百二十七話 どの世界にも、奇縁良縁はあるものです
俺はただいま、ゴブリンたちを引き連れて、道を歩いている。
とある村を占拠したという、悪いゴブリンを倒すためにだ。
俺の隣には、ずいぶん久しぶりに会った、トゥギャがいる。
「お久しぶりです、ボクのお師さん」
「……私が、貴方の師匠なのですか?」
「はい。トランジェさまは、ボクに自由の神の教えを授けてくれたので、お師さんです」
トゥギャはこんな風に、俺に懐いてくれている。
だからか、他のゴブリンたちは、多少不満はありそうなものの、目立った反発はない。
ああ、ちなみにエヴァレットたちは、前線陣地に置いてきた。
森から他のゴブリン部族が出てくるかもしれないし、マニワエドが癒し手が少なくなることに難色を示したためだ。
加えて、トゥギャが率いる部族の実力が未知数で、悪いゴブリンとの戦いに連れて行くには、少し危険が大きいと思ったからでもある。
俺一人だけなら、どんな事態でも逃げ切る自身はあるけど、他の仲間がいると逃走難度が跳ね上がっちゃうしね。
そんなこんなで、俺はトゥギャたちと協力して、村を占拠したゴブリンを倒さないといけないわけだ。
なので、ちょっとでも情報を得るために、トゥギャが知っていることを引き出していこう。
「トゥギャ。悪いゴブリンが、なんの神を崇めているか、知っていますか?」
「はい、お師さん。多くは業喰の神を祭っています。けど、賎属の神を祭る部族の、武器を作れるゴブリンを手下にしているそうです」
「おや。ということは、賎属の神のゴブリンたちは、滅ぼされてしまったのですか?」
「いえいえ。今では賎属の神の部族は、一大勢力です。その分だけ、末端で人数の少ない集落に目が届いていないのです」
「なるほど。それほど末端の集落でも、武器作りができる個体がいるほど、賎属の神を崇めるゴブリンたちは、勢力を伸ばしているわけですか」
ということは、その神の神官であるギャルギャギャンは、布教をそうとう頑張ったんだろうな。
信者数から、彼は助祭から司祭に位階を上げているに違いない。
――いやいや、今は村を占拠したゴブリンのことを考えないと。
「そのほかに、知っていることはありますか?」
「そうですね。業喰の神を祭るゴブリンは、大量に湧いた芋虫みたいなヤツらです。餌があれば、そこに集まります。なくなれば、次を求めて移動します。お師さんがゴブリンたちに業喰の神以外の選択を示した理由がわかる、迷惑な存在です」
ぷんすかとトゥギャが怒っているのは、過去に業喰の神を選ぼうとした一派にいたからだろう。
一歩間違えれば、トゥギャ自身も、餌を求めてさ迷い歩く存在と化していたのだから。
そんな内心の憤りを察しながら、俺は作戦を立てるために、トゥギャに問いかける。
「食料で有利な場所におびき出せそうですけど。それほどの量は――持ってませんよね?」
「ごめんなさい。ボクたちの分だけでギリギリで、差し出すわけには……」
そうだよな。
食料が潤沢にあるなら、森の外に出てまで、安住の地を求めての移動はしないよな。
「となると、悪いゴブリンが村にいる間に、攻め入った方がいいのかもしれませんね」
「それは、どうしてですか?」
「下手に平原で戦うと、業喰の神の信徒たちの身体能力の高さに、こちらがやられてしまいかねません。けれど村の中なら、上手く遮蔽物を利用すれば、優位に戦えると思うのです」
「なるほど。正面から戦わずに、卑怯でも勝つ方法を考えるのですね」
トゲのある言い方だけど、トゥギャは悪気なく言っている感じだ。
きっと、思ったことを、単純に口に出しただけなんだろうな。
俺は苦笑いしつつ、もっともらしいことを言うことにした。
「私たちの神は、自由を愛しています。それは戦い方も一緒です。今まで見たことのないような戦いを披露すれば、勝敗関係なく、喜んでくださることでしょう」
「そうですね。自由に、勝ち負けは関係ないですもんね」
「その通りです。しかし関係はなくとも、信者の自由を守るために、極力死者を出さずに勝つ方法を見つけねばなりません」
「うむむ。難しいですね」
トゥギャは腕組みして、唸り始める。
思う存分に悩むといいって思いながら歩いていると、付近の草むらが唐突にガサガサと揺れた。
ゴブリンたちが慌てて手にしている生活道具を、武器の代わりに向ける。
俺も杖を手に警戒する。
けど、草むらの中から出てきた人の姿を見て、警戒を解いた。
「イヴィガとウィッジダじゃないですか」
この二人は、バークリステが連れてきた子たちで、俺の仲間。
低学年の小学生みたいに背の小さい方が、イブィガ。肌が緑色なのが、ウィッジダだ。
俺はゴブリンたちに警戒を解くように身振りすると、二人に向き直った。
「どうしたんですか、こんなところで?」
「どうしたって、偵察だよ。ゴブリンが村に近づいていないか、見回ってるんだ」
「戦司教さまは、どうして、ゴブリンと?」
ウィッジダの疑問の返答に、ここまでのいきさつを教えた。
「――というわけで、悪いゴブリンを、こちらの良いゴブリンたちと共同で倒すことになったわけです」
説明を受けて、二人は顔を突き合わせて、小声で相談を始めた。
その後で、こちらに揃って顔を向けてきた。
「ここにいるゴブリンは、自由の神の信徒なんですよね」
「それなら、手助けしないと」
「二人は、戦列に加わりたいのですか?」
「いやいや。村にいるみんなに伝えれば、全員が戦いにいきたいというはずです」
「同じ神を崇める同士、助け合うの当然」
二人の意見を受けて、俺はトゥギャに顔を向ける。
「と言っていますけど、どうします?」
「えーっと……。そういうことなら、手伝ってもらいたいと思うんですけど」
こちらの様子を窺うトゥギャに、俺は笑みを向ける。
「自由の神は、貴方のどんな決断でも尊重します。胸を張り、堂々と喋りなさい」
「はい、分かりました。では、そちらのお二人。ボクたちゴブリンの戦いに巻き込まれてください!」
もっと言い方があるだろと思ったけど、トゥギャの誠意はイヴィガとウィッジダに伝わったようだ。
「もち、巻き込まれてあげるともさ」
「同じ神、同じ悪しき者。助けない理由、ないし」
「……ニンゲンなのに、悪しき者、なのですか?」
トゥギャが首を傾げているので、俺が二人の生い立ちを説明しよう。
「この二人――それと私が連れている人たちは、多くが悪しき者とされる存在の先祖返りなのですよ」
「先祖返り、とはなんです?」
「えーっと、そうですね。トゥギャに分かりやすく例えるなら、ゴブリンの母親から人間の子供が生まれてしまった、みたいなものです」
イヴィガとウィッジダの事情を知ると、トゥギャは飛び上がりそうなほどに驚く。
それは話を漏れ聞いていた、他のゴブリンたちも同じだった。
その様子に、俺とイヴィガとウィッジダは、忍び笑いを漏らしたのだ。
「ふふっ。というわけですから、この二人をはじめ、私の仲間たちは、生まれから信じる神まで、トゥギャと似ている者たちなのですよ」
「くくっ。そういうことだからさ、大船に乗った気でいてよ」
「あはっ。そうとも。オレたち、強いぞ」
イヴィガとウィッジダが胸を張って主張すると、トゥギャは驚き顔から一転して真摯な顔つきになると、深々と頭を下げた。
「お二人に出会えたこと、そして助力をしてくれることに、深い感謝を」
「「「カンシャ、スル」」」
トゥギャに続き、他のゴブリンたちも頭を下げた。
その姿に、今度はイヴィガとウィッジダが驚く番だった。
二人はあたふたしながら、トゥギャとゴブリンたちの感謝を受け取り、照れ隠しのようにスカリシア達が滞在中の村へと走り去っていったのだった。




