表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自由(邪)神官、異世界でニワカに布教する  作者: 中文字
六章 復活再臨、そして布教編
162/225

百六十三話 里長には舵取りの仕事があります

 サウナから戻って少しすると、俺の部屋がノックされた。


「開いてますよ、どうぞ」


 入室の許可をすると、やってきたのはやっぱりというかなんというか、薄手のローブ姿のキルティだった。

 彼女もサウナ上がりなのか、上気した肌をしていて、手には酒瓶と木杯が二つ握られていた。


「やあ、トランジェさま。寝酒なんてどう?」


 そう言われて、顔を窓の外に向ける。

 山の稜線の上に、まだ夕日が顔を覗かせていた。


「寝酒って、まだそんな時間じゃない気がしますが?」

「ふふふっ。トランジェさま以外は、もうぐっすりですよ」

「……薬かなにかを飲ませて、眠らせたのですか?」


 ここでキルティの謀反かと疑ったが、警戒し損だったらしい。


「いいや。湯あみ場で使用人たちによる丁寧な按摩マッサージを受けて、夢心地のまま夢に旅立ったってだけ。もう、ボクがトランジェさまに敵対するはずがないじゃないかー」


 こんなにも慕っているのにと、こちらに体を寄せて頬を摺り寄せてくる。

 猫耳をもつキルティらしく、猫っぽい親愛の仕草だ。

 俺は彼女の頭を撫でつつ、ベッドの縁に誘導し、二人して腰掛ける。

 そして、お互いに木杯を持ち、酒を注ぎあう。


「ふふふっ。それじゃあ、再開を祝して」


 キルティの音頭で、乾杯する。

 杯の中身を一口飲むと、不思議な味わいの酒だった。

 白い酒なので、どぶろくみたいなものだと思っていたけど、ヨーグルトの味わいに近い。


「これはなんていうお酒ですか?」

「これはね、ジャッコウの里秘伝の製法で作った、牛の乳を発酵させて作ったお酒だよ。量が少なくて、なかなかの高級品なんだー」


 そんな貴重な酒ならと、味わって飲むことにした。

 酸味が強く、アルコール分は薄め。けど不思議なことに、チーズのような発酵臭はない。

 元の世界にある、有名乳酸飲料の原液の匂いに近く、良い匂いと言える。

 味も匂いも気に入り、ついつい二口三口と飲み進めてしまう。

 半分ほど減ったところで、キルティが甲斐甲斐しく注いでくれた。


「貴重なお酒なんですよね。いいのですか?」

「いいっていいって。トランジェさまに飲んでほしくて、取って置いたお酒だからねー」


 だから遠慮なくと言われたので、再び一口飲む。

 このまま酔い潰す気なのかと警戒して、会話を差し挟むことにした。

 話題はもちろん――


「――砦を制圧した後、キルティはこの里をどうしようと考えていますか?」


 聞いておきたいことなので尋ねたのだけど、ぷくっと膨れられてしまった。


「もぅ、こんな場面でもお仕事の話? まあ、いいけどさー」


 不貞腐れた様子のまま、キルティは頭を悩ませながら考えを語っていく。


「ボクや多くのジャッコウの住民にしてみたら、この窪地の中がボクたちの世界だ。この中が平和であれば、それでいいよ。他がどうなろうと、知ったことじゃないね」

「それなら、このまま鎖国するということですか?」

「鎖国??」


 意味が分からないようなので教えると、キルティは頷いた。


「その鎖国ってので、いいんじゃないかな。衣食住に困ってないし、幸いここに来るには、主に二通りしか方法がないしね」


 山を穿って作ったトンネルと、クレーター山脈の外へ通じる川が、この里と外を繋ぐ主な道だ。

 エヴァレットと俺が通った、山脈の切れ目にある道も繋がってはいるが、主要とは言えない細く険しい道なので除外してもいいはずだ。

 なのでトンネルと川を封鎖すれば、ジャッコウの里は外との交流を絶つことが可能だ。

 けど、本当にそうしていいのかという疑問も残る。


「ジャッコウの里の人たちの中には、赤ん坊のころに外から連れてこられた人もいたのですよね?」


 先祖返りで、体から異性を誘う匂いを放つサキュバスとして生まれた子が、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒に集められたことが、ジャッコウの里の成り立ちだった。

 それは確か今でも続いていたはず。

 そう確認すると、キルティは首肯した。


「うん、その通りだよ。それがどうかした??」

「鎖国してしまうと、外で生まれたジャッコウな赤ん坊が、この里に入れなくなってしまいますよ」

「ああー、なるほどね。ううーん、それはそれで困ったなぁ」


 キルティは腕組みしながら続ける。


「ジャッコウの民って、特殊な製法で作る媚薬ほど強くはないんだけど、異性を引き付ける匂いを放てるでしょ。その特性を悪用されると、その赤ん坊がかわいそうだよねぇ……」

「この里が鎖国すれば、媚薬香水が手に入らなくなるので、ジャッコウの新生児に群がる人は多いでしょうね」

「だよねー。うーん、どうしようかなぁ……」


 キルティが真剣に悩んでいる中、申し訳ないけど、少し聞きたいことができた。


「里とは関係のない親から生まれた子なので、見捨てるという手もありますよ?」


 多くの人間は、自分と関係のない子まで心を砕いたりはしない。

 だから鎖国してもいいと言うと、キルティは首を横に振った。


「いいや、ダメだよそれは。ボクらと同じ特性の体を持つ子なら、保護してあげないと。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒がいままでやってくれていたけど、砦の件を見る限りじゃ、これからはボクたちがやらないといけないんだろうなぁ……」

