百四十七話 懐かしい顔が、変な情報を持ってきました
俺が魔法で畑に緑を産めば、俺ではなく自由の神と、農耕の神々に祈りなさいと説く。
井戸の再生をした際には、木石関係の神々に感謝をしろと伝える。
そういった活動を続けていくと、村人の考え方の変化は、俺の望むように進んでいく。
もっとも、村人の中には、俺が他の神を祈れと言うと、納得しがたく思う方もいる。
けど、彼らに接してわかったが、それは他の神に祈ることが嫌だというからじゃないようだった。
「あのぉ、自由の神の大神官さま」
呼び止められて顔を向けると、農作業後らしい風体の男性が立っている。
そうそう。ここの村人たちは、バークリステよりも俺が上の立場だと知ると、大神官と呼ぶようになっていた。
枢騎士卿なんて言うより、そっちの方がわかりやすいだろうと、訂正せずに放置している。
それはさておき――
「――はい、なんでしょう。私の助力がいるのですか?」
「ああ、いや、そうじゃないんです。ただ、他の神さまにもとても通じている偉い神官さまに、あることを質問したく思いまして」
「質問ですか? 答えられることなら、なんでもお答えしますよ」
安請け合いすると、その村人は言いにくそうにしながら口を開く。
「あの、あっしは聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒です。それでですね、他の神さまに祈りを捧げたら、聖大神さまがお怒りになって、あっしに罰を当ててくるんじゃないかと不安で……」
なるほど、わからない話ではない。
けど聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスは、善神たちが作った架空の神なので、それが喜怒哀楽を示すことはないだろう。
むしろ他の善の神々は、配分で受け取るのとは違う直接的な祈りが手に入るのだから、喜ぶと思う。
それは巡り巡って、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスも喜んでいることと一緒じゃないだろうか。
――なんてことは、世界の秘密にかかわることなので、単なる村人には教えられない。
なので、適当なことを言って誤魔化すことにした。
「貴方は故郷を捨ててこの村に来たぐらいですから、聖教本を読み込むぐらいに敬虔な教徒ですよね?」
「は、はい、もちろんです。幼い頃から読み聞かせられてきたので、だいたいの部分は頭に入っているぐらいです」
「なら、聖教本に他の善の神を崇めてはいけないと、書かれてありましたか?」
「……いえ。悪の神は滅ぼすべしとありますが、善の神さまについては、何も書かれていなかったように思います」
「でしたらそれが、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの意思なのでしょう」
村人がきょとんとした顔をしているので、詳しい説明を入れる。
「いいですか。貴方はお子さんがいましたよね? その子に、これはしてはいけない、と諭すはあるでしょう。そして、これをしなさいと、教えることもあるでしょう。けれど、呼吸をしていい、歩いていいなど、して当然のことを伝えることはありますか?」
「そう言われてみると、やってないことを、しろ、やれ、とはよく言いますが。やって当然なことを、こちらから子に言うことはないですね」
だって、自分で当然だと思っていることは、相手も身についていると考えるのが、人間ってものだもんな。
「そうでしょう。きっとこのことは、聖教本にも言えることなのです」
「……どういうことで?」
「つまり、やって当然のことを、本の中に書き入れなくていいと判断したに違いない、ということです」
俺が断言すると、村人は目から鱗が落ちた顔をする。
「なるほど! つまり、他の神さまを祈っても、罰は当たらないのですね!」
「そう考えるのが自然でしょう。けど、それほど心配なら、自由の神に宗旨替えしてもいいんですよ。自由の神の信者は、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスに祈りを捧げていいと、正式に認めているんですから」
答えたついでに勧誘するが、きっぱりと断ってきた。
「いえ。今日までの日々があったのは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスさまのお陰です。その恩を忘れて、他の神さまに乗り換えるなんて。不義理に感じますので」
「なるほど、立派な心掛けです。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスが、貴方の今の言葉を聞いていたら、きっと大喜びするでしょう」
架空の神が喜ぶわけはないけど、村人のためにそんな嘘を言ってみた。
