百二十九話 ゴブリンとゴブリンが戦っていますね
トゥギャ率いる自由神を信じるゴブリンたちと、俺が率いるスカリシアと子供たちは少し離れながら、業喰ゴブリンに占拠された村の外周まで近寄っていた。
ここでひとまず進行を止め、村の中の様子を、スカリシアに聞いてもらった。
「本格的に食料がなくなったようで、家探ししている音が聞こえてきます」
「それなら、作戦通りで大丈夫そうですね」
俺はスカリシアを褒めるため、その長い耳を指で撫でてあげた。
口を噤んだまま、くすぐったそうに腰を揺らす姿がなまめかしい。
煽情的なスカリシアから目を外し、トゥギャたちがいる方向へ手を伸ばして合図を出した。
するとすぐに、トゥギャたちは大声を上げ、手にした道具を振り上げながら、村の中に突撃する。
「ギィギキイイイイイイイイイイ!」
「「「ギィイイイイイイイ!!」」」
道具を打ち鳴らしたりして大騒ぎをしながら、一番近い家屋の扉を蹴破って、大勢がなだれ込んだ。
その後、ドタバタと中で音がしたと思ったら、家の外に血だらけのゴブリンが一匹、投げ出された。
身に着けているものの違いから、トゥギャ側のゴブリンたちにやられた、業喰ゴブリンだと分かる。
その死体を外に放置したまま、家の中に入りきれなかった味方のゴブリンと共に、トゥギャはまた別の家へと向かう。
そこでも同じように、業喰ゴブリンを倒して、またあまりの味方を引き連れて別の家屋へ向かうことを繰り返す。
そうやってトゥギャたちが四軒目に入ったところで、業喰ゴブリンたちは襲撃に気がついたようだ。
「ルサゥイ、ゴブリン、ノカゥ、ホテェシン!!」
「ツキサ、ゴブリン、ノカゥ!!」
村の各所が騒がしくなり、どたどたと走り回る音が響いてきた。
その音を聞いて、トゥギャたちは慌てて五軒目に突入し、家屋を占拠。
こうして、五軒に分かれて、トゥギャたち自由神側のゴブリンたちは、家の中に籠もり終えた。
この状況を見てわかるだろうが、俺が授けた作戦というのは、家屋を使った籠城戦だ。
家というのは入る場所が限られている上、扉や窓から入るときは、必ず一匹か二匹ずつでしか通れない。
その仕組みを利用し、侵入口を守り固めるように人員を展開して、入ってきた数匹を人数の差で素早く押し切る戦い方をする。
これがうまく機能すれば、トゥギャたち側の被害が少なくなるって寸法だ。
この戦い方は、フロイドワールド・オンラインで多数の魔物に占拠された町を開放するときに、プレイヤーがよく使った手で、実績もかなりある作戦だ。
ただ懸念がある。
それは、ゲームの時とは違い、家屋が破壊不能な設定じゃないこと。
業喰ゴブリンたちが、家の壁を破壊して侵入してくれば、それだけ対処が困難になってしまう。
そうなったらなったで、俺たちが助けに入ればいいだけなので、あまり心配はしていないけどね。
さてさて、業喰ゴブリンたちが、家の外に放り出された、味方の死体に気が付いたようだ。
「ツキサ、サヤカ、トノゾ!」
「サヤカ、ノカゥ、ゴブリン!」
集まった業喰ゴブリンたちは、籠城しているトゥギャたちがいる五軒それぞれに、人数を分けて攻め入っていく。
ほどなくして、戦闘が開始された。
「ツキサ、ゴブリン、ノカゥ!」
「ネディ! ネディ、ゴブリン!」
「タロウド、コゥチェス!」
「オイチャァ! オイチャァ、ナサド!」
どっちがどっちのゴブリンのものか分からない、叫び声と悲鳴が上がる。
ここからだと、どっちが優勢かは、トゥギャ側が家内に籠城しているので、よくわからない。
けど、業喰ゴブリンが悪手を打っていることだけは分かっている。
もしも、業喰ゴブリンが一軒ずつ全員で突撃していったら、トゥギャ側はとても持ちこたえられなかっただろう。
なにせ、普通の家屋に大した強度はないし、その中に入っているのは、二十匹に満たない数の、戦いが得意でないゴブリンたちだ。
たぶん、三倍近い人数差があったら、食い物で能力が上がっている業喰ゴブリンが、勝ってしまっただろう。
だけど実際は、五軒の家へ分かれて、攻めてくれている。
これで、人数差による敗北はなくなったも同然になった。
まあ、業喰ゴブリンたちの知能が低いことを見越して、彼らの仲間の死体を家の前に放置すれば、一軒ずつ襲撃なんて頭のいい方法は取らないだろうなって思ってたけどね。
さてさて、籠城が上手くいっているのなら、ここでトゥギャの魔法が出番を迎えるわけだけど……。
やきもきしながら待っていると、スカリシアが教えてくれた。
「どうやら、出てくるようですよ」
「そうですか。よかったよかった」
胸をなでおろしながら、トゥギャが入った家屋へ目を向ける。
すると、家の扉から、体の半分以上が腐ったゴブリンが一匹出てきた。
「オ゛オアアアア~~」
そのゴブリンは、攻め入ろうとする業喰ゴブリンの一匹に掴みかかると、大口を開けて首に噛みついた。
「ギィギエエエ! ヘケプ! ヘケプー!!」
「ウェツ! ナイ、ヘケプ!」
業喰ゴブリンたちは総出で、手にした武器や手足で攻撃し、腐ったゴブリン――トゥギャが召喚した第二階位ゾンビの一種こと、ゴブリンゾンビを倒そうとする。
しかし、ゾンビというのは、総じて体力が多めでしぶとい。
