十六話 護送と審問官が着いたそうで
村にエヴァレットの薬が浸透して十日経って、ようやく商人たちと盗賊を町へと運ぶ護送がやってきたらしい。
そのことを、俺は一日一回することになってしまった説法の後で、衛兵のオーヴェイさんから聞いた。
「ようやくですか。私たちがここにやってきて、二十日ぐらい経ってますよね?」
対応の遅さについつい愚痴ると、オーヴェイさんが恐縮してしまった。
「盗賊だけでしたら、十日も経たずに来たと思います。しかし今回は、商人とその護衛が不実を働いた罪で収監されているものですからね」
「……町の方で、その商人が所属する店が意義を申し立てたため、遅くなってしまったと?」
少し考えながら喋ると、オーヴェイさんが頷いた。
「その通りです。何かの間違いであり、不当な拘留だと騒ぎ立てたと護送の方が教えてくれました」
「相手がダークエルフだったといえど、女性に暴漢を働いたのですから、罪は明らかなのですが?」
「そう文にも書いたのですが、これは陰謀であると。その、神官さまとダークエルフ、そしてアズライジが共謀してのものだと」
面白くこじつけた見解を聞いて、俺は思わず笑ってしまった。
「それはそれは。となると――差し向けたダークエルフを彼らにわざと捕まえさせ、ダークエルフは誘惑して彼らに淫行を働くように甘言する。その後で、アズライジが新米冒険者と偽って、商隊と行動を共にする。そのときに彼が、商人たちがダークエルフと行為を持っているのを確認したら送る。そこで始めて、私が旅の神官として登場して、彼らは悪事を働いたと言う理由で捕らえる。といった筋書きなのでしょうか?」
訳知り顔で予想しているけど、もし俺たち三人が共謀していたら、それ以外の方法はありえないっていうだけだ。
しかし、オーヴェイさんは関心してくれたようだった。
「流石ですな、ほぼ当たっております。ただ、神官さまち三人は盗賊たちをも利用して商人を捕まえた、ということになっておりました」
「そうなんですか? 本当にそんな事をしたら、盗賊たちはペラペラと私たちが黒幕だと喋りそうですけど、そう喋ったのですか?」
「いえ、喋っておりません。捕まえられた商人が属する店が、そう弁明しているというだけです」
なんだか面倒なことになってきた感じがした。
「そういうこととなると、私は弁明の機会に立たなくてはならないのですね?」
「はい。護送をする前に、アズライジとあのダークエルフにも、話を聞くのだといっておりました」
うわぁ、その商人が所属する店っていうの、こっちを完璧に悪役にしようとしているよ。
けど、仮に窮地に立たされても、逃げ切る自信がある。
この世界ではフロイドワールド・オンラインの魔法やスキルが使えるのは証明済みだ。
なら、逃走用の魔法を用いれば、逃げるぐらいは可能だろう。これは悪役らしい演出のために運営が作ったもの、といわれているけど、逃走力に関して言えば実践級の代物なのだから。
その上、俺は自由神の神官だけど、加護である自由度の拡張のお蔭で、他神の教徒用の魔法であっても使うことができるのだ。魔法の種類の豊富さには自信がある。あまりに高位の魔法は使えない、という制限はあるけどね。
ともあれ、逃げるだけなら何とかなるので、心配はいらないだろう。
「なら、さっそくその取調べを受けに行きましょうか」
「では、案内いたしますので、ダークエルフも呼んでいただけると」
「分かりました。エヴァレット、取調べがあるそうだから、外に出て来て」
家の中に声をかけると、奥の部屋からローブ姿のエヴァレットが出てきた。
村人の多くは、彼女がこの家に住んでいたことをしらなかったのだろう、驚いた顔をしている。
けどそれは、悪感情からというものではなさそうだった。
「はぇ~、可愛い娘だ~」
「黒い肌とは珍しい。なかなかに不思議な魅力がある」
エヴァレットの見目の美しさに、大半の男が目を奪われていた。
一方で女性はというと――
「あれだけ可愛いのだから、もうちょっと着飾ってあげてもいいのにねぇ」
「旅する神官さまだから、贅沢とは無縁なのよ、きっと」
磨けばもっと光るのに勿体ない、といった意見が多いようだった。
その反応を聞いたのか、エヴァレットはどこか戸惑っているようだった。
けど、俺からしてみたら普通に感じた。
なにせ神の大戦があったのは、エヴァレットのような長命なダークエルフでも数代前のこと。
