百七十七話 元・指揮官は、意外な場所にいるみたいです
昏倒させたメッセンジャーの男から手紙を抜き取る。彼自身は袋詰めにしてから、補給隊の船まで運んだ。
その後で、洗脳煙草と魔法とアフルンの体臭を使って、無理やり情報を引き出していく。
「ほらぁ、喋っちゃいなさいなぁ」
アフルンの平たい胸に抱かれて、ぼうっとした目になった男は喋り始める。
「あの砦の元・指揮官は、この町から西に徒歩で十数日いった村にいると聞いている」
意外にも不確かな情報に、俺は眉根を寄せた。
「伝聞系なのはなぜですか?」
「オレの役目は、この町から下流に一日行った村で、馬車持ちのヤツに手紙を届けることだ。そいつから、指揮官の居場所を伝え聞いたからだ」
つまりこの男すら、伝令の途中だったのか。
泳がしたりなかったことに歯噛みして、問題解決に意識を入れ替える。
「それで、その馬車持ちという人の特徴は? なにか合言葉があるのですか?」
次々に質問をして、メッセンジャーの男から必要な情報を引き出した。
尋問が終わったので、酒を飲ませた上に体に浴びせかけて酔っ払いに偽装し、町の裏路地に放置する。
男から得た情報をもとに、川を下って次の村へ向かう。
その村には接岸施設がなかったため、近くの川岸に船を留めて、徒歩で村へ。
もうすっかり夜になっているので、寝静まっている。長年争いとは無縁なのか、村の出入り口に歩哨がいない。
これはツイている。
静謐な村の中を、俺とエヴァレットで足音を押さえて移動していく。
探すものは、この村で一番頑丈そうな馬車だ。
きっと外見はボロに偽装しているだろうから、一台ずつ間近で観察して頑丈さを確かめていくことにした。
村にあった馬車は三台。どれも使い込まれていたが、足回りを大幅に改修した痕跡があるのは、一台だけだった。
これで誰が元・指揮官に通じるメッセンジャーか確定した。
俺はステータス画面を呼び出し、アイテム欄を展開する。
メッセンジャーの家は、横に開ける引き戸だ。鍵はつっかえ棒だろう。
戸と壁の隙間に差し込んで棒を外すための、L字の道具を出す。
ちょいちょいっと作業をして、引き戸をゆっくりと開け、体一つ分入るだけの隙間を開ける。
身振りで指示し、先にエヴァレットを中に入れる。
彼女がつっかえ棒を外すかすかな音が聞こえたところで、道具をアイテム欄に収めてから、俺も家の中に。
戸を後ろ手に閉めてから、エヴァレットを先頭に家の中に押し入っていく。彼女の耳なら、寝息を立てているであろう住民の息遣いで、居場所が丸わかりだろう。
迷いなく家の中を進んで、とある部屋の前にやってきた。
どうやら、この中に狙いの男がいるらしい。
扉を押し開けると、ぷんっと酒の匂いがしてきた。
薄暗い室内を見ると、酒瓶らしきものが転がっている。きっと、元・指揮官から報酬に渡される金で買ったんだろう。
川沿いの町にいたメッセンジャーの男に比べると、目の前で寝ている男は裏仕事をしているという意識が低そうに見える。
たぶん、手紙一つで小金が入る美味しい仕事を見つけた、ぐらいにしか思っていないんだろうな。
もしかしたら、元・指揮官がそう思わせるように誘導しているのかもしれないけどね。
でもそういうタイプの相手なら、メッセンジャーの男に使ったような方法をとらなくても、簡単に情報を吐くな。
俺はアイテム欄からぼろ布を取り出し、自分とエヴァレットの顔を覆い隠す。
その後で、酔っ払いの男をベッドから蹴り落とした。
「――どうぇあ?! くおぉ、ベッドからまた落ちて……ひぃ、だ、誰だよ、アンタ!?」
俺は逃げようとする男の後ろ首を掴むと、床に押し付けながら囁く。
「黙れ。動くな。知りたいことが聞けたら、解放してやる」
「わ、分かった。乱暴しないでくれ。痛いのは嫌なんだ」
ガタガタと情けなく震える男へと、威圧しながらも優しげに聞こえる声を出す。
「この手紙を届ける相手の場所を、教えろ」
意図的に短文的に喋って、言いしれなさを演出しながら、メッセンジャーの男から奪った手紙を見せた。
すると、酔っ払いの男は震えを止めて媚びるような顔になる。
