十四話 ニワカな説法をしてみた
危険な毒物をうっかり生み出してしまった次の日。
朝を迎えてみると、血ばらせた目の下にクマを作ったエヴァレットが現れた。
「もしかして、薬作りで徹夜したの?」
「はい。選別に時間をかけすぎて、数をあまり用意できませんでした。申し訳ありません」
疲れきった顔で頭を下げながら、作り上げた薬を差し出してくる。
「薬はありがたく貰いますけど、頑張りすぎは体に毒ですよ。ほら、これ食べたら、部屋で寝てていいですから」
「ですが、まだ他の薬が作れていませんし……」
「役立ってくれようとしてくれるのは嬉しいですが、それでエヴァレットが体を壊したら本末転倒ですよ」
「……わかりました。短時間で快眠できる薬茶を入れて、休ませていただきます」
エヴァレットはもそもそと朝食をとると、カップの水に草を入れる。
小さなすりこぎで押しつぶして、青臭くなった水を作ると、一気に飲み干した。
酷く不味いのか、眉間にシワが刻まれ、口元を引き締めている。
「その反応だと、眠気覚ましっぽく見えるんだけど?」
「この薬茶は極短時間では眠気覚ましですが、その時間が過ぎると猛烈な眠気を誘うものなのです」
飲むかと聞くように差し出してくるけど、たっぷり寝た後なので遠慮することにした。
「そうですか……では、お休みなさいませ」
「お休みなさい。いい夢を見るよう、祈ります」
エヴァレットが部屋に戻ったので、俺は家の木窓を開けてから、玄関の閂と鍵を開ける。
もう既に何人か、家の前で待っていた。
「皆さん、相変わらずお早いですね」
「この歳になると、朝日が出る前に目覚めてしまいますのでね」
「それで朝早くから畑仕事をやっていると、息子たち夫婦に歳を考えろって追い出されちまうのですよ」
「全く失礼だとは思いませんか。こうして元気だというのに、働くのを取り上げるのですよ」
愚痴の言い合いが始まる前に、神官らしい言葉で仲裁を入れておこうか。
「そう悪し様に言うものではありませんよ。息子さんたちだって、意地悪で仕事をさせないのではないのでしょう? 皆さんのお体を心配なさった、善意からの行動なのでしょう? でしたら、感謝して受け止めてあげることこそが、年長者としての振る舞いではないでしょうか」
そう偉そうに言ってみると、ぽかんとした顔を向けられてしまった。
「どうかなさいましたか?」
「いえね、司祭さまみたいなことをいいなさるなと」
その返しに苦笑すると、周りの人が慌てて始めた。
「おい、もうボケたのか。この人は神官さまなんだから、司祭さまみたいなことを言うのが本業だろうに」
「そうだそうだ。薬を渡してくれるからって、薬師の先生じゃないぞ」
「ちゃんと、分かっている。けど、いまさっきみたいなことを言われたのは初めてで、本当に神官さまなんだなって思っただけだぞ」
そういえば神官ぽい行動を、この人たちの前でやったことはなかったっけ。
彼らの反応からすると、もしかしたらそのことを不思議に思われていたのかもしれない。
だとしたら、適当な言い訳でも言っておこうかな。
「この村には立派な司祭がおいでではないですか。私の神職としての出番など、どこにもありませんよ」
うさんくさい笑顔をもってそう告げると、いやいやと首を横に振られてしまった。
「司祭さまが立派なのを、否定したいってわけじゃないんですが……」
「この歳まで生きると、ご訓示の多くが前に聞いたことがあるようなものばかりでして」
「ですが神官さまの先ほどのお話は、聞いたことのなかったので、驚いたわけです」
その話を聞いていて、まあそうだろうなと思った。
司祭のチャッチアンさんが年に何回説法をするかは知らないけど、十年以上もやっていれば何回となく同じネタが出てくることは防げないだろう。
特に赤ん坊が生まれたときにする話や、子供に聞かせる話なんかには、変化はつけにくいだろう。
けど、似た話をすると信者の人は聞いてくれずに、信心が離れる原因にもなってしまう。
ちょうど、目の前の人たちが、チャッチアンさんの説法をありがたがっていないように。
