百三十三話 自由神から手紙が来たようです
遅くなりました。
文章が完成した直後に、ソフトがフリーズするのは止めてほしいですよね。
あと、こまめな保存は大事ですね。
枢騎士卿への試練が達成された。
俺が指をつけているステータス画面では、成功を祝うアニメーションが流れる。
それとともに、新しい項目が解放されたこと、職業が枢騎士卿にランクアップしたとアナウンスが出てきた。
確認すると、確かに戦司教ではなく、枢騎士卿に職業の名前が変わっている。
けど、俺の姿かたちは、全く変わっていない。
ま、これはフロイドワールド・オンラインでも同じことなので、いいとしよう。
でも、なにかしら強くなったり、何かの情報が頭に流れ込んできたり、この世界から消えたりすることもなかった。
何かが起こることを期待していた分、ちょっとだけ失望してしまう。
仕方がないと、俺は増えた項目を調べるために、まずは新たに使えるようになった魔法を調べることにした。
自由神の信者は、その加護のお陰で他の神の魔法も使えるため、職業の位階が上がると使える魔法が一気に増える。
なので、位階上層を果たした後は、新たに使えそうな魔法を探すことが、通例となっているわけだ。
俺がステータス画面を操作していると、エヴァレットがおずおずと喋りかけてきた。
「あの、トランジェさま。なにもお変わりがないように見えるのですが?」
「どうやら、そのようですね。私自身、ちょっと意外に思っているのですよ」
「は、はぁ。そうなのですか……」
つい先ほどまで、真面目な場面だったのに、何も起きなかった。
そのことが、エヴァレットだけでなく他の四人も、納得しがたく思っているようだった。
気持ちはわかるけどねと、俺は魔法の確認を終えると、他に何か新しい項目がないかと、画面に目を通していく。
すると、アイテム欄に『new』の文字があった。
これは、クエストをクリアーして、報酬が出たときに現れるアイコンだ。
何が手に入ったのかとタップしてみると、出てきたのは『新たな枢騎士卿へ送る』という、謎のアイテムだった。
選択して具現化してみると、出てきたのは一通の手紙。
中世ファンタジー風の色あせた質感で、表には新たな枢機卿へ送ると文字が日本語で書かれてある。
久しぶりに画面以外で見る日本語に、嬉しさから頬が緩んでしまう。
裏面を返してみるが、差出人の名前はない。
便箋を破くと、中には手紙があった。
出して広げると、日本語の羅列が目に入ってくる。
そのとき、真後ろから、エヴァレットたちの声が聞こえてきた。
「なにやら、複雑そうに見える文字ですね」
「直線ばかりで複雑な文字があると思えば、一筆で書けそうな文字があったりと、不思議ですね」
「長年生きてまいりましたが、初めて目にします」
「あっ、これってきっと、神さまの文字なんですよ。だからこんなに複雑に決まってます」
「なるほどねぇ。そういう理由なら、納得するわぁ」
どうやら、五人はいつの間にか俺の後ろに移動していて、俺の背中越しに手紙を覗き込んでいたようだ。
というか、日本語を神の文字だなんて、買いかぶり過ぎにもほどがあるよな。
ま、外国人が日本語を見ると、月の文字なんて言い表したりするらしいから、理解できないこともないけどね。
五人の微笑ましい反応を見た後で、俺は手紙に視線を落とす。
文字を目で追おうとして、思わず眉をしかめた。
その反応を見て、エヴァレットが問いかけてきた。
「トランジェさま。その文字が読めるのですか?」
「ええ、まあ。元の世界で、日常で使っていた文字ですからね……」
そう返事をしながらも、あまりこの手紙は読みたくないなと思っていた。
なぜそう思ったかは、文章の一番最初を少し読むだけで、分かってもらえると思う。
では、抜粋してみよう。
『はろーはろー。貴方の君の、愛しく可愛らしい、自由の神くんちゃんですよー♪ さてさて、とても珍しい、枢騎士卿の誕生したそうで、これはめでたい! すごい、頑張ったね☆彡 おっと、いけないいけない。こほんっ――貴方の献身に敬意を表し、貴方にさらなる加護を授けましょう。っていっても、自由度がさらに拡張されるだけなんだけどね⌒☆』
とまあ、こんな感じに読むだけで正気度とか精神力とか削ってきそうな、口語的な文章がずらずらと並んでいる。
けど、手紙という形で送ってきたのだからと、最初から目を通していく。
順々に要約していこう。
最初は俺へ労う言葉が続く。
やがて自由神の信者が少ない愚痴――たぶん、フロイドワールド・オンラインの話だろう――が、延々と続いていく。
そのまま紙の最後まで愚痴が並び、最後の最後に小さく『GOD of Freedom』と、署名がされてあった。
……っておい、なんで最後だけ英語なんだ。というか、愚痴だけしかないじゃないか!
