百七十一話 事情と背後関係を知りましょう
野盗を壊滅させて、情報源になりそうな捕虜を二人確保したので、さっそく尋問に移ろうと思う。
一人ずつ話を聞かせてもらうために、まず野盗の頭はふん縛って猿ぐつわを噛ませておく。
その後で、兵士だという男に問いかける。
「さてでは、この砦を占拠するように言ったのは、誰だか教えてもらいましょうか」
うさんくさい笑顔で言うと、意外なことにその男は気丈にも言い返してきた。
「ふ、ふん。い、言って、たまるか……」
痛みを堪える青い顔で、こちらを睨みながら言ってくる。
気骨は買うけど、震えつつ折れた足を抱えて庇いながらの言葉なので、強がりなのは見えみえなんだけどね。
俺は脅しを込めて、うさんくささを上げた顔で、もう一度問いかける。
「誰に言われたのか、素直に話してくれれば、その折れた足を治してあげますよ」
「わ、分かっているんだぞ。お、お前は、お、オレの持つ情報が欲しいってな。だ、だから、アンタはオレを、殺せないはずだ」
「いえ、別に貴方からじゃなくても、そちらの野盗の頭に聞けばいいだけなのですけど?」
「そ、その人が知らないことを、お、オレが知っているとしてもか?」
勝ち誇った顔を、兵士の男が向けてくる。
ふーん、そういう態度をとるのなら、こちらにだって考えはあるんだよねぇ。
「レッドスカル、作業の手を止めて、こっちに来て」
砦内の死体を一か所に積んでもらっていた、レッドスカルを呼び寄せる。
カタカタと顎を鳴らして近づく赤い骸骨の姿に、兵士の男が震えあがった。
「そ、そいつに、何をさせる気か、知らないけどな。しゃ、喋らないぞ!」
「いえ。喋りたくないのなら、私はそれで構いませんよ?」
「……えっ?」
困惑顔になった兵士の男に、俺は説明してやる。
「補給部隊がいるようですからね。そこの川に、あそこにある死体を全て投げ込めば、貴方の後ろにいる人にこの砦の事態が伝わることでしょう。伝われば、新たな手勢を差し向けてくるでしょう。その人たちに、改めて聞けばいいだけの話です」
だからお前の話は必要ないと言外に告げて、レッドスカルに殺害を命令するかのような身振りをする。
すると兵士の男は焦りながら制止してきた。
「ま、待ってくれ! 分かった、話す、話すから、命だけは!!」
「ん? 話してくれるんですか? でもなぁ……」
「知っている全部を話すから! お願いだから殺さないでくれ!!」
「……もう、話す気があるなら最初っからそう言ってくださいよ。時間を取らせないでください」
俺はうさんくさい笑顔を向け、さっさと喋れと威圧する。
兵士の男はおずおずと話し始める。
「お、オレの遠縁に、ここの砦の指揮官がいたんだ。その人のお陰で、オレはここに兵士として――」
「身の上話はいいので、話を巻いてくださいね」
「わ、分かった。最近、世界中に邪教が溢れて、国軍の手が足りなくなった。その上、神官たちの権威が失墜したのもあって、この砦を維持する理由が消えたんだ」
「んー? 私の話が聞こえませんでしたか? 身の上話は良いと言いませんでしたか?」
「ここからが本題になるんだ。この砦の先にある里には、なんでも物凄い特産品があるらしい。それを手放すのは惜しいって、その特産品を売って国軍の予算を増やそうって、指揮官が考えたんだ」
「遠縁の貴方がその企みの統率役に選ばれ、野盗を率いて制圧したと?」
「そ、そうだ。あの頭と手下たちは、村が飢饉になり食い詰めて旅に出た流民だったんだ。温かい寝床と成功後に報酬が入るならって、了承してくれた。時期を待って、指揮官に砦を秘密裏に受け渡すだけの、簡単な仕事。そのはずだったんだ」
「なのに私たちという、想定外の戦力が来てしまったと」
「くそ、なんでなんで……」
