百三十五話 新しく企みましょう
世界の秘密――聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスが実在する神ではなく、善の神々が作り上げた虚像だったことは、俺たちだけでなくトゥギャを通して友好的な他のゴブリン部族にも伝えられた。
すると、居もしない神に苦しめられていたのかと、憤慨したそうだ。
けど、業喰ゴブリンの集落が、マニワエド率いる遠征軍により灰塵と化した知らせが流れたことで、今は雌伏のときだと力を蓄えることにしたらしい。
そんな絶妙な働きをしてくれた遠征軍も、業喰ゴブリンを根絶やしにすることはできなかったことが、噂で流れてきた。
話を聞くに、長や優秀な個体に逃げられてしまったそうだ。
きっと、ゴブリンの集落で出会ったダーギャも、逃げた中にいるんだろう。
業喰の神の勢力がまた増えるかは、その逃げたゴブリンたちにかかっているのだ。
ぜひとも、頑張ってほしい。
ま、俺は自由神の信徒なので、心から応援するつもりはないけどね。
さてさて、俺はトゥギャとゴブリンたちとともに、前線基地跡地で集落作りにいそしんでいたわけだ。
けど、せっかく自由神から『好きに生きていいよ★』って許しを得ているので、このままここに住む気にはならない。
そして、業喰ゴブリンに滅ぼされた村にいる仲間の様子も気になるし、改宗を果たした村を有効活用したい気持ちもある。
「というわけで、この集落の出来具合も落ち着いてきましたし、私は出ていく気でいます」
そう俺が意見を伝えているのは、目の前に集めた、エヴァレット、バークリステ、スカリシア、マッビシュー、ピンスレット、そしてトゥギャだ。
エヴァレットとバークリステ、そしてピンスレットは、俺の意見に同意する。
「そうですね。ここは自由神を崇めるゴブリンの集落です。我々が残ったままではいられないでしょう」
「あの村に残した子たちも、移動させる必要がありますよね。知らせがたびたび来るので、元気なのは確かですけれど」
「ご主人さまが言うことは、このピンスレット、全面的に賛成です!」
三人の言葉に、トゥギャとマッビシューが待ったをかける。
「そんなに急いで、ここを出立なさらなくても」
「そうだぜ。まだまだ、ここのゴブリンたちの戦いは、見ていて危なっかしいんだ。今すぐ放ってなんていけない!」
二人の意見を聞き、まだ喋っていないスカリシアに視線を向けて、発言を促した。
「意見はありませんんか?」
「意見は、ないのですが。トランジェさまにお聞きしたいことがあります」
「はい、なんでしょう?」
「トランジェさまは、今後、どのような活動をなさるおつもりなのでしょう?」
その疑問に対する言葉は決まっている。
なにせ、俺は自由神の神官なのだ。
「我が心の赴くままに、行動をしていきます。具体的に言うと、心からいま一番やりたいことは――聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの世をぶっ壊すことですね」
少し強めな言葉を選んで言い放つと、スカリシアは驚いたように目を瞬かせている。
「その野望には、賛成したいのですが。そんなことが可能なのでしょうか?」
「それはもう。自由の神からの手紙を見て、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの仕組みを知ったときには、壊す方策はすでにできています。あとは、実行に移すだけですよ」
自信満々に言い放つ。
内心では、上手くいくかちょっと不安だけど、それをうさんくさい笑みで表には出さないようにした。
するとエヴァレットたちは、興味津々な目を向けてくる。
「その方策というのを、聞かせていただいても、いいですか?」
エヴァレットの問いかけに、鷹揚に見える動きで、頷く。
「なに、すでに種は蒔いてあります。後は、ちょこっと成長を促進させてやりさえすればいいのです」
行き当たりばったりで色々とやってきて、その後は放置していたものがある。
それらを思いがけずに役立られるなと、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの世をぶっ壊す算段を、全員に伝えていったのだった。
トゥギャたち自由神信徒のゴブリン集落から、俺と仲間たちは出立した。
