百二十一話 悪だくみって、やり方が色々とあるものですね
テント内に入ると、総大将らしき豪華な寝間着を来た人と、鎧やローブ姿の取り巻きが立っていた。
けど、おかしなことに、総大将は剣を持っているのに、取り巻き立ちの手にあるのは陶器製の空き瓶だ。
きっと総大将が、取り巻き立ちが武器を持ってテントに入るのを禁じていたんだろう。
そのため、テントを包囲されたときに、とっさに空き瓶を手に立てこもることを決断したんだろうな。
そんな状況だ。
圧倒的に、ちゃんとした装備を身につけているこちら側が、武力的な意味で有利となっている。
これは交渉もしやすそうだなと、この場を収めるキーパーソンである、マニワエドを前に進ませた。
マニワエドは役割を把握しているようで、毅然とした態度で、総大将に意見する。
「遠征軍総大将に申し上げる。これは、貴方に粗略に扱われた、兵士たちの反乱であります。見ての通り、もうこの陣地内は制圧されておりますので、降伏をお勧めします」
すると、総大将――いや、もう総大将でなくなるので、外見から『小デブ馬鹿』と呼称しよう。
その彼は、顔を真っ赤にしてわめき始めた。
「ふぬふー! 栄えある遠征軍で、反乱だと! そんなことは許さん! マニワエド、どうにかしろ!!」
新設軍なのに『栄えある』とか言っているし、誰もお前の許しなんか求めてないし、反乱兵が旗印に掲げようとするマニワエドに鎮圧を頼むなんてな。
小デブ馬鹿の頭の中は、本当にどうなっているのだろうか。
俺が疑問を抱くのと同じく、マニワエドも頭痛がするかのように頭を押さえている。
「どうにかしろと仰るのであれば、どうにかいたしましょう。兵士たちの反乱を収めるには、貴方の命を差し出すか、取り巻きともども役職を失った上でテントに軟禁となります。それでよろしいですね」
マニワエドが懇切丁寧に説明しながら聞くと、また小デブ馬鹿がわめきだす。
「何を言っている! この軍の総大将は、この我だぞ! 兵士ごときに、くれてやれる命ではない! それは役職とて同じことだ!」
……現状の認識が正しくできていないのかな?
この戯言はテントの外まで筒抜けだったのだろう。外から怒りの気配がビンビンと伝わってきた。
なんかこのままだと、穏便に収めようとするマニワエドの奮闘むなしく、兵士たちに有無を言わさず殺されそうだな、この小デブ馬鹿は。
その危険性は本人は分かっていないようだけど、取り巻き連中は違ったらしい。
慌てて、小デブ馬鹿のとろうとし始める。
「ここは恥を忍んででも、生きて戻ることを選択してくださいませ」
「その通りです。この一時が過ぎ、遠征軍が聖都に引き返した後は、我々の力でどうとでもなります」
「そうですとも。遠征軍を我が物とする暴挙。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスさまが、きっとお許しになりません」
おいおい、内緒話のつもりだろうけど、こっちに聞こえているぞ。
というか、神の名を使うのは自由神じゃないから構わないけど、許さないのはお前たち神官の上層部だろうに。
そう呆れていると、ここでなぜか、マニワエドが俺の方を振り向いた。
そして、『ああなるほど』って顔になる。
どういうことかわからずにいると、マニワエドから爆弾発言が飛びだした。
「では、我々と兵士たちの行いが善か悪かを、遠征軍が凱旋し終わった後に、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの名で判断していただく。それまで、貴方は役職を解かれて、テントに軟禁。それでよろしいですね?」
圧倒的に不利になるのに、審問を受ける約束をしちゃっていいの?
その思いを、マニワエドと小デブ馬鹿以外の、この場にいる全ての人が抱いたようだった。
そして、マニワエドが何かを企んでいるとも、そう思ったはずだった。
けど、小デブ馬鹿は気付かずに、安請け合いをしてしまう。
「ふんっ。役職を解かれるなど、遺憾の限りだ。しかし、我の命令を聞かぬ兵など持ったところで、手柄が得られるはずもない。マニワエド、お前にくれてやる!」
「それは、総大将代理という肩書を名乗ってよいと、そう受け取ってよろしいですね?」
「好きにしろ。ハンッ、隙あらば地位を奪おうとするから、国軍のヤツは信用ならんのだ。年若ければ御しやすいかと思いきや、とんだ食わせ物であった!」
マニワエドが企んで、総大将の立場を追い落としたと勘違いしていないか、この小デブ馬鹿。
いやいや、徹頭徹尾、お前のしでかしたことが原因だからな。
そう指摘してやりたいけど、ここはマニワエドの活躍の場なので、ぐっとこらえることにした。
そんな俺とは違い、マニワエドは慣れているようで、淡々と話を進めようとする。
「そのことについても、神の名の下の審議で明らかになるでしょう。おい、元・総大将閣下と、元・重要役職者の皆さんを、テントにお連れしろ。『とても快適な』テントにだぞ」
マニワエドがテントの外に呼びかけると、兵士が数人テントの中に入ってきた。
その中には、彼の旧友だという人もいて、「快適なテントだな」と念を押している。
この言葉は、国軍での隠語なんだろう。
どんな風に『快適』かは、知りたくない気がした。
総大将たちが連れていかれた後、マニワエドは陣地内で戦闘をしている兵士たちに声掛けをして、戦いをやめさせた。
そして、彼が総大将代理となった顛末を伝え、そして演説をする。
「――ということとなり、これからは、この私が君たちの指揮をとることとなる。年若い見た目で不満かと思うが、ついてきてほしい!」
兵士たちの多くは、マニワエドに森の中で助けてもらったらしくて、おおむね歓迎ムードだった。
元・傷病兵たちの行動も、マニワエドを救うためだったこと、そして陣地の兵士を殺さないよう戦ったことで、美談的に受け止められたみたいだ。
そして、村の周囲で集めた食料を積んだ馬車が、陣地内に運ばれる。