「へ、へへへっ。なんだよ、お仲間か――うっげぁ」
言葉の途中で、もう一度床に押し付けて黙らせる。
その後で、男の考え違いを正していく。
「逆だ。商売敵だ。この手紙を受け取るヤツは、シマを荒らした。ケジメをつける」
「ひ、ひいぃぃぃ。お、オレ、あ、あっしは、関係ねえ。ただ、手紙を運んでいるだけの、村人なんですよぉ」
「黙れ、知っている。だから、優しく聞こうとしてやっている」
望むならもっとひどいことをするぞと、言葉ではなく後ろ首を握る指に力を込めることで伝えてやった。
酔っ払いの男は吐き気を堪えるような青白い顔で、首を上下に動かして了承する意を示す。
「では、教えろ。この手紙の送り先だ」
「い、いまは、ば、馬車で七日西にいった村にいる」
「……聞いた話と違う。徒歩で十数日。馬車なら五日もあれば十分だな?」
嘘はよくないと、首の骨が軋むくらいまで指の力を強める。
すると男は目を見開きながら、必死に弁明し始めた。
「そ、それは少し前のことですよ。いまは、戦線が移動して、もう少し遠くになったんです」
「戦線? お前、手紙を戦場に送る気か?」
「そうなんです。渡す先は、いま邪教徒と戦っている軍の大将さんだ」
「国軍か? それとも遠征軍か?」
「国軍だ。邪教徒の手で要塞と化した町を攻めあぐねて、戦いの指揮を遠征軍に奪われてしまい、ドサ周りさせられている、あの国軍だよ」
ほほぅ。俺たちがジャッコウの里で遊んでいる間に、世界の動きはまた一段と変化していたらしいな。
国軍も落ち目だねえ。
遠征軍は航迅の神の信徒が多いから、国軍こそが聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒が真に頼れる兵力なのになぁ。母体となる教徒自体が少なくなったから、仕方がないことなのかもしれないけどね。
しかしながら、元・指揮官はいま戦争中か。
多少の手勢とは戦うかもと思い、ジャッコウの民を連れてきた。けど、まさか軍を相手にするかもしれなくなるとは、思ってもみなかったな。
どうしようかと思っていると、俺の下にいる酔っ払いが声をかけてきた。
「へ、へへへっ。ま、まさか、軍のお偉いさんが相手だとは、思ってなかったんでしょ。いま放してくれるなら、今日のことは黙ってやっても――いぎゃっ?! ぐえぇ!! ごめんなさい、ごめんなさい。生意気言いました……」
調子に乗りかけた男を力ずくで黙らせて、俺はゆっくりと考えを巡らす。
五分ほど経ってから、ようやく決心と算段がついた。
「おい、教えろ。軍の大将の居場所、そして会う方法だ」
「えっ、まさか本当に、軍に戦いを――いぎゃあ!? わ、分かりました、分かりました。教えますからぁ~」
情けない声を上げて、酔っ払いの男は情報を洗いざらい話してくれた。
得た情報を精査しながら立ち上がり、床に伏せたままの男の顎を蹴り抜いて失神させた。
きっちり気絶していることを確認してから、顔のぼろ布を解く。
「さて、それじゃあ国軍潰しと行きましょう。でもその前に、また情報収集をしないといけませんね」
「国軍が戦っている相手の情報ですね。それでしたら、奴隷商の情報網が使えるかと。邪教徒を相手にしているのでしたら、捉えた者を即時奴隷に落とすため、国軍は奴隷商に渡りをつけているはずです」
「おや、エヴァレット。やけに奴隷事情に詳しいですね?」
「それはもう。友人であるクトルットが、茶請け話として色々と教えてくれましたので」
苦笑しながらの言葉に、エヴァレットがその話を聞いているとき、困っていたんだろうなと予想がついた。
クトルットは真の友達が長年いなかったからか、エヴァレットや先祖返りの子相手だと、自分を知ってもらおうと話が仕事寄りになりがちなんだよなぁ。
そんなことを思い出して苦笑しつつ、家の外へ出ると馬車に細工して動けなくし、昏倒させた男が起きてもすぐに元・指揮官に知らせに行けないようにした。
その後で、ここまでの展開を伝えに、補給隊の船にいるみんなの下へと戻るのだった。




