百三十七話 悪だくみをするには、誰かを巻き込まないといけません
俺はエセ邪神教に参加している、いいところの出の人を伝手に使って、ある人物との面会を勝ち取った。
スカリシア、ピンスレット、そしてイヴィガとアフルンには、エセ邪神教の布教の手伝いをしてもらうことにして、俺はその人物との待ち合わせ場所に向かった。
そこは閉鎖的な酒場で、元の世界でいうところのバーに近い店だった。
俺は待ち合わせの人物の名を店主に告げると、奥にある個室に案内された。
入ってみると、すでにその人物――マニワエドがいた。
「おお、トランジェ殿。お久しぶりです。いやはや、貴方から会いたいと知らせが来たときは驚きました」
「お久しぶりですね、マニワエドさん。こちらも、貴方がこんな雰囲気の良い店を知っているとは、驚きました」
「あははっ。内緒話をしたいと聞いて、上官にいい店がないかを聞いたのですよ」
そんな世間話をしながら席に着くと、案内してくれた店主がすっと、俺にグラス入りの琥珀色の酒を出してきた。
受け取ると、店主は個室の扉を閉めて出て行った。
俺はグラスを握って、同じようにグラスを持つマニワエドに顔を向ける。
「それでは、久々の再開を祝し」
「はい。お互いの繁栄を願い」
「「乾杯」」
静かにグラス同士を合わせてから、一口酒を含む。
あまり酒に詳しくないので、種類と味がよく分からない。
けど、ブランデーに近い酒かなと、洋菓子で嗅いだことがありそうな匂いから推察した。
一口飲んだ後で、俺はグラスを机の上に置き、世間話を続ける。
「遠征軍が戻った後、なにやら大変だったそうですね」
「はい、そうなのですよ。元・遠征軍総大将が半死半生の状態で保護されまして。のたれ死んでいれば、全責任をかぶせて、うやむやにできたのですがね。いまは、罪状を一つ一つ調べながらの、軍法裁判にかけられている最中でして。私や兵士たちが参考人として、たびたび呼ばれているのです」
「なるほど。それで、遠征軍の再編成が滞っているわけですね」
「滞ってはいませんよ。ただ、その裁判が終わるまで、次の遠征軍の総大将が決められないので、予算が降りにくいのですよ。決まれば、新たな総大将が所属する貴族から、献金が入るはずなんですけど」
「そのような状態だと、マニワエドさんの処分も宙ぶらりんなのでは?」
「ええ、まあ。国軍内での階級が上がりましたが、遠征軍に参加できるかは、微妙なところになりつつありますね」
世間話はもう十分だろうと、本題を切り出すことにした。
「さて、今日こうして内密に会いたかったのは、世間話ばかりではありません。相談したいのは、これのことなのです」
俺は、自由神からの手紙を、マニワエドに差し出す。
「失礼して――あの、この見慣れない文字は一体?」
マニワエドが困惑しながら問いかけてくることは、予想済みだ。
なので俺は、ひどく困惑しているように演技しながら、重々しく聞こえる口調で喋り始める。
「実は、その手紙。我が神から送られてきたものなのです」
「なっ、まさか!? 誰かによる、ニセモノでは!?」
「いえ、疑いようがないのです。そこに書かれている文字は、我が信徒の秘中の秘の神聖文字です。なので、誰かが装って書くなど不可能なのですよ。そもそも、私ですら読めない文字があるので、本当に我が神が書かれた手紙で、間違いはないかと」
はい、もちろんこれは、大嘘だ。
手紙の内容は全て読めるし、神聖でもなんでもない日本語の文字だしね。
さて、マニワエドは若くして総大将代理まで成り上がった傑物だ。
「……なるほど、確かに。読めはしませんが、ちゃんとした法則の上で書かれた文字のようですね。たびたび出てくる同じ長い文字列(自由神くんちゃん)が、恐らくトランジェ殿の神の名前なのですよね?」
とまあ、俺が神聖文字だと語った文字の羅列に、こうしてその頭脳で規則性を見出してしまうわけだ。
ま、元はしっかりと形態づけられた日本語なので、規則性があるのは当り前だけどね。
手紙の真偽を疑わなくなったようなので、俺はマニワエドの『自由神くんちゃん』が神の名だろうという指摘に、大いに驚く演技をする。
