百五十七話 自由に意見を発し、選びましょう
村人二人が帰った後、俺は奴隷商のクトルットを呼んで、関係者全員で今後の対応を話すことにした。
「――という要望を受けたので、どうするべきかを話し合いたく思っています」
クトルットに経緯を伝えてから、全員から意見を募った。
けど、誰も口を開こうとしない。
どうしたのだろうと思っていると、おずおずとエヴァレットが質問をしてきた。
「わたしたちが何かを言う前に、トランジェさまの意見をお聞きしたいのですが」
「その通りですよ。まず、どうお考えなのかを、聞かせていただかないことには」
続けてスカリシアも発言したことを受け、俺は周囲にある顔を確認する。
最初、彼ら彼女らは俺の意見に従う気でいるのかと、そう勘ぐった。
けど、表情を見るに、それぞれが個人の考えを持っていることは、疑いようがなかった。
ではなぜ、俺の意見を先に求めたか。
きっと、俺だけが明確な考えを持っていないようだと、勘かなにかで悟ったに違いない。
拠点を変えるかどうかの話なので、皆の意見も聞いてみて判断しようと、日和った考えをしたことが裏目に出てしまったようだ。
これは反省するべきだなと、心のメモに書き入れる。
そして、先に俺の考えが聞きたいというなら、期待に応えて上げるとしよう。
「私の考えでは、彼らの要望を飲んで、この村から出て行ってもいいと思っています」
顔色を変える人が見えたので、発言は完了していないと身振りで伝えた。
「ちゃんと理由があるのです。彼らは『私だけ』を怖がっているようですので、私が出ていけば村に問題がなくなるという事が、建前としてあります」
裏があるんだよと伝えてから、皆に続く話を聞かせていく。
「隠された本音では、世界情勢が大幅に変わったので、昔に自由の神の信者にした人たちが無事なのか、確かめに行きたいのです」
エヴァレット以外の人たちが首を傾げ、代表するかのようにピンスレットが質問してくる。
「昔にというと、改宗をした周辺の村ではないようですよね?」
「はい。私がバークリステと出会い、そして再会したときの間に、とある里を人たちを自由の神の信者にしてあったのです。長いこと会いに行っていないので、今回の件は、様子を見に行く良い切っ掛けになりそうだと思っているのです」
俺が村を離れる理由を語り終えると、皆は納得した顔と不満げな顔に分かれた。
不満な顔の多くは、エヴァレットやピンスレットのような、俺に好意的な人が占めていた。
その中で唯一、俺を好いてはいない人物がいる。
それは、マッビシューだった。
「俺はその考えには反対だな。理由はどうあれ、組織の頭が村人に追い出される形に見えることは、いただけない」
マッビシューは危惧しているようだ。
他教の信者の言葉をホイホイ聞くと、自由神の信者全体が他者に見くびられることに繋がるとね。
その意見は、ちゃんとした筋が通ったもので、危惧も正しい。
けど、俺としてはそれがどうしたという気持ちだ。
「考えはわかりますが、自由の神の教えには、誇りや名誉を大事にせよというものはありません。むしろ、自分の心に浮かぶ目標に進むのに、邪魔になりかねないものだと、私は思っています」
でも、これは俺の考えであって、マッビシューの考えじゃない。
「もっとも、マッビシューが名誉を守りたいと心から望んでいるのでしたら、そうするといいでしょう」
「……なんだよ。他の人に下に見られて、悔しくないってのか?」
「侮られることなど、とっくの昔に慣れていますので」
自由神の信者って、フロイドワールド・オンラインでは不遇なポジションだったからなぁ。
下に見られないことの方が、少ないぐらいだったしね。
俺が平然としてると、マッビシューはムスッとした顔で黙り込んでしまった。
その姿を見たアフルンが、笑顔を浮かべて俺に耳打ちをしてくる。
「マッビシューは、自分の居場所を悪く言われることが嫌なのよぉ。特に、恩を忘れて恥知らずな要求をする愚図に、むかっ腹が立っているようねぇ」
「アフルン! こっちまで聞こえているからな!!」
マッビシューの大声に、アフルンは怖い怖いと肩をすくめて、元の場所に戻った。
はてさて、俺の意見は言い終わったので、次は皆の番だ。
顔を向けると、エヴァレットが意見を言い始める。