俺がフロイドワールド・オンラインで辻説法したときは、世界の語録や説法のまとめサイトを流用したけど、この世界じゃ無理な方法だ。
この世界に村に住む司祭って大変そうだと、チャッチアンさんに同情する。
けど、神官である俺にも、この問題は無関係ではないんだよな。
エヴァレットにダークエルフの里に連れて行かれる予定だし。今も何かをお願いしようとする目をした人が、目の前にいるし。
「あの、神官さま。いきなりで不躾だとは思いますが――」
「軽い説法でもして欲しい、ってことですよね?」
うんうんと全員から頷かれて、どうしようかと考える。
俺は自由神の信徒であって、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスとやらの信者ではない。
教義は知らないので、変なことは言えないんだけどな。
「少し待ってくださいね」
エヴァレットがそうだったから、きっとこの世界の住民には見えないはずと、身振りでステータス画面を出す。
俺の行動に村人たちは不思議そうだが、画面に注意を向ける様子はない。やっぱり見えていないみたいだ。
そのことに安堵しながら、偽装スキルを呼び出す。
ここに今回つけるのは、職業ではなく信仰神。
自由神の加護の中から、善悪中立色々ある神様の名前をスクロールしていき――あった、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス。
タップして説明文を出すと、色々とある戒律は読み飛ばし、教義の核となる部分だけを読み取っていく。
重要なのは、善なる種と悪なる種に分かれる思想と、善行を積むことらしい。
その教義を受けて、自由神の信徒として俺がやってきた説法の中から、流用できそうな物を思い出す。
「……はい、お待たせしました。ではお話をいたしましょう」
話すと決めた説法をする前に、態度は毅然としたものにして、顔に浮かべるうさんくさい笑みの度合いを上げる。
このちょっとした変化を受けて、村人たちも気が引き締まったような顔をした。
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスは、善を好み、悪を嫌う、偉大な神であらせられます。そして善なる者に多大な恩恵をお与えくださる、慈悲深い神でもあらせられます」
説法で大事な点は、まずは否定できない事柄を大げさに言うことから始めて、少しでも共感得ておくこと。らしい。
これは、落語や漫才の冒頭にあるあるネタを仕込むのと、同じ理屈なのだそうだ。
次にやりたいのは、呼びかけや疑問を提示して説法に参加させ、話す人と聞く人の一体感を得るべく努力すること。
こっちは、お化け屋敷とかに使われる心理らしく、話の中に引き込む力が生まれるのだそうだ。
「そして、貴方がた、そして私もそうですが、人間という種族は善なる存在であると、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスとお認めになっておられます。そのことは、ご承知ですね?」
「はい。司祭さまも、常々そのように仰っておいででした」
「そのことについて、どうお考え、どうお感じになりましたか?」
「えっと、考えですか? そうですね……誇らしく思いましたかね。なにせ、神さまが直々に人間は良い存在だと言ってくれたようなものですので」
十分に話しを聞いてくれる体勢が取れたと感じたら、ここからは自分の持って行きたい結論に向けて、突っ走る。
多少の論理の破綻は、勢いでどうにかするものだ。
日常生活で、友人の愚痴を聞いていたときは友人の言うとおりだと思った。けど後で冷静に考えると、友人の方が間違っているんじゃないかと気がついた。
そんな体験が多々あるように、話しての熱意や感情によって、話が破綻していたとしても人は受けいれるもの。らしい。
全て、ネット上から拾った説話の作法の受け売りだけど。
