百五十三話 悪の神官の最後を、刮目してみるといい!
俺を見つけた住民が動く。
介抱しようとしていた警備を手放し、手に日用品を構えた。
気絶していた警備の頭が落ちて、石畳に後ろ頭を打ちつけ、その痛みでうめき声をあげる。
酷いことをするなと思いつつ、俺も杖を構えた。
襲い掛かってきたら反撃しようと、住民の様子を伺う。
その目つきは、相変わらずぼんやりとしたもので、自意識の薄さが透けて見えた。
さほど手ごわそうには見えないのだけど、彼らがここにいるということは、レッサースケルトンを倒してきたということなのだろうか? それとも逃げてきて、俺と鉢合わせしたということなのだろうか?
可能性について考えていると、通路の角から他の住民が現れた。それも次から次へとだ。
彼らの大多数は打撲痕らしき痣を体のどこかにあり、中にはレッサースケルトンの大腿骨らしきものを持つ人もいる。
どうやら、俺が召喚したレッサースケルトンは、住民たちに倒されてしまったらしい。
ま、時間稼ぎのために使った、最弱種だから不思議じゃないけどね。
俺は囲まれる前に逃げようとして、ハルフッドの姿が目に入って止めた。
彼の目の前で、怪しげな草を一掃してやろうと思い立ったからだ。
「やあ、ハルフッド。随分と遅いお着きですね」
「世界に混沌をもたらす者よ。頼りにしていた動く骨の数々は、もうすでに討ち果たされた。観念して捕まり、裁判を受けるのが正しい判断だと考えるが、どうか?」
「ふふっ。そんなの、ご免被るに決まっているじゃありませんか」
「ならば、この場にいる全員の手でもって、捕縛して――」
「おや、私を攻撃しようとしていいんですか? 私の後ろにある建物に被害が出ますよ?」
俺が意味深に笑いながら言うと、ハルフッドの顔が歪んだ。
「その中にあるものがなにかを、知っているのですね」
「もちろんですとも。そしてそれが、貴方たちにとって大事な物であることも」
返答しながら、俺は住民たちの様子を見る。
ぼんやりとした顔つきなので、断言はしづらいけど、彼らはこの建物の中に怪しい草が大量にあることをしらないようだ。
ふーん、ならこういう手が面白そうだな。
俺は杖を高々と掲げて、悪役っぽく、彼らに対して次の敵を用意することにした。
「我が神の仲立ちにて、活火山の荒ぶる神よ、我が願いを聞き届けたまえ。汝が僕――手足に火山の火を纏う、重厚な岩巨人を、我に貸し与えてほしい!」
魔法が完成し、俺の足元に赤く光る円が生まれる。
すると円から熱風が噴き出し、続いて黒っぽい岩肌のゴーレムが押し出されるように現れた。
三メートルはある全身を表し終えると、その手足がひとりでに燃えだし、岩をこすり合わせて出しているような声で雄叫びをあげる。
「ゴゴマママ!!」
人の背を優に超える巨体と、ボディービルダーのような分厚い見た目、そして燃える手足からの熱気で、住民たちが一歩後ろに下がった。
洗脳はされていても、多少の判断はできるみたいだな。
そんな怪しい草の効能についての情報を仕入れつつ、俺はファイヤーゴーレムに命令を下す。
「岩の巨人よ、その燃える手足で、この建物を壊し尽くせ!」
「ゴルゴルママ!!」
俺の命令に忠実に従い、ファイヤーゴーレムは怪しい草が詰まった建物を壊し始めた。
大質量の攻撃に、建物はあっけなく崩れていく。
そしてゴーレムの手足は常に燃えているため、殴りつけ踏みつけた破片が炎上しだす。
火は中にある草の詰まった箱に燃え移り、徐々に火勢を増していく。
それとともに、草が燃えた煙がもくもくと上がり始めた。
匂いを嗅ぐと少しくらっときたので、俺はローブの裾で口元を抑えて、これ以上吸い込まないようにする。
一方で住民たちは、煙の匂いでゴーレムが壊す建物内に、何が入っているか気づいたらしい。
武器や日用品を手に、一斉にゴーレムに向かって突撃していく。
「あの中にあるのは、あのタバコの葉だ!」
「日々を正しく生きるためのものを、動く岩から守れ!」
ぼんやりとした顔だったのが嘘だったように、住民たちは鬼気迫る表情でゴーレムに打ちかかる。
しかし相手は、体は火山岩で、手足が常に燃えている、ファイヤーゴーレムだ。
多少の攻撃ではびくともしないどころか、手足の火で炙られて、住民側が火傷を負っていく。
だからか、ゴーレムは体を殴られることを気にした様子もなく、俺の命令通りに建物を壊し尽くそうと動いていく。
それに伴って、建物の火勢が強まり、煙もたくさん出てくる。
