百二十八話 ゴブリンが占拠した村に移動中ですよ
さて、村の守りに回していた仲間たちが、こちら側に合流した。
その中には、前線陣地から離れることに渋っていた、スカリシアとピンスレットもいるわけで。
「うふふふっ。まさか、このような事態になるだなんて。村の防衛に回されていたことに、感謝しなければなりませんね」
「ご主人さま、ご主人さま。離れていた分、いっぱいご奉仕しますから」
二人は嬉々とした声を出しながら、俺の腕をそれぞれ抱きかかえている。
しかも、この予想外の再開で感情が喜びに降り切れてしまったのか、顔が満面の笑顔になったまま戻っていない。
こんなに慕われる理由は、思い当たらないんだけどなぁ。
そう首を傾げていると、トゥギャから憧れが含まれる視線を向けられた。
「なにか、言いたそうですね?」
「はい。ボクは、ニンゲンの美醜は分かりません。けど、メスに慕われるオスは、いいオスだとはわかります。さすがは、お師さんです」
……ここで褒めてくるとは、予想外だった。
少し困って頭を掻こうとするけど、両腕はスカリシアとピンスレットに押さえられているので、動かせない。
うーん、調子が狂うなとさらに困っていると、後ろから誰かに抱きつかれた。
首だけで振り返ると、アフルンだった。
「どうかしましたか?」
「なんでも、ないわぁー。ただ、こうしていたいだけよぉ」
口ではそっけないことを言いながら、アフルンは自分の甘い体臭を俺に着けるかのように、体を押し付けてくる。
なんでここで、いきなりハーレム展開が入るんだと悩みかけ、ハッとした。
こういう風な状況のとき、侍らせた女性たちの間でけん制が始まることが、異世界転移ラノベの特徴だった!
ここで喧嘩を始めて険悪にでもなられたら、悪いゴブリンとの闘いに影響が出てしまうと、心配になった。
恐る恐る様子みると、意外なことに、三人ともまったく気にしていない様子だった。
表面だけの見せかけかなって、よくよく観察しても、悪い感情は三人から読み取れない。
そのことを不思議に思っていると、スカリシアが微笑みかけてきた。
「なにやら、こちらをじっと見ていましたけれど。どうかなさいましたか?」
「あー、いや……」
懸念を素直に伝えるかどうか悩み、スカリシアだけでなく他の二人も心配そうに見てくる姿に、素直に白状することにした。
「人間的な常識ですと、その、こうして何人もの女性に言い寄られているのは、あまり褒められたことではないので心配になったのですよ」
「そうなのですか?」
「ええ。『私とあの子、どっちが好きなのかはっきりして』なんて、モテる男が言い寄られることが、よくあるはずですよ」
もっとも実体験でそんな場面に会ったことはないため、ドラマとか小説とかのお話の中での話だとだけどね。
俺がそんな懸念を伝えると、スカリシア、ピンスレット、アフルンの順に、彼女たちが意見を言い始める。
「わたくしは元娼婦ですので、自分が好いた惚れたを素直に表すことだけが重要で、他の子の感情に口出すする気はないですわね」
「ピンスレットは、ご主人さまに仕え、ご主人さまが望むことを叶えることが一番です! それ以外のことは、どうでもいいのです!」
「わたしぃは、愛した男に他の女がいたら、ちょっと妬いちゃうわぁ。けど、他の女を裏でいびって手を引かせるなんて、醜悪な真似はしたくないわねぇ。堂々と正面から、奪い奪われしたいわぁ。ああ、勘違いしないでねぇ。トランジェが好き、って言っているわけじゃないんだからぁ」
三者三様の恋愛観を聞かされても、俺は苦笑いしか浮かべられない。
三人の態度とこちらを見る目を観察して、俺以外が彼女たちの恋愛対象がと思えるほど、極端な鈍感じゃない。
それに、スカリシアとは肉体関係があるので、そこに恋愛感情がなかったとしたら、それはそれで落ち込んでしまうしね。
たははっと困り笑いをしていると、悪いゴブリンの村に偵察に出していた、イヴィガとウィッジダが戻ってきた。
二人は俺の様子を見ると、呆れた顔になった後で、見なかったことにして報告を始める。
「村の中にあった食料は、あらかた食い尽くされていたよ」
