百七十三話 砦の駐留隊を置いてみました
一眠りして、俺とエヴァレットたちは、砦の駐屯に選ばれたジャッコウの人たち十数人と合流した。
その後、漁を終えた漁師の船に分乗して、川を下っていく。
何事もなく砦の桟橋に到着し、俺が先頭となって石段を登っていった。
重そうな扉は、俺たちが出て行ったときと同じく、半開きのままそこにあった。
俺は後ろに続く人たちに、身振りで止まるよう伝える。その後で、砦の中に声をかける。
「レッドスカル、警戒を解除してください。別命あるまで待機で、お願いします」
「カタタタ」
扉のすぐ裏から、骨が顎を鳴らす音が聞こえてきた。
これで襲われることはなくなったはずなので、再び俺を先頭に砦の中に入っていく。
半開きの扉の裏には、レッドスカルが骨のように白い大剣を地面に突き刺し、待ての体勢で立っていた。
俺はその姿に微笑んでしまったが、初めて見るジャッコウの人たちは、とてもぎょっとしていた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。私の命令に従いますので、いまは襲ってきたりしませんから」
「は、はぁ。そうなんですか……」
俺の説明を理解はしても納得はし辛いようで、レッドスカルを避けるような動き方で、ジャッコウの人たちは扉を潜っていった。
全員が中に入ったので、改めて扉を閉めて閂をかける。
その後で、砦の施設と使い方の説明に入る。
施設の案内は、俺が洗脳した兵士に任せた。
「さあさあ、同じ自由の神の同士の皆さま。この砦にようこそ! 歓迎します!!」
やけに張り切った姿に心配になったが、それは杞憂で各種施設の説明は滞りなく終わった。
この際に、嬉しい誤算があった。
食糧庫にはかなりの物資があって、補給隊がくるという二十日前後までは、駐屯する人たちに三食食べさせても優にもちそうなほど。
食堂には井戸があり、川の近くだけあっていくらでも組めそうな水量が常にある。
武器庫にある装備も、消耗品はかなりの数納られていて、武装もこの世界で流通している中では上々な部類だ。
それらを見て判断するに、籠城をすればかなり長い間持ちこたえられそうだった。
かなりいい状況を受けて、次は砦の各所にあるバリスタの使い方だ。
説明はエヴァレットが行ってくれた。
「まず大弓を撃つには、この取っ手を回す。すると弦がひとりでに巻き上がる。引ききると、かちっと音がでる。音が聞こえたら、この槍のような矢を溝に入れる。この溝のお陰で、かなり傾けても矢は先から落ちなくなっている」
手順を見せながらの説明を、ジャッコウの人たちは頷きながら聞いている。
その後で、バリスタと弓矢の試射を行う。
狙いは、程よい距離があり後で回収しやすい、桟橋近くの川岸にある岩にした。
「この大弓っての、装填まで時間がかかるな」
「なら、一つが巻き上げているあいだに、他を撃てばいいさ」
「近い相手なら、弓矢で射れば事足りるだろ」
ジャッコウの人たちは、一通り的を狙って射てみて、誰がバリスタを扱うかを決めたようだった。
兵器の訓練が終わったので、砦の配置を煮詰めていく。
十数人しかいないし、砦の出入りは桟橋から石段を上がってくるしかない。そのため、扉の直上の欄干に配置する人を多くして、他の場所は少なめにした。
緊急時には、他の場所の人たちも全員、扉の上に集合するようにする。
この際、砦の中に突入された後のことは、考えないことにした。突破された時点で詰みだし、レッドスカルに暴れさせる以外に方法をとりようがないしね。
人の配置を決めたので、試射に使った矢を回収しに向かう。
桟橋につき、漁師に船を出してもらおうとして、彼らが何か作業をしていることに気づいた。
「何をしているんですか?」
「川底に船が沈んでいたんでね。引っ張り上げて修復しているのさ。ここにオレらの船を置くわけにもいかないしな」
船に空いた穴を、他の沈没した船を材料に塞いでいるようだ。
大本の形が同じだからか、漁師が板を貼って釘を打つと、乗れないことはなさそうなぐらいには直っているように見える。
「それじゃあ、第一号の試乗といきますか。神官さんは川岸に行くんだろ、ついでに乗っていきな」
「え、あ、はい。お邪魔します」
修復船第一号に、俺は乗船することになった。念のために、エヴァレットたちは桟橋に残しておく。
船はちゃんと水面に浮かび、漁師が櫂を漕ぐと川を遡上する。
俺は船体に視線を向けて、修復箇所から水が入ってきていないかを確認していく。
川から引き上げたものなので、全体的に濡れているから、水が入ってきているか判別がしにくいけどね。
少しして、桟橋からすぐ近くの川岸までの短い間だったけど、修復船は無事に役目を果たした。
「船は直ったようですね」
川岸に下りながら感想を言うと、漁師は難しい顔で首を横に振る。
「まだ安心しちゃだめだ。船の内側が乾くと、木が縮んで水が入ってくるかもしれない。観察が必要だ」
