百七十六話 さあ徐々に追い詰めていきましょう
里に戻って、キルティたちと相談すると、帰ってきた答えは一つだけだった。
「「「その元・指揮官を倒してしまいましょう」」」
全員からの異口同音の言葉に、俺は目を瞬かせる。
「やけにあっさりと決めましたね。少しは紛糾すると思っていたのですけど?」
俺が不思議がると、キルティが代表するように喋り始めた。
「簡単な話だよ。だって、あの砦で戦争が始まったら、支えるだけの鍛冶力がこの里にはないんだからね。その戦争を仕掛けてきそうな元・指揮官を、野放しになんてしていられないよ」
里長らしい判断に舌を巻いていると、エヴァレットが後を引き継ぐように言葉を紡いでいく。
「里の事情はともかく、いま相手は補給隊を失って戦力が低下しています。しかも相手はそれを知らずにいます。いまこそ、絶好の叩く機会だと思います」
ちょっと前まで、俺の指示待ちな部分があったのに、今ではだいぶ戦術的な考え方ができているな。
ここまでの布教の道のりで、俺が悪巧みしまくる姿を、横で見ていた影響かな?
うんうん、いい傾向だ。
俺は褒めるためにエヴァレットの頭を撫で、物欲しそうにするキルティもついでに撫でる。
「たしかに二人の言った通りです。いまこそ、元・指揮官を叩く好機なのですよね。情報によると、別動隊が私が封鎖した街道の砦を占拠しに向かっているらしいので、さらに元・指揮官の手元の戦力は低下しているはずですので」
事態が追い風となって、俺に有利に働いているな。
けど、問題が一つ。
「補給隊を全滅させてしまったので、元・指揮官の戦力がどれほどあるか、知る方法が失われてしまったんですよね……」
意気揚々と倒しに向かってみたら、千人規模の集団が待ち構えていた、なんてことになったら目も当てられない。
もしそうなったのなら、魔物を多数召喚してけしかければいいと思わなくもない。
けど、何事にもアクシデントはつきものだ。
流れ矢の一発、破れかぶれな剣の一撃、適当に突き出した槍が、致命傷にならないとも限らない。
そして味方の誰かが不運に即死してしまったら、俺の魔法では生き返させられない。
現実であるこの世界で、コンティニューなどできようはずがないので、慎重に事を進めたい。
でも、まごついてもいられない。
不意打ちをかけるのなら、早ければ早いほど、相手の意表を突ける可能性が高いからだ。
安全と危険、望める結果と損失を、状況ごとに天秤ばかりにかけて考えていく。
少しして、結論が出た。
「……すぐに行動に移した方がいいみたいですね」
その方が、結果的に被害が少ないと読んだ。
となったら、後は迅速に行動していくだけだな。
「キルティ。戦える人と漁師の人を呼んでください。補給隊の船を使って、我々とその全員で元・指揮官のいる場所まで移動します。数日間拘束することになるので、その交渉と報酬についても交渉をお願いします」
「分かったよ。使用人に頼んで、話をつけさせるよ」
「エヴァレットたちは、私と共に先に砦に入ります。そこで移動の準備をしつつ、キルティが集めてくれた人を待ちます」
「分かりました。この屋敷に置いてある荷物は、持っていきますか? それとも残しておくので?」
「馬車は街道の砦を塞いだ際に、ここに置いていく気でいましたし、大事な物は私が預かっています。なので、武器以外は置いていきましょう」
「心配しなくても、大事に預かっておくから。いつでも遊びにきなよ」
キルティの笑顔の言葉に、エヴァレットたちは安心した様子で頷いた。
その後すぐに、俺の指示通りに全員が行動を始める。
キルティが放った使用人たちが、町の方々へ散る中、俺とエヴァレットたちは船に乗って砦に向かった。
そして補給隊の船に食糧庫や武器庫から必要な物資を積んで、キルティが集めた手勢と洗脳したあの兵士と共に、元・指揮官のいる場所へと川を下っていくのだった。
補給隊を装った俺たちは、夕暮れ時にある川沿いの町に到着した。
ここに元・指揮官がいるのかといえば、違うらしい。
俺が洗脳した兵士が言うには、ここは中継地点とのことだった。
「ここには、指揮官の息がかかった店がありましてね。その店の倉庫を、物資集積所として貸してもらっているのですよ」
「表向きは、その商店が投機目的で、武器や食料品を買い集めたことにしているわけですね」
「はい。世界は色々ときな臭くなってますので、裕福な店ならどこででもやっているので、誤魔化しようがいくらでもあるのだとか」
「なるほど。話は分かりましたが、なぜ元・指揮官がいないこの町に上陸を?」
洗脳が解けているのかと疑いながら聞くと、兵士は二心はないと首を横に振って見せてきた。
「オレが砦から逃げる際には、その店を仲介にしろと言われているんですよ。きっと店主が指揮官の居場所を知っているんでしょうね。物資を買うのに使った金の回収先をしらなきゃ、快く倉庫を貸したりしないでしょうし」
「道理ですね。ですが恐らく、お互いに手をつなぎ続けていれば、莫大なお金が手に入ることも伝えてあるんでしょうね」
指揮官という軍の偉い人であっても、商売では素人だ。ジャッコウの里を制圧して媚薬香水を売るには商売人の伝手がいる。
