百六十一話 状況認識は大切なことです
俺の話が終わった頃、キルティの屋敷で料理をご馳走になった。
前に食べたときと同じく、野菜がとても美味しい。
そして前とは違い、しっかりと調理された肉料理も出てきて驚いた。
スープ煮にされたらしき肉に、キルティはフォークを差しながら笑顔を浮かべる。
「なはははっ。トランジェさまに力を授けてもらってから、森の中にいる獣も楽にとれるようになったからね。ジャッコウの民の中で、肉好きな者たちの間で、肉料理が流行っているんだ」
味はどうよと目で問われて、肉を切り分けて一口食べる。
「むぐむぐ。すごく美味しいですね。このスープが肉の味を引き立てているように感じます」
「でしょでしょ! いやー、喜んでもらえてよかったよ」
ニコニコと嬉しそうにするキルティは、どんどん料理を口に運ぶ。
以前からは想像もつかない健啖ぶりに、友人関係であるエヴァレットが驚いている。
「キルティ。そんなに食べて、お腹が痛くなったりしませんか?」
「大丈夫だよ、心配性だなー。ちゃんと腹八分ぐらいで、食べ止めるって」
キルティの様子に、エヴァレットは呆れ顔になる。
一方で、ピンスレットとアフルンとアーラィは、キルティの食べっぷりに感化されたのか、いつもより多く料理を口にしているようだった。
三人とも成長期なので、たまには多少食いすぎるぐらいがいいよね。
ピンスレットとアフルンの視線が、ときどきキルティの豊かになった胸に向かっているのは、気のせいだと思うことにする。
贅沢な食事が終わり、お腹いっぱいの幸せに浸る。
いや、そうしている場合じゃないと、気を取り戻した。
「キルティ。少しお尋ねしたいことがあるのですけれど」
「んー? なにかな? この胸が、どれぐい大きくなったか調べたいとか?」
ニヤニヤと笑いながら、腕で胸を挟み上げて、その豊かさを強調して見せてくる。
二度ネタはいいからと身振りして、少し真面目な表情で問いかける。
「この里を監視していた、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒たちが、街道上にある砦から消えているようですが?」
「ああ、その件ね。そうだよ。もう一つの砦の方も、いまじゃ誰もいなくなっているよ」
街道の方だけでなく、湖から流れ出る川の先にある砦の方もなのか。
「その理由について、キルティは知っていますか?」
「うんにゃー、詳しいことは知らない。ただ、引き上げ命令が砦に来たってことと、媚薬の取り引きが無期延期になったってことだけは伝えてきたね」
「無期延期? 取引中止ではなく?」
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の上の方は取引を続けたいんらしいけど、情勢が不安定で媚薬を取り引きしていることは隠しておきたいんだってさー。いやー、まったく身勝手だよね」
困っちゃうよって、キルティはケラケラと笑う。
その話を聞く分だと、媚薬取り引きという厄ネタを隠すために、砦に駐屯していた人たちを引き上げさせたと受け取れるな。
けど、まったくのもぬけの殻にして、門扉も開け放っていたのは、少し不自然だと思う。
全兵士を引き上げる必要があっても、俺なら砦に誰かがいるかのような偽装をしてから、閉鎖するだろうな。
誰かの何かしらの企みの臭いがするけど、それがなんなのかを形作るのには、情報が足りないな。
とりあえず、過ぎてしまったことは、ひとまず置いておこう。
「それでキルティは、街道と川にある二つの砦を、どうする気でいるのですか?」
「どうするって、放置しておくしかないと思うけど? 下手に占拠して使ったら、あとで何言われるか分かったもんじゃないし」
平和なジャッコウの里にずっといるからか、キルティは危機感が薄いようだ。
これはまずいと、俺は彼女を諭すことにした。
「いいですか、キルティ。この里の外は、かなりきな臭い状況になっているんです」