「そうなんですか。仮に、後日水が入ってきたらどうすれば?」
「そのときは、近くの漁師を呼びな。船の修復ぐらいは、手習いで全員ができるからな。ま、桟橋に船を上げておいて、乾いたころにもう一度見に来る気ではいるから、心配しなくていいさ」
そんな話をしていると、修復船二号がやってきた。
一号の成功を受けて、乗せる人数が五人に増えている。乗っているのは、漁師の他にエヴァレットたちだ。
海岸に降り立った彼女たちと共に、試射に使った矢を回収していく。
その間のちょっとしたときに、砦に振り返って手を振る。これは砦の壁の上や物見やぐらにいるジャッコウの人たちが、ちゃんと監視できているか確かめるためだ。
こちらが手を振れば、すぐに振り返してくるので、ちゃんと見えているようだ。
矢を回収し終わり、修復船に分乗して桟橋に戻る。
桟橋から砦に行き、出迎えてくれたジャッコウの人に矢を渡しつつ、全員集合の号令をかけた。
すぐに砦内の人たちが集まり、俺の言葉を待つ。
「今日からこの砦は、ジャッコウの里の皆さんのものになりました。しかし占拠しただけで、満足してはいけません」
彼らが傾聴していることを確かめつつ、話を続ける。
「目の前の川は、いまでは唯一の里と外との出入り口になっています。なので、この場所を任される貴方たちの責任は、自然と重いものとなっていきます。うっかりと怪しい人物を見逃すことのないようにしなければ、里の平和は守れないと思ってください」
とても重要な場所と任務なのだと少し脅してから、ふっと俺は表情を緩める。
「とはいえ、なにも貴方たちに全ての責任を負わせるというわけではありません。この砦を抜かれても、川で漁をする人たちがまず気づくでしょう。漁師が気づかなくても、畑で労働する人たちが気づくでしょう。同じように町に住む人が、散歩をする人が、作業中の人が怪しい人を見かければ気づくはずです。なので、貴方たちは第一の壁ぐらいな心持で、この砦を守ってくれればいいのです」
そう言ってから、扉の前に佇むレッドスカルを指す。
「この砦が誰かに襲われるようなことがあれば、アレを差し向けてください。貴方たち、ジャッコウの民に従うよう、命令を出しておきますから。なんなら、土木作業に使っても構いませんよ」
俺が軽口を言うと、不満を表すようにレッドスカルが顎を少し鳴らした。
それを聞こえなかったように装いながら、ジャッコウの人たちに一つ指令をだす。
「これから二十日前後に、この砦に補給隊がやってくるそうです。貴方たちの最初の任務は、彼らから物資を受け取り、無事返すことです。もちろん、この砦を占拠しているのが、野盗たちだと騙してです」
「……そんなこと、できるかなぁ」
誰かの呟きが聞こえた。俺はそれに力強くうなずく。
「大丈夫です。対応はあの兵士の人たちがやってくれますし、なくたって貴方たちならできます。さらに言えば、仮に失敗しても構いません。貴方たちの第一任務は、この砦を保持することです。それさえ達成できていれば、貴方たちの働きは十分行えているということなのですから」
詭弁や言い回しで、目の前の彼らに大したことはないと信じ込ませる。
不安に思っていたジャッコウの人たちが、段々とできそうだと意識を変えていく様子が、その表情を通してよくわかる。
それに本音を言えば、本当に彼らには期待していないんだよね。だって、この砦がまた誰かに再占拠されても、俺は構わないんだから。
今回砦の中に入って構造を知ったから、前よりもっと簡単に奪い返す方法が思いつけたからね。
方法はさまざまあるけど――うん、投石器とかロマンだから使いたいよね。
けど、手間は少ない方がいいに越したことはないので、彼らの頑張りを少しは願いたい思う。
そんな内心を出さないように、うさんくさい笑顔を保ちつつ、激励の言葉を吐き終えた。
ジャッコウの人たちは自分ならできるって顔で、各員が配置についていく。
それを見送り、俺はレッドスカルに手を触れる。
「レッドスカル。現時点で砦にいる人たちからの命令は、受け入れてください。ただし私の命令が上位で、他は全て下位です。異なる命令を下位者から受けた場合は、全て破棄し新たな命令を待ってください」
さて、実験でかなり複雑な命令を出したけど、受け入れるだろうか?
すぐに返事はこなかったが、少しして顎を鳴らしてきた。
「カタ、タタタタ」
困惑しながらの返事に見えたので、俺は微笑みながらもう一言付け加えることにした。
「できる限りで構いませんので、さっきの命令をやってみてください」
「カタタタ」
今度はすぐに返事が返ってきたので、大丈夫だろうと判断する。
さて、準備は終わった。これであとは、補給隊が来るのを待つだけだな。
けど、くるまで最短で十日以上もあるので、俺とエヴァレットたちは砦から引き上げ、キルティの屋敷に戻ることにしたのだった。




