十五話 説法とダークエルフの薬が評判になってしまいました
説法を披露した翌日から、暇な村人が家に来るようになった。
そして、俺の話を聞きたがった。
無用な軋轢を危惧して、この村には司祭がちゃんといるのだからと断った。
けどさらに次の日、当のチャッチアンさん自らこの家にきて、説法の許可を出してしまったのだ。
予想外の事態に理由を聞いたところ。
「トランジェ殿のお話は、なにやら風変わりだとか。にも拘らず、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの御心をよく理解しているのではと、村人たちが口々に言うもので、拝聴したく思ったのです」
変わっているもなにも、信仰する神自体が違う説法なので、耳新しいのは当然である。
でもそう言ってしまうと、この世界が聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教え一択な宗教事情から、ややこしいことになってしまう。
仕方がないので、説法を披露することにした。
「では、先日そちらの方々に語り聞かせたお話を――と思いましたが、皆さんご存知のような顔をしていますね。では、その話に関連した『善なる心に従う重要性』というお話をしましょう」
そこから語るのは、トランジェの演技のためにネットで仕入れて覚えた、いわゆる性善説に基づいた話。
内容を掻い摘むと、人間は善なのだから、心に浮かんだそのままのことを実行に移せば、それはすなわち善の行動である。という論調だ。
元の世界風な例を出すと、電車に座っていて目の前に老人がやってきました。席を譲ろうと考えたら、疲れているからとか、この老人は元気そうだからとかの理由をつけずに、最初に思った心に素直に従いましょう。
そんなお話を、こちらの世界に合うように話を作り替えて、大げさな身振りと丁寧な口調で伝えていく。
元の世界だと、この人間が善であるという考えについて、鼻で笑ってしまう人が多い。
けど、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスが人間は善だと教えているこの世界では、これほど相性のいい話題はないと核心していた。
その目論見通りに、話が終わると村人たちは、関心しているような納得しているような動きをしている。
そして、本物の神職者であるチャッチアンさんはというと、にこやかに拍手をしてくれた。
「おお、素晴らしかったです。人々の生活を例に出し、より理解を深めさせようとするその説法に感銘を受けました。聖教書通りの話しかしてこなかった自分が、恥ずかしく思えます」
手放しに喜んでくれる。
けど、ごめんなさい。俺は違う神の神官かつニワカなんですよー。っと心の中で言っておく。
そして口からは別の言葉を紡いでいく。
「いえいえ、私の説法は裏業ともいえるものです。聖教書通りのお話という下地があって、初めて芽吹くことができるのです。こうして村人の方々がこの話を深く理解してくださるのは、司祭チャッチアンさんの今までの努力なくしてはなしえなかったでしょう」
口から出任せなリップサービスをしてやると、感激したような目で見られた。
「そんな、滅相もない。トランジェ殿のような語り口があるからこそ、関心という芽が出てきたのです」
そう持ち上げられれば、普通なら有頂天にでもなるのだろうけど、元々がネットの小話の流用なので逆に恐縮してしまう。
「そうですか……ならチャッチアンさんも、この語り口調を真似してみたらどうでしょうか?」
「こ、このわたくしめが、ですか!?」
「はい。私は旅の神官ですから、多少口が上手いだけで、言っていることは型通りに過ぎません。少しのコツさえ覚えれば、チャッチアンさんにも可能です。そして、この村の人たちと共にあったチャッチアンさんならば、より深く村人に寄り添った説法が可能になると思いますよ」
そうすれば俺が説法しなくて良くなるし、なんて思惑も込めて諭してみた。
チャッチアンさんは驚き顔から、深く考え込む表情になり、最後に決意を込めた瞳になった。
「分かりました。トランジェ殿の説法を参考に、わたくしめも独自の説法を作ってみます」
「その意気です。ですが、注意点をお伝えしなければなりません」
この言葉に、チャッチアンさんが聞き逃すまいというように、身を乗り出してきた。
俺はうさんくさい笑みを浮かべる。
「なにごとも、塩と同じで、加減が重要です。私のやるような説法ばかりではなく、今まで通りの聖教書通りの話を続けながら、ときおり村人の木をひく程度に披露するぐらいがちょうど良いのです」
「……なるほど、ですからトランジェ殿は説法を拒もうとしていたのですね。これは配慮が足りなかったようで」
「いえいえ。村人の多くが聞きたがっていましたからね、もう一度お話をするつもりではいたのですよ。遅いか早いかの違いでしかありません」
そんな風に話していると、俺に話しかけてくる人がいた。
顔を向けると、まだ出会っていない村人の男性だった。
「はい、どうしましたか?」
「神官さま。お話中、失礼いたします。実は息子が熱を出しまして、熱さましの薬などありましたら、いただけないものかと」
「熱ですか。病気でしたら――」
「いえ、魔法で治すような大層なものじゃないのです。ただウチのかかぁが、息子が苦しそうなのだから薬を貰ってこい。そう言うものでして」
