百三十話 村を占拠したゴブリンはこうなりました
村から逃げ出した業喰ゴブリンの後を追い、俺と仲間たちは草むらの中を進む。
俺たちの背丈を超えるような草が生えているが、こちらにはスカリシアがいるため、業喰ゴブリンたちの位置を『聞き』逃すことはない。
そうやってしばらく追っていると、スカリシアがこちらに警戒を求める身振りをする。
「追ってくる者がいると知って、反転してくるようです」
「分かりました。各自警戒、二人一組で背中合わせで、同士討ちを避けるていどに距離を開けてください。草で視界が悪いので、耳を澄ましながら、獲物がやってくるのを待ってください」
俺の指示に従って行動し、全員が周辺に注意を配る。
このあたりの団体行動は、各地を旅して野良の魔物と戦って磨いてきたから、遠征軍の兵士よりも素早く見えるな。
皆の動作に満足していると、スカリシアが接近を知らせ、五から指折りして距離が近づいていることを教えてくれる。
彼女が指を全て折り、刺突剣にその手を戻してから、ちょうど五秒後。
近くの草が揺れ、業喰ゴブリンが大口を開けながら飛び出してきた。
「ギッグアアアアアア!」
「はぁ!」
その姿を視認した直後、スカリシアは待ち構えていたように、刺突剣を繰り出す。
剣の刃は出てきたゴブリンの口内に入り、頭蓋の後ろを貫き通った。
スカリシアが突き刺さった刺突剣を抜く前に、次々と業喰ゴブリンが草むらから飛び出てくる。
「ギッケアアアアアア!」
「ギィギギィイイイイ!」
視界の悪い草むらの中で波状攻撃を仕掛けられれば、普通なら襲われる方は浮き足立ってしまうだろう。
けど、こちらは事前に到来を知っていたし、仲間同士でカバーし合っているので、そんなことにはなっていない。
「来たな! おおおらあああああ!」
「ふううんぬううううううううう!」
マッビシューとマゥタクワが、大斧と大剣で近くで揺れた草むらごと、ゴブリンを切り捨てた。
他の子たちは、その二人ほど派手ではないが、武器で魔法で着実に攻撃していく。
「なっはっはっ。遅い、遅いね」
「自由の神さま。襲ってくる敵に、痛い打撃を与えてください!」
草むらの中で、武器が合わさる音や、魔法が輝く光が発生する。
そのたびに、ゴブリンの絶命を知らせる悲鳴が上がる。
すると、ゴブリンたちから、責任のなすりつけ合いのような声が聞こえ始めた。
「アタクタ、ディロク! ミパシ、ミパシ!」
「サズレカ、ナイエ! アウタゥ、アウタゥ!」
言っている内容は分からないけど、不意打ちを仕掛けようとしたところに反撃を受けて、混乱しているようだ。
ならと、俺は仲間たちに指示を出す。
「警戒しつつ、各自で付近のゴブリンを叩いてください。くれぐれも同士討ちには注意して!」
「「「分かりました!」」」
元気のいい返事のすぐ後で、ゴブリンたちの絶叫が増えた。
皆が頑張っている様子なので、俺も背後にいるスカリシアと共に、近くのゴブリンを倒しにいく。
不意打ちに失敗して焦っているからか、不必要に草むらを揺らしているので、位置が分かりやすい。
「よっと!」
「はぁ!」
俺は杖の隠し刃で、スカリシアは刺突剣で、一匹ずつ仕留めた。
死んだゴブリンから吹き上がる血が、草をまだらに赤く染める。
こちらが終始優位に状況を運んでいると、村で効いた雄たけびと同じ声が響いてきた。
「ギャウザウ! ブッン、メカイ!」
声がした途端に、生き残りのゴブリンたちが引き上げ始める。
また逃げる気なのかと、俺は仲間に追う指示を与えようとした。
それより先に、スカリシアが聞こえたことを報告してくれた。
「仲間の死体を、引きずって持って行っているようですね。何かしらの意味があるのでしょうか?」
「死体をですか……」
戦力にならない死体を、逃げ足が鈍ることを承知で持っていくからには、それなりの理由がある。
相手が業喰ゴブリンなので、使用法は自ずと一つに絞られた。
「きっと、仲間の死体を食べて、業喰の神の加護で身体能力を上げる気なんでしょうね」
「……死んだとはいえ、味方の肉を食べるだなんて、怖気が走ります」
「業喰のゴブリンたちにしてみたら、死んだ仲間は他の食糧と大差ないのでしょうね。理解しがたい価値観ですけどね」
けど、さっき戦ったときより、業喰ゴブリンはパワーアップして戻ってくるのは間違いない。
ならと、周辺に敵がいなくなった今のうちに、俺は仲間たちの衣服と武器に補助魔法を乗せることにした。
「自由を愛する我が神よ。戦いに臨む私と仲間たちの装備に、類いなき切れ味と、無理を押し通るに必要な身硬さ。そして、前に進むための腕力と速度をお与えください」
