百六十六話 さあ、いよいよ砦攻めです!
夜になり、俺はエヴァレットたちと共に、小舟で川を下っていく。
船頭は、砦の話を聞かせてくれた漁師の男にやってもらっている。音を出さないように、ゆっくりと舵を漕いでいるようだ。
船の先にいるエヴァレットが周囲に耳を向けて警戒する中、俺の膝の上にはピンスレットが乗っていて、アフルンは背中をこちらの背に預けながら、二人とも仮眠している。普段なら寝ているほどの夜遅くだから、仕方がない。
アーラィは起きていて自分の武器を確認しているが、以前に比べて堂々とした感じがある。サウナにいたメイドのお陰で、無事に一皮剥けられたみたいだな。
はてさて、こうして静かに川下りしていて思うことがある。
今から砦を俺たちだけで奪い返しにいくのだけど、夜の川を下るのはとても贅沢な気がしてきた。
空にはやや欠けた半月が浮かび、満天という言葉が相応しいほどの星が瞬いている。
月光が煌めかせている川面は、大きな魚が下を泳いだときのみ陰り、幻想的な光景を映し出していた。
元の世界じゃ、滅多に見れない光景だな。
そしてこの世界でも、ゆったりと川に流れるなんて経験は、基本的にできない。
森と同じく、川にも魔物がいるからね。
けどジャッコウの里にある川は、中心部にある湖から外へとだけ水が流れるからか、魔物がほとんどいないらしい。
遡上してきそうなものだけど、不思議と連山を超えてやってくることは滅多にないそうだ。
だからこそ、水面下が伺えない夜の川を、小舟で下ることが可能なのだという話。
なにはともあれ、綺麗な景色を堪能しながら、川をのんびりと下っていく。
少し経ち、船が川縁へと進路を変えた。
「神遣いさま。ここから先は、夜闇に紛れていても砦の監視に見つかります」
「分かりました。ではその川原から、歩きで砦を目指すことにします。夜明けまでには奪還する気でいますが、私たちが朝になってもこなかったら、先に町へ帰ってください」
「了解です。では朝まで、ここで待機しております」
川原に船がつき、ピンスレットとアフルンを起こしてから、上陸する。
俺たちが砦を目指して進み始めると、漁師の男はゴザのようなもので船を覆い、その中に入ったようだった。
しばらく石だらけの川原を進んでいたけど、途中で川縁の森林の中を移動するように変えた。
川原が歩きにくいという理由もあるけど、砦を見失う心配がいらなくなったためでもある。
なぜかというと、物見やぐらにいる監視者が、筒のようなものからでている光を周囲にまき散らしているからだ。
「探照灯ですね。あれも駐留していた兵士が使っていた物でしょう」
元の世界のサーチライトに比べたら、とても弱々しい光だ。
でも世闇に慣れた目で見ると、照らされた川面がくっきりと見えるぐらいには、明るさがあるな。光に照らされて、魚が驚いて逃げているや。
その光景に、エヴァレットが眉間にしわを作る。
「話には聞いていましたが、あんな物があると世闇に紛れての接近は難しいですね」
「そうだね。船で水上を進むのは、危険だよね」
エヴァレットに同意しながら、あの光から逃れるように、木々の間を進んでいく。
しかしながら、探照灯の明かり使われている燃料――きっとロウソクなんだろうけど、それを惜しげもなく使っているな。
あの砦を占拠したのが真に野盗なら、供給のあてがない高価な燃料の使用は惜しむはず。
なにせ、どこかに売れば金が入るような、品だからね。
けど、移動しながら見ている限りでは、間断なく燃料を交換して監視を続けている。
その使い方は、供給先に当てがあるからか、援軍がくるまでに守り切れればいいと考えているように感じられるな。
もしかして本当に、あの砦を使っていた指揮官が、個人的に雇い入れた傭兵だったりするか?
