百三十二話 悩みを多く抱える時期にさしかかりました
マニワエドとは、彼が信じる戦いの神が復活した後で会うことを約束した。
その後で、マニワエドは遠征軍を率いて、前線陣地から去って行った。
行軍演習名目で、業喰ゴブリンの集落を通って、聖都ジャイティスに戻るルートだ。
もちろん、兵士たちにはその本当の目的を伝えてあるようだったので、集落を襲う際に混乱はないだろう。
明智光秀の本能寺の変の逸話ように、兵士に伝えないまま「我が敵はその集落にあり!」と、業喰ゴブリンを倒す道もあったのに、律儀なものだ。
さてさて、一方で俺は何をしているのか。
まず、トゥギャをはじめとする自由神を祭るゴブリンを統率して、前線陣地跡地を住みやすいように区分けした。
同時に、業喰ゴブリンによって滅んだ村にいる信者の子たちに、もうしばらく待機するように使いを出した。何かしらの異常事態があれば、その村を捨てて逃げるようにと別添えしてだ。
そして俺自身はエヴァレットやバークリステたちと森の中に入って、新たな信者の獲得にいそしんだ。
トゥギャの言葉から、虫でも信者にできると知って、なら他の生命のあるものでも信者にできるのじゃないかと、試して回っていたわけだ。
その結果、鳥や獣、草花に至るまで、信者化の魔法が通じることが分かった。
もうここまでくると、なんでも自由神の信者にしてやろうと、目につく端から魔法をかけまくった。
その中で分かったことは、虫は一匹ずつカウントされるのに対して、草花の中には数本で一つしかカウントしか進まないことがあることだ。
この違いがなんなのか考えていたのだけど、答えはエヴァレットからもたらされた。
「この数本でまとまって咲いている花は、地下で根がつながっている種類です。いうなれば、これらの花は一つの生き物なのです」
「なるほど。つまり、同じ種から生まれた植物は、外見でいくつにみえようと、一つの生命体として数えるというわけですか……」
となると、竹なんて全て地下茎でつながっているんだから、一本信者化すると終了になってしまうわけか。
もしかして、刺し木とか接ぎ木とかで増えるという種類の桜も、何本も独立して見えても、一つの生命体と捉えられるのかもしれないな。
ま、この世界に来て、竹も桜も見たことがないから、要らない心配だな。
植物の信者化した際の謎も解けた。
これで心置きなく、俺はステータス画面にあるクエストの進行状況を見ながら、植物だの虫だのを信者化していけるな。
虫や草花を信者化していけるな、なんて軽く考えていた前の俺を縊り殺してやりたい。
なにせ、信徒の数を一万増やすことが、達成条件だ。
事前にちょくちょく増やしていたこともあって、虫の信者化を知ったときには、残り九千ぐらいだった。
そう、九千もの虫や草花を、俺は魔法で信者化しなければならなかったのだ。
どれだけ草花や虫が森の中に溢れていようと、一人で延々と信者化の魔法をかけ続けるのは、精神的に来るものがある。
魔法発動のショートカット機能を使って、キーワードで信者化の魔法を発動させることにしてはいる。
けど、延々とちまちま魔法をかけ続けると、飽きてきてしまうんだ!
というか、草や虫にかけると、反応が返ってこないので、徒労感が半端ない。
いや、俺が疲れるだけならまだよかった。
予想外なことに、群れを作る虫を信者化すると、『懐かれて』しまうらしいのだ。
ついて回られても困るので、自由に暮らせと告げた。
けど、そのせいで前線陣地跡地に作っている、トゥギャたちの集落の周りには、蟻塚やらミツバチの巣やらが乱立することになった。
俺は頭を抱えたくなったが、トゥギャたちゴブリンはのほほんとしたものだ。
「蟻は食べかすを巣に持ち帰ってくれるので、集落が綺麗になります。ミツバチに話せば、ハチミツを分けてくれます。いいことばかりです」
などと言っているが、これが異常事態だと気づいていない。
なぜ蟻やミツバチが、俺たちのためになる行動をとっているのか、分かっていない。
信者化した虫たちが、明らかに頭がよくなっていることに、危機感を抱いていないんだよな。
今はいいけど、もし何年か世代を重ねたとき、蟻人や蜜蜂人が誕生してしまう危険性があるわけだ。
木や草だって、知能から新たな生命体に進化するかもしれない。
そんな危険があると知らずに、信者数を増やすために、俺は森の中にいる生命体に魔法をかけまくってしまった。
危険性を知った後で俺が管理するには、信者数のカウントは進み過ぎていた。
というわけで、もう手遅れなんだと自覚した。
毒を食らわば皿までな精神で、俺は信者数を増やすことだけを考え、開き直って日々精神的に疲れるまで、信者化の魔法を虫や草花にかけていくことにした。
そして二十日ほど経った頃、ようやく信者数のカウントが、一万を突破した。
俺はテントに作った寝床の中で、ステータス画面を確認し、力なくガッツポーズをする。
「長かったー……」
この世界に来てからという意味ではなく、虫や木、そして草花に魔法をかけ続けたことに対する愚痴だ。
なにはともあれ、枢騎士卿への試練をクリアする条件は整った。
あとは、信徒の数を一万増やすの項目にある、『達成』をタップすれば、クエストクリアになる。
さっさと済ませようと、画面に指を伸ばす。
あと少しで触れられるというところで、俺は手を止めた。
待てよ。
この試練をクリアしたら、俺はどうなるんだ?
