十一話 神官なのに、薬師先生になってしまうようです
無料で治療してしまったことが伝わったんだろうか、何人かの男女が家にやってきた。
そのほとんどが、四十歳以上の人たちだった。
中世ファンタジーの典型で考えるなら、老人に片足を突っ込んでいる年齢だと思う。
「あのー、どのようなご用件でしょうか?」
予想はつくけれど念のため、用向きを聞いてみた。
しかし、彼ら彼女らの言ってきたことは、俺の予想とは違っていたのだった。
「村にきなさった、新しい薬師の先生。ちょっと、診てくださいませんか。最近、腰の調子がどうも変でして」
「あっしは、腕と肩に痛みがありましてね」
「水仕事で手にあかぎれができたので、お薬をいただけたらと」
そんな感じに口々に体の調子がどうのと言った後で、全員が薬を求めてきた。
そのことに、俺はすこし慌てる。
「ちょ、ちょっと皆さん、待ってください。なにか勘違いなされておいででは?」
「そんなことなないです。今だって腰が、痛くはないのに言うことをきかんのです」
「いえいえ。私が言っているのは、貴方の病状ではありません。私が『薬師』だと勘違いしていませんか、ということです」
俺の言葉がよほど意外だったのか、ポカンとした表情をしていた。
その後で、彼らはひそひそと話合いを始めた。
「お、おい。話が違うじゃないか」
「そんなはずはないんだが。うちの孫の友達が転んだときに手当てしてくれたと」
「今日、オーヴェイ爺さんが元気よく歩いているのだって、この人のおかげだって聞いたぞ」
「家の近くのサンカの子供は、この人のおかげで元気になったって、井戸端の話であったのよ」
それぞれが耳にした話を持ち寄り、首を傾げる。
どうやら、伝言ゲームみたいに、ところどころ話が歪んだり欠損して伝わっているようだ。
そこで思わず、無料診療で集られないために、間違いを正しく訂正するか、あえて残して利用するか、どちらが良いかと考えてしまう。
そうとは知らない彼らは、こちらに不思議そうな顔を向けてきた。
「本当に、薬師の先生じゃないので?」
その質問を受けて、俺は直感的に神官と名乗るのが正しいように思えた。
なのでトランジェらしく、うさんくさい笑みを浮かべ、芝居かかった動きで挨拶する。
「皆さま始めまして。私は旅をしている神官で、名前をトランジェと申します」
俺の名乗りに、村人たちは少しだけ怯んだように見えた。
「神官さまだったんで。ということは、神さまの秘術をサンカの子供に使ってくださったのですか?」
「はい。赤ん坊を助けて欲しいと、すがってきましたので、救いの手を差し伸べさせていただきました」
「そ、それならなんで、この家に住むことに?」
「旅の道中で不埒者を捕まえまして。この村にある教会の牢に、繋いでいただいています。護送の方々が到着するまで、この村に滞在しないといけないことになり、この家を使うようにとオーヴェイさんに配慮していただきました」
「そ、そうだったのね……」
俺が正直に事情を話すと、村人たちはまた内緒話を始めた。
「どうかなさいましたか? そういえば、体の調子がおかしいとか?」
そう尋ねると、なぜか急に慌てられてしまった。
「い、いえいえ。体の不調ごときに、神さまの力を願うなんて、おこがましいことです」
「そうですとも。薬師の先生でしたら、薬を頂こうと思ってましたが。まさか、偉い神官さまとは」
「知らないこととはいえ、申し訳ありませんでした」
謝罪らしきものを口にするのを聞いて、どうやら俺が考えていた以上に、この世界の住民に神官は敬われているようだと気がついた。
元の世界にあるファンタジー作品だと、神官キャラなんて敵味方でゴロゴロ出てくるから、あまり実感は湧かない。
それに日本という国民の宗教信仰が薄めの国で育ったので、神官という立ち位置にピンとこないってこともある。
新年に玉串を振っているぐらいの印象――いや、あれは神社だから神官じゃなくて神主だったっけ? いや、宮司だったような?
てことは、現実世界の神官ってなにしている人なんだ?
