百七十五話 任せた結果がこうなりました
俺が単独で砦に行ってみると、桟橋には無傷の船が多数留まっていた。
補給隊を全滅させたと文がきたのに変だな。
桟橋から石段を登っていくも、新しい戦いの痕跡はない。
砦の門前まできて、ようやく戦いの跡を見つけた。
半乾きの血で黒く染まった地面には、刺さった矢が引き抜かれたであろう穴がある。
砦の扉には武器による傷があり、補給隊の必死の抵抗が見て取れた。
視線を上に向けると、俺が来たことを驚く、ジャッコウの住民の姿があった。
「何か起きたか知りたいのですが、砦の中に入ってもいいですか?」
少し大きめな声をかけると、大慌てな様子になった。
「いまお開けしますから。おい、神遣いさまが視察に戻ってきたぞ!」
彼が砦の中に大声を放って数分後、重たそうな砦の扉がゆっくりと開かれた。
出てきたのは、腕を三角巾で吊っている、俺が洗脳した兵士の男だった。
「お早いお越し、大変ありがとうございます」
「礼は構いませんよ。それより、ことの顛末を教えて頂けますか?」
「もちろんでございますとも。ささ、砦の中にどうぞ」
扉を潜ると、すぐ裏にレッドスカルが待機していた。
その体を見ると、乾ききっていない血が付着している。
視線を砦内に向けると、レッドスカルの向こう側に死体が積まれ、おびただしい量の血が地面にたまっていた。
血だまりは扉のすぐ近くまで広がっていて、俺は足を踏み入れてしまった。
赤くなった靴に眉をしかめ、少し時間を置いてくればよかったかなと気落ちする。
まあいいかと、赤い水たまりを踏み越え、案内された食堂に腰を落ち着ける。
ここまでの戦闘跡を見て、大まかに予想はつくけど、あえて目の前の兵士の男に聞くことにした。
「さて、何が起きたのですか? 補給隊を全滅させたとのことですが、やむに已まれぬ事情があったと考えていいのでしょうか?」
「は、はい。では、説明させていただきます」
兵士の男は、親に怒られるのが怖い子供のような表情で、俺に語り始める。
「補給隊から、まず先触れがやってきました」
「その件は町にも報告がありました。補給隊の船が桟橋にあるのを見るに、上手くやり過ごせたのでしょう?」
「それはもう。この砦が、まだ野盗の手にあると信じて疑ていない様子でした。もちろん対応したのは、このわたくしですとも!」
自分の功績を誇る姿に、いいから先を話せと身振りする。
俺の反応に、男はシュンとした顔になる。大の男がそんな態度をしても、俺の心が動くことはないからな!
心で悪態を吐きながら、顔はうさんくさい笑顔で、もう一度先を身振りで促す。
「はい、では話は補給隊が着た後に移ります」
先触れを騙しきったお陰で、補給隊は物資を山積みにして、この砦までやってきたそうだ。
「桟橋に船を係留し、武装した兵士たちが砦の前までやってきました。わたくしめは、砦から出てその対応をしました」
「そのときに砦の状況がバレて、戦闘になってしまったということですか?」
「いえ、このときはまだ騙しきれてました。しかし物資の補給という段階で、問題が発生したのです」
「……野盗の頭が見えないことに、違和感を抱かれたと?」
「それとは違います。食糧庫や武器庫への搬入を、補給隊で行いたいと言い出しまして……」
ああ、それは困るな。
砦の中に入られたて詳しく見られたら、駐留している人が野盗でないとバレてしまう。
なにせ、ジャッコウの民はケモ耳つきの獣人で、野盗は人間だったしね。
「押しとどめるしか、選択肢がないですね」
「まさしくその通りです。物資の搬入は全てこちらがやるからと言っても、物資が正しく使われているか調べる義務があるとか何とか言われてしまいまして」
「砦の占拠を頼んだ先が野盗ですからね。砦が健全に保たれているか、先方も心配になったのでしょうね」
「理由はわかりかねますが、とにかく中に入れろの一点張りでした。それで拒否し続けていると、何かを隠しているのだろうと疑われてしまいまして」
きっと補給隊は砦の野盗が全滅したとは、思っていなかったはずだ。
独自に別のルートで物資が搬入されてないか、ジャッコウの民を浚っての犯罪行為をしていないか、調べるつもりぐらいの気持ちだったんだろうな。
「それで貴方の静止を聞かずに、補給隊が砦の中に入ってしまったと? 扉に閂をかけてなかったのですか?」
「扉を少しでも開いておかないと、怪しまれると思ったのです。結果的には、その対応は無駄であったのですが……」
これで開いていた扉を通って、補給隊が砦に入ったことが確定した。
俺は対応のまずさに頭痛を覚えながら、先を聞くことにした。
「砦の中を見られたからには、殺すしかなかったと?」
「いえその、あの赤い骸骨が動き出しまして。止める間もなく、砦に入った兵士をズバッと……」
男がした動きからすると、補給隊の兵士をレッドスカルが斜めに斬ってしまったらしい。
俺の命令が残っていたのか、駐留した人の命令にあったかは、ちょっと横に置いておこう。つつくと俺の失態になるかもしれないしね。
「死んだ兵士の断末魔で、残りの人たちと戦闘になったのですか?」
「いえ、一方的な虐殺になりました。もしもの場合に、大弓や弓を持った人を隠して配置しておりまして。赤い骸骨は扉を閉めさせましたので」
「その割には、扉には真新しい傷がありましたが?」
「補給隊の兵士たちはかなりの手練れだったようでして。断末魔が上がった瞬間に、扉に殺到してきまして。わたくしめも赤い骸骨とともに扉を押したのですよ」
聞く分には、閂をかける人がいないぞ?