そんなことを考えながら砦に接近し、木々が途切れる少し前で足を止め、詳しく観察していく。
砦は山の斜面の上に作られていて、その近くの川縁には桟橋がかかっている。
二つの間には、小さな雑居ビルぐらいに高さのある、巨大な石があった。
漁師の話だと、巨石の真ん中を斜めにくり抜いて、砦までの階段が作られている。つまり、天然の防壁つきな階段だそうだ。
けど話に聞いた以上に、砦から打って出てくる兵士に対し、魔法や矢を浴びせることが難しいと分かるな。
砦の外壁に視線を移動させると、つい唖然としてしまった。
コンクリートのように見える素材で、外壁を塗り固めている。
それが外壁一面、さらには基礎部まで続いていた。
その白塗りの壁を見て、どれだけの金をつぎ込んだんだよと、呆れてしまう。
けど、出入りが桟橋を通してでしかできないと、漁師が言っていたことも理解できた。
あの外壁じゃ、手や足の指を引っ掛けることができない。
それどころか、外壁登りの器具の大半が、太刀打ちできないだろうな。
杭や楔を打ち込んで足場にしない限り、下まで滑り落ちてしまうに違いない。
だからこそ、桟橋から巨石の階段を上って、出入り口に行くしか道がない。
面倒だなと思いながら、足元の石を一つとる。
そして力いっぱい、川に向かって投げた。すかさず全員に、木の陰に隠れるよう身振りで指示する。
俺たちが隠れ終えたころ、投げた石が川に落ち、少し大きな音がした。
すぐに物見やぐらの監視が、探照灯をその場所に向け、どうして音が出たかを確認している。
少しの間、川面のあちこちを急いで照らしていたけど、次第に落ち着いてきた。
きっと水面に見える波紋と、川に何の影もないのを見て、魚が跳ねたのだとでも思ったのだろう。
そんな監視の様子をじっと見て、俺はニヤリと口元を歪める。
すると、ピンスレットが嬉しげな小声で呟きかけてきた。
「ご主人さまのお見立てでは、あの砦は落とせそうなんですね」
「はい、きっと落とせるでしょうね。問題は、何人が砦にいるかですが……」
言いながら、視線を桟橋に向ける。
そこには、漁師の男が使っていたものと似た、小舟が三艘繋がれていた。
あれらに人を満杯に乗せてたとしても、三十人も運べないだろう。
緊急時には、あれに乗って打って出たり、逃走することを考えると、砦の中にいる人数はそれ以下ということになるはず。
三十人以下であれば、やり方次第でどうにでもできるよね。
さてさて、砦に攻め入る準備をしないとと、俺はステータス画面を呼び出す。
そしてアイテム欄から、里の人たちに頂いた、ボロきれのような古着を大量に現出させたのだった。
砦攻めを、一つの魔法を号令替わりに、始めることにした。
「自由の神の仲立ちにより、植物の成長を司る林育の神よ、我が願いを叶えたまえ。目の前の広場にある種を芽吹かせ、芽を草と化し、草を高く茂らせるお力を授けてください」
俺の呪文が完成し、砦の周りにある伐採地に、緑に輝く魔法陣が浮かんだ。
その光景が目に入ったのだろう、物見やぐらの監視が探照灯を向けてくる。
照らされるその前に、伐採地一面にある下草が伸び始め、さらには新しい草の芽も吹いていく。
そしてあっという間に、人の姿を隠すほどに背の高い草むらに変わった。
草の成長を見届けてから、俺は指示をだす。
「では、突撃を」
俺が支持をすると、ボロ布を纏った人影が三つ、森を出て草むらに入っていった。
がさがさと草を?き分ける音が、砦へと近づいていく。
ここでようやく異常事態だと分かったのか、物見やぐらの監視が草むらに探照灯を向けながら、鐘を鳴らし始めた。
ガラガラと鳴る音に、森の鳥たちが何事かと羽ばたき、空へと逃げていく。
やおら砦も騒がしくなり、外壁の上に槍束を抱えた人たちが現れ始める。
その少し後で、新たな探照灯と弓矢を持つ人たちが現れ、草むらを照らし始めた。
動く草むらを見つけると、人影が移動するのに合わせて、探照灯の照らし先も移動させていく。
「馬鹿な住民がきたら、殺していいってことになっているんだ。派手にぶっ放せ!」
頭目らしき声の後で、まず矢が草むらに飛んできた。
探照灯のお陰で、中を進む人影に雨のように降り注ぐ。
しかし、草むらを掻き分ける音が止むことはなかった。
「くそっ、しぶとい! 大弓で狙え! 邪魔な草ごと抉ってやれ!」
続いての指示で、砦からギリギリと弓が鳴る音がかすかに聞こえてきた。
きっとバリスタの音だろう。
その威力がどれほどか、森の中から観察する。
少しして、砦から二本の槍――いや、バリスタの矢が飛んできた。
その矢は鏃で草むらを切り裂き、地面に突き立つ大きな音を響かせる。
威力がありそうな音だが、当たらなければ意味がない。
二本の矢は、どちらとも草むらの人影には当たっていない。
「ええい、撃て撃て! とにかく撃ちまくれ! 矢は後で回収すりゃいい!」
手下の練度の低さに、数撃ちゃ当たる戦法をとり始めた。
草むらの中を砦に進む人影に、弓矢とバリスタの矢が降る。
そんな光景を見たあとで、俺は物見やぐらに目をやった。
本来なら、他でどんな騒ぎがあろうと、あそこの監視は川面を見張ってないといけない。そして何か異常があれば、見間違いであろうと誰かに通報する義務がある。
けどあの監視は、俺が石を投げ入れたとき勝手な判断で報せを止めていたように、心得のない人だ。
だからだろう、草むらを進む人影を照らす方に参加し、川面に目を向けてすらいない。
そんな監視の様子に、無能な者は敵の味方という格言を思い出した。
これは、ゲームのクエストで聞いた言葉だったかな?
まあいいや。とりあえず、俺の作戦の役に立ってくれる、貴重な人材なことに変わりはないしね。
俺は隣にいる、エヴァレット、ピンスレット、アフルン、アーラィに顔を向ける。
「川を見ている人はいなくなったようです。では、餌に食いついてくれているうちに、川へ移動しましょう。静かに泳いで、桟橋まで行きますよ」
予定を話すと、エヴァレットが心配そうな顔になる。
「わたしたちが到着するまで、ぼろ布を巻きつけたスケルトンは保つでしょうか?」
「その点は大丈夫です。レッサーではないスケルトンを囮に使っているので、普通の弓矢は効果が薄いです。大弓というらしき兵器の矢は効くでしょうけど、あの腕では偶然以外に当てられそうもないので、心配はいらないと思います」
俺が太鼓判を押すと、エヴァレットたちは納得した顔をした。
では、移動するとしようっと。
森の中を川へと進んでいる間中、砦の方は生きてもいない獲物を狙って、激しく弓矢を降らせているようだった。




