにした。
人の流通を司る商いだけあって、この世界の中では上等な地図が出てきた。
「それで、どの村のことですか?」
内心は冷や汗をかきながら、表面上は冷静を装って尋ねる。
店主は地図に指を這わせながら、地理を説明していく。
「これが町、接している線が川です。そこから西に街道沿いに進みます」
丁寧に教えてくれるのは構わないのだけど、問題の村を一番最初にパッと示して欲しいんだけどなぁ。
少しじれったく思っていると、店主はある村を指示した。
「ここが、貴方さまが仰った、国軍の一つが囲んでいる村です」
「そうですか。そこが……」
応用に頷きながら、目では村の周辺地理を確認する。
けど見てみて、首を傾げたくなった。
俺と自由神の信徒たちが復興させた村の周辺とは、地理が異なっていたいたからだ。
どういうことかと考えて――ああそういえばあの村って、旧来の聖大神教徒が集まる場所だって偽装していたんだったよね。
自由の神を祭っているだなんて、話に上るはずがないんだった。
いやー、うっかりしていた。というか、焦って損したじゃないか。
少し気持ちが楽になり、もう一度地図を確認する。
これがこうだから、復興村はあそこらへんでしょ。なら、あの森の際に自由神を祭るゴブリンたちが住む元・遠征軍前線陣地があって……。
地理を一つ一つ把握していくと、問題になっている村は、俺とは何の関りがない村だった。
いや、関わりがないというと、ちょっと語弊があるな。
この村は恐らく、各地を布教の旅していたときに立ち寄って教化した村の一つだろう。
旅で辿った道を追うと、ちゃんとその村に道順が被るしね。
でも、問題の村がどんな場所だったかは、俺はちょっと思い出せない。それほど印象に残らない、ごくありふれた村だったはずだ。
この事実に、俺はちょっと対応に困ってしまう。
仲間たちが戦火に巻き込まれそうなら、取るものもとりあえず駆けつける気でいたけど、そうではないし。
それにあの村人が自由神の信徒だとしても、戦いや企みの手助けを手頼めるほど、俺とは関りが深くないしなぁ。
俺が悩んでいると、奴隷商の店主は不思議そうな顔になる。
「えっと、なにか不明な点などあるのですか?」
「いえいえ、ちょっと考えを巡らせているだけなので、お気になさらずに」
断りを入れてから、もう一度周辺地理を確認する。
仲間たちがいる復興村が、問題の村と意外と近い場所にあるな。地図の縮尺を考えると、行軍で十五日、早馬での先行偵察なら四・五日ぐらいの距離かな。
となると、復興村から去った人が、国軍に告げ口する可能性もでてきたな。
問題の自由神を祭っている村を、国軍が取り締まっていることから、復興村に自由神信徒がいると通報して、褒美を得ようと考える人が現れてもおかしくはないよな。
……そう考えると、悠長に構えてもいられないのか。
俺は店主にもう一つ尋ねることにした。
「他の国軍は、どんな動きをしているかわかりますか?」
「全部は知りません。ですが、この近辺で動いているものに関してなら分かります」
「では、分かる限りで構いませんので、地図で示してもらえますか」
店主は地図上を一つ一つ指していく。
その点を見つめていると、エルフ教祖がいた村を中心にして、周囲に散ったようだと分かった。
もちろん国軍は街道を通っているので、完璧に放射状ではない。けど、街道の分岐点ごとに分かれて、先に進んでいるようなのは見て取れた。
進む動きを予想していき、砦の元・指揮官がいる場所に援軍に来られそうな軍隊がないかを探っていく。
各部隊はかなり離れているようだから、俺の運がよかったらゼロ、運悪くきたとして一つがせいぜいだろうか。
そうすると、いまが元・指揮官を倒す絶好の機会だな。
「店主さん。同じ宛先にもう一通手紙を書きたいのですが、構いませんか?」
「はい、もちろんですとも」
俺はペンを握り、紙に文章を書いていく。
クトルット宛で内容は、復興村にいる仲間に元・指揮官を倒す動員をかけることと、彼がいる国軍と戦う際の集合場所だ。
先の手紙と同じく、仲間たちならなんとなくわかるという文面で書いた。
それを店主に預けて、俺は一礼する。
「手紙の配達、お願いいたします。それと情報を頂き、感謝します」
「いえいえ、奴隷商は横のつながりが大事。この程度の情報でしたら、融通して当たり前ですとも」
お互いににこやかに別れの挨拶を交わし、俺はエヴァレットたちを連れて外に出た。
そして補給隊の船がある方へ向かう道すがら、ピンスレットとアーラィが質問をしてきた。
「それで、ご主人さま。結局、なにがどうするのですか?」
「なんとなく、軍隊と戦うかもということはわかったのですけど」
一から十まで説明はできないので、端的に言ってみることにした。
「ジャッコウの里の平穏と、私たちの教義のために、件の軍隊には滅んでもらうことになりました」
これで、全員が納得した表情になった。
その後で、エヴァレットが悩む顔になる。
「地図を覗き見した感じでは、村までかなり距離があります。そしてこの町の前を流れる川は、その村に通じていなかったように見えたのですが」
「その通りですが、ちゃんと陸路は続いているので、心配する必要はないとおもうのですが?」
「懸念があるのは、道ではなく、手段と同行する人のことです。わたしたちは馬車をジャッコウの里に置いてきています。その上、船には連れてきたジャッコウの民が乗っていますよね」
つまりエヴァレットは、移動の足がないのに同行者は多いので、移動が難しくなりそうだと言いたいようだ。
確かにそれは問題かもしれない。けど、解決策はある。
「川を下ったとこの村に、馬車が三台ありましたよね。一台は細工して動けなくしてしまいましたので、動くのは二台を補給隊の船と金品とを代価に徴発します。これで、移動の足も人員の運搬も問題はないでしょう」
「ジャッコウの民を連れて行くんですか? それと馬車は二台ともボロかったですが、平気なのでしょうか」
「彼らにも戦いの経験を積ませないと、いざというときに里を守れませんからね。そしていまは時間こそが貴重ですので、馬車は使い潰す気で走らせることになるので、ボロい方が気楽でいいです。道中で壊れたら、私の魔法で直せばいいだけのことですし」
エヴァレットに答えつつ、俺は組んだ予定を進ませるため、少し速足で船のある場所へと向かっていったのだった。
 