「そうですね。神が我々を善であると保証してくれています。では、教会の牢にいる人たちのように、なぜ善なる存在である存在が、悪とされる行動を取るのでしょうか?」
「それは……」
村人が答えあぐねている姿を見て、すかさず追い討ちする。
「司祭チャッチアンは、教えては下さっていませんか?」
「いえ、教えてくださっています。たしか、個人の資質の問題であると。同じ作物でも、味の良い物と悪い物があるように、人にも違いがあるのだと」
ほほぅ。良いこと言っているな、チャッチアンさん。
利用させてもらおうっと。
「その通りです。人は作物のように違いがあります。見た目も違えば、心根も様々です。しかしそれだと、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスがなぜ人を善であると定義したのでしょう。変には感じませんでしたか?」
この問いかけに、村人たちは頷く。
「そうなんです。麦はどんなに味が悪かろうと麦です。食べて毒になることはないんです」
「司祭さまのお話だと、食べられる作物の中に、毒の作物が混ざっているような感じで、どうも納得がいかなくて」
「病気になった物は食えなくなるので、悪い行動を取る人は病気なのではないかという人もいるぐらいで」
病気という単語が出てきた。
いいね、病気。説法から詐欺に健康食品販売まで、幅広く使われる使いやすい言葉の筆頭だ。
けど、俺が導きたい結論には邪魔なので、退いてもらうことにする。
「なるほど、病気。良い着眼点です。ですが、何でもかんでも病気として片付けるのでは、神のお心に近づくのは難しくなりますよ」
神の名で軽く脅しを入れて、村人たちの頭から病気という単語を排除して、その空いた場所に俺が入れたい単語を入れる。
「しかし、そうやって考えることは良いことです。考えるという行動は、知恵がない植物には出来ない芸当ですからね」
露骨なもの言いをし、うさんくさい笑みの度合いをさらに強めて、村人たちがこっちの言いたい事に気付かないかなと期待する。
けど、よく分かっていなさそうな顔なので、答えを告げることにしよう。
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスは仰られた通り、人は善なる種族です。司祭チャッチアンの言う通り、人は違いによって悪の行動を取ります。では、罪を犯す人と犯さない人の違いとは何なのか。それは麦の出来のような身体的な違いではなく――」
身振りを交えて興味を引いてから、言葉を切って溜めてみせるのは、演説の手法だったっけか。
村人たちの注目度合いが高まるのを見計らう暇つぶしに、そんなことを思い出す。
彼らが軽く息を詰めているのを見取ってから、続きの言葉を喋る。
「――考え方の違いなのです」
単純で分かりやすい言葉に、村人たちの顔に軽い失望が見えた。
まあ、これは予想できたことなので、気にする必要はない。むしろ、逆用できる点ですらある。
「おや、この答えに不満そうですね?」
「いえ、その……考え方の違いっていわれましても、なぁ」
「当たり前のだし、なぁ」
「そのせいで良い行いと、悪い行いをしているなんて、なぁ」
納得できていない村人たちに向けて、俺は自信たっぷりに笑ってみせる。
「ふふふっ。ありがちなものこそ、考えるときの落とし穴になりやすいのですよ。いいでしょう、では例を出してみましょう。そうすれば分かると思いますよ」
村人たちの「本当に?」と言いたげな顔をするが、話を止めようとしたりはしてこなかった。
「では。貴方がたはとてもとてもお腹が減っています。どうします?」
俺のこの質問に、村人たちは素直に答えてくれる。
「家に帰って、飯を食べますね」
「では、家に食べられるものがなかったら?」
「畑にいって、野菜を採ってきます」
「野菜が食べごろじゃなかったら?」
「仕方がないので、我慢して食べますよ」
俺は、なるほどと頷く。
「貴方がたは、善なる考えをお持ちの、善なる人たちようだ。では悪しき考え方をする人だとどうなるか、お教えしましょう。そうですね逆順で、まず自分の畑の野菜が食べごろじゃなかった場合から、いきましょうか」