ゴーレムの動きを止めようと、俺をそっちのけで、住民全員がゴーレムに殺到して攻撃していく。
中には、建物にある箱を持って外に出そうとする人も出てきた。
けど、その人に対しては、ゴーレムが殴りつけて止めさせる。その後でゴーレムは箱を壊すと、住民は無視して、建物の破壊にもどっていく。
たぶん、中にある箱も、壊すべき建物の一部だと、ゴーレムは認識しているんだろうな。
「箱を持ち出せないのなら、先にこの動く岩を倒すしかない!」
「殴り続ければ、岩だって壊れるはずだ!」
住民たちはどうにかあの草を守ろうと奮闘している。
その様子を見た後で、住民のコントロールを失って歯痒そうにしているハルフッドに、俺は顔を向けた。
「さあ、どうします? このままでは、貴方の教義にとって重要な物資が、灰になってしまいますよ?」
「なんと悪辣な真似を……。あの動く岩を倒したら、次は貴方の番です」
ハルフッドは俺と対峙するよりも、まずゴーレムを倒す方を選んだらしい。
そういう選択をするのはわかっていたので、俺は彼に言葉をかける。
「では、私は今のうちに逃げましょう。なに、壁の上を巡っていれば、どこかに外に下りれそうな場所ぐらい見つかるでしょうしね」
行き先のヒントになるようなことをわざと言いながら、俺は町を囲む壁に向かって走り出した。
ハルフッドはこちらを追いかけようとして、ぐっと堪えた様子になり、ゴーレムに対して魔法を放ち始める。
よしよし。全員で頑張って、その中ボスを倒しててよ。
その間に、俺は俺で準備をしないといけないんだから。
外壁を巡って、どうにか外に下りられそうな場所を見つけた。
それは修復中の場所で、崩れている壁を足場にすれば、どうにか下まで行けそうな場所だった。
その付近の壁上に立ち止まった俺は、何かを待つように佇んでいる。
程なくして、ファイヤーゴーレムを倒した、ハルフッドと住民たちが現れた。
きっと、俺が外に出るにはこの場所しかないと、目星をつけていたのだろう。やってくるのが早かった。
ハルフッドはフードを目深に被った俺に言い放つ。
「ここから降りるためには、ゆっくりと崩れた場所を歩かねばなりませんから、貴方は無防備になります。そのとき少し足元を崩したり、背中を突けば、地面まで真っ逆さま。かといえ、こちらに向かってくれば、人数差でこちらが圧勝できることでしょう。tまり、これで詰みです」
状況の説明をするような、ハルフッドの言葉対する俺の返答は、嘲笑だった。
「ふーははははー! 笑わせるなよ、エルフ。この俺様が、貴様や、その手下どもに、易々とやられるものか!」
悪役っぽい言い方をした後で、俺は何も持っていない手を、ハルフッドに向ける。
「神よ! 我が敵に――」
「そうそう、何度も!」
呪文が完成する前に、ハルフッドが剣を手に突撃する。
対する俺は、咄嗟のことに反応できないようだった。
「くぅ、小癪なエルフめ! まずは、お前から我が神の生贄にしてくれる!」
「我が真なる聖大神の正しさを、貴方を倒すことで証明しましょう!」
ハルフッドの攻撃を、俺はどうにか避けていっている。
けど、崩れた壁――つまり崩壊した足場が近くにあるためか、動きが悪い。
苦戦する俺の様子を見て、ハルフッドが住民たちに声をかける。
「いまが、この男を倒す絶好の機会です。動く骨や、動く岩と戦ったときのように、全員の力で倒しますよ!」
ハルフッドの呼びかけに、住民たちが前へと出てくる。
壁上は狭い通路でしかない。人数で押されれば、対応しきれなくなってくる。
その上、住民の中には俺を壁上から落として殺そうとする人もいた。
こうなると、明確な攻撃がしずらい俺の方が、段々と分が悪くなってくるな。
「ええい、鬱陶しい。離れろ!」
手足を振り回して、住民たちをけん制し、少しでも動きやすいように頑張る俺。
けど、その大きな動きを、ハルフッドは見逃さなかった。
「世界を混沌に導く悪しき者よ、覚悟!」
元の世界のファンタジーのエルフよろしく、素早い身のこなしで素早く懐に踏み入る。
そして、手の剣を深々と俺の胸元に突き刺した。
背中まで剣が貫通しているその剣を、俺は手で押さえると、ハルフッドを蹴りはがす。
「ぐあああ!」
ハルフッドが声を上げて吹っ飛び、後ろにいた住民たちに衝突する。
一方で俺は、よろよろと後ろに下がる。
そのとき、フードが風にあおられて外れ、血の気を失ったトランジェの顔が現れた。