そんな神官のことをよく分かってい俺でも、頼ってきた人を無下に追い返すのは駄目なことだとはわかる。
でも、回復魔法を軽い不調に使うのは、拒否反応あるみたいだ。
どうしたものかと思っていて、ふと思い出した。
「そうだ、ちょっと待っていてくださいね」
村人を留め置いてから、俺はエヴァレットが整理した、薬のある棚に向かう。
彼らがいる玄関からは見えないことを確認してから、ステータス画面を呼び出してアイテム欄を選択する。
そして、手当たり次第に薬をこの中に入れていく。
昨日の夜に薬師の手帳を読んでいたお蔭で、多くの薬が判別可能になっていた。
その中から、手帳にもあった『フィマル草の消炎軟膏』を探し、タップする。
やっぱり、フロイドワールド・オンラインのときのように、アイテムの説明文が載っていた。
それによると、この消炎軟膏は筋肉痛や関節痛に効くのだそうだ。
しかし、フロイドワールド・オンラインだと薬の説明にあってしかるべき、体力回復量や補助効果の情報はない。
そういった情報が載ってないのは食べ物、それも味の変化をつけるための香辛料や調味料といった、単体では満腹度が設定されてないものだけだった。
魔法薬ではなく生薬だから、食材よりの判定がされていたりするのかな?
そんな疑問はとりあえず横に置いて、あかぎれに効きそうな薬を探す。
けど、あかぎれに効果がありそうな名前は見当たらない。
「ん? なんだこれ?」
探していて、ふと目についたものをタップする。
名称は『アゥロユリのバター』。
薬なのにバター? と不思議に思って、説明を見たくなったのだ。
説明を斜め読みしていくと、バターと名前はあるけれど、アゥロユリという植物の油で出来ているらしいので、マーガリンに似たもののようだ。
そしてこの薬こそ、あかぎれに効くものだった。
だけど、マーガリンをあかぎれに塗るなんて、元の世界じゃ考えられないな。
けど、マーガリンを塗るなら、もしかしてバターも同じ用途で使われていたりして?
もし仮にそうなら知らかったはいえ、エヴァレットにパンに塗らせて食べさせちゃったぞ。
ま、まあ、本人が美味しいって喜んでしたから、実質無罪だよな。
そんなことよりも、村人にこの薬を渡さないと。
アイテム欄から、必要分を呼び出してから、玄関に戻る。
「お待たせしました、薬師さんが作り置いてくれた薬がまだ使えるようです。これが筋肉痛や関節痛に効く薬で、こっちがあかぎれに効く薬です」
そう言いながら手渡すと、なぜかとても驚かれた。
また、なにかヘマをしてしまったらしい。
「えっと、どうなさいましたか?」
「神官さまは、薬の知識がおありなのですか?」
「ええ、まあ。それらの薬を見て、判別するぐらいは」
ステータス画面を利用したとは言えないので、はぐらかして答えた。
すると、期待したまなざしを向けられてしまった。
「でしたら、この村にいる間だけで構いませんので、新しい薬を作って置いてはくださいませんか?」
「もちろん、薬代は野菜や穀物などでお支払いしますから」
ぐいぐいと迫ってこられて、俺はちょっとだけ仰け反ってしまう。
「えっと、それはちょっと難しいと思います」
薬を作れといわれても、ステータス画面をみれば材料は分かるかもしれないけど、どう調薬するかは分からないから仕方がない。
しかしそうとは説明できないので、村人たちに不思議がられてしまった。
「なぜです? 薬を見て判別する知識がおありなのですから、作ったことがおありなのでしょう?」
「それは、その、ちょっと難しい事情がありまして」
フロイドワールド・オンラインなら、自由神の信徒と邪神の信徒が持つ偽装スキルで、薬師に成り代わることが出来る。
そうすれば、出来栄えは落ちるものの、薬自体は作れた。
でも、この世界でそれと同じことが出来るのか、そもそもこの世界独自の植物に適応されるかすら、いまは分かっていない。
これも説明できない内容なので、どう弁明するべきか頭を悩ませる。
「そう、この近辺の植生が分かっていないので、調薬できるか判別できないのです。仮に、私が知る植生と違っていたら、安易に薬を作るわけにはいかなくなります。ちょっとした配合の違いで、薬は毒に変わってしまいますからね」
思いつきにしては、いい言い訳が出てきた。
この理由なら、きっと納得してくれるだろう。
その予想に反して、村人たちは安心したような顔つきになった。
「なんだ、そういう理由でしたら、心配しなくてもいいのですよ」
「そうそう。前の薬師の先生が死ぬ前、この周囲はありふれた薬草しかないので教本通りに調合すればいい、そう新しい薬師先生がきたら伝えてくれと言っておりましたよ」
「なので、なんの問題もありませんわ」
なんてこった。
この家に住でいた薬師よ、なぜそんな余計なことを言い残した!