より短命で人間の場合、その大戦の言い伝えが残っていること自体が稀だろう。
そして説法をする関係で、大戦の逸話が載っている聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの聖教書をざっと読んだが、ダークエルフの記述など数ページほどしかない。
これでは信徒以外では、ダークエルフと戦う可能性がある冒険者や衛兵で、さらに信心厚い者しか容姿を知る者はいないだろう。
そもそもこの村の住民は、薬を欲しがる以外は、善良極まりない人たちだ。
見知らぬ誰かを警戒できても、それがすぐに悪感情を繋がるような性格ではない。
でも、そうとは分からないのだろう、エヴァレットは居心地悪そうなまま、俺とオーヴェイさんに顔を向ける。
「どこにでも連れて行け」
硬い態度と口調の後で、ちらちらとこちらを見て、俺が機嫌を悪くしていないか確かめようとしてきた。
心配させないように、他の人に分からない程度に頷いてやっる。
そのことに、態度は保ったまま、どこかほっとした様子が透けて見えた。
「では、教会まで参りましょう。アズライジのやつには、先に行かせておりますので」
先導してくれるので、後についていく。
教会から家まで馬車で数分の距離があったので、歩いてなら十分くらいだろうか。
暇つぶしをかねて、オーヴェイさんから情報を引き出しておこうかな。
「そういえば、オーヴェイさんは久しぶりにお会いしますね。私が村に来た翌日以降、どうお過ごしだったのですか?」
「今までと変わりありませんとも。朝に少し運動し、夜になるまで歩哨に立つ。そこにアズライジのやつが入ったぐらいですよ」
口では変わらないといいつつ、老人らしい皺が深まったのが見えた。
どうやら、オーヴェイさんとアズライジは、短い間にかなり親密になっていたようだ。
「そのアズライジはどんな感じでしょうか?」
「やつは根は善良で度胸があり、戦いの腕も少々ありますので、冒険者としてやっていけるでしょうな」
「ほほぅ、高評価ですね」
「いやいや。やつは馬鹿ですからな、大成はしないでしょう。悪い商人と行動をともにして、悪事を見抜けないほどですからな」
「あははっ、それは手厳しいですね」
そんな話をしているうちに、教会に到着した。
その前には馬車が数台止まっていて、うち一台は荷台が鉄格子の檻になっていた。
檻の中にはすでに、盗賊の人たちが入っているが、どこか元気がない。
将来を悲観しているのかなと思っていると、オーヴェイさんが聞かなくても答えてくれた。
「暴れる気力を落とすように、食事と水は最低限しか与えてません。もっとも、頭がその少ない食料を取り上げたりしたので、他の衰弱が酷くなってしまいましたが」
「そうなんですか。おや、その頭とやらは元気そうだと言う話ですが、そんな人は見当たりませんね」
「なんでも取調べするのに必要だからと、商人や護衛たちと同じく檻の外にまだいるのですよ」
オーヴェイさんが指す方を見ると、商人と護衛たちがやややつれた顔で立っていた。盗賊の頭らしき人も近くにいるが、こちらは地面に座っている。
彼らのよこ横には、チャッチアンさんがペコペコと頭を下げている人たちの姿があった。
人数は五人。
全員が白いローブ姿なので、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの信徒かつ、司祭以上の権限者だろう。
彼らの様子を見ていると、白ローブの一人が視線に気がついたのか、振り向いた。
それは、目鼻立ちが整った美しい、十七か十八歳ぐらいの女性だった。
身長は遠目なので詳しくはまだ分からないが、百七十センチぐらいありそうなほど、やや背が高そうに見える。
色素の薄い白金の長髪は腰まで伸びていて、肌は新雪のように白くて血管が透けて見えそうなほどで、腕と足や腰はかなり痩せているのに胸は豊かな感じ。
どこのアニメの出身ですかと、思わず尋ねたくなるような、男性が理想の女性だと想像するプロポーションだな。
気になるのは、瞳が紫色に見えることと、傍らに大きな盾を置いてその縁に手を乗せていること。
瞳の色は異世界の人だからだろうか? ここの村人たちは、現実の欧米人のような髪色と瞳の色だったけど?
それとその大盾はなんだろうか? 彼女は教徒を守る従者なのか?