俺というよりも、トランジェは、かな。
枢騎士卿という職にランクアップするので、新しい魔法を使えるようにはなるんだろう。
けど、このクエストを受領したことで、この世界にやってきたんだ。
達成を押してクエストをクリアすれば、またなにか起こるかもしれない。
押すにせよ、押さないにせよ、寝転がった状態で決めていいようなものじゃないよな。
俺は体を起こすと、腕組みして、どうするべきか考えようとする。
そのとき、テントの中に、エヴァレット、スカリシア、バークリステ、ピンスレットが入ってきた。
「どうしたんですか、珍しい組み合わせですけど?」
思わず尋ねると、エヴァレットとスカリシアが、一歩前に出た。
「ここ最近、トランジェさまは何かにとりつかれたように、根を詰めていたので心配になりました」
「その通りです。こう見えても、私はかなりの年長者です。悩んでいることがあるのなら、お力になれると自負しております」
二人が訪れた理由をしゃべった後、バークリステとピンスレットが続く。
「信者となったミツバチからのハチミツで作った、蜂蜜酒です。まだ発酵が弱く、酒精はあまりありませんが、一杯どうですか?」
「悩むと頭を使います。頭を使うとお腹が減ります。ということで、ご主人さまに、お料理をお持ちしました!」
エヴァレットとスカリシアとは逆に、悩みを聞き出そうとするのではなく、他のことで紛らわせに来てくれたようだ。
四人の心使いに感謝していると、テントの中にアフルンの顔が入ってきた。
そして、エヴァレットたちの姿を見て、出し抜かれたって感じの顔になった。
「もう。トランジェさんが悩み疲れているようだって聞いたから、安眠できるように抱き枕になりにきたのにぃ」
テント内に入ってくると、アフルンから安らぎを感じるいい匂いがしてきた。
たしかに、この匂いを嗅ぎながら横になったら、ぐっすりと熟睡できそうだった。
五者五様の気持ちに、俺は知らずに入っていた肩肘の力を抜いた。
そして、彼女たちに相談することにした。
「私の悩みについて、聞いてくれますか?」
そう前ふりして、五人が頷いたのを見てから、俺が別世界からこの世界にきたことを話していった。
もっとも、この世界にはゲームという概念がない。
なので、仮想現実が本当の現実だという体で、喋っているけどね。
「――ということで、私はこの聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスしか神が残っていない世界の、ある意味で異物なのです。そして、条件が達成された後、私がどうなってしまうのか、私自身もわかっていないのです」
語り終わると、前にいる五人は黙り込んでしまった。
ま、荒唐無稽な話を聞かされても、困るだけだよなと、苦笑いしてしまう。
けどそれは、俺の勘違いだったようだ。
エヴァレットが、俺の顔をまっすぐ見つめる。
「この場面こそ、トランジェさまが常々語ってくださった信念を、実行するべき時なのではありませんか?」
「信念?」
そんなものあったかなと首を傾げると、バークリステとスカリシアが発言を継いだ。
「自分の心に従うことが、自由神の教えであるのですよね」
「トランジェさまのお心は、どう判断しているのでしょう?」
「私の、本心……」
俺は、どの選択を欲しているのだろうか。
目をつぶり、じっと内面に集中する。
クエストを達成したい、エヴァレットたちと一緒にいたい、この世界でまだ旅をしたい。
色々な思いが浮かんでは消える中、どんどんと内面に踏み込んでいく。
やがて、いまの自分ではこれ以上深く入れない部分まで進み、そこにある欲求を自覚した。
俺は目を開け、その求めることを口にだす。
「私は、私がこの世界にやってきた理由を知りたいです。なので、枢騎士卿になろうと思います」
俺の言葉を聞き、右手をピンスレットが、左手をアフルンが握ってきた。
「なにがあろうと、トランジェさまがどんな姿になろうと、貴方がご主人さまであることは、永遠に変わりません」
「トランジェさんの悩み顔って、見てられないのよ。いつもみたいに、変な笑い方しててなさいよねぇ」
両極端な励ましの言葉に、苦笑しかけて、うさんくさい笑みに表情を変えた。
「そうですね。ではこの顔で、枢騎士卿になるとします」
そっと二人の手を外し、俺はステータス画面を前に移動させる。
そして、五人が見ている前で、クエストの達成をタップした。




