百六十四話 いま必要のないモノは閉じちゃいましょう
朝からサウナに入ってさっぱりし、よく眠れたらしい表情をしているエヴァレットたちと食堂で合流した。
よほどサウナと熟睡のコンボが効いているようで、彼女たちの肌や髪が瑞々しくなっている。
「おはようございます。今日はみんな、一段と輝いて見えますよ」
そんなおべんちゃらを言って、朝食の席に着く。
俺が褒めたら、エヴァレットたちはまんざらでもない顔で、椅子に座った。
少しして、身なりを整えたキルティが入って席に座ると、メイドたちが朝食を配っていく。
大きなパンと、蒸し野菜、澄んだ肉入りスープだ。
各々の流儀で神に祈りを捧げて、朝食が始まった。
どれもこれも美味しくて、ついつい手が伸びてしまい、おかわりまでしてしまった。
朝食を食べ終えて一息ついていると、メイドの一人が食堂に入ってきた。
そのままキルティに近づくと、なにかを囁きかける。
「ええー……。わかった、対処するよ。見に行った人には、ご苦労様と声をかけておいて」
耳打ちしたメイドを下がらせると、キルティは軽くため息をついた。
「ふぅ……」
「なにか悪い知らせだったのですか?」
「うーん。良いと悪いが一つずつだったかなー」
微妙な言い回しに、俺は首を傾げる。
この里で知らせといえば、あの件しかないはずだけど……。
「街道と川にある砦の、どちらかがすでに占拠されていましたか?」
質問すると、キルティはよくぞ言ってくれたという顔になる。
「すっごーい、よくわかったね。まさにその通りだよ。街道のほうはまだ空だったんだけど、川の砦はもう人が居たんだってさ。それも、身なりが汚い人ばかりだったそうだよ」
「身なりが汚いという事は、野盗ですか?」
「詳しく確かめたりはしてないらしいよ。空の砦を占拠するつもりだったから、向かわせた人数少なかったんで、これは仕方がないよねー」
なるほど、たしかに良い知らせと悪い知らせだな。
しかし、よりにもよって川の砦を占拠されてしまったか。
これは悪い知らせの方が勝っている話だな。
「……昨日話した交易の件をジャッコウの人たちに伝える前に、街道の砦を開かなくしてしまったほうがいいかもしれませんね」
「それはまたどうして?」
キルティが首を傾げているので、理由を話していく。
「川の砦が占拠されたということは、そこが新たに占拠される心配がなくなったということです。逆に、街道の砦はジャッコウの民が占拠したので、他の人に占拠しなおされる恐れがあるためですね」
「あ、あの。占拠が連続してて、よくわからなかったんだけどー……」
「つまり、近々ジャッコウの民に被害が出そうな街道の砦から対処して、川の砦は野盗もどきに占拠させておいて、機を見て取り返す。それからでも、鎖国の話をするのは遅くないということです」
「なるほど。それは良い手なような気がしなくもないね!」
分かっているのかいないのか、キルティが能天気に聞こえる声をだす。
まったくもうと思いつつ、朝食も終えたので、さっそく街道の砦を無効化しにいこう。
トンネルを通って、昨日ぶりに戻ってきました、街道の砦に。
昨日と違って、砦の中にはジャッコウの人たちが守りについてくれていて、俺は一人でここにいる。
けど、人数が二十人もいないので、最低限の保全すらできないようにしか見えない。
こんな状態なら、さっさと封鎖してしまったほうがいいな。
人材の浪費はなくなるし、砦に責め入る人がいても人死には出ないしね。
けど封鎖する前に、砦の外壁が健全か確かめないといけない。
壊れていたら補修して、知能の低い動物や魔物が空の砦に入ってきたり、住みつかないようにしないといけないからね。
一通り調べてみたが、媚薬香水という他にないモノの流通を守る砦だっただけあって、外壁はちゃんと組まれていて補修する場所はなかった。
これなら大丈夫だと、砦を封鎖する準備に取り掛かる。
「まずはっと――皆さん、この砦の扉を開けるのを手伝ってくださーい!」
砦にいるジャッコウの人たちを呼び寄せて、重い内向きの観音開きな扉を開けていく。
その後で、俺は扉の厚さを測り、閉めたら入口のどの位置までかかるかを、地面に線を引いていった。
「さてさて――こほん。我が奉じる自由の神よ、仲立ちたまえ。建争なる戦いの神よ力をお貸しあれ、この場に民草を守るに必要な、新たな石壁を築かんがために!」
俺の魔法が発動して、先ほど引いた線が光り輝き始める。
数秒後、その光る線から伸び出るように、一枚岩の壁が現れた。
その岩壁で、入り口が完全に塞がれた。
ジャッコウの人たちの協力の元、観音扉を閉めていく。
きっちりと測っていたので、岩壁に端が当たることなくスムーズに閉まった。
閂をきっちりとかけてから、先ほどと同じ呪文をもう一度唱える。
「我が奉じる自由の神よ、仲立ちたまえ。建争なる戦いの神よ力をお貸しあれ、この場に民草を守るに必要な、新たな石壁を築かんがために!」
今度は扉の内側に、岩壁が現れた。
今回は線を引いていないので、かなり大雑把な感じになってしまったが、これで扉は両側からがっちりと岩壁でガードされる形となった。
さてあと一手――ジャッコウの人たちと俺がトンネルに入り、岩壁で入口を塞げば、砦の封鎖は完了だ。
たったこれだけかと思うだろうけど、これがなかなかに味な真似だったりする。
魔法で作った岩壁は、フロイドワールド・オンラインでよく強襲防止に用いられていた、建争の神の秘術の一つだ。
この半永久に存在できる壁には耐久度があり、魔法や剣技で破壊が可能となっている。
その特性を生かして、試し打ちの的としても人気が高かったっけ。
それはさておき。
プレイヤーキャラならいざしらず、この世界の人――ゲーム内NPC換算だと、壊すのはなかなかに骨が折れるぐらいには壁に耐久度がある。
たぶん、岩壁を一つ壊す労力を払うなら、元ある壁を壊したほうが早いと思う。
なのでこの砦を占拠した人は、壁に穴を開けて新たな入り口を必ず作る。
でも下手に穴なんてあけようものなら、石組みの壁は崩れてしまう。
よしんば穴を無事開けられても、その場所の守りは脆弱だ。補修しなければ、突くと崩れてしまうだろう。補修したとしても、どれほど耐久力が持ち直すか分かったものじゃない。
弱点を持った『穴あきの砦』なんて、砦たりえないよね。
なら、壁に穴を開けずに済ましてみよう。
そうなると、内外の行き来は壁を上って下りなければ行えない。
足は鍛えられるかもしれないけど、人の移動と補給がとても大変だ。
使い勝手の悪い砦を、長く使用するなんて耐えられるだろうか?
単なる野盗なら、他の住み心地のいい場所を探して出ていくだろう。
ジャッコウの里を独占したい人だったら、トンネルが塞がれているのをみて、別の方法を探すはずだ。
一方で、俺ならこの壁を破壊できる。ちょっと時間はかかるけどね。
ということで、岩壁を何枚か出すだけで、この砦は使用不能に陥らせることが可能――つまり封鎖完了というわけだ。
なので、さっさとジャッコウの人たちを里に帰して、トンネルを岩壁で塞いでしまおう。
脇を掘って穴を通じさせるための対策で、入口の両側の壁と、トンネルの途中を岩壁で塞いでもおこうっと。
 




