百五十一話 エルフな教祖は正しさの標榜者でした
大勢の人々に囲まれた俺は、もう一度、真聖大神の教祖ハルフッドに顔を向ける。
「これはこの町全員が、私と敵対したと受け取っていいのですよね?」
「もちろん、その通りと考えてもらって構わない」
律儀に俺の質問に答えてから、ハルフッドは周囲に向けて声を張り上げる。
「我が同胞たちよ! その黒いローブを着た男こそ、諸悪の根源に他ならない! 人殺しは悪いことかもしれないが、その男に限っては、我らが神が天誅だとお許しがでている! つまりは、彼を殺すことは善行である! 皆で協力して殺しなさい!」
その声に、住民たちは従う様子を見せる。
「その男は、殺していい。殺すことが、良いこと」
「良いことを、しなければいけない。悪いものは、正さなければいけない」
ぶつぶつと同じような言葉を放ちながら、ゆっくりと包囲を狭めていく。
彼ら彼女たちが持っているのは、日用品がほとんどだ。
いざとなったら、魔法でどうにでも切り抜けることができる。
そう心を落ち着かせた。
そして、ハルフッドが教祖だからといって、彼の言葉を鵜呑みにする態度におかしさを感じ取る。
住民たちの様子を観察して、その理由を探っていく。
よく見ると、彼らの目はどっか虚ろだ。
さらに目の奥を覗くと、知性が崩れていると直感した。
「もしや、洗脳をしたのですか?」
これは答えないだろと思いながら聞いたのだけど、ハルフッドから答えが返ってきた。
「そのような悪しき真似はしません。ただ、説得をしただけです」
「説得? エルフ秘蔵の、怪しい草でも噛ませながらですか?」
暗に麻薬の類かと聞くと、ハルフッドが頷いた。
「怪しい草ではありませんが、人の気分を幸せにする草花を、説法をするときに住民たちに渡してあります。人が幸福を感じることは、良いことに他ならないですから」
「……それは、本気で言っているんですよね?」
「冗談をいう気はありません。苦しいこと、悲しいことは悪いことです。それを癒し慰め、幸福に導く草花を取ることの、なにが悪いことでしょう」
おい、ぶっ飛んでるぞ、このエルフ!?
いや待て。
蚊取り線香が人間には効かずに、蚊だけに効くような感じで、もしかしたらエルフがその草花を使っても、後遺症はないのかもしれない。
だが、人間に使っている時点でアウトだ!
というか、麻薬を嗅がせた上で説法って、本当にお手軽な洗脳じゃないか!
ゲームと違ってレーティングの存在しない、この異世界ならあり得るとは思っていた。
けど、こんな外法を使うのは、俺の主義と自由神の教義に反する。
使っている間は身も心も解き放たれて自由かもしれないが、使い終われば薬を求める心に拘束されてしまう、そんな不自由さは認められない!
「我が神よ。我が周囲にいる毒に侵された人たちの、その体を浄化したまえ!」
広範囲化させた解毒の魔法を、俺を包囲する人にかける。
魔法が発動し、効果が発揮された。
けど、住民たちの目つきと様子は変わらない。
ちっ。中毒は解毒の魔法じゃ癒せないのか。
フロイドワールド・オンラインじゃ、中毒の症状なんて設定されてなかったもんな。
もしかしたら、病も病気も同時に治す回復魔法なら治せるかもしれない。
けどそれを試せるのは、さっき使った解毒魔法に設定されている、再回復待機時間が過ぎてからだ。
まずったなと思いながら、ハルフッドの勝ち誇った声を聞きながら、次の魔法の発動に移る。
「何をしようとしたかは知りませんが、我が信者にはその魔法に対する耐性があったようです。頼みの綱を絶たれたのですから――」
「我が神よ、我が靴に虚空を跳ぶ力を与えたまえ」
ハルフッドが何か言っているが聞き流し、呪文を完成させる。
盗賊系の神を崇める信者が落とし穴対策に使う、『空踏』の魔法を靴にかけて、三段ジャンプで近くの建物の上へ退避した。
俺を囲もうとしていた住民たちは、屋根の上にいるこちらに顔を向ける。
そのあとで、ゾンビ映画のように、一斉に俺がいる建物を囲んで、壁をたたき始めた。
手足が壁で傷つき血が滲もうと、お構いなしだ。
おいおい、住民の理性が飛んでいるじゃないか。
もしかしたら、教会の鐘を打ち鳴らすのを合図に、暗示が発動するようになっていたのかもしれない。
正気を失わせるほどとなると、薬の力で意識の奥深くに刻み込んだ、外すに外せないような強力な暗示だろうな。
信者を狂わす神が、真なる聖大神と名乗るなんてな……。
ここで、正しいことこそが世界を狂わせる原動力、という皮肉が元の世界にあったことを思い出した。
正義という名の免罪符があれば、唾棄するべき悪行すらも正当化させるという戦争批判を。端的に表した言葉だったっけか。
それに似た光景が、目の前にあるなんて、それこそ皮肉的だな。
こんな危ない真似をする真聖大神の教徒は、全滅させたほうが、この世界のためだよな。
そう思い、魔法を行使しようとして、少し停止。
俺がこの世界にきてから今までのことを思い返して、考えを翻す。
全滅させるのは辞めよう。
それよりも、彼らにはいい使い道がある。
けどそのためには、真聖大神の信者たち――いや、ハルフッドを調子に乗らせないといけないな。
ふむ……悪の神官ルートを継続しよう。
「ふふふっ、あははは、はーっはっはー! これで私を追い詰めたつもりとは、片腹痛いにもほどがありますね。知性を失った住民など、恐れるに足りませんよ。なにせ、こちらには知性のない駒を多数生み出す方法があるのですから」
俺は喋りながら、ステータス画面を開いて、魔法のショートカットを再設定した。
「さあ、我が力を見るといい。『大挙して現れろ』、『スケルトン』!」
ショートカットに登録した召喚系の神の秘術である『大量召喚』の魔法を加えて、レッサースケルトンを召喚する。
大量召喚とは自分で使用する神通力を選び、それに応じた数の僕を召喚するための補助魔法だ。
初めて使うからにはと、三分の二の量を消費しての召喚だ。
その思い切りのお陰で、俺の立つ建物の周辺の地面に現れた黒い円から、最下級のレッサースケルトンが次から次へと出てくる。
スケルトンたちは集まった住民へ殺到して、骨の手足で打撃を与えていく。
そんな光景をよそに、どれだけ出るのだろうと、俺はスケルトンの数を大まかに数えていく。
えーっと……三百匹ぐらいで打ち止めかな?