「そこまで気負う必要はないと思うのですけど?」

「トランジェさま。ジャッコウの民はね、体を重ねることが好きな人ばかりだから、片親が違う子なんてのもザラにいるんだ。けど、子供はみんな可愛いから、里のみんなで手伝って子育てする。それは連れてこられた赤ん坊だって一緒なんだ」

「つまり、外で生まれたジャッコウの体質を持った赤ん坊も、慈しみの対象だと?」

「そりゃそうだよ。このまま外で育ったら、不幸になるって目に見えているんだから、手を差し出さないと。でも、いい両親に育てられているなら話は別かな」


 そう言って、キルティは再び悩み始めた。

 今までは聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒が、強制的に集めてくれていた。

 なので、自分たちで保護をするなら、連れて行く行かないの線引きを、新たにどこにするか考えているようだ。

 キルティの話と様子を知るに、きっとジャッコウの里の人たちも、話を聞けば保護に前向きに取り組むだろうな。

 なら、こちらは手伝える方法を持っている。


「キルティがそう決めるというのであれば、私はもう何も言いません。けれど、この里を鎖国しつつ、外にいるジャッコウの赤ん坊を連れてくる、そんな妙案があります」

「えっ! ほんとうに!?」

「はい。というよりかは、私の知己の奴隷商がやろうとしている事業に、便乗する形なのですけどね」


 知り合いの奴隷商ことクトルットは、邪神の残滓に囚われし子と言われる、先祖返りで異形で生まれた赤ん坊を回収する気でいる。

 そこに、ジャッコウの特徴を持つ子も、回収リストに入れるだけの話だ。

 そんな青写真を伝えると、キルティは目を輝かせた。


「それ、それにするよ! どちらもできるなら、文句なしだよー!」


 嬉しそうにするキルティに、言わねばならないことがある。


「話した通り、奴隷商の仕事に便乗します。となると、相手も商売なのでお金が必要になってきます」

「うげっ。そっかー、仕事だもんねー。でも、里にはお金がないんだよねー」


 媚薬香水を聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスと取引していたけど、物々交換だったのでお金がないらしい。


「なら、そのまま現物取り引きでいいでしょう。この場合は媚薬香水と赤ん坊とでですね。この牛乳のお酒も、交換品として扱えると思いますよ」


 喉を潤すために飲んでいたら、杯の中が空になっていたので、お酒を自分で注ぐ。

 改めて味わい、珍しさからも売れるだろうと確信する。

 俺の提言を受けて、キルティは悩みに悩んだ様子だった。

 けど、今までと大差ない生活だと分かったのだろう、最終的には納得してくれた。


「トランジェさまの提案通りにするよ。けど、完全には鎖国できないよね。しちゃったら、赤ん坊を連れてくる奴隷商が入れなくなっちゃうし」

「その通りですね。街道か川、どちらか一方の流通を残さなければいけません」

「となると、馬車での運搬のしやすさから、街道のほうかな?」

「いえ、ここは川でしょう。山に空いた穴は、出入り口の砦を壊せば塞げます。けれど、川は塞き止めたりはできませんから」

「そうだよね。川を止めちゃったら、この里が水浸しになっちゃうもんね」


 すっかりとやる気になっているが、ここで少し釘を刺しておこう。


「今日明日にしなければならないことでもないので、里の知恵者と話し合って決めてくださいね」

「それはもちろんそうするよ。でもそうなると、明日から忙しくなりそうだなー」


 嫌だ嫌だと肩をすくめてから、キルティはまた自分と俺の杯に酒を注ぐ。

 そして媚びるような顔で、こちらを見つめてきた。


「難しい話は、これで打ち止めにしようようー。ここからは楽しく過ごそうよー」

「はいはい、分かりましたから」


 苦笑いして、酒を口に含みつつ、キルティの頭を撫でやる。

 すると、キルティはお返しのように、俺の頭を抱きかかえた。

 彼女の独特の体臭である、柑橘系のような匂いが鼻の奥へと入ってくる。

 これが男を誘う匂いだと分かっているので、酔って自失する前に、キルティの豊かになった胸元から顔を上げる。

 こちらがつれない態度を取ったのに、キルティは笑顔になっていた。


「ふふふー。やっぱり、最後の一押しが必要だったみたいだー」


 嬉しそうに笑いながら、こちらの股間に手を伸ばす。

 その先には、既に臨戦態勢になって、ローブを内側から押し上げているモノがあった。

 自覚なしだったので驚いている間に、キルティ―の手が到達してしまった。


「たくさん飲んだから、すっごい熱いや」


 嬉しそうに撫でる手を止めようとして、キルティの言葉に眉を寄せる。


「たくさん飲んだ――このお酒はまさか」

「牛のジャッコウの民の母乳で作る、特性のお酒だよ。媚薬香水のように即効性はないけど、持続が長いんだよねー」


 そう答えた後で、キルティはもう一度俺の頭を、胸元に抱き込んだ。

 先ほどよりも濃い匂いがして、すぐに俺の体の一部が顕著に反応する。

 あまりに反応してしまって、痛くなるほどだった。

 そこに、キルティが甘い声を出して誘ってくる。


「トランジェさま。今日までボクを放って置いた分、たーっぷりと利子をつけて、満足させてね♪」


 にんまりと笑い、キルティは俺の頭を抱いたまま、大きなベッドの上に横たわった。

 俺が自制できたのはそこまでで、ここから後は自由神の神官らしく、心の思うままに行動した。

 なにがどうしたとは言わないけど、翌朝に二人でサウナに入り、疲労困憊の体をメイドにマッサージしてもらったとだけは言っておきたいと思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 「ふふふっ。それじゃあ、再開を祝して」 再開>再会 「牛のジャッコウの民の母乳で作る、特性のお酒だよ。 特性>特製
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