ゴブリンゾンビは掴みかかったゴブリンの喉笛を噛み切ると、ボロボロになった手足を伸ばして、新たな獲物を求めて動き始める。
「ツキサ、ゴブリン、オヘド!」
「ムイン、ツキサ! ストル、ムゥグ!」
業喰ゴブリンたちは、叫びながら攻撃を続行し、新たに二人の犠牲者を出しながら、ゴブリンゾンビを倒した。
やっと倒しきれたことに、業喰ゴブリンたちは、ほっとしたようだ。
けど、一匹だけで終わりなわけがないんだよなぁ。
また新たなゴブリンゾンビが、トゥギャが入っている家から、外へと出てきた。
その姿を目にして、業喰ゴブリンたちは浮き足立った。
「ゴブリン、オヘド!!」
「ツキサ、エニケル!?」
「ツキサ、ツキサー!!」
業喰ゴブリンたちは、半狂乱になりながら、ゴブリンゾンビを倒しに向かう。
しかし、犠牲を払って倒しても、次から次へと、家からゴブリンゾンビは出てくる。
なにせ、トゥギャが倒される端から召喚しているのだから、尽きるはずがない。
じわりじわりと数を減らされていき、トゥギャがこもる家を襲う業喰ゴブリンは、あと数匹まで減ってしまった。
すると、ほかの家を襲っていた業喰ゴブリンの中で攻撃に参加できてない個体が、トゥギャたちのいる家へと移動し始める。
たぶんだけど、トゥギャたちの家の周りは、ゴブリンゾンビと業喰ゴブリンの死体だらけなので、あそこでは戦いが終わったのだと誤解したのだろう。
もしかしたら、転がっている死体を食べようと思っている可能性もある。
けど、近づいた業喰ゴブリンたちは、トゥギャたちがまだ健在だと見て知ると、武器を振り上げて家の中へ突撃しようとする。
そこに、ゴブリンゾンビが割って入り、戦いが始まった。
また双方とも倒し倒されしていき、けど実質的な被害は業喰ゴブリンだけが負っていく。
トゥギャの神通力が尽きるまで、あそこは大丈夫そうだ。
なので、他の籠城中の家を見ていく。
どれもこれも奮戦中なようだけど、総じて自由神ゴブリンの方が、優勢なようだ。
よく観察すると、倒された業喰ゴブリンの死体が邪魔になり、後続が満足に攻め入れないようだ。
中には、攻め入る邪魔になるからと、家の中からわざわざ死体を引っ張りだしてくれる個体もいる。
これはもう、トゥギャ側の圧勝で決まりだなと思っていると、どこからか遠吠えと大声がやってきた。
「ギィエアアアアアア! ミエント、ゴブリン! リィル、ヴィルラ!」
ゴブリンのものらしき声に、業喰ゴブリンたちが反応し、一斉に家を攻めることを止めて、村の中心に引き上げ始めた。
どういうことか分からず首を傾げる。
そんな中、同じゴブリンであるトゥギャたちは、先ほどの叫び声の意味が分かったらしく、追撃する素振りをする。
しかし、家の外に出ることを躊躇う。
業喰ゴブリンを追いかけ続けているのは、召喚されたゴブリンゾンビだけだ。
あれは、俺が業喰ゴブリンたちが『釣り野伏せり』を使うかもしれないなと、その戦法も合わせてトゥギャたちに教えていたからだろう。
それを警戒して、追撃しようとするのを止めたに違いない。
なので追撃を止めたことは仕方がないこととして、俺は隠れていた場所から姿を現し、家の前に所在なさそうに立っているトゥギャに、報告しろと身振りする。
けど、結構距離があったので、近くで籠城に使っている家のゴブリンから、次に近い家のゴブリンへとまず伝わった。
そして、また次の家、また次の家と繰り返して、トゥギャに身振りが伝わった。
トゥギャはこちらに顔を向けて、大声で報告する。
「あの、ゴブリンたち! 逃げる! 村、出ていく、言っていました!」
大声のためか、切れ切れな言葉だったけど、状況は分かった。
どうやら、業喰ゴブリンの親玉みたいなのが控えていて、手下たちの戦いぶりを見ていたようだ。
そして、トゥギャたちが手ごわいとみるや、無理に倒さないで、食べ物を食い尽くした村から去る決意をしたらしい。
意外と頭が切れるゴブリンが上にいたらしい。
知能低下が起きる、業喰の神を崇めているくせにも関わらずだ。
俺はざっと今の状況を整理し、トゥギャたちに対応は任せられないと判断した。
なので、隠れて推移を見守っていた、スカリシアやピンスレットたちに顔を向ける。
「業喰ゴブリンは村から出るそうです。私たちで追撃して、滅ぼしますよ」
俺が告げると、スカリシアが手を上げて質問をしてきた。
「業喰ゴブリンを倒すのは、マニワエドさんとトゥギャたちが結んだ約束ですが、よろしいのですか?」
まあ、そう疑問に思うよね。けど――
「――トゥギャたちがマニワエドに言われたのは、村を占拠する悪いゴブリンを倒すこと。けれど、悪いゴブリンたちが村を離れてしまったら、どう他のゴブリンと区別するのでしょう。たまたま私たちが通りがかりに、その悪いゴブリンを知らずに倒したとして、責められるいわれは、ないはずですよね?」
という詭弁で、この状況の説明を、乗り切ろうと思う。
なにせ、トゥギャに教えたのは籠城戦だけで、追撃戦は伝えていない。
この状況で任せれば、業喰ゴブリンより身体能力で劣るので、トゥギャたちは撃滅されてしまうに違いないしね。
俺のそんな考えは筒抜けだったのか、仲間たちはしょうがないなって顔で、追撃戦を了承してくれたのだった。
 




