十三話 失敗作でも使いよう?
村に住み始めて数日経つと、俺が借りたこの家は薬を求める年配の人たちが集まり、寄り合い所みたいになってしまっていた。
「あの、皆さん。どうしていつも、家の玄関口に座っているのですか?」
「そりゃあ、もちろん薬を貰いにですとも」
「では、皆さんが手に持っている、野菜の酢漬けのようなものは?」
「各家庭、自慢の漬物ですとも。待つ間は暇なので、これを食べながら作る秘訣を教えあったりして、時間を潰すのですよ」
「そうなんですか。でもお薬は既に、全員にお渡しし終えているはずですよ?」
「そうでしたかな。いやぁ、前の薬師先生が生きていた頃は、こうやって日が傾くまで過ごしていたものでして」
「だからか、話をするとついつい長くなってしまって、腰を上げ辛くなりましてな」
そんな調子で、今日も今日とて玄関脇から引っ張りだした、薬師が生きていた頃に使っていたのであろう椅子に座って、玄関口を占拠されている。
元の世界の過疎の村だと、病院の待合室が社交場と化していると耳にしたことはある。
まさか異世界にきて実感することになるとは、聞いたときには欠片も考えなかったけど。
まあ喋り場を提供するぐらいはいいかなと思わなくはないけど、薬師が生前に残してくれていた薬が、早くもなくなりそうになっているのは問題だった。
「あの、皆さん。前の薬師さんが残した薬がもう残り少ないので、渡した物は慎重に使ってくださいよ」
控えめにそう注意してみるものの、笑い飛ばされてしまった。
「あははっ。神官さまは薬師の先生でもあるんでしょ。なら問題ないでしょ」
「そうそう、ここにある薬がなくなったら、作ればいいんですよ」
作ればって、簡単に言ってくれるなぁ……。
「薬の材料だって無限にこの家にあるわけじゃないんですよ。それに私の腕だと失敗することもありますので、より消費が激しいんですから」
思わず苦言すると、村人の一人にからなぜだか期待する目を向けられてしまった。
「神官さま、薬作りを失敗することもある、そう言いましたか?」
「え、ええ、そう言いましたよ」
その言葉のどこに、そんな目を向けてくる理由があるのか分からない。
しかし、他の村人は違ったようで、次々にこちらに何かを期待する瞳が増えていく。
「失敗したということは、薬を作ってみては下さったのですね?」
「神官さまの口ぶりからすると、成功もしたのですよね?」
「それで問題は、薬の材料調達ってことなのですよね?」
彼らの言葉を聞いて、知らず知らずに失言していたことに気がついた。
さっきの俺の言葉を言い変えると、『薬の材料さえ大量にあれば、調薬に成功した薬を渡せる』っていう風に前向きに捉えることも出来るたからだ。
「いや、その、違うんですよ。本当に失敗が多くて、薬は出来ていなくてですね」
必死に言い訳するものの、村人たちはこの言葉も前向き捉えてしまったようだ。
「そりゃあ、神官さまはこの土地にまだ慣れてないですから、失敗するのは当然でしょう」
「薬の素材が欲しいんでしたら、薬代の代わりに持ってきますよ。前の薬師先生にも、代金は素材と野菜で払ってましたので、なにをもってくりゃいいかは大体わかってますから、心配しないで下さい」
「それに作物の出来と一緒で、多く失敗して経験を積めば、成功もしやすくなるってもんですよ」
「おいおい、それじゃあお前さんの作物の出来が、この村で一番良いってことになっちまうだろうよ」
あははっと笑うと、もう彼らは別の話題で話を始めてしまった。
訂正する機会を失ってしまう。
そして薬師が残した薬が枯渇寸前なことと、この村人に俺が調薬出来るという事実を知られたことで、薬作りをのらりくらりと引き伸ばす当初の考えはできなくなってしまった。
そのことを、村人たちが玄関口から去り、家の戸締りを終えてから、エヴァレットに伝えた。
「ということで、私は今日から残っている薬の素材で作り始めます。ですが、村人の薬の消費が激しい上に、私の腕ではかなりの失敗が予想されます。なので、エヴァレットにも予備の薬をこっそり作ってもらうことになりそうです」
「そのことでしたら前にも言いましたが、我が薬師の手腕をお貸しいたしますので、ご存分にお使いくださればと!」
「ええ、お願いします――そうだ。私には必要ないので、この家にある調薬道具は好きに使っていいですからね。村人が玄関口にいる日中に、部屋で作業するように中に置いても構いませんから」
「そうですね……では、ありがたくそうしたく思います」
そうして、この家に残っていた素材を半々に分けて、それぞれが薬を作ることになった。
俺は偽装した料理人のスキルを用いてのステータス画面の操作で楽々と、エヴァレットは道具を用いてごりごりじっくりと調薬する。
俺の方は早々に素材を使いつくし、成功と失敗が合計で三対七ぐらいの比率で、必要だと思える薬が出来上がった。
画面上だと成功確立は四十パーセントだったのに、実値だと三十パーセントの成功という結果になった。
運がちょっと悪かったみたいだな。もしかしたら確率を計算できる人なら、運がよかったと言うかもしれない可能性もあるか?