呪文を唱え終わると、広域化した最上級攻撃用補助魔法が発動。
俺を中心に、仲間たちがいる範囲まで、巨大な光の円が足元に現れた。
その円から、色とりどりの光の粒子が飛び出し、俺と仲間たちの武器や衣服に染み入っていく。
光が消えると、俺が手に持つ杖が、空のペットボトルように軽くなっているように感じられる。
それは仲間たちも同じようで、戸惑うような声が、草むらの中から聞こえてきた。
「うおっ、なんだ、武器だけじゃなくて体が軽いぞ!?」
「ねえねえ、ちょっと服を軽く叩いてみなよ」
「えいっ。って、硬い! なにこれ、鎧以上に硬いよ!?」
そうだろうそうだろう。
なにせ、司教と戦司教の職にあるものだけが使える、攻撃力と防御力を上げることに特化した補助魔法だからな。
このどんな補助呪文でもかなりの広域化が可能なのは、戦神官職のみにある強みだ。
もっとも、神官職の場合は回復魔法の広域化に優れている。
だからこそ戦司教である俺は、最上級回復魔法が単体限定なわけなんだけどね。
さらに言ってしまうと、フロイドワールド・オンラインでは魔法の連発が可能なため、補助魔法をかけるよりも、的確に味方全体を回復できた方が重宝される。
なので、戦神官よりも神官の方が、需要が高いんだよなぁ。
とはいえ、戦神官は神官よりも回復待機時間が長い特徴があるため、回復担当神官の回復管理を混乱させるのには重宝するんだけどね。
そんな回想をしているうちに、業喰ゴブリンたちの飲食による強化が終わったようだ。
草むらを派手にかき分けながら、こっちに向かってくる音がしているしね。
「みんな、ゴブリンがきますよ!」
「「「分かってまーす」」」
補助魔法で身体能力が増して余裕がでたのか、仲間たちの返事が軽い。
慢心していないか心配だな――なんて心遣いは、余計なお世話だったようだ。
「うひょおおおお! らっくらくだぜ!」
マッビシューが振るった大斧が、ゴブリンを真ん中から二つに分ける。
彼と背中合わせに立つマゥタクワも、大剣を風船の剣のように軽々と振り回す。
それでいて、剣の切れ味は前よりも上がっているので、刃に触れた草むらが、ひとりでに散るかのように斬り裂かれていく。
「草を切り落としてしまおう」
マゥタクワは呟くと、視界を開けるために、周囲の草むらを大剣で拓き始める。
草むらに隠れて隙を窺っていたゴブリンが、運悪く剣の刃に巻き込まれて、切り口鮮やかに首と頭が分かれた。
他の子も、この二人と似たような状況だ。
短剣を振るえば、皮膚、筋肉、骨も関係なく斬り裂いている。杖でゴブリンの頭を打てば、棒で豆腐を力いっぱい叩いたときのように爆散する。
食べ物を得て加護を強めたゴブリンたちも、負けじと武器で歯で爪で反撃してくる。
けど、どの攻撃も、こちら側の防具を突破することはできない。
これは補助魔法で強化しし過ぎたかなと思いながら、俺は杖の先でゴブリンの腹を突いた。
空の段ボール箱に棒を突き刺したときみたいに、少し硬い手ごたえの後に、ずぼっと奥まで入る感触がした。
確認するまでもなく、ゴブリンの腹の中に、杖の先が埋没している。
俺は杖に刺さったゴブリンを蹴り剥がしつつ、そっとため息をつく。
うん、ゲームのときよりも、強化具合が上がっているや。
こんなに強化されるなら、もう一段低いものでも、十分に役割が果たせる。
あっさりと敵を倒せるものだから、仲間全員が調子に乗っているようだし。
これからは、よっぽどのことがない限りは、最上級の補助魔法は使わないようにしようっと。
そんなどうでもいいことを考えていると、いつの間にかゴブリンたちの襲撃は止んでいた。
「スカリシア。生き残りはいませんか?」
「はい。えーっと――いますね。一匹が、この場所から逃げようとしています」
一匹だけという部分に首を傾げかけ、そういえば業喰ゴブリンの親玉は見てなかったなと思いだした。
誰かに追わせてもいいのだけど、親玉だけあって隠し玉を持っている可能性もある。
補助魔法の強化で浮かれている子たちに任せるには、ちょっと危ないかもしれない。
なので俺が行くことにして、追撃の補助としてスカリシアを連れて行こう。
残りの子たちは――
「――マッビシュー。貴方が統率して、草むらにいるゴブリンたちを一ヶ所に纏めておいてください。終わればその場に待機です」
「ええー……。ちぇっ、分かったよ。おら、みんな、やるぞー」
強化した体で暴れたりないのが見え見えな態度で、マッビシューが指示を出していく。
