百二十五話 ゴブリンの反応に右往左往しています
俺は決断した。
前線陣地には回復役に必要最低限の人数を残し、他はすべてあの村に戻す。
そして、陣地の兵士を村には派遣させないことをだ。
エヴァレットに陣地の入り口で押し問答中のアフルンを迎えに行かせ、俺自身はマニワエドに話をつけにいくことにした。
陣地内が慌ただしくなったからか、マニワエドはテント内ではなく外に出てきていた。
「マニワエドさん、お話があります」
「ちょうどよかった。こちらも話があったのです」
それならと、手短に済ませるために、外に出たままで会話を続ける。
「出入り口で、私の信徒の一人が叫んでいる内容は、耳にしていますよね」
「はい、村が一つ潰されたそうですね。そして、あの子がいる村も危ないので、貴方たちを頼りに助けを求めにきたと」
「そこまで話が通じているのなら、私たちの過半数を、その村に戻すことを許可してもらえますね?」
「心情は理解できます。ですが、聖女さまと貴方が抜けられると、ゴブリンと戦う際に、兵士たちの士気にかかわります」
「なら、私とバークリステ、そして世話周りに数人置き、残りは村に戻しても?」
「ふむー。それならいいでしょう。代わりに兵士を何人かつけましょうか?」
「いえ、結構です。誰が村に行くか――ひいてはゴブリンと戦わなかったかで、兵士間にしこりが残りそうですから」
要件だけの手短な会話で、お互いの意見を交換を終えた。
マニワエドの提案は理にかなったものなので、条件を飲みやすかった。
早速決まったことを、アフルンが増えたテント内で、みんなに伝えた。
「というわけで、私とエヴァレット、そして――エヴァレットとリットフィリアは、陣地に残る組になります。他の人たちは馬車に乗り、村に戻って、ゴブリンの襲来に備えてください。襲われた際には、貴方たちが生き残るために、どんな魔法を使ってもいいです」
ここで一度言葉を切り、全員の顔を見回す。
「とはいえ、これは私が勝手に、貴方たちにお願いしていることです。貴方たちも、立派な自由の神の信徒です。なので、このお願いを聞き入れるか否かは、個々人の自由意志とします」
そう断りを入れると、ほぼ全員から苦笑いが返ってきた。
そして、一同の気持ちを代弁するように、マッビシューが言う。
「そんな念押しされなくたって、そのお願いを聞いてやるよ。オレらだって、あの村の人たちには世話になったんだ。恩義を返す気で、村を守るさ」
「そうですか。なら、お願いしますね」
このことで、俺の提案に全員が大まかに納得してくれたようだった。
けど、スカリシアとピンスレットが、訂正を求める発言をする。
「またもや、エヴァレットを側に置かれるのですね。たまには、私でもいいではありませんか」
「ご主人さまと離れるのは、イヤです!」
軽い嫉妬と執着からくる言葉に、ちょっとだけため息をつきたくなった。
「いいですか、二人とも。ちゃんと理由があって、二人には村に戻ってもらうんです」
二人が身を乗り出して聞く体制になる。
「まず、スカリシアの場合です。貴女はこの中で一番の年上ですね」
「むっ。トランジェさまとはいえ、女性に歳のことは――」
「その点については謝ります。けれどその経た年月こそが、陣地に残らざるを得ない私とバークリステに変わって、皆の安全を守るのに必要であると考えています」
「……つまりは、私を当てにしてくださっているのですね?」
「もちろんです。それに今までも、ちょくちょく当てにしていましたとも」
本当に思っていることを伝えると、スカリシアは納得して、村に行くことを了解してくれた。
続けてピンスレットに顔を向ける。
「貴女にも、もちろん期待しています」
「ご主人様が何に期待しているか、聞かせてもらおうじゃありませんか。」
ピンスレットの表情は、『チョロく納得できると思わないでくださいね!』って感じだった。
嘘をついても意味はないので、こちらも本心から考えていることを伝えていく。
「貴女には、私と斬り結べるほどの高い戦闘力があります。恐らく、味方の中で随一の実力者ですよ、貴女は。しかし、回復役として後方待機になる陣地にいたのでは、力の持ち腐れです。しかし村に戻り、ゴブリン相手に使えば、これほど頼りになる存在はいません」
「分かりました。ようするに、この手でゴブリンを滅殺してみせることを、ご主人さまは求めているのですね!」
だいぶ、語弊がある表現だな。
けど、大まかにその通りなので、同意することにした。
「その通りです。ピンスレット、貴女の活躍を、私は期待しています」
「なんだー。それならそうと、早く行ってくださいって。ご主人さまが期待から命令してくれたのでしたら、このピンスレット、火中で熱されている炭ですら掴んでみせますとも!」
なんだか変なスイッチが入ったかもしれないけど、とりあえず説得は成功したようだ。
「では、行動開始です。この陣地もどう動くかわかりませんけど、それ以上に村の方は予想がつきません。気を引き締めて、ことに当たってくださいね」
「「「はい!」」」
全員が動き出し、離脱準備がほとんど終わっていた馬車に、陣地から離れる人たちが乗り込んだ。
そして、素早く陣地を出発すると、そのまま村の方角へと走り去っていく。
ガラガラと車輪が音を立てているが、陣地からだと目を凝らしてやっと見える位置のゴブリン集団は、気にする様子もなく森から出てくる同胞を吸収し続けている。
