百五十五話 時勢はかわるよどこまでも
俺が村に戻って二十日が経った。
村はほぼ復興を終え、移住を求める旧来の聖大神教徒たちの住居と畑を、新たに作る段階になった。
けど、新たに作るということは、とてもとても大変だ。
家作りは、木々や石材がある場所が遠いので、材料をそろえるのに労力がかかる。
畑づくりは草刈りから肥料を入れるまで、いろいろな段階を経なければいけなくて時間がかかる。
その労力から、普通の村では移住者を好んでは受け入れないとは、バークリステの弁である。
でも俺なら、その労力を大幅に省くことができるんだよね。
まずは、ステータス画面のアイテム欄の使用。
これで一度の行き来で建材を大量に運ぶことができる。それこそ、家を何軒も立てられるほどの量をだ。
続けて、俺が使える魔法たち。
自由神の加護である、自由度の拡張によって、さまざまな魔法が俺は使える。
枢騎士卿になったことで、さらに自由度は増し、便利な魔法が使いたい放題になった。
なので、木や石を切って建材を作ることはもちろんのこと、畑を耕した上で栄養を与えることも簡単にできる。
魔法で作った畑や、成長を促進させた作物が無害かどうかは分からない。
けど、直ちに健康被害が出るようなものではないみたいだ。
なにせ、村の復興時から魔法で成長促進させた物を食べている、老若男女の村人たちが体調を崩したことがないのだから。
村に人が増え、賑やかになってきた裏側で、世界情勢は混沌の道を歩んでいるようだった。
まず、俺の生き死にの話を、各地に流した件について。
その話が各地を巡り巡ったことで、尾ひれや胸鰭がついて、訳の分からない噂に変貌してしまっていた。
『とある邪悪な教団に殺された聖人が、神の力によって生き返ったらしい』
『真の神を名乗る教団が、混沌を司る古の魔人の封印を破ってしまったらしい。しかも取り逃がしたようだ』
『真の聖大神教団の実態は、邪神教だというぞ。なんでも、怪しげな薬で信者を意のままに操っているのだとか。しかもその薬を使えば、死体を動かすこともできるらしい』
そんな、同じ話から派生したと思えない噂が、各地に色々とあるらしい。
その支離滅裂な噂に踊らされて、乱立した復活した善の神を崇める教団たちが声明を発表した。
『真の聖大神など、この世に存在しない。あれは偽りを語っている、悪しき集団だ』
『人を裁判もなしに悪と認定し、身勝手な刑にかけるとは、野蛮極まりない! そんな信者を認める神は、善とはとても言えない!』
大多数が真・聖大神教団を弾劾する声を上げ、中には正義の名の下に粛清に動こうとする教団もあるらしい。
多分だけど、善の神たちが作った偽神が、自意識を持ったことに危機感を抱いて、信者を使って潰そうとしているんじゃないかなと思う。
神の大戦後に、邪神教を潰して回ったときのようにね。
対して、真・聖大神教団も黙っていない。
『悪しき存在を野放しにする他の教団も悪と同じである。真に正しきは、我が神と我が教団である』
なんて喧嘩を売るような宣言を出しちゃったものだから、火に油になってしまったようだ。
『悪しきものを野放しにはしてはおけない。まずは、正義を騙る教団を叩き潰さねばならん!』
と、真・聖大神教を滅ぼすべきだという風潮を、各地の善の神教団たちが生み出そうと必死になっている。
これで、信者の理解が得られれば、晴れて善の神の信者同士で戦争が始まることになる。
フロイドワールド・オンラインでも、こういった神別の戦争イベントはあった。
だからか、俺はあまり現実味を感じていない。
まぁ、俺は自由神という中立側の神官であるから、善の神同士で相争う事態になろうと、対岸の火事って思いがあるからかもしれない。
そうなるように仕向けたのは俺って事実を、棚上げしての考えだけどね。
戦争の機運が高まってくると、活躍が望まれる部署がある。
それはもちろん、軍隊だ。
この世界には、国軍と遠征軍の二つの軍隊がある。
世情に詳しいバークリステによると、本来ならば争いが火種の内に、国軍がさっと消してしまっていたらしい。