ここで逆順にする理由は、単なる気まぐれと、衝撃的な発言を最後に持ってくるためかな。
「悪い考えをするひとは、自分の野菜が食べごろじゃなかったら、他の畑に生えた食べごろの野菜を食べようとするのです。家に食べられる物がなかったら、他の家から盗みます。そしてお腹がとても減っていたら、食べ物を持っている人から奪うのですよ。それこそ殺してでも」
最後の一言をことさらに重く言うと、村人たちはぞっとした顔をした。
「いやまさか。他の畑からとるだなんてことはしないでしょう。せめて、事情を話して分けてもらうぐらいなはずです」
「家に食べ物がないからって、他の家に盗みに入るだなんて、想像も出来ない」
「それに腹が減っているだけで人を殺すなんて、人間がそんなバカなことするわけがありません」
口々に信じられないと、言ってきた。
ここで、彼らの反応が予想とちょっと違っていることに、違和感を覚えた。
農村なら畑が駄目になり、飢饉とかになることがあるはず。
それなら、村人たちもその経験から、食べ物を盗むという悪しき考えに、ちょっとは共感を覚えつつも否定する反応を返す。
そう思っていたからこそ『殺す』という単語を言うとき、強く力を入れた。
けど、村人の反応を見ると、心の底から盗みや人殺しなんて考えもつかないという感じだ。
あまりにこの村人は善人だったようで、思惑がちょこっと外れてしまったみたいだ。
けれど、勢いのまま突っ走って、うやむやにしてしまおう。
「この悪人の思考を理解する必要はありません。ここまでの話で重要なことは、神は人間の体と心を指して善であると定め、司祭チャッチアンは考え方を指して人には善悪に分かれると教えた。貴方たちは、この理を覚えておけばいいのです」
改めて背筋を正しながら告げると、村人たちはなるほどと関心する。
反応を見てホッとしながら、次の説法を頼まれる前に、逃げることにした。
「さて、皆さんは今日はどのようなご用件でいらっしゃったのか、まだお伺いしていませんでしたね?」
「おお、そうでした。今日もまた、関節痛に効く薬がほしいのです」
「うちの息子の嫁が、水仕事で肌荒れがして痛いと、こぼしていたものでして」
「傷薬なんかがあればなと思いまして」
話を変えられたことに安心しながら、思い立った疑問を尋ねる。
「少し前に、それらの薬はお渡ししたはずですけど?」
「家族や近くに住む人たちも、同じ物を使ったりしますので、どうしてもすぐになくなってしまいまして」
「家族の分にしても、みんな畑仕事で忙しいですから。暇な我らが代理として、こうしてお使いにきているのですよ」
「……失礼ですが、この村の一家族は何人いらっしゃるのでしょうか?」
「だいたい、五人ぐらいでしょうかね」
「そりゃ少ない。うちはオレら夫婦と、息子二人とその嫁たち、そして孫たちだから、二十人近くになります」
「そっちは多すぎだ。近くの家の人らを見ても、十人ぐらいが多いとおもいますよ」
それだけの人数がいれば、こんなに薬の消費量が激しいことにも、納得がいった。
仕方がないと、俺が家の中に戻って、隠れてステータス画面から薬を取り出す。
このとき、エヴァレットの作った薬ではないことを、ちゃんと確認しておく。
その後で戻ってくると、玄関口にいる人々の話題は、先ほどの俺の説法で持ちきりのようだった。
薬を先の村人たちに渡すと、他の人たちが説法を聞きたがった。
けれど、先ほどの説法がここで役に立つ。
「この村の司祭はチャッチアンさんですよ。私が求めるままに説法をしたら、彼の仕事を奪ってしまうことになってしまいます。これは、悪いことだと思いませんか?」
そう疑問を提示すると、俺から説法を受けた村人たちが中心になって、ああだこうだと話し始めた。
彼らはこの議論に熱中すぎて、家族が帰りが遅いと心配になって様子を見に来るまで、飽きることなく続けていたのだった。
ストック切れたので、更新頻度落ちるかもしれません。
 