そして、滅んだ村を新たな拠点に定めて、活動を始めることにした。
といっても、俺の作戦に大人数が必要ないので、仲間の多くをこの村に住まわせることにしたというだけだ。
連れて行くのは、エヴァレット、スカリシア、ピンスレット、そしてイヴィガとアフルンだ。
選ばれたことに、イヴィガとアフルンは驚いていた。
「な、なんで、指名されたんでしょう?」
「そうねぇ。大姉ぇを連れて行くと思っていたのに、連れていかないのも不思議だわぁ」
「それは、今回の作戦は隠密性が重要なのです。その点で言うと、バークリステは聖女として顔が売れ過ぎています。他の子の中でも、彼女と一緒に人前に出た特徴のある子は、顔を覚えられている可能性があります。なので、連れて行けないのですよ」
このことは、バークリステにも伝えてあって、ちゃんと納得してもらった。
残されることを受け入れる代わりにって、ちょこっと血を飲ませてあげたことが、てきめんに効いたんだよね。
それはさておき、その点、俺たちは基本的にバークリステの影となって働いてきた。
なので、仲間内の重要度は別にして、この世界の人たちに顔を覚えらえている可能性はとても低い。
遠征軍であっても、マニワエド以外の人たちは、俺のことをバークリステの腰巾着か使い走りぐらいにしか、思っていなかったしね。
「そんな事情を含めて、隠密行動に優れた人を選びました。エヴァレットとスカリシアは、その耳の良さで選びました」
俺の言葉を引き継ぐように、イヴィガが自分を指差す。
「となると、偵察と情報収集のために、選ばれたってわけだね」
「その通りです。イヴィガは、十歳繰りに見えるほど見た目が幼いので、狭い場所にも潜り込めそうという理由があります」
「むぅ。背が小さいことを褒められても、あまり嬉しくないんだけど」
ごめんごめんと頭を撫でてやると、まんざらでもない顔を返してくる。
その小生意気そうな男の子っぽい仕草が、イヴィガの幼い見た目に、とても似合っているんだよなぁ。
さて、アフルンが自分はどんな理由で選んだのかと、聞きたそうな顔をしているので、期待に応えないといけないな。
「アフルンの体臭には、相手の意識をぼんやりさせる効果がありましたよね。それを使っての、聞き込み担当をお願いしたいのです」
率直に理由を言うと、アフルンに眉をしかめられてしまった。
「ちょっとぉ。体臭って、イヤな言い方しないでよぉ。良い匂いとか、甘い匂いとか、言い方があるでしょ」
「いやや、これは気付かなくて、ごめんなさい。でも、私はアフルンの匂い、好きですよ。嗅ぐと落ち着きますし」
顔を近づけて匂いを嗅ごうとすると、アフルンにぱっと逃げられてしまった。
「ちょっとぉ。乙女には、色々と準備があるの。いきなり嗅ぎに来られると、困っちゃうわぁ」
アフルンは乱れてもいない髪を手指で梳き、崩れていない身だしなみを整える。
そして、準備万端っといった感じで、首筋をこちらに向けてきた。
どうやら、そこを嗅げと言いたいらしい。
十代半ばの少女の首筋に鼻を近づけるなんて、変態ぽいなと思いながらも、提案に甘えて匂いをかがせてもらった。
いつもは甘い感じなのに、今日に限って、どこか柑橘系を思わせるすがすがしい匂いが混ざっている。
なんか、頭がスッキリする。
「ありがとうございます、アフルン」
「あ、ちょっと、頭を撫でないでぇ。整えた髪型が崩れちゃうわぁ」
アフルンは俺の手を取ると、撫でるならこことばかりに、彼女の頬に当て直した。
俺は求められるままに二、三度なでてやり、手を放した。
撫でていた手からも良い匂いがするが、気にしないようにしながら、話を戻すことにした。
「というわけで、この面々で、ちょこちょこと工作しに、まず聖都ジャイティスに向かう気でいます。期間は少し長くなるかと思いますが、奴隷商のクトルット経由で連絡を入れるので、心配はいりません。この村に残る人たちからの報告も、逆経由で届く手筈を整えますので、何かあったら知らせてくださいね」
仲間たちにそう伝えると、俺と選んだメンバーで馬車に乗り込み、さっそく村を後にする。
さてさて、上手く作戦ははまるかな。
なにかアクシデントが起きても、楽しめばいいかな。
エヴァレットが操る馬車に揺られながら、そんなことを思っていたのだった。




