百十七話 兵士たちから話を聞きましょう
マニワエドが去ったあと、兵士たちの挙動が心配された。
けど、結局は杞憂だったんだけどね。
兵士たちは森や草原で手に入れた野生動物や、食べられる植物を持って帰ってきて、気前よく村人たちにも分け与えた。
ラノベや中世史実で見る兵士とは違って、大変に行儀がいい。
不思議に感じたけど、兵士たちがなにを気にしているか窺ったら、理由が分かった。
彼らが聖女と崇めるバークリステにどう思われるか、聖教本に定められたことを逸脱していないかを気にしている。
そして、それらよりももっと、子供たちに向けられる目が気になっているようだった。
子供の前ではちゃんとした人でいようという、立派な大人のプライドを、兵士たちは持ち合わせているようだ。
そしてその心意気は、見ている子供たちにも伝わっているようだ。
村の子の多くが兵士たちに懐き、手すきの人がいたら遊んでもらおうとしている。
兵士たちも、子供と遊ぶことがストレスの解消になるようで、好んで一緒に遊ぼうとしている。
兵士と子供たちが融和した光景は、なんとも微笑ましい。
ああして兵士が大人しくしてくれるなら、こちらも安心して企てを立てられるというものだ。
まずは、子供と遊ぶ兵士たちに、飲み水を差し出しがてら、彼らの生い立ちを探っていく。
「遠征軍の兵士になる前ですか?」
兵士たちは一様に、そう聞き返すと声を潜めて、自分の過去を語り始める。
「農家の五男でして、畑を新たに開墾するか、都会に出るかの選択に迫られまして――」
「貧乏商店の子なのに頭が悪いから、人足働きに出されまして――」
「親も知らない捨て子だったので、必死に職を探してまして――」
最初の生い立ちは、人それぞれなようだったけど、最終的に行き着く言葉は同じだった。
「――結局は食い詰めて、食い物がでるっていうから、遠征軍の兵士になったんですよ」
この世界にも――というよりも、平和が長々と続いているこの世界だからこそ、人口増加による働き口の不足が起きているらしい。
医療を回復魔法と薬草に頼っている関係で、出生率が低くて寿命が短いだろうに、そんな問題がおきているらしい。
どの世界も世知辛いなと思いながら、彼らにあることを聞く。
「そんな苦しい境遇だったのなら、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスを恨んだことがあるのではありませんか?」
この質問に、兵士たちは言い淀んだ。
なので、安心させる言葉をかける。
「どんなことを言っても咎めません。他の誰かに伝えるということも、絶対にいたしません。ここだけの話でとどめますので、どうぞ心の内をお聞かせください」
これでようやく、兵士たちは重い口を開く。
ほどんど全ての彼らは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスに不満を抱いていた。
「行軍しているとき、兵士たちは食べても腹が膨れない薄いスープなのに、上官たちは美味しそうな匂いのする料理を食べ、平然と残していました。それを知ったとき、神に強い不信感を抱きました。なぜ神は、そして仕える神官は、この暴挙を平然と見過ごすのかと」
「どんなに努力しても、追いつけない天才がいますよね。同じ人間なのに、こうした才能の差が起きるのかと、神に問いかけたくなったことがあります」
そして、ある兵士はこんなことを言った。
「聖教本では、人間は善の存在と書かれている。けど、オレにはどうしても、人間が善とは思えないんだ。自分のために他人を蹴落として平然とする生き物が、良いモノであるはずがない」
やっぱり兵士たちは、心の中に解消できない悩みを抱えいるようだった。
そしてその悩みの原因を、神のせいだと、押し付けようとしている。
この点をくすぐってやれば、彼らは自由神の信徒に鞍替えする気がする。
けど、それをするには、時期尚早だな。
なにせ彼らは、エセ邪神教の信者や、他神の密教者だったマニワエドとは違って、生まれてからずっと聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒として生きてきた。
