百四十三話 エセ邪神教の教祖たちと、会合を持ちました
善の神が次々に復活し、各地で自分の信徒に宗教を立ち上げさせていく。
そのことで、世界は混沌とした様相になってきた。
聖都はまさに、その混沌の縮図となりつつあった。
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教えなどは、もう時代遅れだ。これからは、奴隷だったオレに人の心を思い出させてくれた、高潔の神の時代だ!」
「いやいや。正しくあろうと、間違ってあろうとも、人々の生活には美味しいご飯こそが必要。美食の神を崇めれば、どんな食材でも、頬が落ちるほどの味にしてくれます。どうですか奥さん、信仰してみませんか?」
「まったく、何を言うか。今や、善の神だけでなく、悪の神すら復活する世だ。家族を守るために、戦いをつかさどる、航迅の神を祭ることこそが正しい!」
街中で、復活した神の信徒となった人たちが、周囲の人たちに説法を行う。
ときおり、他の神の教義をけなしたり、粗を探してつついたりして、どうにか自分の神が上だと証明しようと躍起になっている。
この状況に、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒側は、取り締まりを行えていない。
なにせ、復活したのは善の神だ。
聖教本に書かれている、処罰対象は、悪の神だけ。
勝手に布教活動を行う善の神の信徒を、どう扱うべきなのか、上層部が判断を下せていないのだ。
下っ端が勝手に取り締まろうとすることもある。
なにせ、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス一柱だけの世では、それでやってこれたので、そうしようと考えても変なことじゃない。
でも、街頭に立って宣教をする人は、総じて口がうまい。
「我らを取り締まるだと。いいだろう、どこへなりとも連れていくがいい。ただし、お前が崇める聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスが許すかは、別問題だがな」
「そうだそうだ! 聖教本には、善の神の活動を妨げていいと、一文たりとも書かれていないぞ!」
「神に破門される覚悟があるなら、連行してみろ! オレは心が広いからな、破門された後なら、入信を受け付けてやってもいいぞ」
自分が正しいことに自信を漲らせた宣教師が、下っ端巡視に啖呵を切る。
上層部を無視した独断という状況で、こうも強く出られて、取り締まる側は尻込みしてしまったらしい。
たぶんだけど、周りに住民の目があるので、下手に強硬に連行してしまうと、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの評判がさらに落ちてしまうことも、気にしていると思われる。
なので、巡視たちはすごすごと逃げ、見逃してしまう。
追い払えたことで、主張の正しさを立証できたと自信をつけ、宣教師は周囲の人たちに自分の神を布教していく。
そんな街の姿を目にしながら、俺はエヴァレットとスカリシアと共に、フードを目深にかぶって路地を行く。
行き先は、善の神が復活した状況に危機感を持った、エセ邪神教の人たちが会合を行う建物だ。
生粋黒白天使ノア・ハブ・クホワの教祖くん経由で、俺たちにも参加してほしいと、要請があったためだ。
エセ邪神教の教祖たちは、俺が自由神の信者や神官にしてやった人たちばかり。
つまり、信者化と職業を与える魔法を使えることを知っている。
なので、なんとなく何を求められるか、予想がつくんだよなぁ。
そんなことを思いながら建物に入り、案内されてとある大部屋にやってくると、各エセ邪神教の教祖たちと、そのお供数人が、すでに一同に会していた。
「おや。私たちが最後でしたか。時間には余裕をもって来たはずなのですけど」
うさんくさい笑顔で、朗らかに言葉をかけながら、中へと入る。
すぐに、扉の前にいた人が部屋を閉め切り、会合が始まった。
まずは教祖くんが、俺たちを呼び出した経緯について、話を始める。
「今日この場にお呼びしたのは、貴方が崇める神について、正しく認識を持ちたいと思ったからです」
「そうなのですか。それで、何をお聞きになりたいのでしょう?」
変わらず胡散臭い笑みのままで問いかけると、お供たちは兎も角、俺がエセ邪神教を率いる力を授けた教祖たちに、緊張の色が顔に出た。
教祖くんは視線を横にずらし、別の教団のトップに発言の続きを促す。
けど、お前が言えといった感じの、小さな挙動がかえって来ただけだった。
教祖くんは、仕方がないといった感じで、喋りだす。
「貴方の崇める神は、昨今復活を果たした、善の神とは違うのですよね?」
「はい、その通りです。我が神は、善の神ではありません」
「では、悪の神なのですか?」
教祖くんが質問した瞬間に、他教団の人たちから、その発言を叱責するような視線が飛んだ。
たぶん、踏み込みすぎだと、言いたいのだろう。
なにせ、ここで俺が気分を害して席を立ったら、彼らにとって大損害になりかねない事態なんだからね。
でも、教祖くんにしてみれば、俺は度々会っていた間柄で、これぐらいなら踏み込んでも大丈夫という、自負があるのだろう。
その考えは、正しい。
というか、悪の神かと問われるぐらいで、気分を害したりしないってだけだけど。
なにせ、フロイドワールド・オンラインでは、中立神なのに邪神扱いされる地域もあるぐらいな神様だしね。
けど、その枢騎士卿である俺は、自由の神を悪の神とは認めることはできない。
「残念ながら、我が神は悪神ではありませんよ。善と悪の中間、中立の神といったところでしょう」
俺が気分を害していないと知らせるために、静々とした言葉で答えた。
すると、一同から安堵の息が漏れる。
その後で、ある教団の教祖が質問をしてきた。