読んで損したと思いながら、確認のために、裏面を返してみた。
すると、『P.S』から始まる追伸が、裏一面にびっしりと書かれてあった。
追伸の量じゃないだろうと思いながら、また頭の痛くなりそうな口語文章を読んでいく。
少しして、ちょっと怒りが湧いてきた。
それは、痛い文章を延々と読まされているから、ではない。
裏面に書かれてあることの方が、表面に書かれているよりも、はるかに重要な内容だったからだ。
こっちを表に書いて、愚痴は裏で書いてくれればよかったのに。
そう思うが、そうなったらなったで、俺は愚痴は読み飛ばしていただろう。
だから、自由神が俺に愚痴を読んでもらおうとしたら、このままの文章が正解ということになる。
こちらにしてみれば、迷惑極まりないことだけどね。
さてさて、裏面をじっくりと読み進め、やがて読み終わった。
内容を頭の中で反芻しながら、簡単に要約をしていく。
その作業の途中で、俺が読み終わったことを察したバークリステが、声をかけてきた。
「トランジェさま。その手紙は、どなたからのものなのですか?」
「ああ、ピンスレットが予想した通り、自由の神からのようです」
文字を読めないことは知っているので、内容を知られる心配はないので、バークリステに手紙を気楽に手渡す。
バークリステは手紙を広げると、エヴァレットたちを呼び寄せて、熱心に内容を見始める。
文字は読めなくても、その手紙から雰囲気を味わおうとしていることが、見て取れた。
ハチャメチャな文書の手紙から、味わえるかについては、俺は疑問だけどね。
さてさて、内容を纏め終わったので、俺は彼女たちの手から手紙を取り上げて、こちらに注意を向けさせる。
「この手紙には、この世界の秘密が書かれてありました」
言いながら俺は握った手を出し、一本指を立てる。
「一つ目は、この世界と私がいた世界が、よく似ている理由についてです。どうやら二つの世界は、並行世界ということになるようですね」
ま、俺がいた世界といっても、それはフロイドワールド・オンラインの世界観の話だ。
けど、エヴァレットたちにはゲームの説明が難しいことから、俺がいた世界だと事前に説明しているため、こんな風な言い方をしてみた。
すると、エヴァレットとバークリステが首を傾げる。
「トランジェさまが、別の世界から来たとは、どうにか理解しましています。ですが、並行とはどういう意味なのですか?」
「言葉からすると、交わらないい世界、という意味のように聞こえますが?」
どうやら、並行世界は、まだこの世界の考え方に現れていないらしい。
「そうですねぇ。並行世界というものは、ある地点から分岐した別の世界と、そう思ってください。たとえば、今日の朝食を食べたのが今の私ですが、朝食を食べなかった選択をした私がいる別の世界がある、みたいな考え方です」
この説明で、どうにかエヴァレットたち五人は、納得してくれたようだった。
「さてでは、この世界と私の世界は、どこで分岐したかというと。どうやら、神の大戦の有無で分岐したようです」
「ということは、トランジェさまの世界では、神の大戦がなかったのですか?」
エヴァレットの疑問に、俺は頷く。
「この手紙によると、私の世界では、善悪の神に分かれた戦いは、小競り合い程度の規模で終わってしまったそうです。その後は、互いに不干渉を取り決め、戦いは信者をどれほど集められるかに変わったようです」
そんな事情があるからこそ、様々な神が君臨し、その信徒たちが暗躍する、フロイドワールド・オンラインができたらしい。
もっとも手紙によると、どうやらフロイドワールド・オンラインの世界は実在していて、その世界からの『デンパ』を拾ったゲーム製作者が、仮想現実としてそっくりに作り上げてしまったらしい。
それはさておき――
「――そしてこの世界は、神々の諍いが過剰に進み、善悪両方と巻き込まれた中立の神々が、ほぼ相打ちのような状態で終戦を迎えた世界のようです」
これで一つ目の秘密の説明は終わった。
けど、エヴァレットたちは、あまりピンときていない様子だ。
ま、別の世界の話なんて、されても困るよな。
なので、俺は彼女たちの興味を引きそうな、二つ目の秘密について語り始める。
「続いての秘密ですが、それは聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスのことです。この名前の神は、私の世界にも、この世界にも存在しません」
「「「「えええーー!?」」」」
俺の言葉に、五人全員が驚きの声を上げた。
そして一番驚愕からの復帰が早かったバークリステが、矢継ぎ早に質問してくる。
「いないとは、どういうことなのです! この世界の人たちは、いもしない神に毎日祈っていたのですか!? それとも、また別の世界というところの神が、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスなのですか!」
「まあまあ、落ち着いてください。ちょっと事情が複雑なので、たとえ話を交えながら、この件について説明しますから」
バークリステを押しとどめてから、咳ばらいを一つする。
「こほん。では、二つ目の秘密の詳しい話をしていきます。まず事前に伝えておくことがあります。それは、神々という存在は、信者に加護を与えることで、自分の力をます性質があるのです。その仕組みは複雑怪奇なので、説明は省きます」
と彼女たちには言っておくけど、自由神の手紙の文章からだと、その仕組みが理解できないだけなんだよね。
視線を該当箇所に向けると――
『えっとー、信者に加護を与えるとね、その人から毎日献身ポイントをもらえるの。そのポイントを使って、神々はいろいろなことをするんだよ~★』
――うん、何が言いたいのか、改めて見ても全くわからない。