こちらがそんな観察をしているのと同様に、あちらも俺の方を観察しているみたいだった。
足先から頭の天辺まで視線が動き、続けて腕の長さ、体つきを見てくる。
やがて満足したのか視線が俺から外れ、エヴァレットへと向けられた。
しかしエヴァレットを観察することなく、その美女は視線を外して、隣にいる人に声をかけたようだった。
小声だったようで、少し離れているこちらまでは届かなかった。
声をかけられた隣の人物は、チャッチアンさんと話を打ち切るような動作をすると、こちらに顔を向けてきた。
こちらは、にこやかな笑顔の童顔を持つ少し小太りな、身長は百六十をやや越えるぐらいの身長の男だった。
神官なのだろうが、手に杖はなく、腰に片手剣らしきものをぶら下げている。
隣の美女が長身だからか、やけに小さく見えてしまう。
「やあやあ、君かね。旅の神官というのは」
にこやかながら偉そうな彼の態度を見て、俺は嫌な感じを受けた。
それでも挨拶は返さなければと、トランジェらしいうさんくさい笑みを作ってやる。
「初にお目にかかります。旅の神官で、トランジェと申します。いまはこの村の薬師が住んでいたという家に、間借りさせていただいております」
「なるほど、挨拶はできるようだ。しかしワガハイと同年代っぽいが、トランジェと言う名前に聞き覚えはないな。旅の神官になった者の名前は、把握しているつもりだったのだがな」
彼が言葉を喋る度に、全ての人を見下していそうな気配をビンビンと感じる。
こういうヤツと出くわした場合は、弄ってやるのがフロイドワールド・オンラインでのマナーだったっけ。
「そうですか、それは残念です。それで、貴方のお名前をまだ聞いておりませんが。どこのどなたなのでしょう?」
「なっ!? ぶ、無礼だぞ! ワガハイは、神都のギゼティス神学校、第二百二十三期卒業の五席。ペンテクルス・サゥギアントだぞ!」
「ほう、あそこの神学校の五席のベンテクルスさんですか……ふむ、知りませんね」
煽るために言ったが、ここの村以外は本当に知らない分だけ真実味が増してしまったようで、顔を真っ赤にして怒ってきた。
「二百二十三期の五席だぞ! 五席のペンテクルスだぞ! 知っているはずだ!」
「いやいや、主席、次席、三席までなら話は分かりますが。五席ですよね。せめて四席だったら……」
言外に覚えていたかもしれないと、匂わす言い方をする。もちろん、主席から三席まで、俺が知っているはずはないのだけどね。
そのことがペンテクルスの癪に障ったどころか、プライドに直撃してしまったようで、彼は大声で叫ぶように宣下んしてくれた。
「もう許さんぞ! 旅の神官を騙り、ダークエルフと仲良くする不届きものめ! いいだろう、この場で異端審問を執り行ってやろう! 罪人候補は、悪しき者と姦通した商人と護衛たち、盗賊を代表者の頭目、そしてお前だエセ神官!」
その宣言を受けても、俺はうさんくさい笑みのまま余裕顔を止めない。
「おや、私だけでいいのですか? こちらのダークエルフは?」
「ダークエルフなぞ、審問するまでもなく悪しき者であろうが! 審問官をあまり舐めるなよ、審理なく有罪にしてやってもいいんだぞ!」
ごーごーとよく吠えるな。
そう人ごとのように思っていると、横にいた美女が小太り神官ペンテクルスの肩を指で突付く。
「なんだ、バークリステ!」
「審理を開かずに裁き、それが発覚すると、罰せられますよ」
静かでフラットな声ながら、思わず聞き入ってしまうほどの澄んだ声色だった。
それはものと世界でこの人がアイドルか声優にでもなったら、それだけで出るラジオ番組やアニメは高視聴率を叩き出しかねないほどに思えた。
しかしそんな聞きほれてしまう声でも、ペンテクルスには通じなかったようだ。
「分かっている! 単なる言い間違いだ!」
「そうですか、ならよかったです」
怒声をあっさりとスルーされて、ようやくペンテクルスの頭がやや冷えたようだ。
そして多少理性が戻った顔を、俺へと向けてくる。
「ふんっ。ワガハイの査問で、絶対にお前の化けの皮を剥いでやるから、楽しみにしておけよ!」
「ええ、剥がせるのを楽しみにしておりますよ。でも、できるかな?」
最後の一言だけ素で言うと、ペンテクルスは再び顔を赤くする。
しかし言葉を吐くのは、隣の美女バークリステへだ。
「さっさと審問の準備に取り掛かれよ、この愚図女!」
言葉と共に蹴りが飛び、バークリステはよろめく。
しかし、すぐに体勢を立て直して一礼してみせた。
「はい。すぐに」
「ワガハイは、こんな何もない村に滞在する気はないからな、さっさと審理を終わらせるぞ!」
「はい。お手伝いいたします」
バークリステは一人で馬車の一台に入ると、折りたたみ式の机を持ってきて展開した。
終われば組み立て式の椅子を組んで、その机に添える。
プンスコとオノマトペが頭に浮かんでいる感じなまま、ペンテクルスはその椅子に座った。
その後も、バークリステが手早く用意するのを、ペンテクルスは座ったまま当然のように受けた。
そんな様子を見て、俺が思い浮かんだ言葉は、カンシャク持ちの乳児とプロフェッショナルな乳母だった。