他のみんなも動き出すのを見てから、俺はスカリシアと共に、業喰ゴブリンの親玉を追いかける。
強化したのは移動速度もなので、あっさりと親玉に追いついた。
それどころか、うっかり追い抜きかけてしまう。
「よっと!」
制動がてら、杖の隠し刃を抜いて、親玉ゴブリンの片足を切り落とした。
「ギャアアアア、グベェ――」
足を切り離された痛みに叫びながら、走る勢いを止められずに、そのゴブリンは頭から地面に突っ込んだ。
そして、足と顔を片手ずつ押さえて、とても痛そうにする。
親玉だから、少し注意して様子を観察する。
けど、隠し武器を持っているようでも、こちらを欺く演技をしているようでもない。
どうやら、とんだ警戒のし損だったようだ。
隠し刃を振り上げて止めを刺そうとすると、親玉ゴブリンはこちらの押しとどめるように、手のひらを向けてきた。
「ギギィ! マッテ、マッテクレ! オレ、オマエ、マエニ、アッタ!」
知り合いだと主張するが、生憎と俺は、久しぶりに会ったゴブリンの顔を区別できるほど、人相判別に長けていない。
「そうですか、では――」
「オレ、ダーギャノ、トモ。オマエ二、カミサマ、オシエテモラッタ!」
ダーギャという懐かしい名前に、振り下ろす手を一時止める。
「おや、ダーギャのお供だったのだったゴブリンですか。それはそれは、お久しぶりですね」
「ヒ、ヒサシブリ」
「ダーギャは元気ですか? 会いに行ってみたいので、どこにいるか教えてくれませんか?」
「ダーギャ。ニンゲンノ、アツマリカラ、ミッカ、モリ、イッタトコロ、イル」
「そうなんですか。その場所の目印とか、ありませんか?」
「ウー、ウー。オオキイ、キ、アル。ニホン、ネジレテ、アワサッタ、ヘンナキ! ソノチカク、チイサイ、カワ、アル!」
こちらが攻撃する気がないと誤解しているのか、親玉ゴブリンはペラペラとよくしゃべってくれる。
そうかそうかと頷いて、これ以上の情報はいらないと判断して、俺はその首を刎ねてやった。
ぽかんとした顔のまま、親玉ゴブリンの頭は地面を転がる。
「さて、業喰の神を崇めるゴブリンの集落のありかなんて、マニワエドへの、いいお土産ができましたね」
喋りながら刃の血を振るって杖に収めると、スカリシアが熱っぽい目をこちらに向けていることに気が付いた。
「どうかしましたか?」
「はっ!? い、いえ、その。トランジェさまの容赦のなさを見て、こう背筋にゾクゾクとしたものが……」
気恥ずかしそうにいうスカリシアを見て、ピンッときた。
その予感を確かにするため、俺は彼女の顎を掴んで、無理矢理目と目を合わせさせる。
するとスカリシアは、怖がりながらも、何かを期待する瞳をしていた。
どうやら、スカリシアには被虐の気があるようだ。
それならって、ここまで聴力を生かして頑張ってくれたお礼として、ちょっとしたサービスをしてあげよう。
俺は唇を奪い取るような乱暴なキスをして、舌もスカリシアの口内を凌辱するかのように激しく動かす。
「ん゛~~! ん゛、んぅ、んんぅぅ~~~……」
最初は驚き暴れたけど、次第に体の力を抜いて、俺にされるがままにされる。
しかしそれが気持ちいいかのように、スカリシアの白い肌が上気して、目がとろんとしたものに変わっていく。
散々に口を嬲った後で、俺は口を放し、膝頭でスカリシアの股間を強く押し上げた。
「はぁ~~~んぅ!」
スカリシアは、電撃を食らったかのように背を仰け反らせる。
そして何かを期待する目で見てくる。
俺は応えるように、そっと彼女の耳元に口をよせ、囁く。
「望み通り、後で乱暴に抱いてやる」
普段とは違う乱暴な口調の後で、スカリシアの薄い胸元を、力強く握る。
あ、補助魔法の効果時間が過ぎているやって、そのほんのりと柔らかな感触で自覚した。
そんな間の抜けた感想を抱いた俺とは違い、スカリシアは嬉しそうな顔で、こっちにしなだれかかってきた。
「はあぁぁ~ん♪ トランジェさま、トランジェさまぁ~♪」
何かのスイッチが入ってしまったようで、瞳の中にハートマークが見えそうな感じで、スカリシアが縋り付いてきた。
ゴブリンの死体の横でハッスルする気はないので、ぐいっと彼女の体を引きはがす。
「待て、お預け! 後でって言いましたよね」
「そんなぁ~。でも、待ちます。待ちますから~」
後で滅茶苦茶にしてほしいと情熱的に訴えかけられて、俺は悪ノリが過ぎたなと、少し前の自分の行動を反省したのだった。
もちろん、ちゃんと行動の責任はとるつもりけどね。
明日は更新をお休みする予定でいます。