ううむ、これだけの数を一度に出せるなんて、大量召喚恐るべしだな。
この世界の軍事が崩壊する兆しが見える気がする。
でもフロイドワールド・オンラインだと、弱い魔物を大量に喚ぶよりも、強力な個体を喚ぶほうが効率がいいから、使われない魔法なんだけどなぁ。
いけないいけない。演技の続きをやらないと。
「あーはっはっはー! 貴様らはそこで骨と遊んでいるのがお似合いです。この隙に私は――」
「逃がす気はありません。貴方はここで倒します!」
おいおい、台詞を途中で遮るなよ。
ハルフッドに注意を促す視線を送ろうとして、少し遠くで重たいものが落ちるような音が聞こえた。
ハッと、音がした方へ顔を向ける。
外壁のある場所――この町の出入り口付近に、土煙が上がっていた。
「出入り口を崩して封じたのですか!?」
驚いて声を上げると、ハルフッドから返答が来た。
「この町と外をつなぐのは、あの場所しかありません。これで貴方は、袋のネズミです! そしてどんなに強力な相手であろうと、どれほど手勢を召喚しようと、正しさの名の前には無力であることを知らしめて差し上げましょう。それがこの世界に正しさを取り戻す、唯一の方法なのですから!」
ハルフッドの宣言に、俺はこっそりと肩をすくめる。
俺が驚いたのは、ハルフッドの失策にだ。
出入り口という唯一の逃げ場を塞がれたら、追い詰められた人は自暴自棄になって、徹底抗戦を始めてしまう危険性があるというのに。
というか、唯一の外へでる道を閉ざされたら、この町の住民たちがどうやって生活するんだろうか。
壁の内側ではなく、外側に畑が広がっていたような気がしたんだけど。
なんだろう。飢えて死ぬか、俺を倒して死ぬかを、ハルフッドは住民たちに選ばせる気だろうか。
正しさを旗印に死ねと命令するなんて、流石は真聖大神の教祖だなー。正しさの前には、人の命なんて紙くず同然かー。
いやまあ、こういう相手であった方が、後の俺の役に立ってくれるから、楽でいいんだけどねぇ。
少しやるせなさを感じながら、俺は悪の神官らしい演技に戻ることにした。
「ふはははっ! あれしきのことで、この私を追い詰めたと思うなど、笑止千万です! いいでしょう、私はあの崩れた出入り口に向かいます。そこで貴方たちの奮闘を、笑いながら観察してあげます。そのあとで、ゆっくりと崩れた場所を上って下りて、この町から出て行ってあげますよ!」
言い放つと、俺は空中に体を躍らせる。
靴にかけた空踏の魔法はまだ効果時間内なので、空中をジャンプして、隣の建物へ。
そして建物伝いに、崩れた出入り口に向かって走り出した。
その俺の背に、ハルフッドの声がかけられる。
「出入り口で待っていなさい。必ずやこの骨どもを内倒し、住民たちと共に貴方を討ちに行きます! それが我が神が求める、正しさなのだから!」
正しいと信じて疑っていない声色に、俺は背を丸める。
狂信者なんて、おお怖い怖い。夜中にトイレに行けなくなっちゃうなー。
それにしても、崩れた出入り口で敵が待っててくれるなんて、ハルフッドは本当に信じているのだろうか?
いや。今回の俺は今後の企みに通じる演技のために、ちゃんと待つよ。
けど、普通の敵なら逃げる先を行ったりしないよな。
なんだろう。ハルフッドは杓子定規な考えしかできない人なのだろうか?
建物伝いに走っていて、崩れた出入り口に到着した。
とりあえずその件は、この場所にいる人たちを無力化してから、考えることにしようかな。
そう考えて、こちらに槍先を向けてくる門番たちへと、杖を手に襲い掛かることにしたのだった。
明日、更新お休みします




