百三十六話 住民の心情と、これからの予定について語りましょう
聖都に潜入した俺たちは、早速街の様子を確認してみた。
遠征軍がゴブリンを蹴散らして帰ってきたことに、多くの人が安堵しているようだった。
けれど、イヴィガがその小さな見た目を生かして子供たちから、アフルンは思考を鈍らせる匂いを利用して男から、事情を深く聞いていくと、少し違った側面も見えてくる。
「親たちが不安がっているって言っていたよ。この街の中に、まだ悪いゴブリンがいるんじゃないかってね」
「オジさんたちからの話だとぉ、邪神が復活したんだって噂が、そこかしこに流れているみたいねぇ」
「やっぱり、そうでしたか」
短期契約で借りた家で、俺は二人の報告を聞いていた。
隣に座っている、エヴァレットとスカリシアも話を聞き、こちらに質問してくる。
「トランジェさま。この情報に、なにか意味があるのですか?」
「予想しておいでのようなので、念のために二人に確認させたのですよね?」
「意味というか、利用価値があるのですよ」
俺は全員の顔を見回して、話を聞く体勢になっていることを確認した。
「この情報からわかることは、街の人たちが不安に思っているのは、ゴブリンや邪神の復活だけではない、ってことなのです」
「そんな話はなかったように思いますが?」
「いえいえ、あるのです。初対面の相手や口の軽い子供には聞かせられない、そんな類いの考えが」
みんな分かっていないようなので、簡単に言ってしまおう。
「率直に言ってしまえば、住民の多くが、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスに対して、不信感を抱いているのですよ」
「それは、本当なのですか?」
「はい、もちろん。なにせ、この世界の人たちは、聖教本に書かれた教えを守って、敬虔に暮らしている人がほとんどです。自分たちに落ち度はないのに、邪神を崇めるゴブリンが出てきたということは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの力が弱ったからではと、考えているようなのです」
こう断言できてしまうには、理由がある。
「そのお陰か、イヴィガとアフルンが情報収集している間に訪れた、私の息がかかったエセ邪神教には多くの入信者がありました」
正確に言うと、順序が逆だ。
エセ邪神教に集まった人に理由を聞き、もう聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスはもうダメだと答えたことで、住民の多くが不信感を抱いていることを知ったんだよね。
まあ、順番はどうでもいいか。
さらにエセ邪神教に集まった話を聞くと、どうやら遠征軍に大損害がでたことが、人々に伝わっているらしい。
森から逃げ返った兵士の中には、陣地に戻らなかった人もいるので、その人たちが教えたんだろうな。
感の良い人が、遠征軍の兵士の再募集を見て、裏事情に気付いた可能性もあるけどね。
それはさておき。
聖都なんて枕がつく、このジャイティスの住民ですらこうだ。
聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官の影響力が弱い、村や集落の場合、不満に思っている人が多くいるはずだ。
けど、この世界の人たちには、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスを崇めるしか、選択肢がない。
なにせ、この一柱しか、神がこの世にいないと信じ込まされてきたからだ。
しかし、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスは、善の神々が代理として作った実態のない神だ。
そして、どれだけ真摯に祈祷しようと、祈りを受け取る先は、裏にいる善の神々。
しかも、人の祈りは神の数だけ希釈分配されるので、神が願いを聞き届けることは望めない。
そんな祈る意味も意義も薄い神を、不満を持ちながら信じ続けなければいけないなんて、不憫この上ないよね。
だからこそ――
「――聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス以外の神を求める人々に、選択肢を与えるために、活動を始めてもらいました」
俺の話を聞いていたエヴァレットたちは、頷きかけて、首を傾げた。
「あの、わたしたちが、その活動をするのではないのですか?」
「始めてもらったということは、どなたかに依頼をされたので?」
エヴァレットとスカリシアの疑問に、俺は頷きで答えた。
「私たちよりも影響力があり、私の意思が通じやすい組織が、もうすでにこの街にあります。なので、彼らを利用させてもらうことにしました」
なぞかけのように言うと、イヴィガが手を上げる。
「それって、エセ邪神教って呼ばれている、あの人たちのことですか?」
「はい、その通りです。彼らの教祖は、私が手ずから信者化した自由の神の僕ですからね。私たちが表だって行動しなくても、自由の神の信者を増やしてくれます」
今度はアフルンが手を上げ、疑問をしゃべる。
「でもぉ、エセ邪神教の崇める神は、自由の神を名乗ってなかったわよぉ?」
「問題はありませんよ。なにせ、善の神が聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスという偽神を作ったのと同じことを、私たちはやっているだけなのですから。店の例えになぞらえると、自由の神の加護を、別の神や使途の加護だと偽って売っているだけですからね」
このように、片や店の名前を、片やパッケージを変えているだけなので、方法としては似ているわけだ。
けど、得られる結果は大きく違う。
善神たちは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスという一柱に集まった祈りを、平等に分配している。
自由神は、いくつもあるエセ邪神教で捧げられた祈りを、一柱で独り占めだ。
この世界の住民が離反すればするほど、善神たちと自由神が蓄える力の差が、広がる仕組みとなっている。
自分のことながら、この仕組みを思いついたことを、褒めたくなってしまう。
俺がうさんくさい笑顔でほくそ笑んでいると、エヴァレットが質問してきた。
「トランジェさまは、自由の神さま直々に、自由に行動をせよと下命されています。なのに、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの、転じて善なる神の力を削ぐことに注力してよろしいのですか?」
それ以外に、もっと自分のやりたいことはないのか。
そう問いかけられているようだ。
けど、これが俺のやりたいこと――その前段階なのだ。
「エヴァレット。心配してくれて、ありがとうございます。けれど、私は心から望んで、この行動をしているのです」
「どのような心づもりがあるか、教えていただいてもいいでしょうか?」
「もちろんですとも。といっても、大した理由ではないのですけど」
少しもったいぶってから、俺は目的を話す。
「この世界は、聖教本の教えに縛られて、自由が阻害されています。ならば、そのクビキを外し、人と世界に自由を取り戻したい。そう思っているのです」
壮大な野望に聞こえるように語ると、エヴァレットたちは納得しつつ尊敬する目を向けてくる。
でも実際は、そんな目をされるほどのことじゃないんだよね。
なにせ、さっきの言葉をゲーム風に言い換えると――
『限られた選択肢しかないのはつまらないから、制限設ける邪魔なヤツを排除しちまおうぜ!』
――ってことなんだしね。
さてさて、地域住民の取り込みは、エセ邪神教に任せるとしよう。
その代りに、俺たちは彼らでは取り込めない層を、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの支配から解放するよう動くことにしようっと。