加えて、背教者と呼ばれることを恐れて、軍から逃げ出せない臆病者でもある。
そんな彼らを改宗するには、じっくりと時間をかけないといけない。
せめて、もう少しこちら側と親睦を深めさせたり、彼らにとって悪い事件がおきたりしないことには、簡単にはなびかないはずだしね。
枢騎士卿への試練を達成するために、五千人の改宗を目指しているんだ。
この兵士たち全員を改宗できれば、ぐっと目標数に近づけるんだ、逃がす手はないよな。
だから、自由の神さま。
彼らにとって、凶報がやってきますように。
そう願っていると、この村に兵士が馬で急いでやってきた。
元・傷病兵たちにいた顔ではない。
どうしたことだろうと思っていると、その兵士はバークリステに面会を求めてきた。
異常事態だと察したのだろう、この村に滞在中の兵士たちも、集まってきた。
やがて、子供たちに呼ばれて、バークリステが姿を見せる。
「わたくしに、なにかしらのご用と聞きましたが?」
問いかけると、馬でやってきた兵士は、その場に跪いた。
「聖女さま、お願いいたします。とある町をその腕で動く骨から救ってくださったように、マニワエドの奴の命を神の名をかたる不届き者たちから救っていただきたいのです」
「求めることは分かりました。ですが、なにがどうなっているのか、詳しくお話しください」
バークリステが尋ねると、その兵士はとつとつと今の前線陣地の様子を語り始める。
「ワタクシは、マニワエドの旧友なのです。遠征軍には、そこの兵士たちを鍛える教官として赴任し、そのまま兵の一人として働いておりました」
そこまで遡らなくてもいいのにと、俺はつい思ってしまう。
けど、その兵士の話は時系列順に進み、ようやく傷病兵を連れて出て行ったマニワエドが、陣地に戻ったところに入った。
「ヤツは、総大将が無謀な作戦を立てていると知り、総参謀という立場で諫めに入ったのです。しかし、総大将はもうまともな頭ではなかったようで、大量の兵士を死なせた責任は、参謀であるマニワエドがとるべきと、牢屋に叩き込んでしまったのです。そして、その無謀な作戦を始める際に、兵士の決意固めとして、マニワエドを処刑するつもりなのです」
その事実に、マニワエドによって助けられた元・傷病兵たちは気色ばむ。
「なんだそれは! 仲間が死んだのは、総大将とその取り巻きが、無能だったからじゃないか!」
「死んだ兵士を引き合いに出して、自分の企みのために利用しようなんて、なんてヤツらだ!」
「そうだそうだ! マニワエドさんは、森から逃げるときも、この村に連れてきてくれたときも、俺たちを気遣ってくれた、いい人だぞ!!」
不満を訴える人たちを見た後で、報告にきたその兵士は、バークリステに深々と頭を下げる。
「マニワエドは、こんな場所で死ぬには惜しい男です。ですからなにとぞ、聖女さまのお力をもって、救ってやってほしいのです」
助命の訴えを聞いて、バークリステは目で俺に許可を求めてきた。
俺もマニワエドを救うことには賛成なので、視線で了承と返した。
バークリステはほんの少し頷くと、伏している兵士の肩に手を触れる。
「訴えは分かりました。マニワエドさんを助ける手助けをいたしましょう」
「おおー! ありがとうございます、ありがとうございます!」
感謝する兵士に合わせて、元・傷病兵たちもいきり立つ。
「聖女さま、オレたちも救出を手伝います!」
「そうだ! 命を助けてくれた恩を、マニワエドさんに返すときだ!」
おー!っと、口々に威勢のいい声を上げ始める。
ということで、マニワエドを助けにいきますか。
もっとも、俺は事件をしらせにきた兵士の言葉を、真っ向から信じてはいないんだよね。
俺が祈った通りのうまい事件が、向こうから転がり込んできたなんて、出来過ぎにもほどがある。
だから、陣地へマニワエドを助けに向かうことには賛成するけど、何が起きてもいいように対策と警戒はしないといけないよな。
現時点で予想できる事態に対処するため、俺は兵士たちに悟られてないように、準備を整えることにしたのだった。