「あのゴブリンたち、いま、死んだ仲間の肉、食べていた」
「となると、あと一日でも遅ければ、村から去っていたかもしれませんね」
けど、まだいるのならば幸運だ。
狩り尽くすために、探し回る手間が省けた。
イヴィガとウィッジダに詳しい村の様子と、ゴブリンたちの大まかな配置を聞く。
すると、業喰の神を崇めゴブリンだけあって、知能が低くなっているようで、村の周囲に対する警戒は薄いらしい。
「本当に、村の中で食料を食べているだけだったよ。というか、村の中で、食料の奪い合いをしていたよ」
「食べ物で喧嘩して、仲間を殺し、その肉、食ってた。そこのゴブリンと、全然違う」
ウィッジダに指されて、トゥギャは遺憾だとばかりに顔を歪める。
「ボクは、ちゃんと考えて行動する、自由の神を信じるゴブリンだ。考えなしな、業喰の神のゴブリンと、一緒にしないでくれないか」
「むぅ。ごめんなさい」
ウィッジダはシュンとしながら、頭を下げた。
トゥギャは分かればいいと、ウィッジダを許す。
その様子を見ながら、ゴブリンの間でも宗教の違いによって険悪対象が生まれていることが、興味深く思ったのだった。
ゴブリンに占拠された村の近くに到着した。
村の中の様子を、耳の良いスカリシアに聞いてもらう。
「まだ咀嚼音が聞こえています。ですが、固い音――たぶん保存食か骨を食べているようです」
村の中にある食料が尽きてきているようだ。
猶予はあと少ししかないと分かったが、村の中のゴブリンたちと戦う前に確認するべきことがある。
「スカリシア。この付近に、私たち以外の存在がいる音は感じ取れますか?」
「――いえ。この周囲には、我々とあそこのゴブリン以外には、誰もいないようです」
「では、ここまでの道中で、そのような者がいた感じは受けましたか?」
「いえ。聞こえていればお伝えしておりました」
「そうですか……」
「あの、なぜそのようなことが気になるのですか?」
「いえ。遠征軍からの偵察が一人ぐらい、こちらに来ていないかと思いまして」
マニワエドがトゥギャたちの見届け人として、俺を派遣した。
けど、トゥギャと知り合いの俺を、全面的に信用するなんて変な話だ。
なので、こっそりと偵察を俺たちについて回らせて、後でその人から報告を受ける気であると、俺は思っていたわけだ。
なのに、その偵察がいない。
となると、マニワエドが報告を受ける相手は、俺かトゥギャだ。
遠征軍総大将代理である人が、身元不確かな俺たちの言葉を信じるとは、到底思えないんだけどなぁ……。
不可解な思いはありつつも、それならそれで取れる作戦の選択肢が広がるので、悪いことではないんだけどね。
状況を確かめ終わった俺は、トゥギャを呼び寄せた。
「なんでしょう、お師さん」
「トゥギャ。貴方と貴方の仲間たちで、村のゴブリンを倒すように。私たちの力を当てにはしないでください」
俺のこの言葉が予想外だったのか、トゥギャは驚いた顔をする。
「どうしてです。助けてはくれないのですか!?」
「手助けぐらいはする気でいます。けれど、人間の総大将に、味方のゴブリンだけで村を占拠した悪いゴブリンを倒すと誓ったのは、貴方ですよね。では、その誓いは守らねばなりませんよ」
「そ、そんなぁ……」
何かあれば俺が助けてくれると、勝手に信じていたらしく、トゥギャは肩を落とす。
けど俺は、うさんくさい笑みを浮かべて、安心させるようにその肩を叩いた。
「手助けするといったでしょう。直接的な力ではなく、知恵を貸します。この作戦は、業喰のゴブリンに対する必勝法ですよ」
俺が意味深に語ると、トゥギャは希望を取り戻した顔になる。
「どうか、どうかそのお知恵を、お貸しください」
「分かっていますよ。よく聞いて、他のゴブリンたちに徹底してくださいね――」
俺は以前に業喰ゴブリンと戦った経験から作った作戦を、トゥギャに伝えていく。
といっても、トゥギャたちもゴブリンで、大して頭がよくない。
なので、あまり複雑な作戦だと破たんしてしまう。
ということで、とてもシンプルな戦い方を伝えたのだった。
 




