百七十八話 情報を集めると、意外な事実を知ることもあります
俺たちは補給船で遡上して、再び川岸の町に戻ってきた。
洗脳兵士に食料の買い出しに行かせて、俺はエヴァレットたちを引き連れて、まずメッセンジャーを投げ捨てた裏路地に入った。
誰かに保護されているかと思いきや、身ぐるみはがされて転がされていた。
強盗ともみ合ったのか、俺たちがつけたはずのない怪我が、彼の体にはある。
その姿を見て、男を無事見つけられた安心感と、彼の身の不幸を詫びたくなる気持ちがないまぜになる。
まさか軍と戦う羽目になるとは思ってなかったし、町中で死体がでると騒ぎになる可能性があったから、命を取らずに放置した。
けどこの段になると、何かしらの方法で元・指揮官と連絡を取るかもしれないので、この人に生きていられると具合が悪いんだよな。
俺はエヴァレットに顔を向けて、一つ頷く。
エヴァレットも頷き返すと、手に針を隠し持って、男に近づき介抱するように抱きかかえる。
その際に針――フィマル草の暗殺軟膏が塗られた先を、首元に突き刺した。
瞬間、気絶していた男が目を見開き、エヴァレットのローブを掴んで口を開け閉めする。
しかしすぐに事切れ、ぐったりと体の力がなくなった。
死を確認したエヴァレットは、針を手の中に隠しながら、こちらに首を振って見せる。まるで、助けようとしたときには既に死にかけていたかのような感じでね。
それを受けて俺たちも、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒を装って祈りを捧げる。
そんな偽装をしてから路地を出て、通りかかった人に奴隷商があるかを尋ねる。
「奴隷商? ああ、小さい店だが、あっちの町はずれにあるよ」
「ありがとうございます。貴方に神のご加護がありますように」
「はは、ありがとよ」
笑って去っていく人を見送って、俺たちは教えられた奴隷商に向かう。
ついてみるとその店は、とてもこじんまりとしていた。
店の大きさからすると、一度に扱える奴隷が十人も満たせない感じだ。
ま、俺の目的は奴隷商ネットワークが持つ情報で、奴隷が欲しいわけじゃないしな。
店の大きさには目をつぶって、俺たちは店内に入り声をかける。
「ごめんください。少しよろしいでしょうか?」
「はいなー。ラトラブ奴隷店に、ようこそおいでくださいました」
対応してくれたのは、三十代の優男だった。他に従業員が見当たらないことから、どうやら彼が店主らしい。
俺は彼に、クトルットの親が持つ奴隷商会の関係者だという証を見せる。
奴隷商なら知らない人はいない商会だけあり、店主の反応は劇的だった。
「なんと、あの商会の!? た、大変失礼いたしました。ささ、こちらにお座りください」
店主は丁稚になったかのように腰を低くし、俺たちを椅子に座らせた。
そして自身は、お茶や焼き菓子をこちらに配膳すると、言いつけをまつ執事のように近くに控えた。
出されたからには口をつけないと失礼だよなと、お茶を一口、クッキーっぽい菓子を一齧りする。
その後で、店主に向き直る。
「今回、私たちがこちらにお邪魔しましたのは、この商会に連絡を取りたいからです」
「はい、そんなことではないかと思いまして、すでに紙とペンを用意しております!」
さっと俺の前に、一枚の紙と、インク壺に刺さったペンが差し出された。
「……ずいぶんと用意が良いですね?」
「いえいえ。こんなさびれた商会に、大商会の関係者のお方がくるだなんて、用件が買い付け以外なのは明白ですので!」
それならいいやと、俺は紙に文字を書いていく。
あて先はクトルット。ジャッコウの里でキルティと交わした約束――先祖返りでジャッコウの特徴を持つ子が生まれた家庭から、その子を奴隷として買い付け、ジャッコウの里の砦で媚薬と交換する段取りがついたと書いていく。
もちろん、紛失したり奪われることを考え、仮に誰かに読まれても真には悟られないいように、固有名詞はぼやかしている。
紙を巻き、封蝋をして、店主に預ける。
「お預かりいたします。すぐに連絡網にのせますので」
恭しく受け取った店主の言葉に反応したように装って、俺は彼を呼び止める。
「ああ、連絡網といえば、少し知りたいことがあるのですが」
「はい、なんでございましょう」
「遠征軍と国軍の動きについてです。貴方が知っている限りでいいので、語ってはくれませんか?」
店主は少し驚いた目をして、そして満面の笑みに変わった。
「もちろん、いいですとも。ここ最近の二つの軍の動きは、旅回りの方には負いきれなかったでしょうしね。しかし紛争の中に、奴隷商の商機があるのものまた事実。知らねば世情に置いていかれてしまいますからね」
店主は訳知り顔でニコニコと笑うと、咳ばらいをした。
「こほん。では、貴方様がどのあたりのことまで知っておられるか、教えてもらってもよろしいでしょうか?」
俺は顎に手を当てて、国軍や遠征軍についてのことを思い出す。
「たしか、国軍は真なる聖大神と名乗る邪教と戦い、遠征軍は各地を鎮圧しているというところでしたね」
「なるほどです。では、その後の展開について、お教えいたしましょう」
店主は話を思い出すように、目線を上に向けつつ語っていく。
「真・聖大神教団は、拠点にした町の防御力と、固く信仰を信じる信徒たちにより、国軍の侵攻に耐え続けていました。国軍の総大将は、兵士に被害が出るからと、包囲しての兵糧攻めに作戦を変更します。火矢を壁越しに射かけたりもしていたそうです」
「着実に成果をあげていたようですね。なのに、遠征軍に戦場を明け渡してしまったのですか?」