なので、仕組みは飛ばして、どういう感じかを、たとえ話で表現していこうと思う。
「そんな背景があるので、大戦前の神々は常に信者を欲していました。例えるなら、『加護』という商品を手売りする、露天商のようなものと考えてください。こっちの加護はこんなにいいものですよ。あっちの加護はこんな特典がありますよ。って呼び込みをして、信者というお客を得ようと頑張っていたわけです」
この説明に、真面目で敬虔な性格のバークリステから、待ったがかかった。
「あのー、トランジェさま。その説明ですと、神々の威厳というものが感じられないのですが……」
「このあとに続く説明を分かりやすくするための例えなので、そういうものだと納得してください」
少し強引に言い切ると、バークリステは渋々と納得してくれた。
では、説明に戻ろう。
「そんな日々熱心に働く露天商たちは、世の倫理を尊ぶ良い加護を売る側と、個人の利益を追い求める悪い加護を売る側に分かれます。ああ、どちらでもない中立の加護を売る露天商もいましたよ、もちろん」
俺の身も蓋もないたとえ話に、バークリステが少しは神に威厳を戻そうと注釈をいれてくる。
「その露天商はそれぞれ、善神、悪神、中立神、のことですね」
「はい、正解です。さて、そんな良い加護を売る側と、悪い加護を売る側が、ちょっとしたきっかけで喧嘩を始めてしまいます。最初は小競り合いだったのですが、お互いに引っ込みがつかず、お客や中立な店も巻き込んでの、大喧嘩を始めてしまいます」
「それが、神々の大戦なのですね。そして、戦いの結果、良い神が勝ったと」
「その通りです。けれど、盛大な喧嘩をしたせいで、良い加護を売る店の数も激変。店の主は青色吐息。客も避難や死によって、店に近づこうとしなくなりました。このままでは、商品が売れずに餓死するしかありません」
「力を失った神を人々が信じなくなった、そんな冬の時代があったとは、知りませんでした……」
「それでも、生き残った悪の神と中立の神は、どうにか商品を売ろうと個々人で頑張ります。けれど善の神は、喧嘩に勝ったときと同じく、この逆境もまた団結で乗り越えようと画策したのです。新たな大きな店を共同で立ち上げ、新しい店名をつけ、新たな加護を売ろうと決意したのです」
「まさかそれが――」
「はい、この店の名こそが、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスなのです。なので、私の元の世界にも、この世界にも、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスという名前の神――つまり店主はいないのですね」
俺の説明に、全員が「おー」っと納得する声を上げる。
けど、バークリステは質問があるように手を上げた。
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスという店を、共同で出したことは分かりました。ですが、加護を売った売上金はどうなるのですか?」
「手紙によると、店を立ち上げた仲間たちで、均等に分配しているそうです。なので、大戦でボロボロになった体を、ちまちまとしか治せず。自分の店の復活ができないでいるそうですね」
この説明に付随するのが、三つ目の秘密だ。
「共同経営の店ではちまちまとしか回復できないので、このままでは売り上げが悪い個人経営の店主の方が、先に回復し終わってしまう可能性もあります。そして回復した悪側の店主が攻め入ってくれば、回復しきれていない聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスを経営する人たちは、大戦の恨みだと殺されてしまうかもしれません。
なので彼らは思い立ちました。他の店を、うちの店の客に襲わせて、全部潰してしまおうと」
そう、聖教本にある『邪神教の弾圧』は、生き残った善の神々が企て、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの信者となった人たちに行わせた、蛮行だったのだ。
その事実に、全員があんぐりと口を開け、スカリシアとピンスレットが同時に眉をしかめた。
「娼館で世話になっていた際、その手の企みをする店は多くありましたけど。どれも、まともな方々ではありませんでした」
「そうです。そんな方法、あくど過ぎます。善の神だなんて、とても思えません!」
スカリシアは物悲しそうに、ピンスレットは憤った様子で、蛮行を詰った。
俺も、二人の意見には賛成の立場だ。
「そうですね。きっと善の神は、他の神が個人で頑張る中で共同経営という裏技を使ったときに、善の神としての資格を失ってしまったのでしょうね。さて、この蛮行のお陰で、敵対する店は完全になくなり、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスという店のみが残った。それが、この世界の真実の歴史なのです」
そう締めくくると、アフルンが呆れた様子で口を開く。
「そんな店しか残ってないなんて、この世界の人たちは、とっても不幸だってことねぇ」
「他に店がないと、比べようがないので、不幸だと気づかずに不幸なままなのですよね」
俺が追従して言うと、俺とアフルンはそろってため息を吐いた。
さて、喋り始めたときがすでに夜だったので、もうだいぶ深夜に近づいてしまっている。
「話が長くなりましたね。今日はここまでにしましょう。世界の秘密を知って、今後どうするかは、明日以降に喋り合いましょう」
俺が提案すると、エヴァレットたちは考え込む様子で、テントから出て行った。
五人を見送った後、俺は彼女たちに伝えてなかった、四つ目の秘密について書かれてある手紙の箇所を、読み返すことにしたのだった。




