百四十六話 変化は、自分がいる場所だけで起こるものではありません
バークリステたちを置いた、ゴブリンに滅ぼされた村に戻ってきた。
もともと、それほど建物は壊されていなかったので、外見上は普通の村に戻っている。
けど、畑のほうへ視線を向けると、土を耕して種を植えたばかりなのか、茶色い景色が広がっていた。
まだまだ復興に、時間がかかりそうだな。
けど、俺は焦っていない。
農作物が急に入用になったときは、枢騎士卿になって使えるようになった、農耕系の神の低級秘術で、畑の作物を一気に収穫可能にすればいい。
現実であるこの世界では、なにかの副作用があるかもしれないから、積極的に使う気はないけどね。
そんなことを考えつつ、周囲の光景を見ながら馬車を進ませていると、気になる点を見つけた。
この村には、バークリステたちしかいないはずなのに、見知らぬ村人の姿があった。
ゲームじゃないから、湧いたわけはないよな。
向こうもこちらを見て、不思議そうな顔をすると、近くの人と会話を始めた。
俺は、隣に座るエヴァレットに口を寄せる。
「なんて言っているかわかりますか?」
「もちろんです――聖女さまに知らせるかどうかを話しているようですね。きっと、バークリステのことでしょう」
「そうですか。バークリステは、無事にここに住んでいるようですね」
もしかしたら、バークリステたちが転居したかもと思っていた俺は、ほっとした。
村人が彼女に対して好意的なようなので、村に攻め入って奪い取ったという事実もなさそうなことにもね。
さらに馬車を進ませ、バークリステたちに使うようにと言っていた、村長宅だったらしき大きな家の前に到着した。
そのタイミングを見計らっていたかのように、建物の中から、バークリステや子供たちが出てきた。
「お帰りなさい、トランジェさま。それと、皆さんも」
嬉しげにするバークリステに、俺は挨拶を返す。
「ただいま、バークリステ。なにか変わったことがあるみたいだね」
さっそく家の中に入り、俺たちが聖都に行っていた間のことを、彼女から聞いていく。
ちなみに、同行してくれていたエヴァレット、スカリシア、ピンスレットは俺とともに話を聞く体勢で、イヴィガとアフルンは他の子たちと会話を楽しむことにしたようだった。
さてさて、バークリステがいままでの村の事情を語っていく。
「トランジェさまたちが出立されてからしばらくは、この村はわたくしたちだけが住んでいました」
その事情が変わったのは、善の神が復活したという噂がやってきたときらしい。
「わたくしたちが宣教し教化してきた関係で、いくつかの村が自由の神を公式的に崇め始めました。それに呼応するように、他の神を崇める村々が現れました」
聖都の惨状を知る俺としては、さぞ大変な事態だっただろうと考えた。
けど、そうじゃないみたいだった。
「うまい具合に、村ごとに一つの神だけを崇めるようになり、争いはさほど起きませんでした。そして、もしもその村で崇める神が気に入らないのなら、別の村に移住するような話も出始めたのです」
「なるほど。その移住を決めた人の中から、何組かがこの村にもやってきたわけですね」
「はい。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒たちが、元の村には居れないと、逃げてきました」
ここで少し、俺は反応を止めてしまう。
話の流れから、この村に来た人たちは、自由神の信者だと考えていた。
なので、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒という予想外の言葉が、聞き間違いじゃないかと思ったんだよね。
けど、エヴァレットの様子から嘘じゃないことはわかる。
ならどういう理由で、彼らがこの村に来たのかを考えることにした。
「……そういえば、貴女は聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の間で、聖女と呼ばれていましたね。だから、村に居れなくなった教徒たちが、貴女を頼ってこの村にきたのですね?」
「その通りです。彼らはわたくしがここにいると噂に聞き、庇護を求めてやってきました」
「もしかして、彼らは貴女が自由の神に宗旨替えをしたと、いまでも知らないのですか?」
「いいえ、自由の神の信徒であることは、既に告げています。そして自由の神の下では、人々が聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスを崇めても構わないことも、教えてあります」
「ということは、他の神を崇めている村であろうと、信仰の自由がある場所だからこそ、彼らはここに留まっているというわけですね」
ちょっと複雑な事情だなと思いつつ、話題を変える。
「村人が流入してきたのなら、食糧問題が起きてはいませんか?」
「その答えは、はいであり、いいえでもあります」
「と、いうと?」
「この町の周辺の食用植物と野生動物は、だいぶ残っているようなので、飢える心配はしなくてもよさそうです。ですが、いつまでもその恩恵に預かっていられるほど、豊かでもありません」
「畑の作物ができなければ、この村は二度目の滅びを迎えるというわけですね」
「はい。もしそうなったとき、わたくしたちは、村を離れるだけで済みます。ですが、ここにきた村人たちは、他に行く場所がないので、死ぬ運命が待っていることでしょう」
そういうことなら、農作物を成長させる魔法を使うことも、やぶさかじゃないな。
魔法で急成長した作物で、新しい村人たちは飢えずにすむ。
そしてこちらは、その作物を食べても害がないか、土地に問題が出ないか、確かめることもできる。
両者両得で、万々歳だ。
さっそくそうしようと腰を浮かせかけて、待てよと動きを止める。
この状況を利用すれば、聖都で失敗した他宗教を受け入れる土壌を、ここで作ることができるんじゃないか?
新たな村人たちは困っている。
それを俺が、枢騎士卿になって得た魔法で助けるわけだ。
『この魔法は、農耕神の力を、自由の神が借りて使っているものです』
とか何とか言いながらだ。
これとにたことを続ければ、村人たちはどんな神にも、いい感情を抱き始めるだろう。
そうなったら、あれをするからあの神を頼ろう、それをやりたいからその神に祈ろう、なんて空気ができるはずだ。
うんうん、できそうな気がしてきた。
そうだよ。聖都は大きな街だったから、人々の動きを見きることができなかった。
けど、この小さな村なら、ちょっとした変化にも気づきやすい。
これは、失敗を成功に転じる絶好のセカンドチャンスなんじゃないか?
皮算用を終えた俺は、うさんくさい笑顔で、バークリステに声をかける。
「では、自由の神のお力でもって、農作物の件を解決しましょう。見知らぬ私一人だと、警戒されてしまうでしょうから、バークリステも同行してくださいませんか?」
「はい、もちろんお供いたします」
「エヴァレットたちは、聖都からの退避で疲れがあるでしょうから、休息をとっていてください。子供たちに、聖都でのことを教えていいですから」
「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」
「トランジェさま、いってらっしゃいませ」
エヴァレットとスカリシアは、俺の提案を飲んで、この町に残していた子供たちの話し相手となることを選んだようだ。
一方で、ピンスレットは拒否した。
「ご主人さまが働きに出るのに、おちおち休んでなんかいられません! ここは命に背いても、ついていきますから!」
人造人間の先祖帰りだけあって、職務に忠実なことだ。
説得しても聞きそうにない様子なので、同行を許可せざるを得ないよな。
俺はバークリステを伴うと、ピンスレットを手招きして呼び寄せ、村人に会いに行くことにしたのだった。