「神には、善と悪以外にも、どちらでもないという存在があるのですか?」
「はい。人間であっても、ときに良いことを、ときに悪いことをする人がいますよね。神であっても、それは同じことです」
俺が平然と答えを返すと、次々に教祖たちから質問がやってくる。
「中立の神なんて、聞いたことがないのですが?」
「神の大戦後に、邪神と一くくりにされて、滅ぼされたり封印されてしまった神が多いからですね」
「なぜそんなことを、見てきたように知っているのですか?」
「我が神は、大戦を逃げ延び、いままで生存し続けた中立神ですからね。その当時の状況を、お告げで教えてくださったのです」
「我々がいま祭っている邪神は、真に存在しますか?」
「いいえ。少なくとも、私が把握している中に、貴方たちが崇める神は、存在しませんね」
その流れで出たある発言で、部屋の誰もがピタリと動きを止めることとなる。
「では我々を、真の悪や中立の神の信徒とすることは可能でしょうか?」
言った本人が、失言に気付いて顔を青くしている。
なにせ、この会合に俺を呼んだ理由そのものを、聞いてしまったからだ。
そしてそれは、自由神を崇める俺に向かって、他の神を紹介してくれと言っているようなもの。
聞きようによっては、とてもとても失礼な物言いだった。
けどまぁ、俺にとっては予想通りの要求だ。
なので、うさんくさい笑顔で黙り込んで、意味もなく一同を見回し、彼らに無意味な緊張感を抱かすだけで満足した。
「なるほど、そういうことですか。もちろん、可能ですよ」
俺があっさりと肯定すると、エセ邪神教の面々は、茫然とした顔をする。
「え、本当に?」
「はい、構いませんとも。これはここだけの話にしてほしいのですが、ゴブリンに乞われて、邪神の教えを伝えたのは、何を隠そう私ですからね」
世間話のような口調で爆弾発言を突っ込むと、エヴァレット以外の全員が驚きの目を向けてきた。
「うぇ!? ほ、本当にですか!!?」
「ま、マジでかよ。じゃあ、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの権威が失墜したのは、元をただせば、あの人のせいってことか?」
「お、おい、滅多なことを言うなよな」
ざわざわと騒がしくなってきたところで、一つ訂正を入れておこう。
「勘違いしないでほしいのですが。私は単に、ゴブリンに彼らが欲する神のことを、教えただけに過ぎません。その後のことは、彼らが判断し、彼らが決断したことです。つまり、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの世が揺らいだのは、ゴブリンたちが頑張ったの功績なのです」
遠回しに、俺のせいじゃないと言ってから、もう一言付け加えることにした。
「なので、私の邪魔になったとき、遠征軍の手を借りて滅ぼしてしまったのですけどね」
これで俺とゴブリンは、さして仲がよいことが伝わっただろう。
そう思っていたのだけど、何やら反応がおかしい。
小首をかしげると、スカリシアが耳打ちしてきた。
「あの、トランジェさま。私は、貴方さまのお人柄が分かっているので、ゴブリンとは無関係だと言いたいのだと伝わっております。ですが、ほぼ初対面の相手となりますと」
口ぶりからすると、どうやらエセ邪神教の面々には、伝わっていないらしい。
どうしてだろうと、もう一度発言を振り返ってみて、脅しっぽいなって気が付いた。
なので、言い直そう。
「ああ、勘違いしないでほしいのですけど。私は身内には寛大ですよ。いきなり滅ぼそうとしたりなんてせず、その人の行動理由に納得すれば、こちらの害になっていても許すことだってします」
自由神の教義は、自分の心に従うことだ。
なので、信者間で価値観の違いが生まれやすい。
そんななので、フロイドワールド・オンラインでは、自由神の信者の行動がその心からのものである限り、俺は手が足りないようなら手伝ってやったりもしていたしね。
もっとも、自由神の信徒は不遇扱いなので、対象の多くは初心者かNPCに限られていたけどね。
そんな気持ちを込めて語ったのに、面々の様子を見ると、なぜかもっと恐れられてしまったような気がする。
おかしいなと首をかしげると、今度はエヴァレットから助言がやってきた。
「トランジェさまの仲間である、わたしたちにとっては心強いお言葉でした。ですが、仲間でもなんでもない、あの人たちにとっては、害を及ぼしたら殺すと受け取られかねないかと」
あれ、そう聞こえちゃったかな。
なら、利用価値があるうちは生かしておく気でいる――って言い加えようとして、どこの悪の幹部だよって自己ツッコミを入れる。
うむむっ、向こうに舐められないぐらいの言葉で、こちらの真意を伝えるのは難しいな。
これがフロイドワールド・オンラインなら、話がうまく通じてないときは、お互いに演技を中断して、腹を割って話した後で、演技再開ってことができるんだけどなぁ。
正しく表現する難しさに頭を悩ませていると、教祖くんが強張った顔で聞いてきた。
「あ、あの。と、とりあえずは、悪や自由の神の信徒に、我々をしてくださるという認識で、いいんですよね?」
「――はい、その通りですよ。どんな神が良いか条件を言ってくれさえすれば、見合った神をご紹介しますよ。気に入れば、そのまま信徒にして差し上げます」
悩むのをやめて、うさんくさい笑顔で請け負う。
教祖たちはアイコンタクトで、何らかの意見を出し合った。
その後で、俺に向かって一様に頭を下げてきた。
「我々の教団を救うには、新たな真なる邪神の力が必要なのです」
「もう、エセ神だと、信者が離れていってしまうのです。お願いします!」
先ほど、理由に納得すれば寛大だといったからか、とても素直な心の内を聞かせてくれた。
なら、こちらもそれに応えるべきだろうと、これから真摯に彼らが求める神の条件に付いて、聞き取りを行っていったのだった。