すると、俺に褒められたからか、それとも悩みがなくなったからか、村人は明るい顔で帰って行った。
それを見送ってから、俺も家路につく。
家の前までくると、珍しいことに馬車が止まっていた。
どこかで見た形の馬車だなと思いながら、家の中に入る。
奴隷商人のクトルットが、エヴァレットとスカリシア、そしてバークリステ相手に、談笑している姿が目に入った。
道理で見たことがある馬車だと思ったと、納得した。
「こんにちは、クトルット。店を離れて大丈夫なのですか?」
会話の切れ目を見計らって声をかけると、クトルットが笑みを浮かべて振り向いてきた。
「トランジェさま。こうして直にお会いするのは、大変お久しぶりです」
「そう言われてみれば、そうでしたね。お元気でしたか? と尋ねるのも、手紙のやり取りをしていたので、少し変に感じますね」
「うふふっ、それもそうですね」
そんな軽い挨拶を交わした後で、要件を尋ねてみた。
すると、意外な返事がきた。
「あの町に商店を置いておけなくなったんですか!?」
「はい。立ち去るか、新たな神への改宗かを選ばされまして」
「なんでまた、そんなことになったのですか?」
「どなたかが、あの町で派手に暴れたせいで、町人の大半が聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスを見限ったからです。教会にいた神官たちは、もちろん追い出されてしまいましたよ」
遠回しに俺のせいだといわれて、思わず目が泳いでしまう。
いけない、話を続けよう。
「それで、改宗を拒んで、店を畳んでしまったのですか?」
「もともとあの町を選んだのは、真に友達を作るためだけでしたので、特に惜しくはないかなと。従業員と扱っていた奴隷たちは、両親の商会に引き取ってもらえましたから、損失はないに等しいですしね」
クトルットが納得しているなら、それでいいかと思った。
けど彼女の口から、それに、と言葉が続いた。
「新しい神は、奴隷の存在を認めていないそうです。なのであの町に残っても、結局は店を畳まなければいけなくなったのですよ」
「奴隷の存在を認めない神?」
フロイドワールド・オンラインでは、レーティング上の問題で、奴隷階級は存在しなかったはずだ。
なので、奴隷の扱いについて明言する神は、いないと思うんだけどなぁ。
「その神の名前は、教えてもらっていますか?」
「はい。平等の神だとだけは」
「平等??」
これはまた、フロイドワールド・オンラインには居なかった神だ。
なにせ、ゲームというのは公平はあっても平等というものが存在しない世界だ。
始めた時期、こなしたクエストの数、倒した敵から回収した素材数、そして崇める神の種類によって、差が出ることが当たり前。
平等にしてしまっては、ゲームとして成り立てない。
だから、そんなものを司る神を、フロイドワールド・オンラインのクリエイターたちは作らなかった――そういう見解が出されていた。
なのでてっきり、この世界にもそんな神はいないと思っていたんだけどなぁ……。
いや待てよ。神の名前を偽っている可能性があるな。
先ほど言った公平の神や、判断を司る裁判の神も、見方によっては平等の神と呼べなくもないしね。
ふむ、一考に値する問題だ。
けど、いまはクトルットの話が先だな。
「事情は分かりました。それで、クトルットは今後、どうするおつもりなのですか?」
「はい。この村に移住して、また新しく店を立ち上げようかと。ここには、お友達もたくさんいますから」
友達って、マッビシューをはじめとする子供たちのことだよな。
それを追っかけて店まで開くなんて。
将来、あの子たちの中から、クトルットが婿を取るような予感がするなぁ。
ま、それは当人同士の問題だからいいとしてだ。
「このような辺鄙な場所に、店なんて開いて採算がとれるのですか?」
「そこは大丈夫ですよ。むしろ、辺鄙な場所であればあるほど、畑の収穫が不安定な場所であればあるほど、奴隷商の取り引き相手は多いんですよ」
なぜと聞こうとして、当たり前だと気付いた。
なにせ寒村では、飢えないために、子供を奴隷に売ることがあるんだから。
むしろ噂に聞くと、子供を売ることを生活の当てにして、バンバン子作りに励んでいるぐらいらしい。
そんな場所がある近くなら、村人から購入し、同業に売り払う奴隷商として稼ぐことができるだろうな。
そう考えていて、ふと思い出したことがある。
「もしかして、クトルットは邪神の残滓に囚われし子――いえ、親と異なる姿で生まれた子を、引き取る活動がしたいのですか?」
「あらら、バレちゃいました?」
これから話すつもりだったようで、おどけて見せてきた。
俺は半笑いを返した後で、彼女の活動を支持する。