全体数からしたら、決して多くはないが、それでも目に見えて食料が増えたことで、陣地の兵士たちは許す気になってしまったようだ。
「あれだけの獲物を取れるんだ、陣地を騒がしたワビに、森で獲ってきてくれよ」
「おう、任せておけ。肉だけなら、食料に困らないぐらいに、取ってきてやるよ」
兵士たちはワイワイと歓談して、関係の修復を始めた。
その様子を見ながら、マニワエドは俺にそっと耳打ちする。
「この作戦を考えたのは、貴方ですね。なんとも見事なものです」
そうやって手放しに褒められると、ちょっと気恥ずかしい。
そのとき、テントの中で、マニワエドが俺を見て何かを察したようだったことに気がついた。
「そういえば、あれは何だったのですか?」
前後を含めて尋ねると、マニワエドはとぼけなくていいという表情で語り始める。
「あのとき、取り巻きの神官が言っていたように、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの名の下で行われる審理が、我々には一番キツイ対応だったのです。なにせ、反乱ですからね。元・総大将の一家が裏で手を回さなくとも、我々には悪の烙印が押されることになるはずだったからです」
「はい、それは予想できたことです。それと、私の顔を見たことに、なんの因果関係が?」
「ふふっ、最後まで言わせるきですね。いいでしょう」
マニワエドは周囲を確認してから、ことさらに抑えた声で喋り始めた。
「貴方は、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒ではない、善なる神の神官の方です。貴方の神が復活を果たし、その権能を行使できているのは、貴方が魔法を使っていることからも明白です」
「なるほど。それが、どうなるのです?」
「なら話は簡単です。反乱した兵士たちは反乱を起こしたときには、すでに聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒ではなかったことにすればいいのです。そうすれば、審問を受けずに済みます」
……ん?
なんだか、俺がこの世界にきてから育んできた常識と、なんか違う点があるぞ。
「なぜ、他の善なる神の信徒であった場合、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の審問を受けずに済むのですか?」
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの法で裁けるのは、その教徒と悪しき者たちのみです。他の善なる神の信徒を裁く権限は、一切有していないのです。だからこそ我が家は、それなりの要職につきながらも、『隠れ』でいられたのです」
ああ、なるほど。
聖教本で書かれているのは、邪神と邪教徒の殲滅と、教徒たちに教えを守らせることだ。
今では他の神がいないのだから、他の善神の信徒のことについて書いてあるはずがないと、勝手に思っていた。
けど、そうじゃなかったんだ。
他の善なる神の信徒の活動を、聖教本で戒めることはしていなかったんだ。
それで、色々なことが腑に落ちた。
俺が審問官ペンテクルスの審問を受けたとき、エヴァレットの傷を治すまで、邪教徒だとは言われなかった。
これは、俺が善なる神の僕だった場合でも、悪しき者に加担した罪で、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒側が審理を行える方法だからだろう。
そして、見つけたエセ邪神教で、天使の名前をつけたところがあったこと。
これもまた、表向きは『善の存在を崇めている』として、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の審問をすり抜ける狙いがあったに違いない。
けど、これ。
『隠れ』の人たちや、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の偉い人みたいな、一部の人しか知らないことなんじゃないか?
というか、まだまだそういう類の内緒話が、たんまりとありそうな気がする。
とまあ、色々と危惧するべき点はあるようだけど、いまはあることを喜ぼう。
そう、この陣地にいる兵士たちを罪に問うことができないように、自由神の信徒にするのだ。
そのためには、いいように勘違いしてくれているマニワエドを、たっぷりと利用させてもらおう。
「あやや、分かってしまいましたか。こっそりとやるつもりだったのですが」
「ふふっ。お見通しですとも。我が神も復活なさっておいででしたら、私がやりたいぐらいですけどね」
お互いにひっそりと笑い合うと、今後のことについて話し始める。
「では、ここに残っている兵士たちを、全員私の神の僕と化しましょう。もしかしたら、反乱に参加していなかった兵士を、したと言い張って罪に問う可能性もありますので」
「なるほど、それはいい考えです。ですが、兵士たちは渋ると思いますよ」
「いえいえ、それは大丈夫でしょう。なんていっても、私の神の教義は、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスのものと干渉せずにすむものです。そして、審問が終わった後に、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒に戻ってもいいことを保証します。これで兵士の方たちにとっては、受け入れやすいかと」
「ほほぅ、なかなかに寛大な方なのですね、貴方の神は」
「ええ。でも、少しだけ厳しい面もあるのですよ」
なにせ、俺をこの世界にトランジェとして転移させたぐらいだからな。
でも、色々と面白いこの世界に来させてくれたことには、感謝しないとな。
軽く自由神に祈った後、兵士たちに要らぬ審問や災いが降りかからないように、俺たちはあれこれと綿密な段取りを作り続けていったのだった。