「わたしは、この村などどうでもいいので、離れても良いと考えています。広大な森には恵みがあり、畑を耕して定住する必要など、まったくないと思っておりますので」
森の中で移住を繰り返してきた、ダークエルフらしい意見だった。
それに反発するような考えを出すのは、スカリシアだ。
「森の恵みは安定的ではない上に、魔物や野生動物と競合してしまう、頼るには心もとない糧です。わたくしたちは大所帯になっておりますので、安定的な畑がある場所を手放すのは愚かではないかと」
堅実な意見に、バークリステも同意する。
「復興させた村を手放すのは惜しいです。なので反対する村人を追い出しましょう。その作業は、さほど手間ではないでしょうし」
「大姉さまの意見に賛成! 失礼なことを言う人、居なくなっちゃえばいいし!」
リットフィリアがバークリステに追従して宣言した。
他の、バークリステの手によって、自由神の信徒になった子たちも、消極的ながらもリットフィリアと同意見な様子を見せる。
それに張り合うように、ピンスレットが俺の顔を見て言う。
「ご主人さまの意見、そしている場所こそが、ピンスレットにとっての正しいことです。なので、全面的にご主人さまを支持します!」
主体性がないように見えて、主人に従うという主体を持っている、ピンスレットらしい意見だなって、苦笑してしまう。
彼女以外の業喰神から改宗した子たちは、離れる離れないで二分しているみたいだった。
最後に、意見らしい意見を告げるのは、この村で店を開く準備を整えていた、クトルットである。
「店の準備が無駄に終わる損失は痛いですけど、皆さんが居なくなるのなら、この村に居る必要はないかなと思っております」
クトルットの望みは、邪神の残滓に囚われし子――自分と同じ何かの先祖返りである友達と、幸せに暮らすことだ。
なので、俺が村から離れたとき信者の子たちもついてくるなら、彼女もついてくる。
もし信者の子たちが残るなら、彼女も村に残る。
そんな気でいるようだ。
商人なのに損失を気にせずに自分の心に忠実な姿に、俺は自由神の神官として拍手を送りたくなった。
はてさて、こうして全員の意見を聞いたわけだけど。
やっぱり意見は二分してしまったな。
――この村を捨てて、違う場所に向かう。
――村人を追い出し、村に住み続ける。
どちらの意見を採用しても、利点と欠点がある。
村を出ていけば、争いなく平和に事態が収束するが、村人の要望を飲んで去った弱腰宗教と悪評が出回る可能性がある。
村人を追い出せば、村で生活を続けられるが、血も涙もない宗教団体だという噂が立つ可能性がある。
あちらを立てればこちらが立たないが、どちらを選ばないと話が進まないんだよなぁ……。
そう考えてふと、なんで選ばないといけないのだろうと疑問に思った。
――そうだよ。別に両方選んでしまっても、いいじゃないか。
そもそも、村人に遠慮する必要はない。
なにせ彼らは、この村に逃げ延びてきた人たちで、ここに元々住んでいた人じゃない。
愛着がないであろう場所なんだから、嫌なら出て行ってもらえばいいしね。
でも俺は、あの場所――サキュバスたちがいる、ジャッコウの里のことが気になるので、あっちにも行きたい。
だから、俺がこの村を離れるのと同時に、この村に居るのが怖いという村人を去らせればいい。
どうせどちらを選んでも悪評が流れることが止められないんだから、もう一つ増えたところで変わりはしないだろうからね。
このアイデアが至上のものに思えて、俺は居合わせた全員に伝えた。
すると、好意的な反応が返ってきた。
「二つとも選ぶとは、なかなか思いつかないですね。でも、良い考えのように感じます」
「地道な説得を重ねれば、村から離れる人も減らせるでしょう。怖さの原因は、不理解にあるようですし」
「お店の準備にかけたお金が無駄にならなさそうで、ほっとしました」
エヴァレットとバークリステの言葉に納得し、クトルットの呟きに皆が笑顔を浮かべる。
この二つとも選ぶという選択は、全員が賛成のようだな。
なら早速、行動を開始しよう。
まずは、俺が村人の意見を受け入れて、村から去るらしいという噂を、この村の中に流すところから始めようかなっと。