ああもう、これじゃあさっきの言い訳が反転して、俺が薬を作れるってことになっちゃったじゃないか。
どうしてこうなったと思いつつ、どうにか打開策がないかを考える。
偽装スキルの検証は最優先事項だけど、もしも使用できなくて薬が作れそうもない場合も考える。
薬が作れなかったとしても、逃走するわけにはいかない。教会の檻に入れた商人と盗賊が護送するまで、この村にいる必要があるからだ。
となると、護送が済むまで薬作りを引き伸ばして、結果的に薬を作らないことが最善っぽいな。
そうすれば、村から出ることが出来るし、俺の作った怪しい薬で苦しむ人は出なくなる。
その方向に話が向くよう、誘導すればいいな。
「……薬作りの件、分かりました」
「おお、それじゃあ――」
嬉しそうに声を上げる村人に被せるように、続けて俺は言い放つ。
「ただし! 薬師は本業じゃありませんので、作れるかどうかは実際に試作してみないことには分かりません。結果として、実用に耐えないものしか出来ず、新しい薬をお渡しできないかもしれません。ですので、薬師さんが作って置いてあった薬をお渡しし終えたら、お終いになるかもしれません。そのところは、重々に承知していただきたいのです」
念押しに「薬はできないかもしれない」ともう一度言っておく。
しかし村人の反応は、またもや俺の予想とは違っていた。
「おお、はやり神官さまは、良いお人でございます。快く引き受けてくださるとは」
「早くみんなに、旅の神官さまは、放浪の薬師先生でもあったとつたえねば」
「ちょうど畑作業の休憩時間に入るわ。話を広げるのに格好の機会よ」
嬉しげに方々に散っていく彼らを見て、俺は慌てて大声を出す。
「いいですか! 薬はできないかもしれないと、ちゃんと言ってくださいよ!」
「分かっておりますとも!」
絶対に分かっていないだろ!
って突っ込みたくなる言葉を残して、彼らは去っていった。
望んだ結果が得られずに、俺が肩を落としていると、家の奥からエヴァレットが顔を出してきた。
「神遣いさま、なにやら大仕事を頼まれてしまったご様子ですね」
「ええ、まあ。薬作りなんて、自信ないのに」
うっかりトランジェを演じるのを忘れて、愚痴を言ってしまった。
思わず、俺を神遣いと信じている彼女に、失望されてしまったのではないかと思った。
しかしながら、今日はよほど予想が外れる日だったようだ。
「この不肖エヴァレット、ダークエルフとして薬草の知識と調薬の腕には自信があります。ご心配のようでしたら、代わりに作製してご覧に入れます!」
そういえばエヴァレットは、本当に見ただけで薬とその素材の判別が出来るんだった。
ならお願いしようかなと考えたけれど、ふと思いとどまる。
この世界で悪しき者とされるダークエルフが作った薬で、善良な村人の怪我や病が治っていくなんて、皮肉が利きすぎだった。
俺が邪神の神官だったなら――
「面白そうだ、やってみろ」
――と言い放つべきところなんだろうけど、あいにく奉じる自由の神は中立神だ。
そんな選択肢は取るべきじゃないだろう。
しかし、偽装スキルが使えなかった場合を考えたら、保険として保持はしておきたい。
「提案をありがたくお受けします。私が薬を作れなかったそのときは、エヴァレットの力を貸してもらいますね」
「はい。その際は、十二分に我が力をお使いください」
ということで、とりあえずの窮地は脱した――もしくは棚上げ出来た。
これから急いで、フロイドワールド・オンラインで出来たことが、この世界でも出来るかどうか確かめないと。
とりあえずは、偽装スキルの検証から入ろう。
崇め奉る自由の神よ。貴方の自由度の拡張という加護が、この世界にも適応されていることを祈ります。
文章が消えたので、大半書き直しておそくなりました。
保存はこまめにしないといけませんね。




