百五十六話 人が恐怖を抱く対象はわかりにくいものです
とりあえず、詳しい話を聞くために、家の中に入ってもらった。
といっても、大多数の人は畑仕事があるからと去ってしまった。
なので、先ほど代表して要求した初老の男性と、彼の息子と名乗る男性だけが、俺の目の前に座っている。
二人の表情は、まるで針の筵に座らされているかのようだ。
まぁ、周囲には自由神の信者が目を剣呑な感じに光らせているんだから、さもありなんという感じだけどね。
けど、急に変な要求をしてきた相手だ、その目を止めさせる気はない。
「さて、なぜ先ほどのような要求をしたのか、説明してください」
うさんくさい笑みを浮かべて問いかけると、二人の村人は顔を青くして、なにやら呟き始めた。
「く、くそ、なんで、みんな逃げたのに、わたしらだけ」
「し、仕方ないよ。そ、それに、誰かが言わなきゃいけないことだろ」
貧乏くじを引かされたことを、愚痴る声が聞こえた。
それもそうだろうな。
だって、この二人は村長でもなんでもない、単なる村人だ。
こんな責任を負う必要は、本来ならない人たちだしね。
けど、このままじゃ話が進まない。
「こほんっ。もう一度、同じ質問をした方がいいでしょうか?」
うさんくささの度合いを上げた笑みで問うと、二人はそろって首を横に振った。
「い、いえ、大丈夫ですとも」
「そ、そうですよ。質問は理解してますよ」
それならいいと、二人が喋るまで、ちょっと待ってやることにした。
しかし、一分経ってもどちらが言うかで、言葉のない押し付け合いをしている。
発言を促すように、足先で床を叩いて音を立てると、ようやく初老の男性が口を開いた。
「こ、こちらは、貴方さまたちに、この村を出て行ってほしいと、そう要望しているわけでして」
「はい。なので私は、どうしてでしょうと問うていますね」
「り、理由は、そ、その、あの、貴方さまが、怖いから、です……」
消え去りそうな声で言うので、一瞬聞き間違いかと思った。
だって、怖いだなんて評価が、俺と結びつかなかったのだから仕方がない。
「怖いだなんて、初めて言われましたよ。そんなに恐ろし気な顔ですか?」
顔を撫でながら冗談ぽく言うと、初老の男性は首を痛めるんじゃないかと思うほど、激しく左右に首を振る。
「いいえ、そのあの、顔のことではなくてですね。貴方の、なんといいますか、存在が怖いのです」
急いで返答しようという焦りからか、かなり失礼なことを口走ってくれた。
俺は心外だと思っていることが伝わる表情をして、腕組みをする。
「身を粉にして、この村の復興を手伝ってきたのに、存在が怖いとは聞き捨てなりませんね。この村の復興は、私たちの手がなければ、数十日単位で遅れていたはずですよ」
復興の功績を縦に責めると、初老の男性はいたたまれないような顔つきになった。
「それは、重々に承知しております。その御恩は、しかと村の皆が感じております」
「それなのに、怖いから村から出て行けと? ちょっと道理が合わない気がするのですが?」
さらに質問を重ねると、もう片方の村人が口を開いた。
「貴方たちが怖いのと、村の復興の恩は別の問題なんだ」
腹を決めたような顔での発言に、この人に喋らせたほうが展開が早そうだと判断した。
「別の問題ですか。それでは、私たちの何がそんなに怖いのですか?」
「それはもちろん、貴方たちの訳の分からなさだ!」
意味が分からずに首を傾げると、つたない説明がやってきた。
「あ、貴方は、あれだろ。噂にある、蘇った神官ってやつだろ。死んでも生き返るなんて、そんなの、人間じゃない。そんな人と、同じ村に、いられやしないだろ」
何を言っているのだろうと、俺は首を傾げる。
「あの、私は死者を蘇らせることはできませんよ」
「そ、そんなの、嘘だ! だって、貴方は死んだのに、復活したって、どの噂もそうなっていた!」
「それはあくまで噂ですよね。私が死んで蘇った場面を、貴方が見たわけではないでしょう?」
「な、なら、噂は事実無根だっていうのか!?」
「無根かどうかはその噂を知らないのでわかりませんが、見間違いや勘違いの類なのでは?」
本当に知らないかのように、すっとぼけてやった。
でもまぁ、死の偽装って相手に見間違いを起させることでもあるので、間違ったことを言っているわけではないよね。
すると、この話題では不利だと感じたのか、違う話を持ち出してきた。
「あ、貴方は神の力で、荒れ地を畑にして、育ってなかった作物を一気に収穫可能にしたよな。これはオレたちの目の前でやったことだから、間違いだとは言わせない」
「はい。その点に関しては認めます。でもそれって、貴方たちにとって良いことだったのではありませんか?」
「ああ、確かに良いことだった。飢えなくなったし、畑を土づくりから始めなくても良かったし」
「なら――」
「けどな、あんな凄い力を見せつけられると、やっぱり怖いんだ。その力が、オレたちに向くんじゃないかって」
「――畑づくりの魔法を、どう貴方たちに使用しろと?」
「そんなの分からねえ。分からねえけど、できそうだから、怖いんだ! 畑のことだけじゃない。家の材料を、なにもないところから大量に出すのを見ると、武器も大量に出せるんじゃないかって不安になるんだ」