となると、扉が閉じる音がしなかったので、補給隊側は人数で押せば開くと思ったんだろうな。
けど、レッドスカルと兵士が押さえて開かなかったので、癇癪を起して武器を扉に叩きつけた。
大まかにはそんな流れなんだろう。
「ということは、補給隊で取り逃した人はいないのですね?」
「もちろんです。送った文の通りに、補給隊は全滅させましたとも」
「……捕虜は、取らなかったので?」
「必要ないでしょう。この砦がわたくどもに占拠されたことは、補給隊が返ってこないことからすぐに知られてしまいますから!」
自分の判断は間違いないと言いたげな男に、洗脳を強くし過ぎたかなと頭を振りたくなる。
しかし、起こってしまったことを嘆いていても仕方がない。
補給隊を全滅させてしまった弊害を考えないと、この砦の危機につながる。
「補給隊が船に積んでいた物資は、搬入し終わったのですか?」
「はい。赤い骸骨にも命令し、全員で砦の中に運び入れましたとも」
「物資の内訳は、どんなものでしたか?」
「大半は食料です。消耗品の補充は少なかったですね」
「そうですか。ジャッコウの住民は、あまりこの周囲には来ませんからね。矢の補充は、砦の武器庫をみて確認してからで十分だと思ったのでしょうね」
「はい、きっとその通りかと」
「しかしながら、補給隊を全滅させたとなると、今後の補給は厳しくなりそうですね」
「あの、川を上った湖にある町で、物資を集めればいいのでは?」
「ジャッコウの里は平和な場所で、農耕具や調理道具にしか鉄を使っていないような人たちです。食料品は賄えるかもしれませんが、消耗する武器の入手は難しいでしょうね」
実際に町を歩いてみて、異常なほどに鍛冶店が少なかった。
けど、日用品を作ったり補修したりする分には、あれぐらいの店舗数で十分だろうという気もした。
さらにいれば、ジャッコウの里は資源の掘削はしていない。なので、この砦に武器を補給しようものなら、あっという間に金属不足に陥るだろうな。
そう考えれば考えるほど、補給隊を全滅させてしまったことが悔やまれる。
一人でも生きていれば、洗脳や暗示を施して、川の魔物に襲われて全滅したと報告させることができたのに。
ないものねだりを始めた思考を、頭を振って外に追い出す。
「……こうなったら取れる手は二つですね。里長と話して決めないといけませんね」
考えが口に出ると、兵士の男は驚いたような顔をした。
「なにか、なさるので?」
「ええ。このまま砦を占拠し続けて過ごすか、あえてこちらから元・指揮官を襲い、補給に必要な伝手を入手するかですね」
「はぁ、そうなのですか」
よくわかっていなさそうな男に、俺は指を突き付けた。
「このどちらに決まっても、貴方には大いに働いてもらうことになると、心に留めおいてくださいね」
「えっ!? そうなのですか!?」
「当たり前でしょう。今では貴方が、この砦の駐留する人を束ねる立場ですよ。そして元・指揮官の顔を知っていて生きているのは、この場では貴方しかいませんからね」
仮に元・指揮官を襲うことになれば、この男を矢面に立たせないと話が進まない。
それほどのキーパーソンになるなんて、洗脳したときには思わなかったな。
手元にある何が役に立つか分からないもんだなと、あえて他人事のように考えることで、今後の面倒さから逃避したくなった。
けど――はぁ、今から町に引き返して、キルティとエヴァレットたちと相談しないとな……。
 