「おお、まさにその通りです。ですが、その文字は忘れてくれると、こちらとしてはありがたいですね。なにせ、神の名前は秘するべきと、伝えられておりますので」
「そうなのですか。忘れるのは難しいので約束できませんが、これ以上調べないことはお約束します」
真摯な答えに、俺は満足するように頷く。
「分かりました、それで構いません。それで、問題はその手紙の内容なのです」
俺は言いながら、マニワエドの手から手紙を取り上げる。
そして、困惑しながら内容を確認するような仕草で、視線を手紙に落とした。
マニワエドは興味を引かれたように、前に体を乗り出してくる。
「その手紙には、なんと書かれているのですか?」
「はい。前半は、私の功績を褒める、神からのお言葉なのですが……」
「後半は違うのですか?」
「はい。この世界の秘密――とりわけ、神の大戦の顛末の真実について、書かれてあったのです」
俺は言いたくないような素振りで、マニワエドに神の大戦のことを伝えていく。
大まかにはエヴァレットたちに教えた通りだけど、ある一点だけ、嘘を教えることにした。
「――こうして戦いを制した善の神たちは、大多数が怪我を負いました。そのとき、ひょっこりと現れたのが、今まで隠れて状況を見ていて無事だった一柱の神――聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスなのです」
「それで、どうなったのです?」
「この手紙によると、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスは善の神を牢獄に繋ぎ、自分こそが唯一の神であると名乗りを上げたそうです。しかし、まだ地上には生き残った善の神を崇める信徒がいます。彼らの不満をそらすため、何時かは復活させると口約束をして、捕らえた善の神々を生かさず殺さずの状態に止め置いているそうです」
「なっ、そんな!? それでは、聖大神ではなく、大逆の神ではないですか!!」
どこにその文言があるのかと手紙を覗いてくるので、俺が言った内容とは違う、大戦の真実が書かれた部分を指で示す。
もっとも、マニワエドは日本語の文字が読めないので、俺の大嘘を見破れないけどね。
さらに言うと、俺の先ほどの嘘は、なにも完全な俺の創作というわけではない。
あれは、俺が聖教本に書かれていることや、エセ邪神教の教祖が提唱する説を、まぜこぜにして整えたものだ。
だから、マニワエドがどこかで、噂として耳にしていても変ではない、そんな嘘に仕上がっているわけだ。
そんなもろもろの理由から、マニワエドは俺の嘘を信じ込んだようだった。
「私の一族が密かに崇める戦いの神は、大戦を生き延びたはずでした。なのになぜ、この世に聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスしか残らなったのか、一族の間でも長年の疑問でした。ですが、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスによって幽閉されているのだと知ると、なるほどと頷きたくなります」
実際は、その戦いの神とやらも他の善の神と同じく、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスという架空の神を作って、裏に引っ込んだだけだけどね。
さてさて、こちらの嘘を信じてくれたマニワエドに、一つ提案をしよう。
「この真実を受けて、マニワエドさんに伝えねばならないことがあります」
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスが偽神だったこと以外に、こちらに伝えることですか?」
「はい、それは――」
声を潜め、誰にも知られないような風を装って、俺はマニワエドに耳打ちする。
「我が神は、牢に繋がれた神の特徴を、この手紙に書いてくださいました。そして、その神をどうやったら、牢獄から解き放てるかも、書き添えてあったのです」
「ほ、本当ですか!?」
俺は重々しく頷きながら、声を潜めろと身振りする。
