百四十八話 真なる聖大神の教祖さまの手紙がやってきました
少し前までなら、自分で噂の町にすぐに乗り込みに行っただろう。
けど、人は学習する生き物である。
というか、あんまりはしゃぎ過ぎるのはよくないと、聖都の騒動で学んだのだ。
なので、まずは情報収集から入ることにした。
けど、クトルットの持つ、奴隷商ネットワークから情報を得るだけでは、受け身に過ぎると判断。
なので、別の手も講じることにした。
「バークリステ。手紙は書き終わりましたか?」
「はい、ご指示通りのものを」
受け取り、中身を確認する。
綺麗で読みやすい字で、あまり難しい表現のない文が並んでいる。
内容を目で確認していると、バークリステが質問してきた。
「トランジェさま。本当にその文面でよろしいのですか?」
「この村には、旧来の聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒が多く住んでいて、真なる聖大神を祭る人物がいると噂を聞けば、興味を持たずにはいられないはずです。なのでその前に、その教義の詳しいことを知らねばいけません。なにか、問題でもあるのですか?」
「いえ、そのお志は理解しております。ですが、なにも文面内に友好の文字を入れなくてもよいのではと」
手紙には、真・聖大神教の詳しい内容を尋ねるものと、できれば友好関係を結びたいという文面を書いてもらっていた。
それがバークリステにとって、不思議に感じるらしい。
もちろん、理由はある。
「中立や敵を標榜する者よりも、仲良くしたいと持ち掛けてくる相手の方が、情報を開示してくれやすいはずです。それに、この手紙はとっかかりに過ぎません。何かしらの反応がくるなら、それでよし。来なくても、そういう相手だと理解することができます」
「噂の教祖の人となりを、その手紙一つで推し量ろうという心づもりなのですか?」
「さすがに、一文のみで全てを明かすのは無理ですよ。けれど、真・聖大神とやらの情報の一欠けらは、確実に手に入りますね」
俺の語った理由に納得した様子のバークリステは、出来上がった手紙を、クトルット経由で送る手配をしに向かった。
さて、反応がくるまで、村の復興に貢献するとしようか。
魔法で成長を促進させた農作物は大丈夫なのか、食べさせている村人の様子も見ないといけないな。
健康被害があったら回復魔法で治せばいいので、この程度の人体実験は気楽に行えるのが、魔法のある世界のいいところだよな。
この世界には、郵便や宅配業という組織がない。
なので、出した手紙が返ってくるまで、かなり時間がかかる。
返信がすぐにくる元の世界の知識しかない俺は疎いので、来るのか来ないのかやきもきしていた。
けど、村の復興を手伝って忙しくするうちに、手紙を出したことが頭の片隅に追いやられ、返事を気にすることもなくなった。
ほぼ手紙のことを忘れかけたころ、ようやく返事の手紙がきた。
最初、なんでこんな手紙が来たのかと、首を傾げそうになったのは秘密だ。
さっそく開けて中を確認すると、几帳面なまでに整った文字が並んでいた。
なんというか、手書きというより、プリンターで出力した文字って感じだ。
でもペンの跡は見えるので、手書きなのは間違いない。
文面も、かなり几帳面だ。
『拝啓、滅びし村の復興を手伝いし、異なる神に仕える神官トランジェ殿――』
出だしがこんななので、書かれた文章は総じて、装飾の言葉が多い。
なんか読むだけで頭が痛くなりそうだと、バークリステに手紙を渡す。
彼女は手紙を一目見て、関心の呟きを漏らした。
「なんとも、知性と教養を感じさせる文面ですね。奴隷だったという噂でしたが、その成否はともかく、もとはしっかりとした教育を受けた人物なのは間違いないようですね」
「そんなことが、手紙の文面でわかるのですか?」
「はい。この文章を文字で飾り立てる書式は、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の上層部が好んで使っていたものです。なので、本当に元奴隷であったとしても、その手の仕事を任されていた可能性があります」
「つまり、噂の教祖さまは、もとは旧来の聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの関係者であるというわけですね」