「よ、よくもやってくれたな。この深手では、もはや助からんだろうな……」
弱々しい声で、情けないことをいう俺。
自嘲気味に笑った後で、高々と宣言する。
「あと少しの命だというのならば、この場にいる貴様らごと、派手に散ってくれる!」
両手を広げ、天上にいる神々を仰ぐような恰好になる。
「我が神よ! 我が命、我が肉体と引き換えに、我が願いを叶えたまえ――」
自爆魔法の呪文を俺が唱えだすと、ハルフッドが住民たちに避難するよう命令を始める。
「なにかまずいことが起きそうです。この場から、急いで退避しますよ!」
ハルフッドと住民たちは、壁上の狭い通路を一丸となって急いで戻っていく。
俺は胸に刺さったままの剣のせいか、彼らを追うことはせずに、呪文の完成を急いでいる。
「――我が望むのは、比類なき大爆発。我が身命を燃やし尽くし、消し尽くす業火なり!」
自爆魔法が完成するのと同時に、俺の体が強く発光した。
そして次の瞬間には、耳をつんざく爆音と、激しい光、そして台風直下のような暴風が吹き荒れた。
その衝撃で、もともと崩れていた部分の壁がさらに崩れ、それが周囲に電波して崩落していく。
逃げようとしていた住民たちも、風にあおられて、狭い通路に詰まるかのように重なりあって倒れた。
自爆魔法の影響が薄れて消えていくと、倒れた住民たちがノロノロと立ちあがる。
ハルフッドも俺が爆発四散した場所を振り返り、俺の姿を探すように顔を左右に向ける。
そのとき、爆発で散った黒いローブの破片が、彼の目の前を通過した。
「逃げられぬと悟って、私たちを巻き込むような魔法で自分の命を絶つとは。自殺は正しくない行いです。やはり、正しくない人でした」
感慨深そうな言葉を口にして、ハルフッドは住民たちと壁上から町中へと降りて行った。
きっと、滅茶苦茶になってしまった町を、直しに向かうんだろうな。
そんな一部始終を、俺は岩壁の柄に染められた布を、頭からかぶりながら見ていた。
人の目がなくなったことを確認して、迷彩布を取り払う。
もちろん、俺の体が爆発して失われているということはない。
なにせ、さっきまでハルフッドたちが戦っていた『俺』は、俺が魔法で作り出した身代わりだったのだから。
この身代わり魔法は、悪神の神官のみが使える秘術だ。
『以前殺しただって? こうして、ちゃんと生きているとも』
『偽物を倒したことで油断したな!(本物によるバックアタック)』
『俺が倒れても、第二第三の俺が貴様を倒しに行くであろう!(投身自殺)』
なんていう、悪役シチュエーションを実現するために、フロイドワールド・オンラインの設計者が設定した魔法だったりする。
さっきの俺は、その魔法で生み出した偽物だったというわけ。
もっとも今回の偽物は、致命傷を負ったら自爆魔法を発動するように設定したことで、リソースがとられまくって行動が陳腐化しちゃっていたけどね。
なにはともあれ、これで俺が死んだという噂が、この町から周囲に発せられることになるだろう。
なにせ、ハルフッドは勢力拡大を狙っている。誇れる成果があれば、周囲に喧伝しようとするのは、目に見えているし。
けどそうなったら、あとはこっちのものだ。
真なる聖大神を掲げるハルフッドだが、こちらにはその正しさを覆す材料が色々とある。
俺は旧来の聖大神の偉い人から、宗教活動のお墨付きをもらっているような『良い』人物だ。それを悪人として殺したということは、旧来の勢力の人を受け入れる気がないと、そう捉えられてもおかしくはない。
続いて、麻薬ににたあの怪しい草の存在。それを使って住民を意のままに操っているなんて噂が流れ、証拠品まで現れたら、宗教団体としては終わりに近い。特に、正しさを標榜している団体なら致命的だ。
以上の二点だけでも、旧来の聖大神を信じる人たちからは、邪教認定されるのには十分だろう。
その上、もしも死んだとされた俺が生きていたら?
きっと、ハルフッドの言うことは信用できないと思う人が、他の神を崇める人の間でも多く現れるだろうな。
そうなれば、もう真・聖大神の勢力拡大は望めない。
宗教家は、話を聞いてくれる人がいるからこそ、成り立っていけるんだからね。
さてさて、この企みがうまくいくかは、この町からこっそりと俺が逃げられるかどうかにかかっている。
偽物が爆発した影響で、崩れた壁が良い感じに下りやすくなっているので、音を立てないようにしながら外に出て、エヴァレットたちが戻っていった村へと帰るとしましょうか。