「いいですか。神の力は、信者の祈りによって生じるそうです。今は、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスが祈りを独り占めしている状態なのですが、マニワエドさんたちが隠れ崇める戦いの神に、祈りを送る裏道が存在します」
「……なるほど。その裏道を使って、信者が祈りを送ることで、戦いの神は力を取り戻し、自分から牢をでることができるわけですね」
「はい、その通りです。そしてどうやら、我が神も、同じ方法で復活を果たしたようなので。確立された方法なようです」
実績があると示すことで、マニワエドが方法が真実か疑う芽を摘んでおく。
「さて、その方法なのですが。実は簡単なのです。一人でも、その神に捧げる儀式や祈り方を真に思い出し、その通りに祈ること。ただそれだけなのです。もしかしたら、ゴブリンの邪神が復活したのも、同じ方法だったのかもしれませんね」
具大的な方法に移ると、マニワエドが首を大きく横に振った。
「そんな、まさか。儀式や祈り方は、私の一族が年々と伝え続けてきましたが、戦いの神は復活を果たしていません」
「それはきっと、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒か誰かが、祈り方の一部を改変したのでしょうね。真なる祈り方ではないので、裏道に乗らなかったのでしょう。実を言うと、我が神が復活を果たしたのは、私の祖先が祈り方を簡略化しようと変えたからなのです。それが偶然に、真なる祈りと同じになったのだと、手紙には書かれてありました」
という口から出まかせで、マニワエドを信じ込ませていく。
マニワエドはそれでも、半信半疑な様子だ。
「もしも、私の一族が伝えてきたことが間違っているとして、いまさら真なる祈り方が分かるとは思えないのですが」
「はい、おっしゃる通りです」
「なら、その裏道を使って、戦いの神に祈りを捧げるなんて、不可能なのではありませんか?」
はい、それは当然の疑問だよね。
でも、こちらには便利な、ワイルドカードがあるのだ。
「たしかに、この通常の裏道では、無理でしょう。しかし、その牢獄から逃げ出し、そのありかを知る神が、こちらにいるではありませんか」
俺が自分を指しながら言うと、マニワエドはハッとした顔になる。
「もしかして、貴方の神を経由して、戦いの神に私の一族の祈りを届ける気なのですか?」
「はい、まさしくその通りです」
「そんな!? 一歩間違えたら、貴方の神が、また聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスに捕まってしまうのでは!?」
「いえいえ、そうはなりませんとも。なにせ、私たちは真の祈り方を知っています。捕まったとしても、通常の裏道を使って、いくらでも神に祈りを捧げることができるのです」
「そうか、そうでしたね。一度だけでも、牢獄から解き放たれ、その信者に真の祈り方を伝えてさえおけば、速やかに脱獄は可能になるのですね」
マニワエドは、首を縦に振って、しきりに納得しているようだった。
なら、あと一押しだなと、話を詰めに入る。
「なので、我が神にどの神に祈りを伝えるのかを、示さねばなりません。なので、貴方が知る、戦いの神の情報を、あるだけ教えて欲しいのです」
という建前で、マニワエドが教えてくれる情報から、この世界と並行世界だというフロイドワールド・オンラインから、俺が該当する神を見つける。
そして見つけた後は、魔法でマニワエドをその神の信者と化して、貴方の神は復活を果たしたと宣言すればいいだけ。
なんとも容易い作業だ。
そして、マニワエドを戦いの神――いや、隠れた一柱の善神の信者と化した後こそが、俺の目的の一段階目だ。
さてさて、俺にに利用されているとも知らないマニワエドが、こちらに戦いの神の情報を教えてくれ始めたぞ。
「私たちが知る、戦いの神の功績は、神の大戦よりも前まで遡ります――」
マニワエドが語ることを頭に入れながら、俺はこっそりとステータス画面を開いて操作し、該当する神がいないかを探し始めたのだった。