俺の活動を話した際に、さわり程度に伝えたのだけど、ここで改めてガッツリと教えることにした。
復活した神を擁立した宗教が、各地で次々に現れたこと。
それに伴い、住民の改宗や追い出しが行われたこと。
追い出された人たちは各地をさ迷い、野盗と化す者もいること。
野盗が増えて治安が悪化した上に、村や町の間で宗教観の違いから争いが生まれていること。
そう遠くない未来に、戦乱の世がくるであろうこと。
これらを懇切丁寧に、キルティに伝えてあげた。
「――こんな情勢なので、空の砦を放置していたら危ないということは分かりますよね?」
「ちょ、ちょっと待って。いま状況を整理するからさ」
キルティは腕組みして、俺が話したことを必死に咀嚼し始める。
少しして、頭を使いすぎて額に汗をかいた状態のまま、自分の意見を言ってきた。
「つ、つまりはさ。誰もいない砦に誰かが入って、勝手に拠点として使われてしまうってことだよね」
「その通りです。一部訂正するなら、誰かではなく、野盗や新興宗教の手勢が、ということです」
キルティは頷いてから、首を横にかしげる。
「けどさ、それの何が問題なの? 砦が誰かに占拠されて使われたって、ジャッコウの里には関係がないじゃない?」
「この里に住む側から見れば、そう思うでしょうね」
「違う方から見ると、砦を占拠した人とボクたちが、関係して見えるってこと?」
「その通りです。特に、ジャッコウの里を食い物にしたいと思っている人にしたら、砦を占拠したのはジャッコウの民だと主張するでしょうね。そう言った方が、利益につながりますから」
「なっ!? そんなのありなの!?」
「ありですよ。砦を占拠されたのは、ジャッコウの民が守ってくれていなかったからだと、そう難癖をつけてくる可能性もありますね」
「ええー……。それだと何がどうなっても結局、ボクらは何か言われちゃうってことー?」
「その可能性は高いでしょうね」
「そんなー!」
キルティは天を仰ぐように仰け反ってから、がっくりと前に首を倒した。
世の汚さにショックなのはわかるけど、ここで提言しないといけないことがある。
「そんな情勢なので、キルティが空の砦をどうするか、分かりますよね?」
「分かってるよー。ジャッコウの民で、砦を先に占拠するんでしょ。他の場所の争いに、里が巻き込まれるのは嫌だから、仕方がないけどさー」
全身から面倒くさいと発しながら、キルティは傍らのメイドに命令する。
「聞いていた通りだからさ。暇そうな人を集めて、砦を占拠してきてよ。戸締りは厳重にするように伝えてね」
「かしこまりました。一両日中には、両方の砦を占拠し、厳重な防衛を築きます」
「よろしくね。ああ、もうすでに占拠されていたら、戦わずに逃げちゃっていいからー」
メイドが部屋を出て行ってから、キルティは嫌だ嫌だと肩をすくめる。
「こう命令することも里長の仕事ってのはわかるんだけどさぁ、もうちょっと気楽に暮らしていたいよー」
キルティが苦労する羽目になった一部の責任は、神を蘇らせる手伝いをした俺にあるので、何と言葉をかけていいか迷ってしまう。
すると、キルティが撫でて慰めろとばかりに、頭を差し出してきた。
それで満足するならと、俺は猫耳のある頭を、手爪で軽く引っ掻くようにして撫でていく。
むふーっと満足そうな鼻息の後で、猫耳がくすぐったそうにピコピコと動き始めた。
そのまま一分ほどすると、先ほど出て行った人とは別のメイドが、部屋の中に入ってきた。
「お客様方が滞在なされる、お部屋のご用意と、湯あみの支度が整いました。どちらからご案内いたしましょう?」
「んっ、用意してくれてありがとうね。さてトランジェさまたち、先に部屋で休む? それとも湯あみする? それとも、他にしたいことある?」
俺の手から頭を外して、キルティがニヤニヤ笑いで尋ねてくる。
なにか企んでそうだなと思いながら、俺たちはそれぞれ一つ選択したのだった。
 