よほど奥さんの尻に敷かれているのだろう、弱りきった様子で申し訳なさそうにしている。
その姿に、思わず不憫になった。
「分かりました。少し、あるかどうか探してきます」
玄関口に留め置いて、いつも通りに棚のある部屋に入る。
呼び出したステータス画面からアイテム欄へ。熱さましに効きそうな薬を探す。
しかし、名前からは有効な薬はなさそうに見えた。一通り説明文を見ていくが、熱さましの薬という文字は発見できない。
どうしたものかと思い、なかったと断ろうかとも思ったが、あの男性が奥さんに怒られるのは不憫に思えた。
背に腹は代えられないので、この家の一番奥――エヴァレットがいる部屋に向かい、扉をノックする。
「……はい、どうかしたか?」
村人が外にいるからか、小さくぞんざいな言葉で反応が返ってきた。
「子供が熱をだしたそうで、熱さましの薬はありましたか?」
「……ちょうど作っていたところだ。渡してやる」
それから少しして、扉が薄っすら開くと、その隙間から包み紙が出てきた。
受け取って開くと、中に丸薬が十粒ほどあった。
「酷く苦いので、子供だと嫌がるが、食後に一粒ずつ飲ませる」
それだけ言うと、扉が閉まってしまった。
村人のいるときは素っ気無くしろといった覚えがあるけど、通常のときとの違いに戸惑ってしまう。
とりあえず、アイテム欄に収納してみて、効能を確認する。
名前は『フィバル茸の丸薬・改』。熱さましに効果があるようだが、普通の物は副作用で少し腹が下ってしまうらしい。けど、ダークエルフの独自の工夫で副作用が軽減されている、のだそうだ。
へぇ、だから『改』なのか。
そんな納得をしてから、再度その丸薬を画面から取り出し、待っていた男性に手渡した。
「食後に一粒ずつ飲ませてください。酷く苦いので、覚悟がいりますよ」
「苦いぐらい、腹出して寝た息子への良い罰になりますよ」
安心した笑顔で言うと、男性は去っていった。
その後で、さっきの説法の議論をしていた村人たちも、思い思いの薬を貰おうとする。
それをさばいていくと、とうとう俺がスキルで作った薬まで手渡すことになった。
やがて村人が解散すると、家の戸締りをする。
その後で夕食をとるのだが、薬のお礼に村人たちが薬の素材の他に野菜を分けてくれるようになったので、エヴァレットお手製のスープがついた。
俺はエヴァレットと二人で食事を負えると、ベッドの上に横になり、アイテム欄を見て薬の在庫を確かめる。
「なんだか凄い勢いでなくなるな。家族全員と近所と共同で使っているって言っていたけど。もしかして、家の中にストックしているんじゃ?」
以前の薬師が死んで困った村人もいただろうから、それもありえる。
そんな事を考えていたら、少なくなった薬を料理人スキルで作る前に、説法の緊張疲れからか寝落ちしてしまった。
はっと気がついたときにはもう朝で、慌ててベッドから飛び起きる。
朝の支度をする前に、薬を作ってしまおうとして、その前に扉が勢いよく叩かれた。
「はい! ちょっと待ってください!」
大声で返事しながら、調理の項目を押そうとした指をさ迷わせる。
仕方がないと、ステータス画面を消して玄関まで小走りで移動する。
「はい、どなたですか?」
開けると、そこにいたのは昨日熱さましの丸薬をもらた、あの男性だった。
なにか薬で不都合が起きたのかと心配していると、ずいっと何かを差し出された。
見ると、木皮を編んだバスケットのようだった。
「これは?」
「丸薬一つ飲んだ途端に子供の熱が下がったので、ウチのかかぁがこれをお礼に持って行けといわれまして」
受け取って開けてみると、両手サイズの少し大きめなパイ。
匂いからすると、砂糖の入った菓子ではなく、野菜だけが入ったものみたいだ。
「ありがとうございます。ありがたく食べさせていただきますね」
男性はそれで帰っていき、俺とエヴァレットは美味しいパイを朝食に堪能した。
これで済めば話は終わったのだけど、そうはならなかった。
エヴァレットの作った薬が、前の薬師のものよりも効果が高いと村で評判になってしまったのだ。
そしてその薬を作ったのが、俺という風に噂は広がったらしく――
「神官さま。不躾なお願いですが、神官さまが作られた新しい薬の方をいただけませんか?」
――そういってくる村人が増えたのだ。
今渡しているのが俺がスキルで作った薬ですとか、よく効く薬はエヴァレットというダークエルフが作ってますよとか、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスを信じる村人に説明できない。
どうにかエヴァレットの薬を出さないようにしたかったのだけど、村人の押しに負けて一つ二つと渡してしまう。
そして渡してしまえば、他の人たちにも配らないわけには行かなくなった。
熱さまし以外の薬も、ダークエルフ独自の改良が加えられていたようで、瞬く間に全ての薬がよりよく効くと評判になってしまった。
「……どうしてこうなったんだか」
俺が少し前に危惧していたとおり、この村でダークエルフが作った薬が蔓延することになってしまった。
予想外だったのは、行き渡るまでが二日という撃的なまでの速さだったことだろうか。
もうここまでくると、どうにでもなれという心理になってしまい、以後の俺はエヴァレットの薬を求められるがままに村人に与えるようにしていったのだった。