「軍の悪いところが出たんですよ。総大将のやり方は時間と物資がかかり過ぎると、一部の将校で反発が起きたのです。中には、一軍を預けてくれれば、一両日で落として見せると豪語する人すら現れたそうですね」
「その流れだと、誰かが独断専行をして、大打撃を受けてしまったのですね」
「まさしくその通りです。新月の日に密かに手勢を集めた大将が、町中が寝静まるのを待って夜襲を仕掛けようとしたそうです。しかし真・聖大神教団に察知され、逃げ帰った大将以外はほぼ全滅だったそうです」
その後は言われなくても想像がつく。
綱紀粛正を図るために、その逃げた大将は死罪になったんだろう。
「そして混乱している国軍に、教団信者が決死の特攻をしかけたのではないですか?」
「おお、またもや当たりです。次の日に逆に夜襲を仕掛けられたそうです。それも、信者は自分の体に油をかぶり、窮地に立たされれば自身に火をつけて、誰かを道ずれにしたそうです」
流石に、焼身特攻までは予想してなかったよ。
けど、火をつける道具を持っているとなると、教団側の目的は推測できる。
「物資の焼き払いですか」
「はい。火だるまになった信者数人が、食料の集積所に飛び込み、瞬く間に燃え上がったそうです。急いで消火したそうですが、灰まみれな上に水を吸った小麦粉は使い物になりません」
「ご飯がなければ、兵士は戦えませんからね。士気の低下が著しかったでしょうね」
「はい。兵糧攻めをするつもりが、兵糧攻めされる事態になってしまったそうです。ですがそのときですよ、さっそうと遠征軍がやってきたのは!」
店主が語ることによると、遠征軍は邪神教を制圧がてら、食糧物資を集めてきたので、国軍に分ける余裕があったそうだ。
余裕がなくても、遠征軍を牛耳っているマニワエドは国軍の出だから、融通したに違いないけどね。
店主の語りは続く。
「それで食料問題は解決したのですが、国軍は遠征軍を止め置く決定をします。またいつ夜襲で物資を狙われるか分からないと、大軍勢で町を落とすことにしたのです」
「そのときの兵士たちの気持ちも、早く戦いを終わらせたいとなっていたんでしょうね」
「きっとそうでしょう。さていよいよ、二つの軍による、共同作戦が開始されました!」
戦いは朝から始まり、一方的な展開になったそうだ。
「砂山に殺到する水のように、兵士たちは町に攻め寄せます。防壁と信徒の手で食い止めますが、この日ばかりは勢いと数が違いました。奮闘むなしく外壁のある場所が制圧されると、あとは瞬く間に軍の侵攻が進んでいきました」
程なくして真・聖大神教団は壊滅。
国軍と遠征軍の混合部隊は、勝鬨を上げて勝利を喜んだと続いた。
そこで疑問が一つ。
「壊滅したのなら、なぜまだ遠征軍はその町に駐留しているのですか?」
「戦費の補充のため、教団関係者を殺すのではなく、捕縛する方向に力を入れていたので、多くの信徒に逃げられてしまったそうです」
「分かりませんね。逃げた信徒がいたとしても、教団は潰れてしまったのでしょう?」
「それがそのぉ。信徒が逃げたのは町の外ではなく、町中にある隠し通路なのだそうです」
俺が訪れたときにはそんな場所があるとは知らなかった。けど、もともとなくても、国軍と戦っているときに作ることもできるか。
それにしても、信徒たちが彼らしか知らない隠し通路に逃げたとなると、状況は厄介だ。
彼らを放置すれば、潰した教団が復活してしまう可能性が残る。その上、隠れ場所からゲリラ的に現れて、駐留している人を襲うかもしれない。
「となると、いま町に遠征軍が駐留しているのは、国軍にモグラ叩きを押し付けられたからなのですか?」
「言い方は悪いですが、まさしくその通りです。ですが、遠征軍の手腕はすごいですよ。逃げ隠れする多くの信徒を捕まえて、奴隷商に売り払っているのですから」
「そうなのですか。この事態に、遠征軍の取りまとめ役は、なにか言葉を残していますか?」
「各地で転戦続きだったので、一か所に長期留まれるというのは気分的に楽だとか何とか」
やせ我慢か本気かは知らないけど、遠征軍があの町から動くことは当分なさそうだな。
「では、国軍の方はどうなりました?」
「遠征軍の任務を引き継ぐ形で、大将ごとに軍を分けて各地に派遣して、邪教の捜査と殲滅を行っているそうです。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの威光を示すと、張り切って取り締まっているようですね」
軍が分かれているとなると、あまり悠長に準備はできないな。
時間をかければ、分かれた軍が再集結する可能性が高まる。そもそも俺が狙う元・砦の指揮官が転戦で場所を去って、居場所が分からなくなってしまうかもしれないしね。
そんな内心の焦りを表に出さないようにしながら、店主に尋ねる。
「この町から西へ、西に徒歩で十数日いった距離の村で、国軍の一つが戦っているという噂を耳にしたのですが。それは本当ですか?」
「徒歩で十数日……。ええ、ああ、はい。たしかに、国軍の一つが村を囲っている話がありますね」
「戦いには、なっていないのですか?」
「いまは調査段階で、住民から話を聞いているとか何とか」
「そうなのですか。ちなみに、どんな邪教が村にいるか、噂でも入ってきていますか?」
俺は色々と関係しているので、国軍がいるのは、知っている村の可能性もある。
事実そうなら、村人たちと内応して、元・指揮官を殺す算段をつけられるかもしれないよな。
そんな自分勝手な思惑は、奴隷商の店主が発した一言で、吹っ飛ぶことになった。
「ええはい。たしかその村では、自由の神を祭っているという話でした」