悔しがる兵士の顔を見て、その事情を知っても、欠片も同情する気にならなかった。
こちらとそちらの目的がぶつかってしまい、結果的に野盗側が負けただけの話。そして彼らは欲目で身を滅ぼしたと告白しているようにしか、聞こえなかったしね。
けどまだこの兵士には、聞かなければいけないことがある。
「それで、その指揮官との連絡はどうやっているのですか?」
「……この砦は難攻不落だった。だから非常事態を知らせる術を置いてない。関わりのない人に盗み聞かれても困るからな。定期連絡は補給物資を運ぶ人に伝えることになっている」
「その補給隊は、いつやってくるのです?」
「二十日から三十日に一度、船に食料を積んでやってくる。次は短くて五日、長くて十五日の内にくることになっている」
「その補給隊がきたら、何らかの合図を送て、砦の無事を知らせたりしますか?」
「そんなことはしない。どちらかが見逃したら、砦に補給物資が来なくなるからって」
不用心だなと思いかけて、仕方がないかと納得する。
砦にいるのは村人と変わらない野盗たちで、補給隊も指揮官が信用だけを置く人たちだろう。どちらも能力は期待されていないのだから、変に仕組みを作ると破たんしかねないだろうしな。
そう考えると、指揮官が語ったという国軍のために金儲けするという理由も、うさんくさくなるな。
ここ最近の世情で、国軍が遠征軍より下に見られつつあると聞いたことがある。そんな落ち目の国軍に、悪巧みをしてまで貢献するようには、兵士の話から浮かぶ指揮官像からはどうしても思えない。
なにせ扱う商品は媚薬。どの神の信徒であろうと、愛する人を手に入れたいと思う人なら、金に糸目はつけない。そんな巨万の富が約束されているも同然の、美味しい商売だ。
きっと指揮官の男は、理由をつけて国軍を辞め、この砦を拠点に闇商人になる気でいるに違いない。
俺の予想が当たっているとすれば――
「――里を塞ぐ砦は、もう一つありましたね。そちらにも、その指揮官の息がかかった人が行っているのですか?」
兵士の男は自嘲気味に笑う。
「そこまで分かっちまうのか。そうだよ、あっちの砦は街道に繋がっているからな。ここよりも多くて強い人たちを向かわせると聞いている。だからここだけ潰しても、意味はないんだ」
俺の行動は無意味だと笑うが、それがそうでもない。
「ああ。街道の方の砦は、こちらに来る前に潰しておきました。なので、ここさえ制圧すれば、目的は達成できるんですよね」
「……まさか、本当に!?」
「ええ、本当です。嘘だと思うのなら、この砦にくるという補給隊に聞いてみるといいでしょう。いやむしろ、向こう側から言ってくる可能性もありますね」
俺が笑いながら言うと、ぞっとした顔を向けられてしまった。
けどその後で、兵士の男はハッとした顔をする。
「ま、まさか、オレを生かしておいてくれるのか?」
「生きていなければ、補給隊に事情を聞けないでしょう。それとも死んで聞く方法に、心当たりがあるのですか?」
「い、いや、そんな方法は知らない! た、ただ驚いただけだよ。こ、殺されると思っていたから……」
「失礼な。話してくれれば怪我を治すと言ってあったでしょう。殺す相手を治したって、意味がないではないですか」
呆れた口調で俺が言うと、兵士の男はホッと息をついて安心した様子になった。
その油断しきった姿を見て、ここぞとばかりに釘を刺す。
「けど生かしておくのは、私の言うとおりに動く場合に限ってです。下手な真似をすれば、その瞬間に殺しますよ?」
「ひっ!? も、もちろん、分かっていますよー。い、いやだなー」
卑屈な笑みを浮かべて、男は必死に取り入ろうとしてくる。
それを半ば放置して、俺は野盗の頭に近づき、猿ぐつわを外してやった。