「その通りです。なるほど、トランジェさまが前に言っておられたように、手紙一つでも多くの情報を得ることができますね」
バークリステは嬉々とした表情で、手紙の文書を目で追っていく。
読み終わったら要約してもらおうと思い立ち、静かに待つことにした。
ほどなくして、バークリステは手紙から目を上げた。
「信じられないことですが、本当にこの人物は、自分が崇めている神こそが聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスであると疑っていないようです。そして旧来の神は、偽りであったとはっきりと書いてきました」
「ふむふむ。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスは、善の神が作った架空であるとする自由の神からの手紙と、今までの神は偽りであるという部分は合致しますね。しかし、架空の神が本物になることはありえないと思うのですが……」
判断材料が少なくて明言はできない。
けど、少なくともフロイドワールド・オンラインでは、偽神が真の神になるようなイベントは存在しなかった。
この世界でも、エセ邪神教の神が本物化したという話はない。
でも、元の世界のラノベやファンタジーを引き合いに出すと、嘘が本当になるようなことはよくあることだしなぁ……。
それらを総合して考えると、七部三部で、嘘の神の本物化はありえないという感じ。
可能性はなくはないかもしれないなぁ、ぐらいに考えることにした。
「それで、その手紙に真の聖大神の教義は書かれてありましたか?」
「あるにはありましたが、大雑把なものだけですね。全てを伝えるには紙が大量に必要で、勿体ないから抜粋して書くと、但し書きが入っていました」
バークリステが書かれた教義の内容を要約すると、以下の通りになるらしい。
物事全ての善と悪を判断し、善の行いのみをするように。
故意過失を問わず、悪の行いをした場合、その罪に相応しい罰を受け入れること。
人種の違いに、善と悪は関係なし。正しい行いをするものたちで、共存共栄するべし。
悪神とされるものとて、その教えに真理が隠れているもの。無暗に攻撃してはならぬ。
旧来の聖教本は、他の神が勝手に制定したもので、その内容を信じても聖大神に寄与するものはない。
旧来の偽りの信者であれど、真摯なる祈りは全て我が真なる神が受け取り、祈ったものが望めば加護を返すであろう。
ふむ。どうやら、善の神として常識的な文面が並んでいたようだな。
ついつい、これらの教義のアラを探しそうになる。
けど、今はその段階じゃないよなと自粛することにした。
「教義についてはわかりました。旧来のものよりも、私たち自由の神の信徒と、手を取り合えそうな感じはありますね」
「はい。真の神だと訴えている割には、寛容さが目立っていますね」
「……こちらに向けての、おべっかを入れている可能性はありますか?」
「筆使いに迷いや揺らぎがないので、偽りを書いている感じではありません。ですが、偽りの文章を練習していた場合も、迷いのない筆跡になります。なので、判断が難しいところです」
その口ぶりだと、バークリステは噂の教祖が本気で思っていることを、文章に落とし込んだと感じているみたいだ。
あの文章の几帳面さを見るに、その意見に俺も同意する。
なら、俺たちの障害にならなそうな相手だから、放って置いても大丈夫かな。
そんな風に思いかけ、フロイドワールド・オンラインのクエストで鍛えた勘が、きな臭い雰囲気を手紙にあった教義から感じ取った。
なんとなくそう感じるだけだけど、無視することはできないぐらいに、強く勘が働いている。
俺はバークリステから手紙を返してもらい、教義の書かれた文書を自分で読み返すことにした。
読めば読むたび、きな臭い雰囲気が強くなっていく。
「これは、一度会う必要があるかもしれませんね」
なぜきな臭いと思うのかは、会えばわかるだろうと棚上げする。
けど、面会に際して身の安全に注意しなければいけないなと、同行させる人員と持っていく物品を、頭の中でリストアップすることにしたのだった。
 