「そうですね。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの世に陰りが見えた昨今、異形の子を教会が親から取り上げることはなくなっていくでしょう。けどそれは、違う姿の子を、両親が愛せるかは別問題です。人によっては、姿が違うと殺してしまうかもしれません」
「その問題に気づきまして、ならと方々の奴隷商に連絡を出したのです。わたしの両親の商会では、珍しい外見をした子を、積極的に買い取ると」
「異形の子にとっては嬉しいことでしょうが、貴女の両親は納得したのですか?」
「もちろんです。二人とも、スカリシアさまを助けてもらった恩を返すには、このぐらいしないとと張り切っておりますとも」
納得しているのならいいやと、ほっとした。
さてさて思惑違いにも、これで異形の子――つまりなにかの先祖返りをした子供が、俺の息がかかった商会に集まるようになるな。
本来なら種族に見合った神に仕えさせるのが、フロイドワールド・オンラインでのセオリーだ。
けど自由神ならば、加護の自由度の拡張で、そのセオリーを大まかに無視できる。
これはなかなかに、上手いことになったな。
いやここは、自由神の思し召しだと思っておくとしよう。
俺が『ありがとう』と祈りを捧げ、なんとなく『よきにはからえ~★』ってな電波を受け取ったように感じた。
俺が祈り終えると、クトルットがもう一つ用件があると切り出してきた。
「それでですね。トランジェさまに、一つお知らせしたい情報が、奴隷商の連絡網で回ってきまして」
「私にってことは、何らかの宗教系の話ですか?」
「はい、その通りです。なんでも、真・聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教が立ち上がったそうです」
クトルットが大真面目に言ってきたことに対して、俺は耳を疑った。
「真、なのですか? 聖教本原理主義とか回帰派とか、そういうのではなく?」
何度も言うが、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスは善の神が作った神であり、いまでもこの世界の最大宗派だ。
なのでわざわざ、我が神こそ真なる聖大神だと、触れ回る意味は薄い。
けど、この情報は確からしい。
「なんでも、もともとは奴隷の身で、ある日真なる聖大神からお告げがあったと開眼したそうです。そしてトランジェさままでとは言わないものの、なかなかの魔法の腕で、あっという間にもといた神官を追い出して、その町の教会の長になってしまったようです」
「話を聞く分には、なかなかに過激な方のようですね」
裏で人を引く方が好きな俺とは、真逆なタイプに感じる。
その元奴隷の神官の破天荒さは、まだまだあるようだ。
「その神官は、聖教本は偽りの書だと、町中にあるものを集めて焚本してしまったそうです。そして、読み書きできる人に依頼して、真の神のお言葉集、というものを作り上げ、配布しているそうです」
なんだか、前世でも聞いたようなことをやっているな。
「それで、その町の人は納得しているのですか?」
「神は見ていたと、信者のある日の行動を言い当てて、納得せざるを得なくなったらしいです」
「それって、ただ単に監視していただけなのではないのですか?」
「いえ、そうとは言えないらしいんです。木工の親方が誰にも教えなかった、誰も入れない専用工房で孫娘のために鳥の彫り物を作っていたことを、大衆の面前でばらされたそうで。それが、作った鳥の形から大きさまで、ぴたりと大当たりしたそうで」
そこまでやられたら、その神官の力を認めざるをえなくなるだろう。
「でも、そんな奇妙な力を使っていては、信者が離れると思うのですが?」
誰だって、隠しておいたことを暴かれて、いい思いはしないはずだしね。
「それがですね。なんでも、神にお伺いを立てないと、使えない力なのだそうです。それも、行動を見たいと思った人の同意が必要なのだそうです」
「それは、本当のことなのですか?」
「はい。集会で力を披露した際、証明してみせたそうです。方法については、その神官が目隠しをして言い当てたとしか書かれてなくて、よくわかりませんでしたが」
とりあえず、奴隷商ネットワークで掴んだ情報は以上らしい。
ふむふむ、なかなかに面白そうな状況だな。
この話が噂となってこの村に流れてきたら、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの村人たちがどうするか興味がわく。
いや待てよ。
いっそのこと、その真・聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教とやらを、俺の目で確かめて、本物だったら村人に伝えるのはどうだろうか。
自由神からの手紙から得た世界の秘密を考えると、十中八九は偽物だけどね。
偽物だったら、その場で暴いてみせてもいいな。
さあどう行動したら面白いだろうかと、考えることにした。
 




