百五十八話 次への段階に進みましょう
俺は供を連れてしばらく村を後にするが、必ず戻ってくること。
こちらの宗教活動に不満や恐れがある人は、俺が返ってくるまでに村から出て行ってほしいこと。
これらのことを翌日に、村人たちを集めて伝えてあげた。
俺は悪魔じゃないので、村を出ていく人たちに、ある程度の食料を持たせる約束もしてあげた。
魔法で作物を成長促進させることができるので、村を離れる人の背を押すための、オマケのようなものだ。
俺の連絡に対する反応は、様々だった。
「わたしどもの恐怖心を、分かってはくだされなかったのですか……」
俺の話を受けて、残念そうにする人が出た。
かと思えば、激昂する人もいる。
「お前がこの村から去れば、なにもかも丸く収まるのに、自分一人の勝手で決めるな!」
わざと騒ぎ立てて、俺の翻意を促す気なんだろうな。こちらは全く、話に乗る気はないけどね。
その一方で、こちらの決定に従い、身の振り方を考える人もいた。
「うちはこの村に残ることにするわ。畑に愛着があるし、あの神官さまは怖くはあるけど、きっとすぐに慣れるわよ」
「私らは去るだろう。怖い人が近くにいたら、安心して夜眠れないからね」
この考えの差がどこから出るものなのかと、ちょっと興味深く思った。
彼ら彼女らは聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教えを捨てられずに、出身地から追い出された人たちだ。
なので宗教的な思想は似通っているはず。
なのに、こうして差異があるのは、どうしてだろうか。
恐らく、個人の資質もあるだろう。
けど、同じ場所から来た人たちが似た意見を出しているようだ。
なら、出身地の危険度によって、彼らに差が生まれているんじゃないだろうか。
平和な地域に住んでいた人は怖さに対して弱く、危険がある場所にいた人は恐怖耐性が高い。なんて仮説はどうだろう。
そんなことを、元の世界の情勢とこの世界の状況を鑑みて、考えてみてみた。
そのとき、不満を叫んでいた男が、こちらに詰め寄ってきた。
「いいから、お前たちはここから出ていけばいいんだ。この村は、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスさまの教徒が集まる村になっているんだ。他の神を祭るやつらは出ていけ。さもなければ――」
たぶんそう言われて、この人は故郷を追い出されたはずなのに、同じことをこちらにしようとしている。
なので俺は、手前勝手な言い分を遮るように、うさんくさい笑みと共に聞き返す。
「――さもなければ、なんでしょう? 実力行使で追い出す気でしたら、こちらもそれなりの対応をさせていただきますよ?」
「お、お、脅す気なのか……」
「いえ、脅しはしませんとも。ただ、私を実力で追い出すことができないからこそ、昨日要望を伝えに来たのでしょう? そのことを忘れていませんかと、指摘したく思っただけですよ」
うさんくさい笑みのまま言うと、文句を付けに来た男は黙ってしまった。
そして怒り顔のまま足音荒く、彼は家族と共に家に戻っていく。
後ろ姿を見ながら、彼は残るだろうか去るだろうかと考える。
俺は自由神の神官なので、彼がどのような選択をしようと、受け入れようと思っている。
ああいう図太そうな人は、口では色々といっても、この村に残りそうな気がする。
であるなら、村で静かに暮らすのなら、それでよし。これからも不満を叫ぶ気なら、退去勧告をその都度する。実力行使にくれば、撃滅しよう。
これは他の村人たちにも当てはまることだなって、俺からの通告にまだ混乱が収まっていない人たちを見ながら、そう思った。
俺がジャッコウの里へ向かう準備を整え終える頃までに、村人の三分の一ほどが村を去った。
畑の農作物――俺が魔法で成長促進させたヤツ――を、去る人に持たせる約束をした割りには、結構残っているなという印象だ。
俺に。怖いから出て行ってほしいと言ってきたから、てっきり半数以上がすぐに去ると思っていたのになぁ。
もしかして、俺が旅先で死んで、村に戻らないことを期待しているのか?
そんな邪推をして、ジャッコウの里の場所を知っているので同行させるつもりの、エヴァレットに意見を聞いてみた。
「村人たちの考え、ですか?」
意外そうな顔で聞き返した後で、取るに足りないという表情に変わる。
「きっと、トランジェさまがお優しかったので、つい調子に乗って図々しいことを要求してしまったのでしょう。なのでいま彼らは、なんであんなことを言ったのかと、反抗したことで村を追い出されたりしないかと、怯えているに違いありません」
優しいって部分は納得できないけど、エヴァレットが自身ありげに語っているので納得することにした。
「その意見は、その耳で聞き取った村人の話から、考えたものですか?」
「それもあります。ですが、耳で聞いていなくても、下劣な考えの人間が思ってそうなことは予想がつきます」
エヴァレットの辛辣な言葉に、人間の俺は苦笑いしかできない。
なにせ俺自身が、企み大好きなゲス人間の代表格のようなものだしね。
そんな思いが伝わってしまったのか、エヴァレットが慌てて否定してきた。
「トランジェさまのことではありませんから。わたしの言う人間とは――」
「分かってます。エヴァレットが私のことを、大事に思ってくれていることはね」
頭を撫で、エルフ耳を擦って、エヴァレットを落ち着かせてやった。
調子に乗って触り続けると危険だと分かっているので、ほどほどのところで手を放す。
そして、近くにある馬車に、改めて視線を向けた。
「さて、とりあえず旅に出る準備は、これで終了ですね」
「はい。物資はこの馬車と、トランジェさまの見えない窓というものの中に搬入済みです。ですので、あとは同行する人選だけとなります」
人選か。
ジャッコウの里のことを考えると、あまり多くの人を連れて行きたくはないな。
なにせあそこは性に大らかな場所であり、男女の性欲を暴走させる媚薬香水の生産場所だ。
とても子供の教育にいいとは言えない。
ま、男の子を連れて行って、いい夢を見させてやりたいって、思いはなくはないけどね。
でも、そいう言うわけにはいかないので、必要最低限の人数で向かうほうが得策だと考えた。
となると、久しぶりにエヴァレットとの二人旅で、いいんじゃないかな。
そう思い、決定しようとして、俺の考えを見透かしたかのように待ったがかかった。
「ご主人さまのいくところに、従者が同行しなくてどうしますか!」
声に振り向くと、やっぱりピンスレットだった。
彼女はそのまま、声高に主張する。
「前に、偽装ながらご主人さまの死亡を聞いて、こう思ったのです。誰になんと言われようと、ご主人さまと離れるべきではなかったと。なのでこのピンスレット、ご主人さまが拒もうとも勝手に――」
ぐいぐいと詰め寄ってきたので、ピンスレットの顔を手で押さえる。
「はいはい、分かりましたわかりました。旅に連れていきますから」
熱意に負けて許可を出すと、どこかから視線を感じた。
そちらに顔を向けると、勝手口の隙間から顔を出し、何かを訴える目をしている、スカリシアがいた。
旅の準備を手伝ってくれていた、バークリステやアフルン、そして子供たちの中にも、今回の旅路に連れて行ってくれないかなと、期待する目をする人がいる。
このままだと、大所帯での旅になってしまいそうだと思った。
なので出発を明日に延期して、じっくりと同行者を考えると約束することで、どうにか一時的にみんなの要求をそらすことに成功したのだった。




