百四十二話 世界が乱れ始める中で、誓いましょう
神の復活の噂が流れてから、数日が経過した。
この世界は、混乱に包まれたらしい。
クトルットの指示で集められ、奴隷商経由でこちらにもたらされる報せにも、混乱する情勢が記されていた。
『突然、獣人や亜人種の奴隷の中に、神からお告げを受けたと言い出したものが現れました。取るに足らない戯言と判断した奴隷商が、その神のお告げを受けた奴隷により、潰されることがあったそうです。そして逃げ出した奴隷は、たどり着いた辺境の村にて、独自の宗教を立ち上げようとしているようです』
この報せの他に、酷使されていた奴隷にお告げがきて、買い主の元から不思議な力で逃げてしまったという、噂も流れている。
これらの話で重要な点は、お告げが奴隷にきたこと。
そして、その奴隷が隠れて何かの神を祭ったという話がないことだ。
つまり、復活した善の神が、奴隷の中から信者や神官を勝手に作ったという事実が浮き出てくる。
これは、フロイドワールド・オンラインにはない現象だった。
――けどまぁ、あり得ない話じゃないと、俺は考えていたけどね。
なにせ、フロイドワールド・オンラインでは、全てのNPCやプレイヤーは、なにかの神の信者となっていた。
けど、この世界の奴隷の中には、罪などで神官に破門されて、神の加護を失った人もいる。
それだけでなく、邪神の残滓に囚われし子や、悪しき者と呼ばれる存在は、神の加護を得てない人が多い。
そんな人たちを復活した神が見れば、まさに手つかずの果実のようなもの。
俺が魔法でやったのと同じように、神が勝手に加護とお告げを与えれば、瞬く間に信徒にできてしまうはずだ。
そして現実に、奴隷が事前の兆候もなく、お告げを受けているのだから、この考えは当たっていたんんだろうな。
もっとも、この考えに確信を持っていたわけじゃない。
もしかしたら、こうなる可能性もあるんじゃないかな、っていう程度の考えだったんだよなぁ。
さて、その万が一の考えが当たってしまった。
当たってしまったからには、確認しなければならないことがある。
「さて、エヴァレット、そしてスカリシア。貴女たちに神のお告げは、降りてきましたか?」
俺たちは、個室の中に三人きりで、向かい合って座っている。
俺の問いかけに、エヴァレットとスカリシアは驚いた顔をした後で、顔を横に振った。
「いいえ、そのようなモノはきてません。
「もしかして、このときのために、わたくしを、そしてエヴァレットを、自由の神の信者にしていなかったのですか?」
その問いの答えは、うさんくさい笑顔で返した。
さっきスカリシアが言った通り、エヴァレットとスカリシアは、先ほど神のお告げがくる条件を、大まかに満たしている。
二人とも信者にはなっておらず、そしてエヴァレットは身分的には奴隷で、スカリシアは元奴隷だ。
復活した神がお告げを与えて、その神の信者と化す相手として、十分な資格があるだろう。
そして、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスを作って陰に隠れた神々にとって、仕組みを破壊しようとしている俺のそばに、この二人は居る。
彼女たちを信者化して、俺を殺すようにとお告げが来ても、変ではなかった。
むしろ、俺ならそうするし、自由神でも『それ面白そう☆』って実行するに違いない。
となんとか思っているけど、今の状況は、半分以上は偶然そうなっただけなんだよね。
もともとは、エヴァレットから「自由神の信者にしてください」と願い出てれば、すぐに信者化の魔法をかけるつもりだった。
それはスカリシアも同じこと。
なにせ、自由神は自由を愛する神。自分の意志で決めてもらわないと、教義にやや反することになるしね。
さて、信者化の機会を失い続け、枢騎士卿のクエストを成功させ、自由神の手紙を得たわけだ。
その際に、二人の境遇が使えそうだと思い立ったんだ。
だから、いまエヴァレットが、凄いって目でこちらを見てくることに、内心では恥ずかしく思っている。
けど、折角そう思ってくれているならって、事実を隠すように、うさんくさい笑顔をしているわけである。
なにはともあれ、善の神は、腐っていても善の神なようだ。
エヴァレットとスカリシアに、俺を害するお告げをしないみたいだな。
いや、待てよ。
この仕組みは、自由神も使えるものだ。
もしかしたら、俺に内緒で、二人を信者化している可能性がある。
その場合は、善の神が信者化できなくなるな。
うーん、確かめるためには、二人に信者化の魔法を使って、効果があるかを見ないといけないんだけど。
俺は頭の中で、善の神の誘いが今後くる可能性と、二人の身の安全や気持ちを、秤にかけて考えていく。
最終的に、判断は二人に任せることにした。
「エヴァレット、そしてスカリシア。二人は、いま自由の神の信徒となることを望みますか? それとも、私の考えの検証のために、信者にならずにおいてくれますか?」
この問いかけは、後者を選んでもらおうという気が入ってしまっていて、ちょっと卑怯に聞こえるな。
言い直そうとして、先にエヴァレット、スカリシアの順に、返答がきた。
「わたしはトランジェさまに救われた身です。貴方のお役に立てるのであれば、いまのまま、自由の神の信徒とならないままでも良いと思っています」
「わたくしも、急いで信徒になる必要はないと思っております。それと、仮にこの身が他の神の操り人形と化した場合、貴方さまが助けてくださいますのでしょう?」
「はい。他の神に、二人の体を渡す気はありません。もしそうなったら、どんな手段を用いても、奪い返してみせると、ここで約束しましょう」
本心から言うと、二人は花が開いたような笑顔を浮かべた。
「なら、きまりですね」
「はい、きまりましたね」
本当に幸せそうな笑顔で二人は、このままなんの信者でもない――と思われる状態で、居続けることを決めてくれた。
その決断に、思わずこちらが気おくれしてしまった。
だけど、せめて約束は果たそうと、心に誓い直す。
いつ善の神がちょっかいをかけても対応できるように、二人の状態をモニターする魔法やアイテムがないか、調べないといけないよな。
いい魔法があればいいけど……。
この日からしばらく、ステータス画面を見て、魔法を探す日々が続いたのだった。
伏線やら、書くことを放置していた理由を明かす際って、今までの話と矛盾が出てないか、恐々としますよね。