その伝手と、物資を怪しまれずに蓄積運搬するための拠点に、この町の店を使ったわけだ。
一石二鳥の作戦で、俺は賞賛の拍手を送りたい気分になった。
けど、俺が独り言のように放った言葉に、兵士は不思議そうにしているんだよな。
その反応からすると、元・指揮官はジャッコウの里で媚薬香水が作られていることを、部下たちには伝えていないようだ。
となると、この町の店に話した内容も予想がつく。
『こちらに協力すれば、大きく儲かる話をくれてやろう。それこそ聖都に、店を移せるほどのな。今は詳しく話せないが、働きによって次第にあきらかにしてやる』
なんて感じで、美味い話とは伝えていても、将来扱わせる商品が何かを教えていないんだろうな。
俺の考えを知らない兵士は、気楽な顔で言ってくる。
「では、その店に乗り込んで、指揮官の居場所を吐かせましょう」
ここにいる全員で乗り込む気のような発言に、俺は待ったをかける。
「いえいえ、そんな荒っぽいことしなくたって、居場所の知りようはありますよ。俺の言う通りに、店主に話してください」
俺は元・指揮官の慎重な性格を逆手に取る方法を、兵士に伝えた。
その後で、引き連れてきた人たちは補給隊の船に乗せたままにして、俺と兵士、エヴァレットとピンスレットの四人で、件の店の近くまでいく。
「それじゃあ、頼みましたよ」
「はい。ばっちり任せてください!」
兵士はそう安請け合いしてから、一人で店に乗り込んでいった。
俺たちは適当な道のわきに佇み、その様子を見ている。
少しして、ピンスレットは不安そうな顔で、俺を見上げてきた。
「ご主人さま、あまり動きがないようなんですが。あの人、ちゃんとやれているのでしょうか?」
「大したことはやらせないので、大丈夫でしょう。まあ、洗脳しているので、ちゃんとかどうかは知りませんが」
軽く冗談を挟み、店の様子について、エヴァレットに尋ねる。
「店主と押し問答していますね。トランジェさまの読み通り、元・指揮官の男は店主に、兵士や補給隊に居場所を知らせるなと厳命していたようですね」
「秘密裏にことを進めているのですから、当然の配慮ですね。ですが、慎重な性格というのは、裏を返せば心配性ということでもあるのですよ」
何か不測の事態が起きたときのために、心配性な元・指揮官は連絡手段を残してあるに違いない。
もしもないのなら、店の中で緊急事態だと吠える兵士を、店主は知らぬ存ぜぬと追い返すはずだしね。
さて店の中の喧騒が外に漏れてきたし、もうそろそろ事態が動くな。
俺が注目していると、エヴァレットが報告してきた。
「兵士が緊急事態の内容――里に怪しげな軍隊が入って、獣人を瞬く間に手下にしてしまったようだと伝えましたね。店主はその何が大変か分かっていないようでしたが、獣人が将来の儲けの種だと知ると大慌てし始めました」
「予定通りなら、兵士がすぐに知らせを出せと詰め寄っているはずですね」
「はい。ペンと紙の音から、店主は大慌てで文をしたためているようですね」
そんな話をしていると、兵士が店の外に出てきた。
「急いで知らせてくれ。頼んだぞ!」
念押しするように大声で叫んだ後、こちらに視線を投げてから、補給隊の船へと向かっていった。
少しして、店の裏口付近から風体の怪しい男が出てきて、兵士の後を追っていく。
どうやら、連絡手段を探られないように、監視するつもりなんだろうな。
多重にセキュリティーをかけるあたり、本当に慎重にことを運ぼうとしているな。
感心していると、また別の男が店から出てきた。
その男を見て、エヴァレットがこちらに口を寄せてきた。
「あの懐に、店主の文があるようですね」
「少し泳がせて、あれが連絡員と確定したら、確保するとしましょう」
エヴァレットの耳があれば、百メートル以上離れても、あの男の行き先を聞き失う心配はない。
なのでかなり離れて、尾行していく。
すると、店から出てきた男が、またある男へと小金と共に手紙を渡す。その男がまた別の誰かに手渡し、そいつがまた誰かに、その誰かがまた誰かにと、手紙が渡っていく。
元・指揮官は慎重だと分かっていたので、あえて泳がせて正解だったな。けど、ここまで徹底して人の手を介すなんて、思ってもみなかったけどな。
都合、八人目になったところで、手渡しの流れが変わった。
八人目の男は手紙を受け取るや、角を何度も曲がったりして追跡者がいないことを確かめてから、町の外へと向かい始めたのだ。
あの男が、元・指揮官に手紙を手渡すメッセンジャーのようだ。
そうとわかれば、確保しよう。
まずは、声をかけて呼び止めるとしよう。
先回りして、町の外にでたところで、俺は彼の前に立ちはだかり笑顔を向ける。
「今晩は。少し、お尋ねしたいことがあるのですが?」
「はい。なんでございましょう?」
内心では急いでいるのだろうに、そうと感じさせない顔で返してきた。
怪しげな動きを見せないあたり、プロのメッセンジャーなんだろうな。
けど、背後の気配を悟る技術は、つたないようだな。
なにせ、後ろに迫ったピンスレットが、無事に跳び蹴りで彼を昏倒させ終えたのだから。
ご心配おかけしました。
復調したので、再開していきたいと思います。