数学の苦手な俺は、そんな計算は無理だから、そんな気がするってだけだけど。
エヴァレットの方はどんな具合か気になって、半開きになっていた彼女の部屋の扉から覗き見てみる。
どうやら、まだ素材を判別している途中らしい。
けど、俺には同じように見えても、薬草の良し悪しの違いがわかるのか、それぞれの素材を二つにより分けている。
真剣に見比べているようだし、邪魔しちゃ悪いので、俺は自分の部屋に戻ることにした。
「失敗で作っちゃった毒薬、どうにかしないとな」
ベッドに横になり、フィマル草の毒軟膏をタップする。
だけど、調理の項目は現れない。
何気なしに、薬師に偽装し直したらどうかと思って試すしてみると――。
「毒薬は調薬の部類なのか。まあ、毒のあるものを料理に使ったりはしないからな――基本的には」
言っている途中で、毒のある物でも調理してから食べることもあることを思い出して、断言できなかった。
日本でも、猛毒であるフグの卵巣は美味いからと粕漬けして毒抜きし、過熱しなきゃ食べられないウナギを生で食べたいからと毒である血を洗い落としたりするし。
それはさておいて、毒軟膏がどんな薬になるか試そう。
使用する素材は、フィマル草の毒軟膏だけでいいみたいなので、調薬失敗したものを流用するタイプの薬のようだ。
こういうのは他にもあって、高品級ポーションの失敗品を何個か調薬することで、中級ポーションが得られたりする。
さて、偽装スキルに料理人を入れていたときは違い、薬師の場合は調薬の成功確率は八十パーセントだ。失敗することはないだろう。
空中に浮かんでいるステータス画面を指で押すと、少しの待機時間の後に調薬結果が出てきた。
「よっし、成功――なんだよな、これ?」
出てきたのは、『フィマル草の暗殺軟膏』という、危なそうな薬だった。
説明を斜め読みしてみると、伝説の暗殺者がしよううんぬんの後に、刃に塗ることで武器に追加効果を付与する魔法薬と書かれていた。
消炎軟膏と毒軟膏にはなかったけど、これには妨害効果の情報もあった。
刃に塗ってから切りつけると、攻撃が当たる度に即死、猛毒、麻痺、昏睡、失語のどれかがランダムで相手に付与されるらしい。
実物が見たくなってアイテム欄から取り出してみると、毒軟膏は深緑の毒々しい色だったのに対し、こちらは消炎軟膏と同じような薄緑色だった。
「さすが暗殺軟膏、酷い毒薬だな……」
この見た目なら、消炎軟膏と偽って持っていたら、誰も気がつかない。
説明には刃に塗ると使用法が書いてあるけど、こんなもの肌に触れたらどんな効果が出るか分かったもんじゃないし。
アイテム欄から出すとき間違えないように、この世界用ではなくフロイドワールド・オンラインのときに作ったフォルダに入れることにした。
「他の失敗したものも、同じようなものに変わるんじゃないだろうな……」
そう予想したものの、好奇心に負けて試してしまう。
結果、全ての失敗品がより純度の高い毒物へと変貌して、やばそうなものばかりになったので、アイテム欄に押し込んだのだった。