すると、俺の手を噛もうとしてきた。
手を引くと、カチンといい音で歯が鳴り閉じられた。
「ちッ、外したか」
悔し気に呻いたお頭に、俺は冷笑を向ける。
「そういえば、貴方はレッドスカルにも噛みついてましたね。見た目は人間ですが、犬の獣人なんですか? 犬耳はどこに落としたので?」
「誰が獣人だ、オラァ! 作られた種も、ひり出された股も、人間のものだ!」
「そうなんですか、失礼しました。そうですね、貴方よりも犬の獣人の方が、もっと理知的ですものね。同じにしては獣人の方々に失礼でしたね」
軽く嫌味を言った後で、彼に質問する。
「それで貴方はどうしますか? 私に協力して生きながらえるか、ここで意地を張って殺されるか、好きな方を選んでいいですよ?」
「ああッ!? どっちも嫌に決まってんだろ。ここでお前を殺して、仲間の仇を取ってやる!!」
頭を縛っていた縄が落ち、隠し持っていたナイフを手に襲い掛かってきた。
その行動に驚く――ふりをして、さっと避ける。
野盗の頭は、驚いた顔をしてこちらを見る。
けど、驚くようなことはない。なにせ彼がナイフを『隠し持っていた』と、縛った俺は知っていた。そしてわざと取り上げずにおき、彼の逆襲を誘ったのだから。
反逆を企てた者がどうなるか、兵士の男に見せつけるためにね。
「レッドスカル、そいつを殺せ」
俺が命令を下すと、一瞬後には野盗の頭は胴から二分されて、地面に転がった。
「ああ、くそ、くそ! 呪い、のろい、ころして、やる。ぜ、たい、に、だ……」
半分にされても、野盗の頭は威勢よく叫び、次第に声が細くなり、やがて恨み言を吐き続けて死んだ。
呪いは怖いなと、一応ステータス画面を開いて、状態異常がないか確かめる。
うん、なんにもかかってないな。気にしなくていいらしい。
安心した俺は、うさんくさい笑顔を、真っ青になっている兵士の男に向ける。
「さて、貴方も翻意があるなら、今のうちに言っておくべきですよ。いま望むなら、痛くないように殺してあげますから」
「ひいぃぃい! い、いえ、いえいえ! 忠誠を誓います、誓わさせてください!!」
必死に拝んでくるので、脅しはここまでにしてあげることにした。
けど、これだけだと俺が目を離したら、離反する可能性があるよな。
どうしようかと思って頭を巡らせ、いいものがあることを思い出した。
「レッドスカルは、死体を積む作業に戻ってください。エヴァレットたちは一眠りしてていいですよ。私はこの男と、もう少し話すことがありますので」
兵士の男の襟首を掴んで引きずろうとすると、エヴァレットから待ったがかかった。
「トランジェさまが起きているのに、従者たるわたしたちが寝てはいられません」
「あー、そうでしたね。では、私の寝床を整えておいてください。話が終われば、すぐ寝ますから」
白焼けてきた空を言うと、エヴァレットたちは兵士の宿舎がある方向へと走って行った。
その姿を見送ってから、適当な小屋に兵士の男と共に入る。
そしてステータス画面のアイテム欄から、煙管と真・聖大神教から奪い取った葉っぱを取り出す。
葉っぱを煙管の受け皿にこれでもかと詰めて火を点け、兵士の男に無理やり吸わせた。
「げほげほげ、な、なんで、こんなものを」
「足を治すときに、動かれると変にくっつくんですよ。なので、これは痛み止めです。ささ、すーっと大きく吸ってください」
適当なことを言って、兵士の男に煙を吸わせ続けた。
やがて、茫然自失とした顔になったところで、洗脳を開始する。
もちろん刷り込むのは、自由神の教義とその素晴らしさだ。
あのエルフ教祖が愛用していただけあり、ものすごい効き目で、大して手間なく男を洗脳しきることができたのだった。