「一つの国一つの宗教で人々が結びついていましたので、争いがあれば通報や密告などがされ、対応が簡単だったそうです」
しかし、各地で乱立した新興宗教によって世界情勢が変わると、国軍の動きが悪くなった。
国軍は国教である、旧来の聖大神ジャルフ・イナ・キゼティスを旗印に掲げている。
今まではその御旗を立てれば、各地の通行は簡単に行え、食糧の挑発もでき、争いもすぐに静まった。
けれど、村や町によって崇める神が違う現在は、そうできなくなってきている。
『我が神は争いを嫌います。町の通過や食料の供出を認めたら、争いに参加したも同義。神から罰を受けてしまいます』
『我が神のことを知らないのに、そちらの神の勝手な理屈を押し付けないでもらいたい』
こんな風に、崇める神が違うからと、国軍への協力を拒み、争いに割って入ることを拒否しているわけだ。
従来の手が使えなくなった国軍が勢いを落とす中、マニワエドが参謀に返り咲いた遠征軍が活躍を始める。
「遠征軍は戦いの神を崇める集団だ。なのでどんあ争いにも、首を突っ込む権利がある!」
暴論に近い論理を振りかざし、争いの火種がある場所に、迅速に駆けつけて仲裁をする。
このことに、最初は反発もあったようだ。
けど、行動の手早さと、違う神を崇める相手に対する配慮があることで、すぐ受け入れられるようになった。
今では、遠征軍こそが国軍だと、人々が噂し始めているらしい。
そのことにマニワエドは、古巣に気を使って、国軍でも対処可能な案件を流しているそうだ。
なぜ裏事情を知っているかというと、彼とはまだ連絡を取り合っていて、愚痴の手紙の中でそう書いてあったからだ。
けど、マニワエドのお情けを貰わないと役目が果たせない状況に、国軍は焦った。
そして、起死回生に打って出る。
人々の間で邪神教と噂になってきた、真・聖教団の討伐に乗り出したのだ。
『真なると騙る教団を、国軍の総力でもって殲滅する!』
そう鼻息荒く出発したのが、つい最近のこと。
聖大神教に好意的な村や町を通っていくので、十日から二十日かけて、ハルフッドがいる町まで行くようだ。
そして、新旧の聖大神が戦い、どっちが正しいのかの雌雄を決するらしい。
もし国軍が負けたら、国教が敗れたということになり、この国が崩壊するような事態に発展する可能性があるけど、分かっているのか心配になる。
世界中が争いの火だねできな臭くなっているが、争いの中心は遠くにあるので、この村は関係ないだろう。
そう思っていたのは、俺と仲間たちだけだったらしい。
家の前に立った俺の目の前には、この村の住民たち全員がいる。
彼らは、いきなり押しかけてきて、俺に合わせて欲しいと言ってきたのだ。
「なにかお話があるそうですが、なんの用でしょう?」
相変わらずのうさんくさい笑みで尋ねると、村人たちは顔を見合わせてヒソヒソと話し合い始めた。
漏れ聞こえることによると、誰が代表として俺と喋るかで揉めているようだ。
その様子から、この事態は突発的なものだとわかる。
何を言う気なのかなと待っていると、年かさが一番ある初老の男性が、俺の前に進み出てきた。
「自由の神を崇める、偉大な神官さま。わたしどもは、貴方さまに多大な恩を感じております――」
そこから、俺を褒めたたえるような言葉が続く。
うさんくさい笑みを浮かべて聞きながら、賛辞が長く続く裏を読み取った。
俺は彼の発言を途中で遮ることにした。
「私に言い難いことを言おうとしているのはわかりました。飾り立てた言葉を省き、内容を話してください」
毅然と告げると、初老の男性は額に冷や汗を浮かべながら、一つの要望を出してきた。
「わ、わたしどもは、あ、あ、貴方さまとその信者の方々に、こ、こ、こ、この村から、で、で、出て行って、ほ、ほ、欲し、欲しいのです」
震える口で語った内容に、俺はうさんくさい笑みを顔に張り付けたままで首を傾げた。
俺の後ろにいる仲間たちから、怒りの雰囲気を背に感じながらね。