想像力が逞しいなと、苦笑いするしかない。
けど、彼が言いたいことが分からないわけじゃない。
要は、理解不能な力だから怖いっていう、元の世界でもよくきく話ってことだろう。
なら詳しい仕組みを説明すればいいだろうな。
そう思って口を開きかけたところで、さらに追い出したがる理由がきた。
「なによりも、貴方の教えが怖い」
「教えって――違う神に感謝を捧げましょうって言ったですよね?」
それ以外に、ここの村人には教えを授けてないので、これしか理由が思い当たらない。
男は重々しく頷く。
「そうだ、それだ。オレたちは、苦しいときに助けられたとき、その教えを受けた。他の神を拒否する人ばかりから、オレたちのような故郷を追い出される人がでてくるって話も納得した。苦境に立たされたオレたちだからこそ、率先して他の神を受け入れるべきだって理解もしたさ」
「ここまで聞く分には、問題はなさそうなのですが?」
「いや、問題はあったんだ。村が豊かになり、他の場所からの移住者がきた。彼らはオレたちと同じ、旧来の聖大神教徒だった。けど彼らは、他の神に感謝することは変だって言ったんだ」
「ふむっ。その差異に衝撃を受け、私の教えが間違いだと思ったと?」
先読みしてみたが、これは不正解だったらしい。
「いいや、違う。その移住した人たちが、十日も経たずに、他の神に感謝の祈りを捧げ始めたからだ。貴方たちは、彼らが変だといった行為を、知らず知らずのうちに彼らに植え付けていたんだと、それで悟ったんだ」
弾劾するような言葉を受けても、俺はよくわからないままだった。
「私は貴方たちに、必ず他の神に祈れと強要をしていませんよね。貴方たちは自分で選んで、自身の意思で他の神に祈るようになったのではなかったのですか?」
疑問を口にすると、応対する男は隣の初老の男性と共に、大きく頷いた。
「その通りです。いや、その通りだと思っていました。けど、あの噂を聞いて、このことすら恐ろしくなったのです」
「何が恐ろしいのでしょう?」
「貴方の手腕で、長年愛読した聖教本から学んだ教えが、たった数日で変質させられてしまったのです。なら、オレたちの善悪の基準も、貴方の考え一つで操作できるんじゃないですか?」
質問の形ではあるけど、村人たちはそう思っているという宣言だった。
だから、俺はその質問に答える気はなくなった。
まあ、できるかできないかで言ったら、できると思うから、答えないという部分もある。
自重してあまり使ってはいないけど、俺は暗示系の魔法だって扱えるので、意思を変えることは可能だろうしね。
はてさて、村人たちが諸々の理由から、俺が怖いということは分かった。
怖いから、村から追い出したいと思ったことも、理解した。
けど、いくつか分からないことがある。
「貴方たちが要望を出して、私が素直に受け入れると思っているのですか? 逆の立場でしたら、貴方たちは素直に受け入れて立ち去ると?」
「……いいえ。きっと、何を言っているんだと、取り合おうとしないと思います」
「仮に私が取り合わなかったら、貴方たちはどうする気なのです? 貴方たちは、行く場所がなくてここに逃げ延びてきたことを忘れていませんか?」
「……分かりません。この怖さを受け入れる人は残り、他は去るのかもしれませんし、また違う未来があるのかもしれません」
「あの、私の力が怖いのですよね? なら、こちらが激昂して、貴方たちを害するかもと思わなかったのですか?」
「そうなったらそうなったで、オレたちの考えは間違ってなかったと、確信できるかなと」
「……考えずに心のままに動くことは、自由の神の神官としては褒めるべきですが、それでも考えなし過ぎではありませんか?」
「無茶や無謀だってことは、十分に分かっています。けれど、他の人を抑えきれなかったんです」
不本意な事態だと言ったことに免じて、これ以上の言葉責めは止めてあげることにした。
そして俺は腕組みして、彼らの要望にどう対応するかを考えてみた。
結論、俺一人で判断するべきことじゃないな。
「とりあえず、要望はわかりました。しかし、判断を下すのには時間がかかることは、理解していただけますね?」
「は、はい、それはもちろんです」
「そして私たちには、貴方たちの要望を聞き入れなければならない道理がないことも、分かっていますよね?」
「それは、その通りです」
ここで俺はわざとらしくため息をつく。
「はぁ~……とりあえず、今日は帰ってください。近日中に、何らかの返答を出すと、お約束はしますから」
家の扉を指さしながら言うと、村人二人は素早い動きで逃げ帰ろうとする。
彼らが家を出ようとする直前を狙って、俺は呼び止めた。
「そうそう、最後に一つ聞かせてください」
「え?! あ、はい、なんでしょう?」
返事をしたのは、若い方の男。
まあ、彼でいいか。
「貴方たちが怖いのは、私なのですか? それとも自由の神とその信徒たち全体なのですか?」
「……すみません、わかりません」
「そうですか……質問はこれで以上です。畑仕事に戻っていいですよ」
俺がうさんくさい笑顔で言うと、二人は大急ぎで家から出て行った。
その動きは、俺に二度と呼び止められまいと必死なように見えたのだった。