あの馬車にゴブリンが釣られないか、ちょっとだけ期待していたんだけど、甘い考えだったみたいだな。
スカリシアたちが離れた後も、遠くのゴブリンたちは不気味な沈黙を保ったままだった。
しかし、ただただ数だけが増えている。
詳しい総数は不明だけど、パッと見で、千は超えてそうな感じだ。
彼らをよく観察すると、服装や服飾の違いが見て取れた。
もしかしたら、別所のゴブリン部族も、呼びかけて集めたのかもしれない。
この考えが当たっていたら、さしずめ村を占拠したというゴブリンは、呼びかけに応じず独自に行動を始めた奴らかな。
さて、そんな動きのないゴブリン集団によって、陣地内は誰も彼もが緊張している。
その緊張からの解放を求めて、兵士たちが暴走突撃しないためか、マニワエドが早い段階で命令を発していた。
「国軍に援軍を求める伝令を走らせた。我々はその到来を待つ間は、陣に籠って守ることに主眼を置く。これは、ゴブリンたちが何か動きを見せるまで、撤回されることのない至上命令だ!」
勇ましく飾り立てた言葉を使っているけど、要は勝手に陣地の外にでるなよって釘を刺したんだ。
これで兵士たちの緊張度合いが、さらに増した。
けど、無謀に突撃しようとする気概も、削がれたように見えた。
陣地内がピリピリとしたムード一色になって少しした頃、狩りに出ていた兵士たちが、なぜか無事に戻ってきた。
「いやー、今日も大猟だった。見ろよ、この猪。でかくて、食いでがありそうだろ」
「なんの。俺が獲った野鳥を見てみろ。綺麗な羽だろ。肉を食った後で、兜につける飾り羽が作れるぞ」
陣地内の様子を知らないからか、呑気な感じで、彼らは取った獲物を他の兵士たちに見せびらかしている。
狩りの部隊が戻ったとしう知らせは、瞬く間にマニワエドに伝わったらしく、足早に表れた。
「……森の中で、魔物に襲われたり、ゴブリンの襲撃にあったりはなかったか?」
マニワエドの質問に、狩りに出ていた兵士たちは首を傾げた。
「いいえ。そんなことはありませんでした。森の中は、いたって平和でした」
「動物たちも、なんかのびのびしてて、楽に狙いを合わせられたぐらいですよ」
なんでそんなことを聞くのかって兵士たちに見えるように、マニワエドは無言でゴブリンたちが集まっている場所を指差した。
つられて顔を向けた彼らは、ゴブリンの数の多さに驚いたようだった。
「なっ、なんでゴブリンがあんなに!?」
「本当に、森の中では見かけなかったんですよ!!」
必死に訴える兵士の様子から、ゴブリンたちは狩りをする人たちを迂回して、森の外に出たみたいだ。
それは、下手に戦って数が減るのを防ぐためだったのか、それとも別の狙いがあるのか。
なんにせよ、ゴブリンたちを指揮する個体は、きっと頭のいいやつに違いないな。
警戒が必要だと感じたちょうどそのとき、陣地内に一つの報告が響き渡った。
「ゴブリンたちが動き出しました! あ、いや、一部のゴブリンが動き始めました!」
要領を得ない報告に、マニワエドから叱責が飛ぶ。
「報告は正しく簡潔にが鉄則だ! 報告をし直せ!」
「は、はい! ゴブリンの一部が、本陣に近づいてきます。先頭に旗持ちがいます。旗の色は、白と赤の半々です!」
紅白の旗?
俺を含めて兵士たちも、どういう意味か分からないでいる。
すると、マニワエドが説明してくれた。
「赤白二色の旗は、交渉を行う使節が用いるものだ。どうやら、ゴブリンたちの中には、我々の社会の仕組みに詳しい者がいるようだ」
ふむふむ。
つまり、業喰の神を崇めていたゴブリン以外に、人間社会に紛れ込んで情報を集めていた、種族がいたということだろうか。
ともあれ、向こうは交渉の姿勢を示している。
「こちらはどう対応するのです?」
マニワエドに尋ねると、困った顔が返ってきた。
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒であったのなら、悪しき者と交渉など行おうとすらしないだろうな」
「おや。偶然にもこの陣地には、その教徒はほぼいませんね」
なにせ、ちょっとした企みで、俺は兵士たちを自由神の信徒に改宗してしまっている。
そして、マニワエドは戦いの神の隠れ信徒だ。
どちらも、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教義に付き合う必要性がない。
「となると、今は戦争の場です。なら、マニワエドさんの神さまの領分でしょうね。戦いの神という存在は、使節をどう扱えと定めているのですか?」
「我が神の教義によると――交渉もまた言葉による闘争に他ならない。故に、使節は厚く遇すし、恥ずかしくない戦いを行え――とのことです」
「なるほど。では、その通りにしましょうか」
俺が戦いの神の流儀に乗っかろうとすると、マニワエドが困惑した。
「……自分で言っておいてなんですがが、ゴブリンと交渉が行えると考えているのですか?」
「少なくとも、旗を出す程度の知識はあるのです。言葉を交わすぐらいはできるでしょう。ああでも、謀られて陣内で暴れられたら困りますね。塀越しに交渉するなんてどうでしょう?」
「え、えっと――話しあってみようとすることが、大切なのでしょうね」
マニワエドは納得しきっていない様子だったけど、代々隠れて信仰してきた神の教えに反するのも嫌だったようで、結局はゴブリンの使節との交渉を行う気になったようだった。




