百七十四話 とりあえずは人に任せてみよう
キルティの屋敷で寝泊まりし、町の人たちと交流しながら、補給隊がくる日を待った。
そんなある日、砦から報せが来た。
「補給隊の先遣が来て、数日中に食料を運ぶことを言って去って行ったか」
先遣を出して砦の様子を見るだなんて、あの砦の指揮官だった人は、かなり慎重な性格らしい。
報せによると、不信は抱かれなかったってことだけど、そのまま鵜呑みにしていいものだろうか。
対応したのは洗脳したあの兵士だけなので、先遣の人は野盗の頭を見ていない。
このことに、違和感を覚えられたかもしれない。
もしくは報告を受けて、元・指揮官の人が怪しむかもしれないよな。
砦に駐留している人たちに、補給物資を受け取りを任せるつもりだったけど、危険かもしれない。
どうするべきかを、里の民に被害が出るかもしれないので、キルティと話し合うことにした。
「というわけで、砦で戦闘になるかもしれません。なので、私たちも援軍に向かったほうがいいかもしれません」
そう報告と考えを締めくくると、キルティは腕組みする。
「話は分かったよ。でも、トランジェさまたちが援軍に行くのは、ちょっと待って欲しいかな」
「それはまた、なぜでしょう?」
「いや、単純な話だよ。あの砦って、ちょっとやそっとじゃ落とされないんでしょ。なら駐留させた人たちだけで、防げるはずだよね」
「攻めづらく、守りやすい砦な上、消耗品が山と残ってますから、大丈夫ですね」
「なら、任せてみたいんだ。トランジェさまたちが、これからずっと里にいるわけじゃないからね。ジャッコウの民が自分で土地を守るという気分を作らないと」
里長らしい言葉に、ちょっと感動してしまった。
どうやら俺と別れてから、成長したのはその乳房ばかりではなかったらしい。
「そういう理由があるのでしたら、私は今回、大人しくして置きましょう。砦で戦闘になると、決まったわけではありませんしね」
「そうしてくれると助かるよ。ああでも、里を守るという気運を高めるためなら、戦いになったら民を募って援軍を出さなきゃいけないよね」
「なるほど、砦と援軍とで挟撃するわけですね。よく、そんな戦術をしっていましたね」
「えへへっ。媚薬の交易で手に入れた、なにかの本にあったんだよ。籠城する人が求める助けは、援軍だけだってね」
腕組みを続けながら胸を張ったものだから、豊かになった乳房が協調されて、男の目には嬉しいことになっている。
眼福だなと思っていると、後ろで誰かが攻撃を受けたような音が聞こえてきた。
振り返ると、尻を押さえているアーラィの横に、足を振りぬいた格好のアフルンが立っていた。
「どうかしましたか?」
「い、いえ、あの――」
アーラィが誤魔化そうとするが、アフルンが先にどういうことかを話してくれた。
「アーラィったら、里長さんの胸を目をぐあっと開いて見ていたんですよぉ。まったく、ドスケベなんだからぁ」
「いや、だってほら!」
同じ男なので気持ちはわかるけど、それは不用意な発言だぞ、アーラィ。
「ほらってなによぉ? 慎ましやかな胸に、価値はないとでも言いたいのぉ?」
詰め寄るアフルンの胸は、今後に期待な年相応に小さな膨らみで、決して豊かとはいえない。
大きな乳房に対する嫉妬感からか、アフルンが怖い顔を作る。
アーラィは助けを求めるように視線をさ迷わせ、ある人を見てシュンと項垂れた。
目を向けた先を見ると、サウナでアーラィを担当していた、あの女性だった。
彼女の顔には、キルティにうつつを抜かしたアーラィを責める表情があった。
うん、どうやら年上の彼女の尻に、アーラィは敷かれてしまっているらしい。
あの女性に手ほどきさせたのは、男としての自信をつけさせるためだったんだけど、裏目に出ちゃったかなぁ……。
この騒ぎの発端となったキルティに目を向けると、バツの悪そうな顔で腕組みを解いているところだった。
報せがきてから三日後。
今度は漁師たちから、伝言が伝わってきた。
「ふわぁぁ~。なんか見知らぬ船が、砦の桟橋に向かうのを見たらしいよ」
「おや、こんな朝早くに補給作業だなんて、勤勉なことですね」
眠そうにするキルティの様子を見ればわかるように、いまは朝ご飯が並べられる前の時間帯だったりする。
この時間に船で遡上してきたことを考えると、補給隊は夜通しで運搬してきたんだろうな。
誰かに見れる可能性を下げるにはいい手だけど、やらされる人にとっては地獄に違いない。
「漁師が漁を終えてから報せてきたと考えると、すでに補給隊は砦にやってきた頃でしょうか?」
「砦付近で漁をしていて、慌てて戻ってきたらしいから、まだ着いていないんじゃないかな?」
そんな予想はしつつも、駐留する人に任せると決めたのだからと、俺たちはのんびりと朝を過ごすことにした。
エヴァレットたちが起きてきて、程なく朝食が始まる。
近況を伝えると、彼女たちは焦りもしなかった。
「大弓と弓の使い方を教えてあります。一朝一夕で落ちる砦ではないでしょう」
「仮に扉が破壊されたとしても、あの赤い骸骨がいるから、平気だと思います!」
「別に大船団が来たわけじゃないんでしょぉ。人数がいなきゃ、あの砦は落ちないわぁ」
エヴァレット、ピンスレット、アフルンの順に言って、最後はアーラィの番だ。
なのに、疲れが見える顔で、ぼんやりとパンをちぎって口に入れている。
隣に座るアフルンが、アーラィの脛を蹴り飛ばす。
「痛ったぁ!! も、もう、なにするんだよぉ……」
脛を押さえて涙目で抗議する姿を、アフルンは鼻で笑い飛ばした。
「ふんっ。戦いになるかもしれないっていうのに、気の抜けた顔をしている方が悪いでしょぉ?」
「それは、そうかもしれないけど……」
なにも蹴らなくてもと苦情をいうアーラィに、エヴァレットから無常の言葉がやってくる。
「夜が明けるまで、そちらの女性と励んでいたようなので、大目に見てあげては?」
断罪にも聞こえる提案に、アーラィの顔が青くなり、アフルンは獣を見る目に変わる。
一方で、相手と指された女性は、同僚によくやったなって感じで突かれていた。
このままでは話題がアーラィの性事情に移ってしまいかねないので、強引に話を戻すことにした。
「その人が夜どう過ごそうと、その人の自由なので、気にしないようにしましょう。そんなことよりも、砦の状況が気にかかりませんか?」
「そ、そうだね。砦で戦いが起きているのか、起こらずに補給物資だけ手に入ったのか、知りたいよね」
自分の使用人が話題に上るのを避けるように、キルティも俺の意見に同意してきた。
この場のトップである俺たちが話題を転換させたので、アーラィの話はこれで打ち切りとなった。
助かった顔のアーラィが、おずおずと意見を言う。
「あの、気になるのでしたら、漁師の人に偵察を頼んではどうですか?」
それはいい案に思えたが、キルティが首を横に振る。
「いまは、獲った魚の選別と販売をしている時間帯だね。事前に話を通していたならまだしも、彼らと家族の生活もあるから、無理には引き受けさせられないね。これから頼むとしたら、偵察に出てくれるのは昼頃になるかな」
まっとうな里長判断によって、アーラィの意見は通らなかった。
それどころか、漁師が船を出せないということは、俺たちだけで偵察に行くという手も取れないという事でもあった。
では別の方法をと考えていると、アフルンが暢気な口調で言う。
「気にしなくていいんじゃなぃ? なにかあれば、漁師でも砦の人からでも、報せがくるはずだしぃ。それがないってことは、大したことになってないってことでしょぉ?」
「それは――たしかにその通りですね」
「だから、報せが来たときに動けるように心構えしておくだけで、こちら側はいいと思うのぉ」
アフルンが語り終えると、食堂内はその意見が最上かなという雰囲気になった。
というか、出せる船がないんだから、それ以上の手は取りようがないよな。
なので砦の様子は気にしつつも、これまで通りに日常を送ることにした。
そしてこの日の夕方、砦から手紙が来た。
漁師からの異常報告はなかったから、大したことはなかっただろうと、軽く見ていたらから驚いた。
『補給隊を全滅させた』
一文だけの報告書を見て、俺は事情を聴くため、砦に向かうことを決意したのだった。




